福井謙二

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ふくい けんじ
福井 謙二
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 広島県広島市南区
生年月日 1953年9月8日(61歳)
血液型 AB型
最終学歴 慶應義塾大学商学部
職歴 フジテレビアナウンサー:アナウンス室専任副部長→調整統括担当部長→室次長→専任局次長→室長→担当局長兼室長→担当局長
活動期間 1976年 -
ジャンル スポーツ・情報・バラエティ
配偶者 あり
家族 子あり
出演番組・活動
現在 福井謙二 グッモニ』(文化放送
過去 プロ野球ニュース
料理の鉄人
タモリのジャポニカロゴス』ほか

福井 謙二(ふくい けんじ、1953年9月8日 - )は、フリーアナウンサー

来歴・人物[編集]

広島県広島市南区松原町出身[1]。実家は広島駅から徒歩1分にある。同郷・フジテレビの後輩には頼近美津子1984年退社、2009年死去)[2][3]山中秀樹2006年退社)、三宅正治西山喜久恵がいる(西山は尾道市の出身)。 

修道中学校・修道高等学校時代は、放送部に所属[1]。架空の広島東洋カープ初優勝実況中継(実際の初優勝は5年後)で、女子高校生に褒められ、アナウンサーを志望する[1]慶應義塾大学商学部卒業後の1976年4月、フジテレビにアナウンサーとして入社。同期アナウンサーは陣内誠2005年番組審議室へ異動、2010年よりスタジオアルタ代表取締役専務)、長沢美雪。

1年先輩の堺正幸は放送研究会の先輩で、大学時代からの友人。23年後輩の内田恭子は大学の後輩でかつての部下。

入社後はスポーツ実況の第一線で活躍していたが、1991年の『全日本ガイジン選手権』を皮切りにバラエティ番組にも進出[4]

2009年7月、堺正幸の後任としてアナウンス室長に就任。2011年6月29日からはアナウンス担当局長を兼務。2012年6月28日からは兼務していたアナウンス室長職を後輩の牧原俊幸に引継いだ。

特技のギター演奏の腕前を生かして、かつて放映されていた深夜番組『寺内ヘンドリックス』のコーナー、「ギタリスト宣言した局アナ。」にて、同局のアナウンサーにギター演奏を指導した事がある([1])。

後輩の三宅正治、青嶋達也と共にフジテレビアナウンサーによる音楽ユニットF・MAPで歌手デビューを果たしており、アニメ『みどりのマキバオー』の主題歌「走れマキバオー」でメインボーカルを担当。

福井自身で作詞・作曲したCDを2002年に発売している(「一人旅のすすめ」作詞・作曲:福井謙二)。きっかけはあるレコード会社のオーディションに自らの作詞、作曲、パソコンの打ち込みに生ギターのダビングを加えデモテープを応募して認められてCD発売となった。2008年には『アナ★バン!』の企画で25年後輩の高島彩と26年後輩の中野美奈子の早朝アイドルユニット「Early Morning」のデビュー曲「おいてけぼりのThirty」を作曲している。この時は、作曲兼プロデューサー「KEN」名義である。

2000年代後半からニッポン放送への出演機会があったが、2013年4月からは文化放送で、自身初のラジオレギュラー番組『福井謙二 グッモニ』を担当することになった。

2013年9月末でフジテレビを定年退職し、フリーとなった。

広島市出身で大のカープファンである。2014年現在レギュラーを務める福井謙二 グッモニでも、たびたび好調なカープを話題にしている。

担当番組[編集]

現在[編集]

過去[編集]

ゲームソフト[編集]

※ほとんどは声の出演である。

麻雀ゲームソフト
野球ゲーム
データベースソフト
  • 料理の鉄人 KITCHEN STADIUM TOUR(1996年、博報堂マルチメディアエンターテイメンツ、セガサターン版)

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c “私の師”. 中国新聞 (中国新聞社). (2013年8月19日) 
  2. ^ 当時フジサンケイグループ議長だった鹿内春雄との結婚に伴う寿退社。春雄は4年後の1988年に死去した。
  3. ^ ただし、フジテレビへは新卒入社ではなくNHKからの転籍である。
  4. ^ 2013年5月26日 日刊スポーツ芸能面「日曜日のヒーロー855・福井謙二」より。
  5. ^ 最初の半年間はフジテレビアナウンサーであったため、フジテレビから文化放送への派遣という形で出演していた。
  6. ^ 『ドラマ』 1999年9月号(映人社)、100頁。

外部リンク[編集]