長谷川豊

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はせがわ ゆたか
長谷川 豊
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 奈良県奈良市
生年月日 1975年8月12日(39歳)
血液型 B型
最終学歴 立命館大学産業社会学部
ジャンル 情報・報道・スポーツ系など
出演番組・活動
現在 バラいろダンディ
メッセンジャー&なるみの大阪ワイドショー」など
過去 めざにゅ〜
めざましテレビ
情報プレゼンター とくダネ!
みんなのKEIBA
うまプロ
ニッポン・ダンディ」など
備考
2010年9月16日~2012年6月までニューヨーク支局勤務

長谷川 豊(はせがわ ゆたか、1975年8月12日 - )は、奈良県出身のフリーアナウンサー。元フジテレビジョンアナウンサー立命館大学産業社会学部卒業。既婚。

略歴[編集]

フジテレビ時代のエピソード[編集]

  • 高校時代は柔道部に所属。初段。高校3年時、NHK杯全国高校放送コンテストの朗読コンテストで県代表。全国高等学校総合文化祭の弁論部門で優秀賞(全国3位)。国民文化祭の朗読部門で優秀賞を獲得している。
  • 同期入社のアナウンサーは内田恭子大橋マキ(ともに現在はフリー)である。
  • 若手の競馬担当アナウンサーとしては最も早い入社9年目でG1レースの実況を担当した。
  • 情報プレゼンター とくダネ!」では、入社4年目から笠井信輔アナが休みのときに司会の代行を担当。
  • 2006年の同局の父の日特番「解決!満点パパ」で家族と過ごす長谷川の特集が組まれた。
  • 2009年7月の26時間テレビで行われた「12時間耐久三輪車レース」でアナウンサーチームのリーダーを務めた。
  • 2009年9月のCS放送で女性アナやキャスターに過激な発言をし騒動になった。フリー転向後、あくまでその発言は演出であり、放送後、同僚に対し謝罪したことを語っている[1]
  • 2010年9月15日の放送で「情報プレゼンター とくダネ!」を卒業することが発表された。
  • 2010年9月16日付けで佐野瑞樹の後任としてニューヨーク支局に赴任。「めざましテレビ」や「情報プレゼンター とくダネ!」内でニューヨーク中継を担当。
  • 2012年6月12日、フジテレビよりニューヨーク滞在関連の費用を不正使用したと発表があり、降格処分を受け、著作権契約部に異動となった。これにより、アナウンサーを解任された[2]。その後、ネットや週刊誌を中心に「長谷川は横領犯である」という記事が多数流れ始める。
  • 2012年11月、ビジネス著作権検定初級に合格。[3]
  • 2013年4月1日付でフジテレビ退社。

一連の説明[編集]

  • 退社翌日の4月2日より、期間限定ブログ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜を開始。
  • その中で不動産契約のトラブルに巻き込まれた経緯などを記し、上記したフジテレビ側の発表に対し反論。
  • 実際は横領などの事実はなく、むしろ返金しようとしていた事などを当時の長谷川の個人メールのやり取りを公開し説明した。
  • しかし、フジテレビ社内の懲罰委員会においては、その証拠メールはもみ消されていた。
  • 長谷川の処分は社員だけではなく、フジテレビ労働組合に対しても隠蔽して一部の人間が一方的に行ったことを公表。
  • さらに、開設したブログのコメント欄などにフジテレビ社内とみられるIPアドレスからの執拗な荒らし行為があったことなどを公表した。
  • また、上記した「横領疑惑」の記事は特定のフジテレビ現役社員が写真週刊誌にリークし書かせていたことなどを突き止め、その過程を公開した。
  • これらの説明は自身の著書や夕刊紙の連載などで繰り返し説明をしている。最初にその詳しい内容を書き綴った個人ブログは19日間で2400万PVを記録しており、2013年4月時点で非芸能人の個人として日本記録を達成したとしている[3][4]
  • これらの行動を、長谷川は「説明責任を果たすため、子どもの未来のために公表した」と説明している。
  • なお、一部週刊誌やネットで「フジテレビとの確執」を報じられているが、そのような事実は一切なく、長谷川本人は「この騒動はあくまで一部の人間の暴走」と何度もブログなどで説明し、「古巣には感謝の思いしかない」とフジテレビに受けた恩を感謝している。

フリー転向後の活動[編集]

  • 2013年5月25日 に映画『生贄のジレンマ』の プロモーション映像が公開され、その中でアナウンサー役として出演。
  • 2013年6月7日 公式ホームページを立ち上げ、フリーアナウンサーとして活動開始を宣言。同日にアメーバブログも開設。
  • 2013年7月14日 『生贄のジレンマ』の公開記念舞台あいさつに司会者として出席。これがネットでの活動を除くと1年ぶりに公式の場への復帰となった。
  • 2013年8月28日にTOKYO MXで放送された「ニッポン・ダンディ」へ出演しテレビ画面復帰した(夏休みの司会代行として)。
  • 2013年8月30日小学館より初著書『いつも一言多いあのアナウンサーのちょっとめったに聞けない話』を出版。
  • 2013年10月から、復帰番組でもあった「ニッポン・ダンディ」で、毎月第1水曜日のレギュラー司会を担当。
  • 2013年11月からは「有吉ジャポン」(TBS)をはじめ、東京キー局の番組にも再び登場している。
  • 地元・関西地方のテレビ大阪が制作する「たかじんNOマネー」では、同年11月2日の放送で「第3代毒舌王」に就任した。
  • 2014年4月2日より自身の本音や思いなどを綴ったブログ「本気論 本音論」を開始。
  • 2014年4月よりTOKYO MXで夜9時から放送されている「バラいろダンディ」のメインキャスターに就任。月曜~水曜日を担当。[5]
  • 2014年4月28日 2冊目の著書『魔法のようによく分かる「伝わるプレゼン」の教科書』(サイゾー出版)出版。
  • 2014年5月21日 3冊目の著書『見たいテレビが今日もない~メディアの王様崩壊の現場~』(双葉社)出版。
  • 2014年5月28日 4冊目の著書『テレビの裏側が面白いほどよくわかる「メディアリテラシー」の教科書』(サイゾー出版)出版
  • 2014年5月30日 5冊目の著書『ワンピースに学ぶ反日問題』(ヴィレッジ出版)出版。
  • 2014年11月28日にテレビ大阪の夕方の報道特番「大阪の大問題」で、自身初となるニュースキャスターを務めた。[6]

フリー転向後の出演番組[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]


インターネットテレビ[編集]



フジテレビアナウンサー時代の担当番組[編集]

以下、ナレーション担当

競馬GI実況歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ フジ加藤アナ「パン子」の真相(東京スポーツ)2013年7月20日付
  2. ^ “フジテレビ、長谷川アナを処分 NY滞在関連費用を不正使用”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年6月12日). http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061201002507.html 2012年6月13日閲覧。 
  3. ^ 期間限定ブログ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜
  4. ^ ただし、個人に限定しないと2011年4月に「痛いニュース(ノ∀`)」が月間1億PVと報道されている[1]。芸能人も含めると2011年5月にAKB48の指原莉乃が24時間で9100万PVと報道されている[2]
  5. ^ 元フジ長谷川アナMXでメーンキャスター(『日刊スポーツ』2014年3月13日付記事)
  6. ^ 長谷川豊 フジ退社後初のニュースキャスター!“毒舌”が決め手(『スポーツニッポン』2014年11月3日付記事)
  7. ^ これは本来オリジナルバージョンの司会者、須田鷹雄が夏競馬開催期間は北海道文化放送(UHB)製作『ドラマチック競馬』で司会をしていたため。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ 開設当初のタイトルは「あのいつも一言多い長谷川アナの「無料ならこれくらい話せるお話」」で同年10月7日に改題[4]