アドルフに告ぐ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アドルフに告ぐ
ジャンル ストーリー漫画歴史漫画
漫画:アドルフに告ぐ
作者 手塚治虫
出版社 文藝春秋
掲載誌 週刊文春
レーベル 文春コミックス 他
発表号 1983年1月6日号 - 1985年5月30日号
巻数 文春コミックス全5巻 他
テンプレート - ノート
ウィキプロジェクト 漫画
ポータル 漫画

アドルフに告ぐ』(アドルフにつぐ)は、手塚治虫による日本歴史漫画作品。

概要[編集]

1983年1月6日から1985年5月30日まで、『週刊文春』(文藝春秋)に連載された。手塚治虫が漫画雑誌でない一般週刊誌に連載したのはこれが初めてである(1970年4月17日から5月8日まで、『週刊ポスト』に『時計仕掛けのりんご』を連載)。

第二次世界大戦前後のドイツにおけるナチス興亡の時代を背景に、「アドルフ」というファーストネームを持つ3人の男達(アドルフ・ヒットラーアドルフ・カウフマンアドルフ・カミル)の3人を主軸とし「ヒトラーがユダヤ人の血を引く」という機密文書を巡って、2人のアドルフ少年の友情が巨大な歴史の流れに翻弄されていく様と様々な人物の数奇な人生を描く。

作品の視点は主にカウフマンとカミルであり、ヒトラーは2人のドラマからやや離れて描かれているにとどまっている。これらに日本人の峠草平狂言回しとして加わり、ストーリーが展開する。ベルリンオリンピックゾルゲ事件日本やドイツの敗戦、イスラエルの建国など、登場人物たちは様々な歴史的事件に関わる事になる。『陽だまりの樹』と並び非常に綿密に設定された手塚治虫の後期の代表作。

本作でも手塚のスターシステムは健在で、手塚漫画の悪役キャラクターであるアセチレン・ランプとハム・エッグが登場している。

1986年(昭和61年)度、第10回講談社漫画賞一般部門受賞。

生前の手塚が対談で語ったところによると、当初は空想的・超現実的傾向の強い作品を構想していたが、週刊文春側の要請で「フレデリック・フォーサイスタイプ」の作品になった[1]。また、途中の休載や単行本の総ページ数の制約により、中東紛争の歴史を背景にラストに至る必然性を描写したり、ランプや米山刑事などの「その後」について予定していたドラマなどはすべてカットされることになった[2]

あらすじ[編集]

1983年イスラエル。1人の日本人男性がひっそりと墓地の一角に佇み、ある墓の前に花を供えた。彼の名は峠草平。40年前、3人の「アドルフ」に出会い、そしてその数奇な運命に立ち会うことになった彼は、全ての終わりを見届けた今、その記録を1冊の本として綴ろうとしていた。

時は1936年8月、ベルリンオリンピックに湧くドイツへと遡る。協合通信の特派員であった峠草平は、ベルリンオリンピックの取材にドイツに派遣されていた。8月5日、取材中にベルリン留学中の弟・勲から1本の電話が入る。勲はおどおどした調子で草平に「重大な話があるから明後日の夕方8時に必ず自分の下宿に来てほしい」と頼んだ。峠は個人的な話だろうと思い、弟の深刻さを理解しないまま電話を切った。

8月7日、勲との約束の日がやって来た。草平の取材しているオリンピック競技は棒高跳びから始まり、アメリカ勢3人と日本2人のしのぎを削る争いとなった。その後雨が降り出し競技は中断。決勝は日没後にもつれ込んだ。そのため草平は弟との約束の時間である8時に間に合わなかった。

ようやく競技が終わり、草平は急ぎ足でタクシーに乗り込み、勲の住んでいるベルリン大学の西通りへ向かったが、勲は何者かに襲われ、無残な姿となっていた。しかも勲の遺体は予想もしない形で持ち去られ、行方不明になってしまう。さらには事件そのものが跡形もなく消されてしまった。

自分が約束に遅れたために、勲を死なせてしまったと悔やむ峠は、勲の遺した謎を追って奔走するが、彼自身にも危険が迫る。アセチレン・ランプとの邂逅、そして勲の元恋人を名乗る謎の女ローザの出現。様々な奇禍を重ねながら、物語はやがて日本へとその謎の舞台を移して行く。

主な登場人物[編集]

峠 草平(とうげ そうへい)
「この物語の狂言回し」と自称する協合通信のドイツ特派記者。茨城県新治郡土浦町(現在の土浦市)出身。W大陸上の元花形選手。スポーツマンらしい正々堂々とした、一本気でおおらか、かつタフな性格の持ち主。ドイツに留学している弟がおり、ベルリンオリンピックに湧くドイツで取材中、弟から掛かってきた一本の電話が彼の人生を大きく変える事になる。
本作品の狂言回し役ではあるものの、彼自身は3人のアドルフ全員と物語途中で別離しており、最期を看取っておらず、語り部に近い立場にいる。そのため本作の一連の事件は峠草平の回想で語られている。
最後については#登場人物の結末参照。
アドルフ・カウフマン
熱心なナチス党党員のドイツ人外交官を父に、日本人の由季江を母に持つハーフの少年。大人しく、繊細な性質で、日独混血である事にコンプレックスを抱きながら育つ。
神戸の山本通りで裕福な暮らしを送る一方、下町のパン屋の息子でユダヤ人、同じ名を持つカミルとは親友であった。しかし、父親の強い要望によりナチスの幹部養成所アドルフ・ヒトラー・シューレ(AHS)への入学が進められ、抵抗を試みるも、ある秘密からカミルを守った結果、ドイツ本国へと送られてしまう。カミルとの強い友情と、再会を胸に日本を発つが、AHSでの教育は徐々に彼をナチズムに染めていく。
ヒトラー・ユーゲントとしての活動の中、カウフマンは裕福なユダヤ商人の娘、エリザと出会う。彼女に一目ぼれしたカウフマンは、ついには日本への亡命計画を立案し、エリザにカミルを頼るように言い含めると、強引に実行させてしまう。
その一方で優秀生としてヒトラーに面会し、表彰されたカウフマンは大いに感銘を受け、ナチズムとヒトラーへの傾倒を深めていく。さらには列車内で中国人のスパイを捕まえる手柄を立て、小さな英雄として二度目の面会と表彰を受け、ヒトラーから秘書になるように命じられる。ヒトラーの身近で仕えるうち、その人柄、そしてある重大な秘密を知ることとなったカウフマンは、ヒトラー個人への思い入れを深めていく。やがて筋金入りのSD(親衛隊保安部)幹部となった彼は任務を冷酷に遂行してゆくが、ヒトラー暗殺計画でヒトラーの狂気を知り、尊敬していたエルヴィン・ロンメル元帥の死を通じ、自身の在り方に疑問を抱くようになる。
終戦間際にヒトラーの出生についての秘密文書を求めてUボートで来日、親友カミルと、片思いであったエリザと再会するも、エリザとカミルが婚約したことを知って激怒、エリザを強姦した挙句、カミルと絶交する。唯一の肉親である最愛の母、由季江にも縁を切られながら、峠や小城を拷問にかけ、カミルを追い詰めて秘密文書を探し当てるも、当日の新聞で祖国の敗戦とヒトラーの死を知り、全てに絶望する事となる。
最後については#登場人物の結末参照。
アドルフ・カミル
ドイツから神戸へと亡命したユダヤ人であり、元町でパン屋「ブレーメン」を営む一家の息子。長い日本暮らしのため、流暢な関西弁を話すことができる。自分の信念を貫き、何事も簡単には諦めない、逞しい精神の持ち主。
ハーフであることが原因でいじめの対象となったアドルフ・カウフマンをかばったことから、カウフマンと親交を深め、親友となる。
偶然、父親たちの秘密会議を漏れ聞いた事から、ヒトラーの秘密に触れ、結果的に、本人の知らぬところでそれがカウフマンとの別れを呼ぶこととなってしまった。やがてその秘密をめぐる事件に巻き込まれ、恩師の小城と共に命がけの活躍をする事となる。
その後ドイツに渡ったカウフマンとは戦時下の通信規制により疎遠になるが、カウフマンの手配で日本に亡命したエリザ・ゲルトハイマーを預かり、共に暮らすうちに恋仲となる。大戦末期、来日したカウフマンと再会するも彼が嫉妬に狂ってエリザを強姦したことを知り激怒、彼と絶交する。
最後については#登場人物の結末参照。
小城 典子(おぎ のりこ)
アドルフ・カミルや草平の弟、勲の恩師である小学校教師。同人誌で反戦詩を発表したためにアカの疑いをかけられて特高にマークされ、彼らから過酷な拷問を受けていた。草平の弟、勲から送られた文書を預かり、それによって草平、カミルと共にナチスの文書を巡る陰謀に巻き込まれる事となる。
峠 勲(とうげ いさお)
峠草平の弟。ベルリン大学に留学している。共産主義の学生活動を行っていたが、付き合っていたローザ・ランプ(ランプの娘)によってゲシュタポに密告されて殺され、遺体も社会から抹消された。しかし死ぬ前に、入手していたヒトラー出生の秘密についての文書を小城に託していた。
赤羽(あかばね)
特別高等警察の鬼刑事。峠草平が持つ重要書類を奪うべくあらゆる卑劣な手段を駆使し、峠を苦しめる。峠ともみ合ったときに頭を負傷しに障害を負ったため、免職され精神病院に入院したが、脱走。
キャラクターの基本設定は、手塚治虫漫画のスター・システムにおけるアセチレン・ランプと並ぶ悪役キャラのハム・エッグである。後述のランプ同様、本作では滑稽さを封印し、執拗で頑迷な特高警察を演じている。
最後については#登場人物の結末参照。
ヴォルフガング・カウフマン
アドルフ・カウフマンの父、ヘッセン州出身、表向きは神戸駐日ドイツ総領事館職員だが、その正体は目的のためなら殺人や拷問も厭わない非情なスパイである。東京大使館のリンドルフ一等書記官に頭が上がらない。
非常に強権的で威圧感溢れる人物であり、繊細な性格の持ち主である息子のアドルフは常に父に怯えていた。
第一次大戦時に帝政ロシアの捕虜となり、そこでランプと知り合った事が、後にナチス党へ入党するきっかけとなったようである。
第一次大戦終戦後、ドイツへ帰国。その後日本へ留学し由季江と知り合った。
機密文書の行方を追っていたが、病に倒れ帰らぬ人となる。息子のアドルフがアドルフ・ヒトラー・シューレに入学後、亡き父が腕利き情報員としてドイツでは有名であると知り、驚きの手紙を母に出している。
峠 由季江 / 由季江・カウフマン(とうげ ゆきえ / ユキエ・カウフマン)
アドルフ・カウフマンの母。美しく心優しいが、芯は気丈な性格。
夫であるカウフマンと死別した後、ある事で峠と知り合いとなる。後に神戸の自宅でドイツ料理店ズッペを始め、ボーイとなった峠と再婚。やがて、ナチスとヒトラーに忠誠を誓って狂気に走った息子と決別する。
最後については#登場人物の結末参照。
本多(ほんだ)
大阪憲兵隊司令部付大佐。由季江とはカウフマンとの結婚前から顔馴染みであり、恋心を抱いていた。職務に忠実な軍人であり、建国にかかわった満州国を「王道楽土」として強い思い入れを抱いている。ゾルゲ事件の発覚後、息子の芳男が組織の末端としてスパイ行為を働いていたことを知り、芳男を自ら射殺する(表向きは自殺)。
最後については#登場人物の結末参照。
アセチレン・ランプ
ゲシュタポ極東諜報部長。ヒトラー出生の秘密についての文書を追っている。
「氷の心臓を持つ男」との異名を持つ冷酷な男。娘ローザが自殺した原因が峠にあると思っており、その仇討ちのためにも執拗に文書と峠を追う。日本に帰国した峠と例の文書を追って日本までやって来るが、足を負傷し、任務に失敗して帰国する。この最中峠を殺害しようと襲撃した際、返り討ちに遭って重傷を負うが、さらに民家の2階から投げ落とされても気絶せず立ち上がるなど、峠曰く「化け物」の様に頑丈な肉体の持ち主である。
ドイツに帰国後、親衛隊(保安部(SD))将校となったアドルフ・カウフマンに出会い、峠の抹殺と文書の抹消(焼却)を依頼する。自身は第二次世界大戦末期のベルリン陥落直前までベルリンに残っている。ヒトラーの遺言で遺言執行人、そして次期ナチス党首に指名されたナチス党官房長のマルティン・ボルマン総統地下壕にいるユダヤ人(アドルフ・ヒトラー)の殺害を命令され、遂行する。
赤羽刑事役のハム・エッグとともに、手塚漫画の二大悪役スターであるアセチレン・ランプが、滑稽さを封印して出演。ひたすら冷酷で、怪物的なタフさを持つゲシュタポ将校を的確に演じている。
最後については#登場人物の結末参照。
仁川(にがわ)
刑事。妻は関東大震災の際に濡れ衣を着せられ、暴徒に虐殺されている。そのために「真実」を追い求めて職務に励んでいる。峠を追及した後、彼の言葉に耳を傾けて峠の良き協力者となるが、ランプに額を撃ち抜かれ殉職する。
仁川 三重子(にがわ みえこ)
仁川の娘。峠のことが気になっていたが、本多芳男と互いに一目ぼれし、恋仲となる。父親をドイツ人(ランプ)に殺害されたためドイツを憎んでいる。父の殉職後、峠と同居していたが、芳男が死んだことを知り、峠が目を離した間に家出。太平洋戦争後、小城の故郷で峠と再会する。
お桂(おけい)
戦死した恋人の故郷(小城と同郷)で居酒屋を営んでいる。本人の回想場面以外では「おかみ」と呼ばれている。重傷を負って警察に追われていた峠を助け、介抱するうちに恋心をいだき、三重子に対して密かに対抗心を持つ。太平洋戦争後、三重子と共に峠と再会する。
ドクトル・リヒャルト・ゾルゲ
実在の人物。ソ連情報部第1級スパイだが、ナチス党員のドイツの新聞記者として日本に派遣され、ソ連のためにスパイ活動を行う。コードネームは「ラムゼイ」。共産主義者。
本作では、防諜責任者の土肥原大将に目をつけられ、日本の警察に身柄を拘束される。取り調べの末、自分がスパイであることを自供する。
本多 芳男(ほんだ よしお)
本多大佐の一人息子。ゾルゲ機関の一員として活動、コードネームは「ケンペル」。仁川三重子と恋人関係となる。親しかった中国人が日本人に惨殺された過去の経緯、および叔母の影響から、大佐の息子という立場を活用し、ソ連のために日本軍についてのスパイ行為をしている。
最後については#登場人物の結末参照。
エリザ・ゲルトハイマー
ドイツ在住のユダヤ人。祖先に中国人の血が混じっていることもあり、東洋風の雰囲気と黒髪の持ち主である。
ヒトラー・ユーゲントに所属していたアドルフ・カウフマンに一目惚れされ、彼の手引きで、ユダヤ人狩りが行われる前に日本へ亡命する手筈を整えるが、家族は亡命を躊躇し、結果的にエリザ以外はナチスに逮捕されてしまう。
亡命後は神戸で暮らし、アドルフ・カミルと婚約する。しかし、文書抹消のため潜水艦で来日したカウフマンがカミルと彼女の婚約に激怒。婚約の撤回を要求され拒否するも、諦めきれないカウフマンに騙され、強姦されてしまう。そのことがカミルに発覚し、2人の友情が失われる要因になった。戦後はカミルと結婚し、イスラエルに渡る。夫の死後、イスラエルを訪問した峠と再会する。
マルティン・ボルマン
実在の人物。ナチス党官房長。ヒトラーの前では忠実な部下を演じていたが、密かに後継者の座を狙っている。
本作ではベルリン陥落の際に、ヒトラーが自分ではなく後継者である総統の座をカール・デーニッツに、首相をゲッベルスに指名し、そして自らを彼等より格下のナチス党大臣に指名したことに怒り、ランプにヒトラー処刑を命じる。作中でボルマンのその後は描かれていないが、史実では部下と共にベルリン脱出を図るも失敗し、自決している。
アドルフ・ヒットラー
実在の人物。ドイツ総統。本作ではユダヤ人の血が入っているという設定であり、ユダヤ人を根絶やしにせんとしながらも自身の血に苦悩する。物語途中からは精神的な均衡を失っている。史実でも大戦末期から精神衰弱気味になり、1945年4月30日に総統地下壕で妻のエヴァ・ブラウンとともに自殺したとされるが、本作では同日にランプに撃たれて死亡している(ランプが自殺に見せかける形で殺害したため、作中でも史実同様に、自殺したことになっている)。
アドルフ・アイヒマン
実在の人物。ドイツによるホロコーストの実行者の一人。ナチス親衛隊中佐(作品登場時は少佐)で、アドルフ・カウフマンの上官。史実では大戦終結後にバチカンなどの助けを受けてアルゼンチンに逃亡したが、イスラエル諜報特務庁に捕えられイスラエルで処刑される。
ヨーゼフ・ゲッベルス
実在の人物。ドイツ宣伝相。ヒトラーに非常に心酔していた人物として知られているが、本作ではベルリン陥落直前のヒトラーの命令を「世迷い言」とし、破り捨てるなどの描写がある。
フリッツ・ボーデンシャッツ
アドルフ・ヒトラー・シューレ時代のカウフマンの同級生。日本人との混血児であり、ユダヤ人との関係があるカウフマンをからかっては喧嘩をしていたが、クリスマスプレゼントを交換し合うなど仲はそこまで険悪ではなかったようである。ヒトラー暗殺未遂事件の際に反乱分子の一人として拷問を受け、カウフマンに助けを請うが「次の同窓会では会えそうにないな」と見捨てられ粛清される。

登場人物の結末[編集]

峠 草平
文書を巡って特別高等警察拷問された揚句、協合通信を辞めさせられたが、終戦後、ベルリンオリンピック時に知り合った新聞記者に、「君しかいないんだ!」と乞われて復帰。その記者の勤め先に入社し、作家記者となった。カウフマンの母親である由季江の再婚相手となったが終戦直後に死別している。その他の足取りについては他の登場人物やあらすじの項も参照。
アドルフ・カウフマン
終戦後はユダヤ人による執拗なナチスの残党狩りに追われ、レバノンの荒野で行き倒れ寸前になっていたところをアリ・モルシェード達パレスチナゲリラに拾われ、共に「黒い九月」のメンバーとしてイスラエルと戦う。アラブ人の妻を娶り子をもうける。ささやかな安らぎの中でわが身を振り返り、子供に正義として人殺しを教える恐ろしさを痛感していた。しかし妻と子は街中で起こった戦闘の巻き添えで殺され、そのイスラエル軍部隊を指揮していた将校がかつての親友アドルフ・カミルだと知り、カミルへの復讐と決闘を決意。「アドルフに告ぐ」というタイトルのビラを発行し、各地に貼り出す。これによって組織の調和を乱す存在としてアリ達に危険視された挙句、カミルとの決闘の場(ジザール高地のナビ地区。実在しない)へとやって来たアリ達を待ち伏せし皆殺しにした。国家の「正義」に翻弄された自身を自嘲気味に振り返った後、現れたカミルに復讐の想いをぶちまけ、一対一で戦った果てに死亡する。
CIAモサッドはアドルフ・カウフマンを戦犯として逮捕・処刑しようとパレスチナに潜入したが、アドルフ・カミルとの決闘戦死していた事を知り、悔しがっていた。
アドルフ・カミル
神戸大空襲で母親のマルテ・カミルと家財を失い、戦後はイスラエルに渡る。そこでイスラエル軍軍人となり、ゲリラ曰く「ナチス以上の残虐」を行う。戦時中、ドイツ軍に捕らえられた彼の父親イザーク・カミルがカウフマンに殺害されていたことを知り、復讐を決意。決闘の末にカウフマンを射殺する。その際、「あの世でパパにあやまってこい…また来世で会おう」と漏らし、かつての親友への哀惜の涙を流す(ラジオドラマ版では、「アドルフ・カウフマン…地獄で会おうぜ」と言い哄笑する)。1983年に軍を退役した直後、パレスチナゲリラによるテロに巻き込まれて死亡する。
赤羽
峠から文書のありかを聞き出すため、カミルと小城を捕獲するようにカウフマンから命令され、2人を捕えて峠の目の前で拷問を行う。ちょうどそこにアメリカ軍機が来襲し、空襲に巻き込まれて死亡。
由季江
峠との間に子供を身篭るも、それから間もなく神戸大空襲によって重傷を負う。峠の願いを聞き届けた本多大佐の手配で設備の整った阪大病院へと送られるが、植物状態となってしまう。終戦後に帝王切開で娘を出産するも、ほどなくして死亡する。
本多大佐
敗戦後、連合国軍から戦犯として処刑されることを覚悟する。植物状態の由季江を見舞い、その時峠にねぎらいの言葉を述べた後「由季江と2人きりにさせてくれ」と頼み、由季江にキスをしたのち、自宅で小刀及びピストル自決した。
アセチレン・ランプ
ボルマンから命じられた重要任務であるヒトラー射殺を執行後、姿を消す。その後の消息は描かれていない。
本多芳男
ゾルゲ機関の一員としてソ連のために日本軍についてのスパイ行為をしていたが、ゾルゲの逮捕により発覚。本多家の名誉を守るため、父である本多大佐によって殺害される(表向きは自殺)。

史実との相違点[編集]

現実の歴史を題材にとって描かれた本作ではあるが、史実との相違点として以下の点が挙げられている。ただし、手塚の歴史漫画では『火の鳥』鳳凰編の橘諸兄吉備真備の関係など、話の都合上、意図的に史実を改変しているとおぼしきものも存在する。

ヒトラーユダヤ人説とヒトラーの人となりについて[編集]

本作は「アドルフ・ヒトラーユダヤ人である」という説を前提として創作されたものである。ヒトラーの父、アロイス・ヒトラーが父親がわからない私生児であり、またナチスの高官であったハンス・フランクニュルンベルク裁判で絞首刑になる直前に著した『死に直面して』という書籍の中で「ヒトラーの祖母がグラーツのユダヤ人の家で家政婦をしていた時に生んだ私生児がヒトラーの父であった」と記述したことから、この説は信憑性を持って語られるようになった。

手塚は、例えば『火の鳥』でも騎馬民族が弥生時代に入植し日本の支配層に入ったとする「騎馬民族征服王朝説」など、しばしば流行の学説を作品に取り入れて作品を作っており、この設定もその一環と推測される(騎馬民族征服王朝説も否定されている)。手塚自身は本作の執筆終了後、『キネマ旬報』に連載していたエッセイの中で「最近、その父親、つまりアドルフ・ヒットラーの祖父にあたる人間は、ユダヤ人フランケンベルガーだった、という説がつよくなってきたそうである。もし事実だとすれば、ヒットラーは存命中必死にこの汚点をかくそうとしたであろう。これはぼくの「アドルフに告ぐ」の物語のひとつのテーマになっている」と記している[3]。しかしこの仮説は手塚が連載を始めるかなり前にヴェルナー・マーザーグラーツ大学のニコラウス・プレラドヴィッチ(Nikolaus Preradovic)教授が行った調査などで否定され、現在ではほとんど支持する専門家はいない。ヒトラーの祖母クララがいた時代には、グラーツではユダヤ人は追放されており、存在していなかった(詳しくはアドルフ・ヒトラー#出自の項を参照)。

作中ではヒトラーはウィーン時代極貧生活を送っていたとされるが、実際は親の遺産や恩給を受給し、絵画や絵巻書でそこそこの生活が出来ていた。貧しかったのは食生活だけで、下宿先の夫妻が食事を勧めても自分で獲得した物以外は口にしなかったとされる。

実際の第二次世界大戦下のドイツや日本との差異[編集]

  • SDに所属できる(一般SS)隊員は純粋アーリア系であることを家系の3代以上前まで遡って証明することが絶対条件の一つで、日系ハーフであるカウフマンが入隊することは原則不可能だった(親衛隊 (ナチス)#親衛隊員についてを参照)。そのことを意識してか、手塚は作中でカウフマンを「ヒトラーのお気に入りのため異例の抜擢をあずかった」という但し書きのような描写を付け加えている。一方、ゲシュタポ要員である駐日ドイツ大使館のリンドルフ一等書記官が、腕きき諜報員のヴォルフガング・カウフマンやオイゲン・オット大使を若いながら威圧するなど、親衛隊幹部は若くても出世が早いという表現は事実に即している。
  • ヒトラーユーゲントがユダヤ人の家屋を破壊し、さらには処刑する場面が登場するが、実際にヒトラーユーゲントが組織的に迫害へ関与した歴史的事実は無い(団員個々人の行為に関してはこの限りではない)。
  • 真珠湾攻撃を行う空母「赤城」が建造当初の三段飛行甲板に描かれているが、実際のその時点では全通飛行甲板一段に改装されている。
  • カウフマンは北極回りのルートの潜水艦で日本に戻っているが、当時の技術水準では潜水艦が北極海の氷の下を突破して航海することは不可能である[4]。史実の遣日潜水艦作戦大西洋インド洋経由でおこなわれた。

ヒトラー以外の実在人物に関する相違点[編集]

  • 開戦前にホワイトハウスフランクリン・D・ルーズベルトが直立しているが、実際のルーズベルトは小児マヒの後遺症で立つ事ができず車椅子を使用していた(ただし、ルーズベルトの車椅子姿の写真・映像はきわめて少ない)。また真珠湾攻撃をあらかじめ察知していたが敢えて奇襲を許した旨の描写があるが、これは現在にいたるまで日本などで議論されているもののそれを示す証拠は無く、否定する専門家も多い(真珠湾攻撃陰謀説を参照)。
  • ヒトラーの秘書トラウデル・ユンゲがメガネをかけた男性として描かれているが、実際には女性であった。

実際のユダヤ人文化・歴史との差異[編集]

  • カミルが「エホバ」という単語を連呼するが、近現代のユダヤ教では神の名前を口にすることはタブーとされる(ヤハウェを参照)。
  • ラストでカウフマンはカミルに対して安息日である土曜日の正午に決闘に来るようにビラを貼り、カミルも応じるが、ユダヤ教徒が安息日に労働を行うことは原則禁じられている(ただし、決闘を労働と見なさなければその限りではない)。
  • パレスチナ問題が戦後になってユダヤ人が移住してから始まったとしているが、実際にはパレスチナへのユダヤ人の入植はそれ以前の19世紀末から開始されている。そしてパレスチナでは戦前の1930年代後半の段階ですでに入植したユダヤ人とパレスチナ人と駐留イギリス軍の間で三つ巴の内戦が展開されていた。さらに大戦中からイスラエル独立までイギリスは白書政策に基づきパレスチナへのユダヤ人の移住を厳しく制限していた(一応、登場人物らが入植したのは1948年のイスラエル建国後とただし書きがある)。
  • カウフマンがパレスチナ人女性と結婚しているが、非ムスリムの男性がムスリムの女性と結婚する場合は必ずイスラム教に改宗しなければならない。しかし、カウフマンがイスラム教に改宗していることを窺わせるような描写は無い。
  • カミルがイスラエルでシーア派テロによって殺されたと述べられているが、イスラエル国内にシーア派はいない(隣国レバノンにはシーア派の武装集団ヒズボラの本拠地があるが、イスラエル国内でのテロ活動は少ない)。
  • カミルがカウフマンの遺体に向かって「来世でまた会おう」と言う場面があるが、ユダヤ教では来世の考えは無い(ただし、日本育ちのカミルが仏教の思想に影響を受けたと考えることもできる)。

コミックス[編集]

1992年に文庫本(全5巻)で再発されて150万部を売り上げた。これが漫画文庫本が広く刊行される嚆矢となった。

2009年には文春文庫で全4巻に編集され刊行された。

ラジオドラマ[編集]

1993年3月15日TBSラジオにてドラマスペシャルとして放送された。同年、放送批評懇談会は中央からローカル局を含め1992年度に放送された全てのラジオ番組において最も優れた番組として『アドルフに告ぐ』を選び、第30回ギャラクシー賞ラジオ部門大賞を贈呈した。のちにドラマCDとしても発売された。

キャスト[編集]

など。

脚注[編集]

  1. ^ 『手塚治虫対談集―続「虫られっ話」』(潮出版社、1995年)に収録された巖谷國士との対談での発言。
  2. ^ 池田啓晶『手塚治虫完全解体新書』集英社、2002年、p174 - 175。この内容は、手塚が手塚治虫漫画全集の本作第5巻に収録した「あとがきにかえて」と題した文章(さらに初出は1985年6月に刊行された『手塚ファンmagazine vol.5』に掲載された「『アドルフに告ぐ』回想」)が元になっている。
  3. ^ 『観たり撮ったり映したり』キネマ旬報社、1987年、P225
  4. ^ これは当時の潜水艦が通常動力型しかなく、長期の潜行が困難だったためである。 北極海横断潜行に世界で初めて成功したのは1954年であって有名なアメリカの世界初の原子力潜水艦ノーチラス号による。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]