福島弓子

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ふくしま ゆみこ
福島 弓子
プロフィール
本名 鈴木 弓子
出身地 日本 島根県松江市
生年月日 1965年12月10日(43歳)
最終学歴 慶應義塾大学文学部
職歴 TBSアナウンサー
活動期間 1989年 - 1999年
(TBS在籍期間)
ジャンル 報道・情報・バラエティ
配偶者 イチロー
出演番組・活動
過去 主な出演番組を参照
  

福島 弓子(ふくしま ゆみこ、本名:鈴木 弓子〔すずき ゆみこ、旧姓:福島〕、1965年12月10日 - )は、島根県松江市出身の元TBSアナウンサーシアトル・マリナーズ在籍のプロ野球選手イチローの夫人。

目次

[編集] 来歴・人物

松江市立朝日小学校、島根県立松江南高等学校時代にはバレーボール部に所属、慶應義塾大学文学部卒業後、1989年TBSに入社。(同期は斎藤哲也小笠原保子小林豊)。

[編集] 福島姉妹の妹として

1989年当時、姉の福島敦子(ふくしま あつこ)はNHKの報道番組『NHKニュースTODAY』でスポーツコーナーを担当し活躍していた。そんな敦子の妹・弓子がTBSにアナウンサーとして入社したという情報に、特に週刊誌などの活字メディアで色めき立った。

入社後は特定のジャンルに偏ることなく、幅広い分野の番組に出演してきた。『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』(えび天)や『クイズランチ』などのバラエティ番組に、報道・情報系では『JNNニュース1130』のサブキャスターや『ザ・フレッシュ!』『世界かれいどすこうぷ』の司会など。 後の本人の人生に徐々に影響を及ぼしてゆくスポーツ分野では『JNNスポーツ&ニュース』に『JNNニュースの森』のスポーツコーナー、さらには長野オリンピックの現地キャスターなどを歴任した。そのほかでは、番組宣伝や局主催のイベントを紹介する深夜番組『おしえてア・ゲ・ル』に出演、以前の『えび天』とともに深夜族の注目も浴びた。

[編集] コサキンとの関わり

1990年ごろから'98年まで、小堺一機関根勤が務めるTBSラジオの長寿番組『コサキン』(番組タイトルは『コサキン快傑アドレナリン』→『コサキンDEワァオ!』)にたびたびゲスト出演した。スタジオ収録はもちろんのこと、数百人を集めた公開イベントや横浜での番組収録、さらには小堺のピンチヒッター(南極地域観測隊に同行した経験を持つ父親とともに南極大陸へ取材に向かったため)を務めたりもした。中でも最大のトピックは、1992年に起きたとあるハプニングであった(後述)。番組では福島のことを「ユミー」と呼んで出演者・スタッフ・リスナーに親しまれ、関根は番組内で「福島姉妹の中では妹派だ」と宣言していた。なお、福島がTBSを退社した後も「福島弓子は金属アレルギー」と紹介されていたが、真相は不明である。

バックグラウンド・ミュージック事件

1992年11月21日深夜24時(22日午前0時)、TBSラジオと当時JRNライン同時ネットをしていた一部の系列局で、本来放送されるべき『コサキン怪傑アドレナリン』ではなく、福島がパーソナリティーを務めていた『バックグラウンド・ミュージック』のJRN各局向けバージョンが誤って十数分間放送されるという重大な放送事故が発生した。翌週28日の放送ではこの件に関する謝罪はもちろんのこと、小堺と関根が冒頭で『バックグラウンド・ミュージック』のオープニングテーマにのって登場するギャグを行い、さらに翌々週12月5日には冒頭で福島本人が登場。前週と同様に冒頭で『バックグラウンド・ミュージック』のテーマにのって福島が、本来の番組で語るせりふを一通り述べた後、「コサキン怪傑アドレナリーン!!」とタイトルコールを叫んだ。

[編集] 将来の伴侶・イチローとの出逢い

1995年秋から数回にわたってTBSラジオで放送され、当時オリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)の選手だったイチローがパーソナリティーを務めた『イチローの気持ちはいつもフルスイング』(日産自動車提供)で、福島はアシスタントを務める。以降テレビでも対談したほか、TBSがインタビューを行うときはイチローは必ず福島を指名していた。1997年秋ごろからは、取材する側とされる側の垣根を越えて個人的な交際が始まる。翌年の1月にイチローは福島にプロポーズをする。

[編集] イチローとの結婚

1999年3月のとある金曜日(おそらく26日)、『JNNニュースの森』の関東ローカルパートで松原耕二キャスターが、「ファンの皆様、ごめんなさい」と前置きした上で、当日の放送を持って福島が降板することを発表した。これが、10年にわたった局アナとしての最後の出演となった。有給休暇を消化した後同年9月にTBSを退社する(なお、『TBS50年史』では3月退社となっている)。

同年12月3日(現地時間)、福島とイチローはアメリカロサンゼルス郊外のサンタモニカの小さなチャペルで、約20名の親族が立ち会う中、挙式を敢行。帰国後に行われた会見では、新郎・イチローは新婦・弓子について「話すリズムとか価値観とか同じ空間にいて心地よく感じた」と語れば、新婦も新郎について「信頼感のある方と思った」と返し、時折顔を見合わせながら記者の質問に答えていた。

以後、フリー転身等はせず、野球選手を支える専業主婦に徹している。

[編集] 主な出演番組

TBSラジオのみ藤田観光が番組スポンサーを務めており、タイトルも『FUJITA KANKO バックグラウンド・ミュージック

[編集] 出演していたゲームソフト

「TBSプロ野球情報」(試合終了後の架空のニュース番組)に、キャスターとして声の出演。

[編集] 参考資料

先代:
小暮裕美子
JNNニュース1130
水 - 金曜女性キャスター
1993年 - 1994年
次代:
長峰由紀
先代:
安東弘樹
JNNニュースの森
平日スポーツキャスター
第3期(1996年 - 1999年
次代:
小倉弘子 / 木村郁美
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