今宮戎神社
| 今宮戎神社 | |
|---|---|
本殿 |
|
| 所在地 | 大阪府大阪市浪速区恵美須西1丁目6-10 |
| 主祭神 | 天照皇大神、事代主命、素盞鳴命、月読尊、稚日女尊 |
| 社格等 | 郷社・別表神社 |
| 創建 | 伝推古天皇8年(600年) |
| 札所等 | 神仏霊場巡拝の道45番(大阪4番) なにわ七幸めぐり 大阪七福神(恵比寿) |
| 例祭 | 1月9日-1月11日 |
| 主な神事 | 十日戎 |
今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)は、大阪市浪速区にある神社。商売繁盛の神様「えべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。旧社格は郷社、現在は別表神社である。
目次 |
[編集] 由緒
聖徳太子の四天王寺建立の際に西方の守護神として建てられたと伝えられている。
北方に廣田神社(当社と同じ旧今宮村、現在の大阪市浪速区日本橋西に鎮座。祭神は 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命《つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと》。創建時期不詳。)があり、関係が深い。ちなみに、兵庫県西宮市の廣田神社と西宮神社(廣田神社の南宮と呼ばれたとの説がある)も同じような位置関係にある。
[編集] 祭神
祭神は天照皇大神、事代主神、素盞嗚命、月読尊、稚日女尊の5柱。このうち事代主神がえびすとして特に信仰を集めた。近世以降は商売繁盛の神として、現在でも篤く信仰される。
京都市東山区の八坂神社の蛭子社(北向蛭子)から分祀した。八坂神社の氏子が今宮に移り住み、現在の地に祀ったことに始まると言われている。そのため、双方の神社は交流を続けている。1月8日の献茶祭では、八坂神社御神水奉納式が実施される。元来のえびす神は蛭子を祀っていたが、神格の高さを考慮して途中で祭神が事代主に変更されたと推測される。
[編集] 祭事
- 1月1日:元旦祭
- 1月9日 - 11日:十日えびす(例祭)
- (9日:宵宮祭(宵えびす)、10日:大祭(本えびす)、11日:後宴(残り福)
- 2月3日:節分祭
- 2月11日:紀元祭
- 2月17日:祈念祭
- 3月21日:春分祭
- 4月10日:乙姫社初午祭
- 5月3日:憲法記念祭
- 5月5日:童児祭
- 6月30日:大祓式
- 8月2日 - 3日:こどもえびす祭
- 9月23日:秋分祭
- 10月7日:なにわ七幸まつり
- 11月3日:明治祭
- 11月15日:七五三詣
- 11月23日:新嘗祭
- 12月13日:御幣たち・事始
- 12月23日:天長祭
- 12月30日:御煤払
- 12月31日:大祓式・除夜祭
毎月祭事
- 1日:朔日祭
- 10日:月次祭
[編集] 十日戎(えびす)
- 1月9日 - 1月11日:十日えびす
9日:宵宮祭(宵えびす)、10日:大祭(本えびす)、11日:後宴(残り福)
江戸時代中期から、天下の台所と称された商業都市の大坂(現在の大阪)の今宮戎神社によって、十日戎が盛んになっていったとされる。延宝三年(1675年)の大坂案内「葦分舟」に、当社の十日戎が描かれている。
[編集] 福笹
福笹は、神仏分離以前に建仁寺が鎮守の社とした京都ゑびす神社によって頒布が開始されたもので、「節目正しく真っ直ぐに伸び」「弾力があって折れない」「葉が落ちず常に青々と茂る」といった特徴から、家運隆昌・商売繁盛の縁起物となった。十日戎では、拝殿で福笹を授かり、御札と吉兆(きっちょう)と呼ばれる小宝を付ける風習が続いている。吉兆は、銭叺(ぜにかます)・銭袋・末広・小判・丁銀・烏帽子・臼・小槌・米俵・鯛等の縁起物から成り[1]、十日戎の参拝者は有償で吉兆を自由に選べ、福娘(毎年選出)による飾りつけを授与される。
また、金色をした人工の笹に最初から御札・吉兆などがついた金笹(きんささ)と称される授与品がある。
[編集] 施設
- 本殿(1956年(昭和31年)11月)
- 拝殿(1956年(昭和31年)11月)
- 神饌所((1956年(昭和31年)11月)
- 祭器所(1956年(昭和31年)11月)
- 神楽殿(1966年(昭和41年))
- 参集殿(1966年(昭和41年))
- 社務所(1966年(昭和41年))
[編集] 境内外社
[編集] 福むすめ
十日戎で奉仕をする満18歳~23歳の女性。毎年公募で選出される。2011年(平成23年)度より「福娘」から「福むすめ」に改称された。大阪府豊中市の服部天神宮で先駆けられていた外国人留学生枠が2007年(平成19年)度から設けられた。
履歴書による書類審査は不備さえなければ応募者の大半が通過する。その後は1次審査、2次審査が行われ、2次審査を通過した者は同日に行われる最終審査に進む。最終的に40名が福娘に選出される。福娘は45名とされているが、うち5人は留学生であるため上記の審査とは別である。 かなりの高倍率であり、応募者は毎年3,000人を超える。アナウンサーの輩出率が高く、過去には進藤晶子・古川圭子・松井愛・福元英惠・赤江珠緒なども経験した。藤原紀香も今宮戎神社の元福娘であると言われていたが本人がテレビ番組内で友達に福娘に選ばれた人がいると発言したのが違うように伝わったようだ。以前はミス福娘コンテストとして行われていたが名称は変更された。就職や見合いに有利な肩書きであり、狭き門に応募者が殺到する。
[編集] えびす娘
毎年選ばれる福娘選考会の最終審査まで勝ちのこった者で、神社での福笹授与を行う。 約25名程度。 一般の巫女のアルバイトではないので、選出審査を経てのみでしかなることができない。 福娘同様に、今宮戎神社の本殿で朝9時 - 夜の9時まで1日中参拝者に奉仕する。
[編集] 交通
[編集] 年表
<>は関連事項
- 豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行として、社殿の造営を行う。同時に18石の社領を寄進し、禁制札を下賜する。
- 江戸時代:十日戎の祭事始まる。元禄年間には現在と同じ形の十日戎の祭礼が行われるようになる。
- 1868年(明治元年)3月:<神仏分離令>
- 1871年(明治4年)5月14日:<社格制度制定>
- 1945年(昭和20年)3月14日:空襲による火災で社殿などを焼失する。
- 1963年(昭和38年):初詣の賽銭に1万円札が登場したことから、高度成長の象徴として話題を集めた。