長谷川豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
はせがわ ゆたか
長谷川 豊
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 奈良県奈良市
生年月日 1975年8月12日(38歳)
血液型 B型
最終学歴 立命館大学産業社会学部
職歴 フジテレビジョン編成制作局アナウンス室(1999年4月 - 2012年6月)
→編成制作局編成情報センター著作権契約部(2012年6月 - 2013年4月)
活動期間 1999年 - 2012年6月(フジテレビアナウンサーとして)
2013年4月 - 現在(フリーアナウンサーとして)
ジャンル 情報・スポーツ系など
出演番組・活動
現在 ニッポン・ダンディ
過去 めざにゅ〜
めざましテレビ
情報プレゼンター とくダネ!
(共にNY支局中継コーナー)
みんなのKEIBA
うまプロ」など
備考
2010年9月16日~2012年6月までニューヨーク支局勤務

長谷川 豊(はせがわ ゆたか、1975年8月12日 - )は、奈良県出身のフリーアナウンサー。元フジテレビジョンアナウンサー立命館大学産業社会学部卒業。

略歴[編集]


フジテレビ時代のエピソード[編集]

  • 高校時代は柔道部に所属。初段。高校3年時、NHK杯全国高校放送コンテストの朗読コンテストで県代表。全国高等学校総合文化祭の弁論部門で優秀賞(全国3位)。国民文化祭の朗読部門で優秀賞を獲得している。
  • 同期入社のアナウンサーは内田恭子大橋マキ(ともに現在はフリー)である。
  • 若手の競馬担当アナウンサーとしては最も早い入社9年目でG1レースの実況を担当した。
  • 情報プレゼンター とくダネ!」では、笠井信輔アナが休みのときに代行した。
  • 2006年の「父の日特番」で家族の特集が組まれた。
  • 2009年7月の26時間テレビで行われた「12時間耐久三輪車レース」でアナウンサーチームのリーダーを務めた。
  • 2009年9月のCS放送で女性アナやキャスターに過激な発言をし、騒動になった。フリー転向後、あくまでその発言は演出であり、放送後、同僚に対し、謝罪したことを語っている。[2]
  • 2010年9月15日の放送で「情報プレゼンター とくダネ!」を卒業することが発表された。
  • 佐野瑞樹の後任として2010年9月16日付けでニューヨーク支局に赴任。
  • 2011年1月から同番組内でニューヨーク中継が始まった。
  • 2012年6月12日、フジテレビよりニューヨーク滞在関連の費用を不正使用したと発表があり、降格処分を受け本社人事局付(後に編成制作局編成情報センター著作権契約部へ異動)となった。
  • それにより、アナウンサーを解任された。[3]
  • ニューヨーク赴任後に始めた個人ブログも閉鎖された。
  • その後、ネットや週刊誌を中心に「長谷川は横領犯である」と言う記事が多数流れ始める。
  • 著作権契約部に異動となり、2012年11月に行われたビジネス著作権検定 初級に合格した[4]
  • 2013年3月に同年4月1日付でフジテレビを退社することが発表された[1]


フジテレビ退社後[編集]

  • 退社翌日の4月2日より、期間限定ブログ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜を開始した。
  • その中で不動産契約のトラブルに巻き込まれた経緯などを記し、フジテレビ側の発表に反論。
  • さらに、開設したブログのコメント欄などに特定のIPアドレスからの執拗な荒らし行為があったことなどを公表した。
  • また、上記した「横領疑惑」の記事はそのフジテレビ現役社員が週刊誌に書かせていたことなどを突き止め、その過程を公開した。
  • 実際は横領などの事実はなく、むしろ金を返そうとしていた事実などを当時のメールのやり取りなどを公開し説明した。
  • しかし、フジテレビ社内の懲罰委員会においてそのメールなどはもみ消され、一方的な懲罰が執り行われたことを明かした。
  • その個人ブログは19日間で2400万PVを記録しており、2013年4月時点で非芸能人の個人として日本記録を達成したとしている[3][5]

フリー転向後の活動[編集]

  • 2013年6月7日 公式ホームページを立ち上げ、フリーアナウンサーとして活動開始を宣言。映画「生贄のジレンマ」の制作発表にて、1年ぶりに公式の場に復帰した。テレビ番組への復帰は、同年8月28日にTOKYO MXで放送された「ニッポン・ダンディ」への出演。夏休みの司会代行として
  • 2011年8月30日小学館より初著書『いつも一言多いあのアナウンサーのちょっとめったに聞けない話』を出版。同著の中で、ある特定のフジテレビ社員からの嫌がらせメールやコメントが4時間で104件にのぼっていることを改めて主張している。
  • 2013年10月からは、復帰番組でもあった「ニッポン・ダンディ」で、毎月第1水曜日のレギュラー司会を担当。2014年4月からは、同じMXで毎週月- 水曜日の21時台に放送を開始する同番組のリニューアル版「バラいろダンディ」のメインキャスターとして、ワイドショー番組にも本格的に復帰する[6]
  • 2013年11月からは「有吉ジャポン」(TBS)をはじめ、バラエティ番組にも再び登場している。地元・関西地方のテレビ大阪が制作する「たかじんNOマネー」では、同年11月2日の放送で「第3代毒舌王」に就任した。
  • 2013年12月4日からは、『日刊スポーツ』とのコラボレーション企画として、niftyの有料メールマガジン「新 おとなの学び場」で『フリーアナ長谷川豊の【公式メルマガ増刊号】』を毎週月曜日に配信[7]。日刊スポーツの公式サイト「nikkansports.com」に掲載された芸能関係の記事を基に、配信前週のアクセスランキングベスト10に該当する話題について、自身の知る芸能界の事情などを踏まえながら解説している。

フジテレビアナウンサーとしての担当番組[編集]

以下、ナレーション担当

競馬GI実況歴[編集]

フリー転向後の出演番組[編集]

テレビ[編集]

 (毎月第一水曜日のレギュラーMC、2013年8月28日は町亞聖の代理MC)

ラジオ[編集]

インターネットテレビ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c フジ・長谷川豊元アナ退社 NYで滞在費不正使用スポーツ報知)2013年3月27日付・同日閲覧。
  2. ^ フジ加藤アナ「パン子」の真相(東京スポーツ)20013年7月20日付
  3. ^ “フジテレビ、長谷川アナを処分 NY滞在関連費用を不正使用”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年6月12日). http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061201002507.html 2012年6月13日閲覧。 
  4. ^ 期間限定ブログ 長谷川豊の American Journey 最終章 〜僕に起きたことのすべて〜
  5. ^ ただし、個人に限定しないと2011年4月に「痛いニュース(ノ∀`)」が月間1億PVと報道されている[1]。芸能人も含めると2011年5月にAKB48の指原莉乃が24時間で9100万PVと報道されている[2]
  6. ^ 元フジ長谷川アナMXでメーンキャスター(『日刊スポーツ』2014年3月13日付記事)
  7. ^ 長谷川豊がメルマガで芸能ニュースを解説(『日刊スポーツ』2013年12月4付記事)
  8. ^ これは本来オリジナルバージョンの司会者、須田鷹雄が夏競馬開催期間は北海道文化放送(UHB)製作『ドラマチック競馬』で司会をしていたため。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]