三澤肇
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みさわ はじめ
三澤 肇 |
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| プロフィール | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1970年7月6日(41歳) |
| 最終学歴 | 関西学院大学経済学部 |
| 勤務局 | 毎日放送 |
| 部署 | 特派員(JNNベルリン支局長) |
| 職歴 | 元MBSアナウンサー→報道局 |
| 活動期間 | 1994年 - 2002年 (アナウンサーとして) |
| ジャンル | 報道番組 |
| 出演番組・活動 | |
| 過去 | 『NEWS23』(TBS制作) 『MBSナウ』 『VOICE』など |
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備考
2002年-2011年3月は報道局所属記者 |
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三澤 肇(みさわ はじめ、1970年7月6日 - )は毎日放送(MBS)所属・JNNベルリン支局長(特派員)。元毎日放送アナウンサー・報道局所属記者・キャスター。
[編集] 来歴・人物
奈良県出身。大阪明星高校から関西学院大学経済学部卒業。1994年MBSにアナウンサーとして入社。同期入社はアナウンサーの西靖など。2002年、報道局に異動。
入社以来、報道番組を中心に担当。また、取材記者としても犯罪被害者・少年司法・安全保障・環境問題を主としており、中でも和歌山毒物カレー事件や附属池田小事件など突っ込んだ取材の評価が高い。1997年10月より『MBSナウ』のキャスターを務め、引き続いて2000年10月に放送開始した後番組『VOICE』のメインキャスターも務める。2006年3月31日をもって、記者業に専念するために同番組を降板。
2006年4月30日放送の『報道特集』に「罪と病〜受刑者の病院に初めてカメラが!〜」の取材担当記者としてスタジオ出演し、番組のエンディングでディレクター:三澤肇とクレジットされた。
2007年4月から東京放送(TBS)の『筑紫哲也 NEWS23』キャスターを務めることが発表されたが、予定より早く同年3月5日の放送でキャスターデビューした(MBSからTBSに嘱託社員という形での出向)。JNNのニュース番組キャスターを系列局の報道記者がつとめるのは、『JNNニュースデスク』で当時北海道放送(HBC)から出向していた村形貞彦以来実に32年ぶり、MBS-TBSの現JNN準キー-キー局体制になってから初である。
2009年3月27日、『NEWS23』の番組リニューアルに伴い降板。最終出演回での視聴者への挨拶で述べたように大阪へ戻って記者生活を再開。2010年2月、橋下徹大阪府知事のテレビインタビューが持ち回りで行われ、MBS大阪府庁担当キャップとしてインタビューを行った。
同期の西靖は『ちちんぷいぷい』にて三澤を「彼は僕がやろうとしている事を全て任されている男です」と高く評価している(西は入社当初から報道希望)。
アナウンサー時代から報道系のイメージが強いが、1995年には、月に1回のペースでMBSラジオの深夜番組『晩晩五星(ばんばんいつつぼし)』に出演。同じ奈良県出身の井筒和幸を迎えて、映画談義を繰り広げた。また、長らく同局で放送された『とびだせ!白銀』(ナイターオフ期間限定のスキー情報番組)で、一時メインパーソナリティを務めていた。
三澤が担当していた頃の『NEWS23』は、お膝元のMBSでは曜日によって(月曜と金曜日。後に金曜のみ)途中飛び降りであった。MBSの社員がTBSに出向してTBS制作の報道・情報番組にレギュラー出演したのは『おはよう720』→『おはよう700』の斎藤努アナウンサー(現・羽衣国際大学教授)以来となる。また、在阪局から在京番組に起用された読売テレビ(ytv)の辛坊治郎(現・フリー)や朝日放送(ABC)の赤江珠緒(2007年にフリーに転向)のケースについても、地元大阪では当該番組がフルネットされなかった。過去には関西テレビの桑原征平(現・フリー)やABCの村田好夫(現・フリー)や堀江政生も在京番組のキャスターを務めていた。
MBS公式ホームページ内の「MBSアナウンサールーム」には所属を離れて5年過ぎても、まだ三澤のページが残っていたが(掲載の日誌は2002年6月18日が最後の更新)、2007年12月25日のリニューアルで削除された。
2011年4月1日付で、毎日放送が管理・運営するJNNベルリン支局長に就任、特派員となった。
[編集] 担当してきた番組(アナウンサー時代も含む)
テレビ
- 筑紫哲也 NEWS23→NEWS23(TBS制作、2007年3月5日 - 2009年3月27日 サブキャスター・フィールドキャスター兼任)
- VOICE
- MBSナウ
- MBSニュース
- あどりぶランド ほか
ラジオ
- とびだせ!白銀
- 晩晩五星(ばんばんいつつぼし)
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