誰がカバやねんロックンロールショー
誰がカバやねんロックンロールショー(だれがカバやねんロックンロールショー)は、1980年前後に関西を中心に活躍した日本のロックバンド。
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[編集] 来歴
滋賀県大津市出身の家紋料や松浦円一郎が中心となって結成された『誰がカバやねんブルースバンド』が発祥で、お笑いやライブパフォーマンスで関西に住む若者の人気を集めた。
このバンドがホストを務めた同名のテレビ番組に、漫才ブームで全国的にブレイクする前の明石家さんまや島田紳助が出演していたことから、バンド、番組ともに現在では伝説的な存在となっている。
「誰がカバやねん」とは、吉本新喜劇の喜劇俳優原哲男のギャグである。
バンドの通称は「誰カバ」。
1980年、『ロック版のクレージーキャッツ』というコンセプトで渡辺プロダクションと契約。2枚のフルアルバムを発表するが、1982年頃、整理にあい契約解除とともに帰郷。
2008年5月9日、兵庫県警薬物銃器対策課、兵庫県警篠山署は元メンバーのダンシング義隆を大麻取締法違反容疑(所持)で逮捕・送検したと発表した。神戸地検が同法違反罪で起訴。
[編集] バンド
1976年9月結成。
1979年ヤマハの8・8ロックデイで優勝。
1982年活動を一時休止。
1990年活動再開。
2006年9月2日に大阪ビッグキャットにおいてライブ「結成30周年縁会」を行う。
その後、ダンシング義隆が活動から離れたが、「結成30周年縁会」以降は家紋料をメインボーカルに精力的にライブ活動を行っている。
そして、メンバーの一部が還暦を越えたことで2009年9月に最期の関東ツアーが敢行された。
リーダーの松浦円一郎が滋賀県大津市浜大津で経営するライブハウス居酒屋『どないや』では新メンバーによる興行が活発に行われている。
[編集] メンバー
- 松浦円一郎(ドラム、リーダーを務める 長男)
- 家紋料(ギター、誰カバのほとんどの曲を作曲)
- Donメグ(ベース 本名 松浦慈 次男)
- 藤田隆(ギター 世界中の音楽に詳しい)
- 遠藤冬樹(サックス)
- アモーレ猪熊(ボーカル、キーボード。唯一の女性メンバー テレビ放送が始まった翌年(1980年4月)の生まれで、通称『誰カバの介護士』。自身も『AKIRA』名義でソロシンガーとしても活動している)
[編集] 元メンバー
- ダンシング義隆 1954年生(逮捕保釈後の立ち位置はあくまで『勘当中』である。ボーカル、本名 松浦義隆で三男。映画『爆裂都市 BURST CITY』(1982年石井聰互監督)に声のみの出演。京都の人気劇団満開座の趙方豪退団後の主演俳優でもあった。メンバーが帰郷した後も東京を活動拠点としていたが1988年頃に関西に帰郷した。
1995年に同郷で音楽仲間であるテレビ演出家兼プロデューサーの川本勇とともに混沌ブラザーズというデュオを結成。ライブ活動を開始。川本が担当した深夜テレビ番組『混沌(カオス)TV』『混沌(カオス)パニック』((KBS京都テレビ)に出演した。同番組には新人時代のますだおかだやオセロ、TKOといった松竹芸能のタレントが多数出演していた。
現在も京阪を活動拠点とし、イベント『都市 ROCK 伝説』を自ら企画したり、自らのバンド『Rock'n Roll Forevers』を率いたり、ソロシンガーとして活動を続けている。
- 今西哲(キーボード)
[編集] テレビ番組
1979年から1年間に渡り関西テレビで放送されたテレビ番組で、当初は大阪梅田阪急ファイブ8Fオレンジルームからの生中継であった。
尚、プロデューサーは演芸バラエティーや若者向け番組の演出などを得意とした関西テレビの上沼真平(上沼恵美子の夫)が勤めた。
明石家さんまが司会を務め、紳助・竜介も出演した。当時はまだ漫才ブームが起こる直前だった。
さんまがテレビ番組で司会を務めたのはこれが最初である。
放送時間は放送当初は金曜19:00~19:30。半年後に木曜24:05~24:35に移動し、一年で打ち切りになった。
それまでは朝日放送のヤングプラザ(キダタロー司会 毎土曜日 17:00~18:00)ぐらいしか、アマチュアロックバンドにスポットを当てた番組は無かったのだが、関西でブレイク寸前のバンド名を冠にした番組は未だに珍しく画期的で伝説的に語られ続けている番組である。
[編集] 同番組のゲスト
- ヒカシュー
- 生活向上委員会(梅津和時、原田依幸の二人が率いるコミックフリージャズバンドで、片山広明、板谷博、早川岳晴らが在籍していた)
- アナーキー
- プラスチックス
- RCサクセション
- プリズム
- ヴァージンVS
- BOW WOW
などなど