成蹊中学校・高等学校

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成蹊中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人成蹊学園
設立年月日 1914年
創立者 中村春二
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 13733C
所在地 180-8633
東京都武蔵野市吉祥寺北町三丁目10番13号
外部リンク 公式サイト
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成蹊中学校・高等学校 (せいけいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都武蔵野市吉祥寺北町三丁目にある男女共学の私立中高一貫校。設置者は学校法人成蹊学園


概要[編集]

1914年、池袋旧制中学・成蹊中学校を創設。1925年には、成蹊高等学校(旧制7年制)を創設した。

全国でも4校しかない私立の7年制(尋常科4年+高等科3年)の旧制高校の歴史を受け継ぐ伝統校であり、東京都の進学校・難関校である。

旧制成蹊高校当初の学級定員は1学級30名とし、尋常科は1学年1学級、高等科は文科・理科に分け1学年各1学級だった。

履修する第1外国語により、文科甲類(英語)・文科乙類(ドイツ語)・理科甲類(英語)・理科乙類(ドイツ語)と細分された。当時、医学部に進学する人はドイツ語を学ぶために理科乙類に入った。

当時は一度、尋常科に入学すれば帝国大学への進学が保証された。また、旧制高校の中でも成蹊は初等教育機関(小学校)を包含していたため、成蹊小学校への入学が帝国大学への進学に直結することとなり、人気を集めた。

旧制成蹊高校時代は、ほとんどの生徒が東京大学(東京帝国大学)へ進学した。1949年には64名(全国5位)、1950年には49名(全国7位)の東大合格者数だった。新制高校へ移行後も、1950年~1961年までは東大に毎年二桁の合格者を出し、開成麻布武蔵と共に東京都内の私立高校の東大合格者数上位に名を連ねた。私立の共学校として東大に二桁の合格者を出したのは成蹊が最初。1954年には東大に29名合格し、これは当時の私立の共学校の最高記録で、21世紀に入るまで破られなかった。

学制改革に際しては、高等科は新制成蹊大学へ、尋常科は新制成蹊中学・高校へそれぞれ移行したと考えるのが一般的である。
1917年に目白に創設された成蹊女学校は、1921年に成蹊高等女学校となり、1954年に成蹊学園へ合併し、1956年に廃校となった。[1]

財政的には三菱合資会社(後に三菱本社)社長であり、成蹊学園初代理事長だった岩崎小弥太の存在が大きかった。高校開校にあたり、池袋から移転先として現在地の吉祥寺を岩崎小弥太が選定。岩崎小弥太は、吉祥寺に1万余坪の農園を所有しており、この農園に隣接した8万余坪の広大な土地を購入し、個人的に成蹊学園に寄附した。

国際色豊かでスマートで自由な校風、徹底した少人数教育が特徴。中学校には、帰国子女のみを受け入れる「国際学級」が1年次に1クラス(定員15名)設置されている。

生徒数は2012年5月現在、1767名(成蹊高校973名・成蹊中学794名)である。

中高一貫校だが、高等学校からの外部募集も行っている。

安倍晋三(第90代・第96代内閣総理大臣)の母校であり、有名企業の会長・社長など、政財界に多くの人材を輩出している。

学園入口から中学校・高等学校正門まで約600メートル続くケヤキ並木(124本)は「日本の音風景100選」(環境省)、「新東京百景」(東京都)に選定されている。

沿革[編集]

明治末期~大正期の教育者である中村春二が、高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)時代からの友人であった、岩崎小弥太(後の三菱財閥総帥)と今村繁三(後の今村銀行頭取)の協力を得て創設した私塾「成蹊園」が母体となっている。

年表[編集]

建学の理念[編集]

「個性の尊重」「品性の陶冶」「勤労の実践」

教育[編集]

高校1年次は芸術以外はすべて共通科目で、芸術は必修選択科目となっており、音楽・美術・工芸デザイン・書道の中から1つを選択する。
高校2年次からは文系・理系に分かれ、英語・数学が習熟度別の少人数クラス編成となる。第2外国語として、ドイツ語フランス語中国語韓国語を選択することも可能。
高校3年次からは現代文・英語・体育など一部が必修となり、18のコースからなる選択科目が中心の授業になる。英語・理系数学は学力別に少人数授業が行われる。自分で選んだコースによって、クラス内でも時間割がそれぞれ異なるため、時間ごとに教室へ移動しての学習が多くなる。理系コースには、医歯薬系への進学者が多いことが本校の特色の一つとなっている。

国際学級

成蹊中学では帰国生受け入れのため、1964年から国際特別学級(1995年に国際学級と改称)を設置している。過去には全学年に設置されていたが、現在は国際学級が1学年制になり、中学2・3年からの国際学級編入試は廃止となったが、2008年からは中学2年への帰国生編入試を実施し、中2一般クラスへ編入する。
国際学級は1年次の1年間で修了し、中学2年からは一般クラスへ移る。国際学級は日本の教育に早期適応できるように、15名の少人数で授業が行われ、国語に重点が置かれている。中学2・3年では、帰国生向けの「帰国生英語特設クラス」で英語の授業が行われる。
本校では、国際学級に限らず小・中・高に1学期間以上在籍した生徒が保護者の海外転勤等で海外に行き、一定期間のうちに再度帰国する際、再入学できる制度がある(受け入れテスト有り)。

学校行事[編集]

体育祭・体育大会
中学の体育祭は9月、高校の体育大会は5月と9月に行われる。
夏の学校
中学1年では自然観察を通じて仲間づくりを行い、中学2年では2000m級の山に登って心身を鍛える。
修学旅行
中学3年の5月に行われる修学旅行は、4泊5日で京都・奈良へ行く。
学習旅行
高校2年の夏休み・冬休み・春休みに、海外を含めて約8つのコース別に分かれて行われる。生徒と教員が一緒に企画し、希望者参加型となっている。
蹊祭(こみちさい)
毎年秋に行われる中高合同の文化祭。
マラソン大会
高校の2月にマラソン大会を実施している。

国際教育[編集]

施設・設備[編集]

  • 中学・高等学校中央館…中学校生徒ホール、高校食堂(300席)、コンピュータ教室A(50席)、コンピューター室B(40席)、視聴覚教室B、中学校図書室、高校図書室、分割教室(30名×4部屋)、会議室、事務室
  • 理科館…物理・化学・生物・地学の各研究室、講義室、実験室あわせて11の教室、屋上には成蹊気象観測所と天文気象部(高校)が使用する天文観測ドームがある。
  • 造形館…金工室、木工室、美術室、工芸室がある。
  • 特別教室棟…1学年全員が入れる大教室、調理室、被服室、和室、書道室、音楽室(2部屋)、第二視聴覚室、共同研究室がある。
  • 中学校ホームルーム棟(2007年7月竣工)
  • 高校ホームルーム棟(2008年12月竣工)
  • テニスコート(5面・全面人工芝)
  • 中高グラウンド
  • バスケットボール・バレーボールコートなど(3面・屋外)
  • 体育館が2棟(第一体育館、第二体育館)

※この他に、成蹊大学の運動施設も利用可能。

制服[編集]

  • 男子:冬服は、黒蛇腹の縁取りを施した紺色のホック留め詰襟。夏服は、白いワイシャツまたは開襟シャツに、紺色のズボンを着用する。中学は冬服の場合襟に学年とクラスを表した金バッジを、夏服の場合はワイシャツないし開襟シャツに校章を付ける。
  • 女子:セーラー服。冬服は紺襟に桃のマークと白線3本が入った紺のセーラー服で、夏服は紺襟に桃のマークと白線3本が入った白のセーラー服。中学は赤色のスカーフ、高校は紺色のスカーフを着用する。

進路[編集]

  • 成績上位者には、成蹊大学への内部推薦の権利を持ちながら、他大学を受験できる内推併願制度がある。
  • 例年、卒業生の約3~4割が系列校の成蹊大学に進学し、その他の多くは国公立大学や私立大学へ進学する。

部活動[編集]

スカウト等は一切行っていないが硬式テニス部は強豪で、中学男子は10度全国大会に出場し、優勝3回・準優勝2回を誇る。

ラグビー部は旧制高校時代の1923年創部の伝統を誇り、花園4度出場の強豪。
馬術部も旧制高校時代の1925年創部で、学園内に馬場や馬も保有しており、全国大会に何度も出場している。
スキー部は中学・高校とも全国大会出場経験がある。
高校水泳部は、男子水球が2011年関東大会に出場し、男子競泳はインターハイ(2011・2012年)2年連続出場。

籠球部(バスケットボール部)は1927年創部で、旧制成蹊高校時代の1927年、全国高校バスケットボール大会準優勝。1931年には、第10回全日本籠球選手権大会(現 全日本総合バスケットボール選手権大会)で、高校生ながら大学を含む強豪チームを破り、全日本制覇という偉業を達成したことがある。

天文気象部は気象観測で知られ、メディアにも度々登場する(構内に1926年設立の成蹊気象観測所がある)。また同部は「小柴昌俊科学教育賞」奨励賞を受賞している。

硬式テニス部
  • 中学(男子)…10度全国大会に出場し、優勝3回・準優勝2回。2008年全国大会団体3位。
  • 中学(女子)…2010年全国大会団体3位、2007・2009・2011年全国大会出場。
  • 高校…2007年インターハイ出場。
ラグビー部
馬術部
  • 1929年、第6回全国高校馬術競技大会優勝
  • 全日本高等学校馬術競技大会(インターハイ)出場…2000・2001・2003・2008・2010・2011・2013年
スキー部

運動部[編集]

中高共通[編集]

  • 野球部
  • 水泳部(高校男子は水球)
  • 硬式テニス部(男・女) 
  • ソフトテニス部
  • 陸上競技部
  • 卓球部
  • ラグビー部
  • サッカー部
  • バスケットボール部(男・女)
  • 女子バレーボール部
  • 山岳部
  • 剣道部

高校[編集]

  • 柔道部
  • スキー部
  • 馬術部
  • 自転車(サイクリング)部
  • 男子バレーボール部
  • バドミントン部
  • ワンダーフォーゲル部
  • 水球部(男子)


文化部[編集]

中高共通[編集]

  • ダンス部
  • 英語部
  • 写真部
  • 美術部
  • 演劇部
  • コーラス部
  • 吹奏楽部(成蹊ウィンドオーケストラ)(SWO)
  • 弦楽(ストリングス)部
  • 書道部

中学[編集]

  • 自然科学部
  • 科学技術部
  • 社会探検部
  • 家庭部
  • イラスト漫画部

高校[編集]

  • 文芸部
  • 天文気象部(SAMC)
  • 生物部
  • 鉄道研究部


新制成蹊高等学校出身者(五十音順)[編集]

政治[編集]

法曹[編集]

実業[編集]

学術[編集]

文化[編集]

芸能[編集]

スポーツ[編集]

その他[編集]

旧制成蹊高等学校出身者(五十音順)[編集]

政治・行政[編集]

法曹[編集]

実業[編集]

学術[編集]

文化[編集]

その他[編集]

交通[編集]

系列校[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 成蹊学園広報44号 成蹊女学校

外部リンク[編集]