進藤晶子

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しんどう まさこ
進藤 晶子
プロフィール
本名 深堀 晶子
出身地 日本の旗 日本 大阪府豊中市
生年月日 1971年9月20日(40歳)
血液型 O型
最終学歴 神戸松蔭女子学院大学
職歴 TBSアナウンサー
活動期間 1994年 -
ジャンル 報道・情報・バラエティ
配偶者 深堀圭一郎
公式サイト 公式サイト
出演番組・活動
現在 がっちりマンデー!!
過去 ランク王国
筑紫哲也 NEWS23』(スポーツ)
JNNニュースの森』など

進藤 晶子(しんどう まさこ、1971年9月10日 - )は、大阪府出身[1]フリーアナウンサー、元TBSアナウンサー。本名:深堀 晶子(ふかぼり まさこ、旧姓:進藤)。

目次

[編集] 来歴・人物

実家は医院を開いており、学生時代は家業を継ぐことも考えたが、医師になるための学力(主に理科系科目)が及ばなかったとのこと。聖母被昇天学院高等学校神戸松蔭女子学院大学卒業後、1994年、TBSにアナウンサーとして入社。

[編集] TBS時代

進藤が知名度を上げたのは、1995年に放送開始した『ランク王国』がきっかけであった。進藤は初代の司会となり、番組内でアニメーションのキャラクターなどに扮するいわゆる「コスプレ」を披露、深夜族を中心に人気が高まってゆく[2]。なかでも『セーラームーン』の姿をした彼女の番組特製テレホンカードを製作したところ、応募が殺到し、非売品にもかかわらずカードにプレミアがついた時期もあった。

『ランク王国』と並行して、週末の『JNNスポーツ&ニュース』のキャスターを務め、スポーツ取材活動に励み、またさまざまなバラエティ番組にも出演する。1997年秋『筑紫哲也 NEWS23』のスポーツキャスターに起用されると、たちまちアイドル的な人気を得るようになる。そのため週刊誌などの活字メディアの格好の取材対象にもなり、毎週のように彼女に関する真偽いろいろの記事(「社内いじめがあったのではないか」等)が掲載された。

また『所さんの20世紀解体新書』の番組アシスタントとして出演し、番組の進行中、笑顔でフレーズ「Now, get a chance!!」を繰り返し司会の所ジョージにたしなめられつつ、番組にアクセントを加えた。

その人気を踏まえてか1999年秋に『JNNニュースの森』のメインキャスターに起用されるが、同時間帯の裏番組との視聴率競争に勝てず、次第に視聴者が他局に流出するようになる。2001年3月番組を降板し、同時期に退社も発表される。大量に残していた有給休暇を消化し、同年9月に退社。退社に際して 『文藝春秋』に手記を発表して社内いじめがあったことを告白して話題となった[3]

[編集] フリー後

短期間のアメリカ留学後、2003年に日本テレビの番組『雲と波と少年と』に出演したが、低視聴率と番組スタッフの不祥事(飲酒運転による交通死亡事故)により2か月ほどで打ち切られ、フリーアナウンサーとして厳しい船出となった。そのほかでは、TOKYO FMBeautiful Hit Magic』やWOWOWのテニス中継のメインキャスターを務め、『がっちりマンデー!!』の前身『儲かりマンデー!!』の司会や2002 FIFAワールドカップのキャスターなどで古巣のTBSの画面に久々に登場した。

2005年4月から母校・神戸松蔭女子学院大学で非常勤講師を務める。局アナ時代からの『週刊アスキー』の連載をはじめ活字メディアでも活躍し、文芸誌『きらら』(小学館)2005年6月号に、初の小説『太郎くんの玉』を発表した。

私生活では、スポーツニッポンに一面で誤報(スポーツニッポン#疑義が持たれた報道を参照)を流されるというアクシデントがありながらも、2006年2月、長年交際を続けていたプロゴルファー・深堀圭一郎と結婚、2007年3月15日に第1子の女児を帝王切開で出産。同年9月28日放送の『はなまるマーケット』では娘の写真を公表した上で、出産までの苦労を語っていた。

[編集] 出演

[編集] TBS時代

[編集] フリー後

[編集] 出演中

[編集] TVCM

[編集] イメージキャラクター

  • CABIN アンラシーネ (2008年1月 - 2010年1月)

[編集] その他

  • 小林製薬Real Laboブログ(2006年9月 - 2007年8月 )

[編集] 連載

  • 週刊アスキー「進藤晶子のえ、それってどういうこと?」(2000年11月 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 2003年以前の出身地は公称兵庫県姫路市出身。
  2. ^ 当時は秋葉原がまだ「電気街」でパソコンショップが隆盛だった時代であって、コスプレはまだそれほど知名度のある文化ではなく珍しかった。ちなみに、本人はコスプレを強要されて嫌だったという。
  3. ^ 「私、女子アナ卒業します」『文藝春秋』2001年5月号。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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