手塚眞

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手塚 眞
本名 手塚 真
生誕 1961年8月11日(52歳)
日本の旗 東京都
国籍 日本の旗 日本
職業 映画監督俳優
活動期間 1985年 -
代表作

監督作品
『ブラックキス』
『白痴』
『星くず兄弟の伝説』
『妖怪天国』
ブラック・ジャック

書籍
『天才の息子〜ベレー帽をとった手塚治虫』
CM
『住友林業』
俳優として出演
『ねらわれた学園』
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手塚 眞(てづか まこと、本名:真新字体1961年8月11日 - )は、ヴィジュアリストという肩書きで[1]映画監督など映像全般に関わるクリエーター

有限会社ネオンテトラ代表取締役、株式会社手塚プロダクション取締役東京工科大学メディア学部客員教授。日本工学院専門学校クリエイターズカレッジ顧問。イメージフォーラム映像研究所講師。ジャパン・イメージ・カウンシル理事。知的財産管理技能検定委員。安吾賞選考委員。

父は漫画家手塚治虫、妹はプランニングプロデューサー・地球環境活動家の手塚るみ子、妻は漫画家の岡野玲子

来歴[編集]

手塚治虫の長男として生まれる。小学校から高等学校までを成蹊学園で過ごす。幼児期には虫プロダクションが制作した『W3』よりも『ウルトラQ』を好み、主に妖怪物の漫画などを愛好した[2]。幼少時代に手塚作品にあまり馴染まなかった理由については自著で、「嫌いだとかつまらないというより、身近すぎていつでも観られるという印象を持っていたからです」「ぼくらはその気さえあれば、いつでもアニメは観られるのです。まったく八百屋にとっての野菜と同じ、漫画もアニメも見飽きていて、どちらかと言えば父の仕事場を連想してしまい、やや面倒なイメージがあったのです」と記している[3]

成蹊高等学校在学時に初めて制作した8mm映画『FANTASTIC★PARTY』が「日本を記録する8mmフェスティバル」高校生部門特別賞を受賞し、審査委員だった大島渚監督ほか映画人に高く評価される。ついで監督した2本の短編作品が、ともに「ぴあフィルムフェスティバル」に入選、犬童一心らとともに「高校生作家」と称される。学園を舞台にした短編ホラー『HIGH SCHOOL TERROR』は『学校の怪談』など後のジャパニーズホラー・ブームの先駆けとなる。日本大学藝術学部映画学科に進学後、1981年に監督した8mm映画『MOMENT』は学生を中心に大人気となり、現在でもDVDが発売されている。テレビ東京のバラエティ番組『もんもんドラエティ』のために『お茶の子博士のHORROR THEATER』という短編ホラーのコーナーを制作、本人が解説者で登場。また、角川映画ねらわれた学園』に有川正彦役で出演、薬師丸ひろ子と共演する。在学中に近田春夫製作総指揮による長編劇場映画『星くず兄弟の伝説』を監督、25歳でプロの監督デビューとなる。雑誌の連載など執筆活動も始め、多忙のため大学を中退する。以降、ヴィジュアリストという肩書で、長編映画からドラマ、アートフィルム、PVやイベント製作などを行っている。

1986年、Vシネマの草分けとなる『妖怪天国』を監督、手塚治虫馬場のぼる水木しげる楳図かずおらの出演が話題となる(のちに続編『妖怪天国 ゴーストヒーロー』を監督した)。

1991年、開発初期のハイビジョンで『東大寺伝説・金剛奇譚』を撮る。同年、黒澤明監督に取材したドキュメンタリー『黒澤明・映画の秘密』を演出する。

1995年富士通のPCソフト『TEO〜もうひとつの地球』をプロデュース、世界19か国で50万本のヒットとなる。

1999年、10年をかけた大作長編映画『白痴』を監督した。撮影時には新潟県美咲町に巨大なオープンセットを建設、市民によって運営されるミニシアター「新潟・市民映画館シネ・ウインド」を始め、多くの有志がボランティアで撮影に参加する。現在も新潟・市民映画館シネ・ウインドや市民に映画撮影のノウハウを講義する「にいがた映画塾」、「安吾の会」などの活動に大きく関わっている。ヴェネツィア国際映画祭に招待される。プリモフィーチャーフィルムフェスティバル・デジタルアワードを受賞している。釜山、ラテンアメリカ、アラブほか各国の映画祭にも招待され、フランスでは劇場公開される。

2001年には「東アジア競技大会大阪大会」開会式の総合演出を務める。

2003年からテレビアニメ『ブラック・ジャック』の監督を行い、東京アニメアワード優秀作品賞を受賞する。マンガ『PLUTO』(浦沢直樹×手塚治虫)の監修を行い、同作はメディア作品賞ほかを受賞した。

2005年愛知万博にてダンスオペラ『UZUME』演出。

2007年よりニコニコ動画に関わり、「ニコニコ国際映画祭」ほかを企画、審査委員長を務める。2011年にはニコニコムービー第1弾として『動画探偵ぐれいと・すぺしゃる ニコニコ連続殺人事件』を脚本、監督する。

また、手塚治虫の遺族として宝塚市立手塚治虫記念館、公式ホームページ、東京都江戸東京博物館「手塚治虫展」、シンポジウム「手塚治虫アカデミー」等のプロデュースを行っている。その他執筆活動、講演活動、テレビ出演も多く、NHK・ETV『サイエンスZERO』のコメンテーターを8年間務めている。

監督作品[編集]

映画[編集]

テレビ[編集]

インターネットムービー[編集]

  • ザ・ボックス

書籍[編集]

著書[編集]

  • 『青いドラキュラ赤いドラキュラ』 北宋社、1983年10月。
  • 『夢みるサイコ』 新書館、1986年5月。ISBN 4-403-22027-4
  • 『ヴィジュアリスト』 新書館、1990年9月。ISBN 4-403-22036-3
  • 『視覚的恍惚』 白地社〈叢書l'esprit nouveau 13〉、1995年7月。ISBN 4-89359-098-7
  • 『ブラックモーメント』 幻冬舎、1996年7月。ISBN 4-87728-117-7
  • 『ファントム・パーティ』 幻冬舎、1997年7月。ISBN 4-87728-169-X
  • 『ヴィジュアル時代の発想法 直感をいかす技術』 集英社〈集英社新書〉、2000年11月。ISBN 4-08-720064-7
  • 『天才の息子 ベレー帽をとった手塚治虫』 ソニー・マガジンズ、2003年4月。ISBN 4-7897-2029-2
  • 『「父」手塚治虫の素顔』 あいうえお館、2009年5月。ISBN 978-4-416-90923-2/新潮文庫、2012年3月
  • 『手塚治虫 知られざる天才の苦悩』 アスキー・メディアワークス〈アスキー新書 111〉、2009年6月。ISBN 978-4-04-867799-8
  • 『トランス 位牌山奇譚』 竹書房〈タソガレ文庫〉、2013年5月。ISBN 978-4-8124-9437-0

共著・編著・共編著[編集]

  • 『ぼはなん』 ぼはなんプロダクショイ編、新書館、1988年2月。ISBN 4-403-22032-0 - 共著。
  • 手塚眞文・奥平イラTEOプロジェクト絵 『フィンフィンのなみだ』 小学館〈TEO絵本 1〉、1996年12月。ISBN 4-09-727241-1
  • 大原まり子ほか 『血』 早川書房、1997年9月。ISBN 4-15-208107-4 - 手塚眞「スティンガー」を収録。
    • 大原まり子ほか 『血 吸血鬼にまつわる八つの物語』 早川書房〈ハヤカワ文庫 JA〉、2000年6月。ISBN 4-15-030640-0
  • 井上雅彦監修 『教室 異形コレクション』 光文社〈光文社文庫〉、2003年9月。ISBN 4-334-73558-4 - 手塚眞「ハイスクール・ホラー」を収録。
  • 京極夏彦 『妖怪大談義 対談集』 角川書店、2005年6月。ISBN 4-04-883925-X - 手塚眞述「妖怪を生み出す手法」を収録。
  • 黒沢清 『映画のこわい話 黒沢清対談集』 青土社、2007年11月。ISBN 978-4-7917-6370-2 - 手塚眞述「ホラーブームとふたりの戦略」を収録。

監修[編集]

その他の活動[編集]

PCソフト[編集]

  • TEO〜もう一つの地球(総合監修)

イベント[編集]

  • ROBODEX2003(オフィシャルアドバイザー)
  • 坂口安吾映画祭(2006年、総合プロデュース&トークショー出演)
  • インターネットサービス「ニコニコ動画」における表彰イベント「国際ニコニコ映画祭」審査委員長(現任)

テレビ出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ PROFILE - Tezka Macoto' 6D、2012年7月28日閲覧。
  2. ^ 手塚治虫『観たり撮ったり映したり』キネマ旬報社、1987年、P14 - 15
  3. ^ 『天才の息子』ソニーマガジンズ、2003年、P33

関連項目[編集]

外部リンク[編集]