山本文郎

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やまもと ふみお
山本 文郎
プロフィール
本名 山本文郎
愛称 文さん
出身地 日本の旗 日本 東京都
生年月日 1934年12月23日(77歳)
最終学歴 早稲田大学第一文学部国文学科
所属事務所 オフィスぶん
活動期間 1957年 -
ジャンル 報道・情報
配偶者 あり
出演番組・活動
過去 テレポートTBS6
モーニングEye
輝く!日本レコード大賞』など

山本 文郎やまもと ふみお1934年12月23日 - )は、日本フリーアナウンサー。元TBS(東京放送[1]アナウンサー。愛称は文さん(ぶんさん)。自らの個人事務所である、オフィスぶん所属。

目次

[編集] 来歴・人物

東京市小石川区(現・文京区)出身。父親は開業医だったが、戦時中召集され、広島陸軍病院勤務中の1945年8月6日被爆。全身大火傷を負い15日後に亡くなった。

東京都立九段高等学校を経て早稲田大学第一文学部国文学科卒業。同じ第一文学部の後輩には元フジテレビアナウンサーの逸見政孝がいる。

1957年、当時のラジオ東京(現:TBS)にアナウンサーとして入社した。同期に岡部達がいる。

テレビ・ラジオの音楽・演芸番組を中心に活動した後、1976年からは報道番組『テレポートTBS6』キャスターを11年務め、TBS夕方の顔として茶の間の人気を博す。1987年から全国ネットのワイドショー『モーニングEye』司会となり、こちらでも9年間「朝の顔」として親しまれた。

1994年に定年退職し、現在はフリーアナウンサーとして活動する。

タモギダケ茶を愛飲し、その効用を商品化するべく緑茶とブレンドした「文さんの健康抹茶」の商品開発に携わり、通信販売などで売られている。

2006年には、北海道旭川市旭川夏まつりの関連イベント「大雪さんろくまつり」実行委員会の顧問に就任した。

都心に近く、気候温暖で、海の幸、山の幸が豊富な土地を気に入り、千葉県鎌ヶ谷市に在住している。

[編集] 芸能界最高齢再婚

1997年の元日に夫人に突然の病で先立たれた山本は、2008年1月、離婚歴のある43歳の女性[2]との再婚を発表。かつて山本が『こども音楽コンクール』の司会をしていた時に知り合ったこの女性の結婚披露宴の司会を務め、2007年に彼女の離婚を年賀状で知り、相談を受けているうちに愛が芽生えたという。同時に中学生と小学生の父親となった(但し、山本と先立たれた先妻との間に1男がいる。)。この結婚は芸能界最高齢での再婚であり、上原謙中村富十郎の66歳という記録を7歳も更新した。

2009年新婚さんいらっしゃい!」の新春特集「芸婚さんいらっしゃい!」に夫婦揃って出演、出会いのエピソードなどを披露したほか、多い時には朝昼晩の1日3回の交合に及ぶという旺盛なセックスライフを紹介して他の出演者を驚嘆もしくは辟易させるなど、仲睦まじい様子を見せた。

[編集] 出演番組

[編集] TBS時代の出演

[編集] フリー転身後の出演

[編集] CM

[編集] 脚注

  1. ^ 会社法人としては、現在の東京放送ホールディングス、放送局としては、現在のTBSテレビTBSラジオ。TBSは、2009年3月までは、東京放送の略称であったが、同年4月以降はTBSテレビの略称となっている。
  2. ^ 山本はその1回目の結婚式の司会を行ったと、「メレンゲの気持ち(2009年11月29日放送分)」で告白。
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