えびす

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えびすゑびす

  1. 日本の神。七福神の一柱。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇にを抱える姿が一般的。本項で詳述。
  2. 外来の神や渡来の神。客神や門客神や蕃神といわれる神の一柱。本項で詳述。
  3. 神格化された漁業の神としてのクジラのこと。古くは勇魚(いさな)ともいい、クジラを含む大きな魚全般をさした。本項で詳述。
  4. 寄り神。海からたどり着いたクジラを含む、漂着物を信仰したもの。寄り神信仰や漂着神ともいう。本項で詳述。
  5. 蝦夷(えぞ、えみし)の別称。未開の民や東国の武士をさし、または外国人の蔑称。

宮城県気仙沼市五十鈴神社浮見堂のえびす像

えびすは日本ので古来から漁業の神である。蛭子恵比須恵比寿恵美須などとも表記し、えびっさんえべっさんおべっさんなどとも呼称される。えびすはえびす神社にて祀られる。

目次

[編集] 多様な神格とその由来

日本一大きいえびす石像は舞子六神社にあり商売繁盛の神社とされている。

日本古来の神(漁業の神・市神・福神)としての変遷
現在では一般に七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインド中国由来)の福の神であるが、それは中世以降の信仰で、由来をたどると非常に複雑な経緯を持つ。
「えびす」を称する神は複数あって、イザナギイザナミの子である蛭子命(ひるこのみこと)か、もしくは大国主命(大黒さん)の子である事代主神(ことしろぬしかみ)とされることが多い。
そのため、えびすを祀る神社でも祀られる神は必ずしも同一ではない。また少数であるが、えびすを少彦名神彦火火出見尊とすることもある。
留守神という神格も後に与えられた。詳しくは神無月を参照。
外来の神(客神・門客神・蕃神)としての変遷
様々な記紀神話の神に当てられるえびすだが、いずれの神も後世の付会であって、元来の姿ではない。えびすの漢字に戎や夷などが当てられている事は、中央政府が地方のまつろわぬ民や東国の者を「えみし」や「えびす」と呼んで、戎や夷の字を当てたのと同じことで、いずれも異邦の者を意味する。
「えびす」という神名の文献における初見は平安時代後期の『伊呂波字類抄』であるが、そこには「夷 エビス 毘沙門」と記されている。少し時代が下った『諸社禁忌』には「衣毘須 不動」とある。
古い時代、えびすは毘沙門天不動明王本地仏とする神格として信仰されていたことがわかる。えびすの神像も古い時代のものほど威厳に満ちたものとなっており、この時代のえびすは「荒々しい神」として信仰されていたものとみられる。端的にいえば記紀神話以外の外来神・蕃神である。
クジラ(海神・漁業の神)としての変遷
本来の神格は異邦より村に時たま訪れる外来物に対する信仰(神)であり、海の向こうからやってくる海神である。日本各地の漁村では近年までイルカクジラジンベエザメなど(これらをまとめてクジラの意味である「いさな」と呼ぶ)を「えびす」とも呼んで、現在でも漁業神として祀っている地域も多数ある。
クジラなどの海洋生物をえびすと呼んだ理由としては、それらの生物は餌となる小魚群やプランクトン群を追うところ、人間の漁獲対象であるカツオなどの魚もしばしば同じ餌を追って行動を共にしている点にあるのではないかと推測される。
つまり、クジラなどが出現すると漁獲対象魚も一緒に出現する相関関係があるため[1]、クジラが豊漁をもたらしてくれると理解されていたのではないかと考えられる。
寄り神信仰(漂着神)
主に漂着したクジラを指し、古くは流れ鯨・寄り鯨(座礁鯨)といった。予期せぬクジラの到来により、思わぬ副収入を地域が得たり、飢饉から救われたという話が数多くあり、「鯨 寄れば 七浦潤す」「鯨 寄れば 七浦賑わう」などといわれ、日本各地で似たような話が伝承されているが、特に能登半島佐渡島三浦半島で、寄り神信仰として残っている。特殊な例として、海外からの漂着物(生き物の遺骸なども含む)のことを「えびす」と呼ぶ地域もあり、漁のときに漂着物を拾うと大漁になるという信仰もあるという。
漁業に使うの浮きに神が宿り正月などに祀る地域があるが、四国宇和島周辺や隠岐などでは、その浮きのことを「えびすあば」(あばとは浮きのこと)と呼んでおり、えびすが漁業神であることを示す好例である。
九州南部には、漁期の初めに海中からえびすの御神体とするための石を拾ってくるという風習があるという。これらの民俗信仰は、えびすの本来の性格を比較的とどめているものと考えられる。

[編集] 他の神との習合

石見神楽演目「恵比須」(事代主の鯛釣り)

えびすが蛭子命や事代主に結び付けられたのは両神とも水に関連していたためである。

えびすを蛭子命と結びつける説は鎌倉時代頃に現われたものである。記紀神話において、蛭子命は3歳になっても足が立たなかったため流し捨てられたとされる。その神話を受けて、流された蛭子命はどこかの地に漂着したという信仰が生まれ、その海からやってくる姿が海の神であるえびすの姿と一致したため、2つの神は同じ神だとされるようになった。

その漂着した地の伝承は各地にあるが、その代表が兵庫県西宮市の浜で、そこには蛭子命系のえびす神社の総本社である西宮神社がある。また、えびすのことを夷三郎と呼ぶのは、『日本書紀』において3番目に生まれたことに由来するとされる。

一方、事代主神は託宣の神といわれ、記紀神話においても直接に水との関連はない。しかし、記紀神話の中の国譲りの項で、天津神からの国譲りの要請を受諾するかどうかを大国主神の使者が事代主に聞きに訪ねたとき、事代主は釣りをしていたとされ、その海で釣りをする姿とえびすの海の神であることが結びつき、同一の神とされるようになったといわれる。

七福神の絵図でえびすが釣竿を持ち鯛を釣り上げた姿で描かれるのは、この事代主神の話に基づくものである。また、えびすと大黒は親子とも言われるのも、事代主の父親である大国主命が大黒天と習合した事による。

なお、えびす信仰が生まれる以前から事代主神を祀っていた神社で、後にえびすを祀るという形にしたものも多数ある。逆に、明治維新の際に国学の神道理念によりえびすや蛭子といった神格を軽視し、祭神名を事代主神に改め、由緒も書き換えた神社も存在する。

[編集] 市神、福神としてのえびす

JR東日本恵比寿駅前のえびす像

平安時代後期には、えびすを市場の神(市神)として祀ったという記録が有り、鎌倉時代にも鶴岡八幡宮内に市神としてえびすを祀ったという。このため、中世商業が発展するにつれ商売繁盛の神としての性格も現れる。それは同時に福神としても信仰されるようになり、やがて七福神の1柱として数えられるようになる。福神としてのえびすは、ふくよかで「えびす顔」の言葉どおりの笑顔で描写されている。

なお、えびす神は一般的に耳が遠いとされており、そのため神社本殿の正面だけでを参拝するのではなく、本殿の裏側にまわり、そこにあるドラを叩いて願い事をしなくてはならないとされる。したがって今宮戎神社などえびす神を祀る本殿の裏にはドラが用意されている。

[編集] えびす講

民間信仰として一般の民衆に広く知られるのが、「えびす講」における「えびす」である。このえびす講は、えびすを神として祭り、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全を願って行われる。

広島県広島市中区胡町の胡子神社で行われるものについては、胡子講を参照。

[編集] 脚注

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  1. ^ ニタリクジラカツオが付いたり、イルカキハダマグロが付くように、鯨類に同じ餌(イワシなどの群集性小魚類)を食べる魚が付く生態があり、水産庁加藤秀弘はニタリクジラとカツオの共生関係および、えびす信仰との共通点を指摘している。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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