桜田淳子

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さくらだ じゅんこ
桜田 淳子
生年月日 1958年4月14日(56歳)
出生地 日本の旗 日本秋田県秋田市
血液型 O型
職業 女優、元歌手
ジャンル テレビドラマ映画舞台
活動期間 1973年 - 1993年
活動内容 1972年:『スター誕生!』決戦大会で25社からスカウトされ最優秀賞
1973年:「天使も夢みる」で歌手デビュー
同年:「わたしの青い鳥」で多数の新人賞を受賞
1978年:舞台『おはん長右衛門』
1979年:映画『病院坂の首縊りの家
1980年ミュージカル『アニーよ銃をとれ』
1985年:『澪つくし
1988年:『ニューヨーク恋物語
配偶者 あり(1992年 - )
家族 長男、長女、次女

桜田 淳子(さくらだ じゅんこ、1958年昭和33年)4月14日 - )は、日本の元女優、元歌手である。秋田県秋田市出身。サンミュージック所属(活動当時)。3児の母。秋田市立日新小学校秋田市立秋田西中学校品川女子学院中等部・高等部(転入)→国本女子高等学校(転入)卒業。愛称は「ジュンペイ」(月刊平凡・1976年9月号より)。

来歴[編集]

歌手として・女優として[編集]

1972年(昭和47年)7月19日(放映は8月6日)、中学2年生(14歳)の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』の秋田県民会館で行われたテレビ予選[1]牧葉ユミの「見知らぬ世界」を歌い[2]、番組史上最高得点となる573点で合格(挑戦者は7人で、合格ラインは250点。会場が500点、プロは各自100点の計500点で、合計が1000点満点)。同年9月6日(放映は9月17日)、後楽園ホールで行われた第4回決戦大会で、これも番組史上最高の25社から獲得の意向を示すプラカードが上がり、審査員からの評価も圧倒的で最優秀賞(グランドチャンピオン)を受賞した[1]ホリプロ創業者の堀威夫の自伝『いつだって青春』によれば、当初桜田はホリプロ入りの意向を示していたが、ホリプロには既に同番組出身の森昌子が所属しており、(スター誕生!の出身者が)同じ事務所ばかりに偏っては……という日本テレビ側の政治的配慮もあって、結局サンミュージックに所属することになったという。また桜田本人は後年テレビのトーク番組で、ファンだった森田健作が所属する事務所であり(『スター誕生!』決戦大会にゲスト歌手として出演していた)、その森田自身が持つクリーンなイメージを事務所にも重ね合わせて決めたとも語っている。

1973年(昭和48年)2月25日ビクター音楽産業より歌手デビュー。デビュー曲「天使も夢みる」は、オリコンチャートでも12位につけるなど好スタートを切った。また、歌う時に被っていたキャスケット(2枚目のシングル「天使の初恋」まで)も桜田のトレードマークとなり、当時「エンジェルハット」と呼ばれて話題になった。この時点で既に人気アイドルの仲間入りを果たしていたが、その後、同じ『スター誕生!』出身で、同世代の森昌子・山口百恵と共に花の中三トリオ(当時)と呼ばれるようになり、トリオとしての名称は3年後の「高三トリオ」まで続いた。3枚目のシングル「わたしの青い鳥」のヒットで、第15回日本レコード大賞新人賞、第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。さらにその年の大晦日には第15回日本レコード大賞最優秀新人賞にも輝いた。

同年11月にリリースされた4枚目のシングル「花物語」で初めてオリコンチャートのベストテン入りを果たす。続く「三色すみれ」「黄色いリボン」「花占い」も順調にベストテン入りし、8枚目のシングル「はじめての出来事」ではオリコンチャート第1位を獲得。その後も「ひとり歩き」「十七の夏」「夏にご用心」「ねえ!気がついてよ」「気まぐれヴィーナス」「しあわせ芝居」「リップスティック」「サンタモニカの風」などなど、数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、トータルで18曲をオリコンチャートのベストテンに送り込んでいる。デビュー3年目の1975年(昭和50年)には、オリコン・シングルレコード年間売上、マルベル堂のブロマイド売上、『月刊明星』の年間人気投票において、いずれも女性歌手部門の1位を獲得するなど(「マルベル堂」『明星』『平凡』『近代映画』首位の4冠は美空ひばり・吉永小百合に続くもの)で、名実共に1970年代を代表するトップアイドルのひとりであった。

また、コメディーリリーフとしてのセンスもあり、特に『8時だョ!全員集合』で見せた志村けんとの「夫婦コント」(『私って駄目な女』シリーズ)での絶妙なかけ合いは、音響、照明効果も相まって人気を博し、お茶の間だけでなく、井上ひさしら放送作家達からも絶賛された。歌手として活躍する一方で、女優としても1975年の映画『スプーン一杯の幸せ』を皮切りに、『遺書 白い少女』『若い人』『愛情の設計』『愛の嵐の中で』と、5本の映画で主演を務めていたが、1978年には東宝歌舞伎の大御所、長谷川一夫の指名により、『おはん長右衛門』で舞台女優にも挑戦。初舞台ながら長谷川一夫の相手役を演じたことで、役者としての資質が改めて注目されるようになった。その資質は翌年の市川崑監督作品『病院坂の首縊りの家』での一人二役を経て、1980年の初主演ミュージカル『アニーよ銃をとれ』で大きく開花し、その年の芸術祭大衆芸能部門(2部)優秀賞を、当時史上最年少で受賞するなど高い評価を得た。この頃から次第に女優としての活動に比重が置かれるようになっていき、1983年に発売された小椋佳作曲のシングル「眉月夜」のリリ-スを最後に歌手活動を停止、完全に女優業へ転向した。その後は数多くのテレビドラマ舞台映画で活躍、歌手時代のみならず女優に転向してからも、芸術選奨新人賞(大衆芸能部門 文部大臣新人賞)や菊田一夫演劇賞(演劇賞)を始め数多くの賞を受賞している。

週刊プレイボーイ』、『平凡パンチ』、『明星』、『平凡』などで何度もグラビアを飾っている。またしゃべり方に特徴があり、ものまね番組などでサ行の発音をデフォルメして真似されることも多く、フジテレビのシチュエーションコメディ『やっぱり猫が好き』内でも、出演者の一人である小林聡美がたびたび桜田の物真似を披露している。アイドルでありながらリクエストされれば秋田弁でしゃべってみせたり、秋田音頭や持ち歌をお国訛りで歌ったりするなどサービス精神が旺盛で、1970年代後半に井関農機田植機『さなえ』のCMに起用された際も、「やっぱし早苗だべさ」というお国訛りのセリフが有名になった。重度の近眼

合同結婚式・芸能活動休止[編集]

1992年6月30日、5日前に山崎浩子が2か月後に行われる世界基督教統一神霊協会(統一教会)の合同結婚式に参加することを記者会見したのに続き、同じ合同結婚式に参加することを記者会見で表明した[3]。このとき、統一教会に入信していた姉の影響で19歳頃から入信していたことを自ら明らかにし、その合同結婚式で会社役員と結ばれた。なお、桜田の実父は桜田の姉が世界基督教統一神霊協会(統一教会)に入信した際、全国原理運動被害者父母の会の支部(現 全国統一協会被害者家族の会)「秋田父母の会 陽光会」に参加し会長を務めたこともあった。

この合同結婚式に桜田ら有名人が何人も参加したことによって、統一教会と脱会した元信者らを中心とする反統一教会側との間の訴訟問題がよりクローズアップされるようになった。テレビ放送のワイドショーで統一教会の信者であることや霊感商法に関与したとの疑いに関して、証拠もなしに激しい非難・糾弾報道をされたことが原因となり、次第に発言そのものを控えるようになっていった。桜田自身がこの件で告訴・逮捕・勾留・起訴・有罪判決や民事訴訟を起こされたことはない。自分の所属していた事務所サンミュージックの社長・相澤秀禎を売りつけていたのではという疑惑報道がなされたことがあったが、これについては、社長自身が桜田の親族を通じて200万円の壺を買っており、後日「淳子の純粋な気持ちは分かっている。彼女のためと思って私が買った」と語っている[4]

婚姻後は夫の地元の福井県敦賀市に移り住む。その後も桜田が信者の集会や教会関連のイベントで講演したりするたびに芸能マスコミが取り上げ、「統一教会の広告塔」だとして批判する図式が続いていたが、一方で直接関係のない話題であっても、統一教会絡みの話題に「桜田淳子らが参加した合同結婚式で有名な」と名前を引用した当時のスポーツ紙・週刊誌の記事、ワイドショーのタイトルも相当数あり、結婚後のある時期からは、自らがメディアに顔を出す形での取材は一切受けていない。まれにマスコミ向けに出す著名人などへの慶弔のコメントも、すべて自筆の手紙という形で寄せている。

現時点で1993年の3月に公開された映画『お引越し』への最後の出演と1996年12月15日、都内で行われた統一教会クリスマスフェスティバルを最後の公の場に、それ以降は一切の芸能活動を休止、事実上の芸能界引退となっている。騒動の最中、スポンサーが特定の宗教のイメージを嫌ってCMの契約が全部なくなったことや、「まわりには迷惑をかけられない」との理由で当たり役だった『細雪』の舞台(四女役)の降板を自ら申し出たことなどから、結婚後は仕事を干されたかのように報じられているが、3人の子供を出産後(いずれも自宅で自然分娩)、子育てに専念していた間にも映画出演などの具体的なオファーはいくつか来ており、関係者や本人の弁によれば「子育てに忙しく身動きが取れない」という理由で全て断っていたとのことである。

2000年4月に夫が経営していた会社をたたみ、同年8月、夫の高齢の母の世話をするため、近所の兵庫県西宮市に移り住む。その間の2003年9月、『桜田淳子BOX〜そよ風の天使〜』<完全生産限定10,000セット>が発売された際は、ブックレットに自筆メッセージを寄せている。2004年には東京都世田谷に転居。転居後も桜田が統一教会関連の集会で時折講演したり、歌を披露している姿が報じられたことなどから、一部のタブロイド紙では、夫は統一教会の幹部になったという無署名記事を掲載したこともあったが、2006年12月19日発売の『女性自身』での夫への直撃インタビューでは夫自身がこれを完全否定、現在は会社を整理した際に残った資産の運用で生計を立てていると答えている。

近況[編集]

2006年11月24日には14年間の沈黙を破り、エッセイ集『アイスルジュンバン』(集英社)を上梓。子育てのこと、近所づきあい、学校の先生との触れ合いなどについてユーモアを交えながら綴っている。ただ、その良妻賢母ぶりに共感する声もあがる一方で、合同結婚式に参加し、マスコミから広告塔として騒がれたことについて一切触れていないとして、ワイドショーや週刊誌記事では軒並み批判的な論調が多かった。もっとも『婦人公論』(2007年1月22日付)のインタビューではこのことについても語っており、著書の中で触れなかったことに「隠したつもりはありません、ただ(教会のことについて)発言することでまた泥仕合になるのは避けたい、今の私は甘受したいと思います」と答えている。更に同インタビューでは仕事復帰をほのめかす発言もしており、エッセイの出版や東京への引越もその足がかりではと見たマスコミによる、「桜田淳子 芸能界復帰へ」の憶測報道もなされた。

2007年、歌手時代に発表した全19枚のオリジナルアルバムがCDで復刻され、購入特典のメッセージ入りCD「声の手紙」(非売品)の中では、かつてのオリジナル作品3曲を間に挟む形で語り、およそ10数年ぶりに肉声を披露している。また2008年には、過去のライブアルバム9枚もCD化され、これに1979年にNHKで放送された『ビッグショー/桜田淳子 明日への序曲』のDVDを加えた『桜田淳子BOXスーパー・ライブ・コレクション』が発売されている。

2013年5月28日、サンミュージック代表取締役会長:相澤秀禎通夜に参列し、16年半ぶりに公の場に現れた[5]。 同年10月23日、デビュー40周年を記念し、本人自薦のベストアルバムにTV映像集を加えた『Thanks 40 〜青い鳥たちへ』を発売。11月26日には銀座博品館劇場にて「Thanks 40スペシャル~ファン感謝DAY」を開催し、約21年ぶりにステージ復帰を果たした。

音楽[編集]

代表曲[編集]

シングル[編集]

A面タイトル 発売日 作詞 作曲 編曲 売上 最高位 備考
天使も夢みる 1973年2月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 12.1万枚 12位 デビューシングル キャッチフレーズは『そよ風の天使』
天使の初恋 1973年5月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 7.1万枚 27位
わたしの青い鳥 1973年8月25日 阿久悠 中村泰士 高田弘 15.9万枚 18位 第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞、第15回日本レコード大賞最優秀新人賞
花物語 1973年11月5日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 23.7万枚 9位 オリコンチャートで初のベストテン入り
三色すみれ 1974年2月25日 阿久悠 中村泰士 馬飼野康二 18.6万枚 10位
黄色いリボン 1974年5月25日 阿久悠 森田公一 森田公一 16.5万枚 10位 NHK紅白歌合戦初出場曲
花占い 1974年8月25日 阿久悠 中村泰士 あかのたちお 12.3万枚 9位 原案は雑誌『月刊明星』で公募
はじめての出来事 1974年12月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 52.7万枚 1位 オリコンチャートで初の第1位獲得
ひとり歩き 1975年3月5日 阿久悠 筒美京平 筒美京平 34.1万枚 4位 主演映画『スプーン一杯の幸せ』主題歌
白い風よ 1975年5月10日 石森史郎 桑原研郎 竜崎孝路 12.9万枚 9位 NHK朝の連続テレビ小説水色の時』の主題歌として臨時発売
十七の夏 1975年6月5日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 40.4万枚 2位 第17回日本レコード大賞大衆賞 2005年W(ダブルユー)がLP「2nd W」でカヴァー
天使のくちびる 1975年8月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 28.1万枚 4位 第6回日本歌謡大賞放送音楽賞
ゆれてる私 1975年11月25日 阿久悠 森田公一 竜崎孝路 27.0万枚 5位
泣かないわ 1976年2月25日 阿久悠 森田公一 萩田光雄 21.6万枚 4位
夏にご用心 1976年5月25日 阿久悠 森田公一 高田弘 36.0万枚 2位 第7回日本歌謡大賞放送音楽プロデューサー連盟賞
ねえ!気がついてよ 1976年8月25日 阿久悠 大野克夫 大野克夫 28.6万枚 2位
もう一度だけふり向いて 1976年12月5日 阿久悠 穂口雄右 高田弘 20.4万枚 11位
あなたのすべて 1977年2月25日 阿久悠 和泉常寛 船山基紀 15.2万枚 6位
気まぐれヴィーナス 1977年5月15日 阿久悠 森田公一 船山基紀 21.0万枚 7位 第19回日本レコード大賞候補曲ベスト10選出
もう戻れない 1977年9月5日 阿久悠 筒美京平 船山基紀 14.4万枚 8位
しあわせ芝居 1977年11月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 36.5万枚 3位 第20回日本レコード大賞金賞 1979年、中島がLP『おかえりなさい』でカヴァー
追いかけてヨコハマ 1978年2月25日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 16.4万枚 11位 1979年、中島がLP『おかえりなさい』でカヴァー
リップスティック 1978年6月5日 松本隆 筒美京平 筒美京平 19.6万枚 10位 オリコンチャートでのベストテン入りは現時点でこの曲が最後
20才になれば 1978年9月5日 中島みゆき 中島みゆき 船山基紀 11.7万枚 14位
冬色の街 1978年12月25日 橋本淳 中村泰士 萩田光雄 6.0万枚 29位
サンタモニカの風 1979年2月25日 阿久悠 萩田光雄 萩田光雄 12.3万枚 24位 ナショナルエアコンCMソング 2007年、別歌手によるロッテ「ACUO」CMソングに起用
MISS KISS 1979年5月25日 阿久悠 佐藤準 佐藤準 6.6万枚 25位
パーティー・イズ・オーバー 1979年8月25日 伊藤薫 伊藤薫 松井忠重 2.5万枚 51位
LADY 1979年11月25日 尾崎亜美 尾崎亜美 鈴木茂 2.6万枚 51位 1983年、尾崎がLP『POINTS』でカヴァー
美しい夏 1980年4月21日 康珍化 馬飼野康二 船山基紀 3.7万枚 44位 歌詞の原案は桜田自身によるもの
夕暮れはラブ・ソング 1980年7月21日 岡本おさみ 深町純 深町純 1.9万枚 65位 TBSの主演ドラマ『愛の教育』主題歌。2006年3月、嘉陽愛子がカヴァー
神戸で逢えたら 1980年10月21日 三浦徳子 鈴木邦彦 鈴木邦彦
松井忠重
1.0万枚 85位
化粧 1981年1月1日 中島みゆき 中島みゆき 大村雅朗 7.5万枚 42位 中島のLP『愛していると云ってくれ』収録曲のカヴァー
玉ねぎむいたら… 1981年5月1日 山上路夫 平尾昌晃 船山基紀 TBSの主演ドラマ『玉ねぎむいたら…』の主題歌として臨時発売
ミスティー 1981年6月5日 小林和子 小田裕一郎 大村雅朗 3.8万枚 53位 1991年北岡夢子がカヴァー
This is a "Boogie" 1981年9月21日 実川俊 小田裕一郎 大村雅朗 NHK紅白歌合戦で歌った最後のオリジナル曲(出場は翌年まで)
1982年8月5日 犬丸秀 犬丸秀 青木望 後藤啓子のカヴァー 2005年早風美里が再度カヴァー
眉月夜 1983年9月5日 茅野遊 小椋佳 奥慶一 現時点で最後のシングル

アルバム[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

タイトル 発売日 備考
そよ風の天使 1973年6月25日 天使も夢みる」、「天使の初恋」他全12曲
わたしの青い鳥 1973年9月25日 わたしの青い鳥」他全12曲
淳子と花物語 1974年1月10日 花物語」、カヴァー曲を多数収録・全12曲
三色すみれ 1974年3月25日 三色すみれ」、カヴァー曲を含む他全12曲
16才の感情 1974年8月25日 公募した詩の朗読を中心としたコンセプトアルバム
スプーン一杯の幸せ 1975年3月25日 ひとり歩き」他ナレーションと歌で構成
わたしの素顔 1975年7月5日 白い風よ」、「十七の夏」他ナレーションと歌で構成
青春前期 1976年4月5日 ナレーションと歌で構成
熱い心の招待状 1976年12月5日 もう一度だけふり向いて」他全11曲
ラブ・淳子が禁断の木の実を食べた 1977年7月25日 気まぐれヴィーナス」他全12曲
しあわせ芝居 1977年12月5日 しあわせ芝居」他全11曲
ステンドグラス 1978年4月25日 追いかけてヨコハマ」他全12曲
20才になれば 1978年10月25日 20才になれば」を始め、中島みゆき作品のみで構成された全10曲。後のシングル盤とは別アレンジの「化粧」も収録
愛のロマンス 1979年3月5日 「アニー・ローリー」「ローレライ」「埴生の宿」「ブラームスの子守歌」といった外国曲の愛唱歌をカヴァーした全12曲
一枚の絵 1979年6月1日 西島三恵子、丸山圭子の書き下ろし作品4曲を含む全10曲。シングル「MISS KISS」を収録
パーティー・イズ・オーバー 1979年9月5日 山下達郎作曲の「センチメンタル・ボーイ」「バカンスの終りに」を含む全12曲。シングル「パーティー・イズ・オーバー」を収録
あなたかもしれない 1981年3月5日 シングルA面曲を一切含めずに構成された全10曲。桜田淳子自身が作詞を手掛けた「グッドバイ・ハッピーデイズ」を収録
My Dear 1981年11月5日 A面を矢野顕子が、B面を小田裕一郎がそれぞれ作曲を担当。シングル「ミスティー」、「This is a "Boogie"」を含む全10曲
ナチュラリー 1983年9月21日 タケカワユキヒデ、堀内孝雄、芳野藤丸らによる書き下ろしに加え、小椋佳作曲のシングル「眉月夜」を含む全10曲
  • 2007年に上記の全タイトルが、シングル盤の別テイクやオリジナルカラオケ等のボーナストラックを加えて、それぞれCDで復刻された。
  • 各CDごとに現在の桜田淳子へのインタビューを交えたライナーノーツがつけられている。

ライブ・アルバム[編集]

タイトル 発売日 備考
16才のリサイタル 1974年12月21日 渋谷公会堂にて収録 CD-4
ビバ・セブンティーン〜17才のリサイタル 1975年12月21日 文京公会堂にて収録 CD-4
青春讃歌〜リサイタル3 1976年12月21日 中野サンプラザにて収録
淳子リサイタル4(2枚組) 1977年12月21日 東京芝郵便貯金ホールにて収録
淳子リサイタル5 1978年12月21日 東京芝郵便貯金ホールにて収録
淳子スーパーライブ〜リサイタル6 1979年12月21日 渋谷公会堂にて収録
私小説 1980年11月21日 博品館劇場にて収録
  • 2008年に上記の全タイトルがCD-BOXの形で復刻された。

ベスト・アルバム[編集]

タイトル 発売日 備考
グランド・デラックス 1974年7月5日 新録カヴァー8曲、「黄色いリボン」を含む全16曲収録のベストアルバム
ベストコレクション'75 1974年12月5日 新曲12曲、「花占い」、「はじめての出来事」収録の2枚組ベストアルバム
スーパー・デラックス 1975年8月5日 十七の夏」を含む全16曲収録のベストアルバム
ベストコレクション'76 1975年11月20日 新曲12曲、「天使のくちびる」、「ゆれてる私」収録の2枚組ベストアルバム
ベスト・ヒット・アルバム 1976年10月25日 泣かないわ」、「夏にご用心」、「ねえ!気がついてよ」収録のベストアルバム
淳子 1977年6月25日 あなたのすべて」収録の2枚組ベストアルバム
ベスト・ヒット・アルバム 1978年6月25日 もう戻れない」、「リップスティック(アナザーヴァージョン)」収録のベストアルバム
しあわせ芝居/わたしの青い鳥 1979年7月1日 冬色の街」、「サンタモニカの風」収録の2枚組ベストアルバム
ベストアルバム My Road 1980年12月5日 LADY」、「美しい夏」、「夕暮れはラブ・ソング」、「神戸で逢えたら」収録のベストアルバム
桜田淳子 スペシャル・セレクション 1986年3月31日 CDでの初のベストアルバム。知名度の高いヒット曲をほぼ網羅した全16曲。
わたしの青い鳥 桜田淳子 REMIX & BEST 1992年12月16日 しあわせ芝居」、「リップスティック」、「LADY」他、全10曲をリニューアルアレンジしたベスト
COLEZO! 桜田淳子ベスト 2005年3月9日 過去に「桜田淳子 全曲集」、「桜田淳子 BEST ONE」等のタイトルで発売されたCDの再発盤、全16曲
COLEZO! TWIN 桜田淳子 2005年12月16日 1998年発売の「桜田淳子 TWIN BEST」の再発盤。ライブ音源等を含めた2枚組、計39トラックを収録
GOLDEN☆BEST 桜田淳子 2007年7月25日 はじめての出来事」から「20才になれば」まで、オリコン集計の売上枚数順に上位24曲を収録
GOLDEN☆BEST 桜田淳子 コンプリート・シングル・コレクション 2009年9月16日 天使も夢みる」から「眉月夜」まで、全38枚のシングルA面曲を発売順に収録した2枚組

CD-BOX[編集]

タイトル 発売日 最高位 備考
桜田淳子BOX〜そよ風の天使〜 2003.9.21 154位 全シングルAB面のリマスター音源、及び15曲のオリジナルカラオケを収録したCD全5枚に、シングルの歌唱映像を年代順にほぼ網羅したDVD(53分)1枚を加え、限定1万セットで発売された。桜田淳子本人を始め、阿久悠、中島みゆき、歴代担当ディレクター等がコメントを寄せたブックレットや、全シングルの縮小版ジャケットも収められている。定価15,750円(税込)
桜田淳子BOX〜そよ風の天使〜(Limited Edition) 2008.9.24 完全受注生産による上記BOXのアンコールプレス盤。定価、及び収録内容等は同一である。
桜田淳子BOX〜スーパー・ライブ・コレクション〜 2008.8.6 過去に発売された全てのライブ盤、及び主演映画「遺書・白い少女」のサントラ盤のリマスター音源を収録したCD全9枚と、1979年にNHKで放送された「ビッグショー」の模様を完全収録したDVD1枚が収められている。尚、サントラ盤にはボーナストラックとして、シングルB面のオリジナルカラオケを5曲収録。

客演作品[編集]

  • 山本明の1975年のデビューシングル『君を奪いたい』のB面曲『春の恋人たち』にて桜田がデュエット参加している。

出演[編集]

紅白歌合戦[編集]

出場年度/放送回 出場曲 対戦相手 備考
1974年(昭和49年) 第25回 黄色いリボン 堺正章 森昌子山口百恵の2人が両脇で一緒に踊りながらコーラスを担当
1975年(昭和50年) 第26回 2 はじめての出来事 西城秀樹 バックダンサーはテニスルック姿のキャンディーズ岩崎宏美の4人
1976年(昭和51年) 第27回 3 夏にご用心 郷ひろみ 由紀さおりちあきなおみ岩崎宏美がバックコーラスを担当
1977年(昭和52年) 第28回 4 気まぐれヴィーナス 郷ひろみ 先攻の紅組トップバッターを務め、歌い出しの歌詞の一部を紅白仕様に変更して歌唱
1978年(昭和53年) 第29回 5 しあわせ芝居 西城秀樹 この回では桜田淳子以外にも、研ナオコ小柳ルミ子中島みゆきの提供作品を歌唱
1979年(昭和54年) 第30回 6 サンタモニカの風 野口五郎 高1トリオ以来続いた森昌子山口百恵との揃っての出場はこの年が最後
1980年(昭和55年) 第31回 7 美しい夏 布施明 黒柳徹子春風亭小朝の掛け合いが押してしまい、歌い出しに被ってしまうハプニング
1981年(昭和56年) 第32回 8 This is a "Boogie" 加山雄三 直前に歌った西田敏行が居残る形でエスコートし、途中までパフォーマンスを披露
1982年(昭和57年) 第33回 9 セーラー服と機関銃 沢田研二 この年の紅白のテーマ企画を受ける形で薬師丸ひろ子のヒット曲を歌唱

歌番組[編集]

コンサート[編集]

【ワンマンショー】

  • 桜田淳子ショー ひとり歩き(1975年4月25日 - 5月1日 日劇
  • 桜田淳子ショー 淳子の四季(1976年4月24日 - 4月30日 日劇
  • 桜田淳子ショー はばたけ若い人!(1977年4月26日 - 5月2日 日劇
  • 桜田淳子ショー 淳子満開!(1978年4月25日 - 5月1日 日劇
  • スーパーライブ!桜田淳子 さわやかな青春(1979年4月25日 - 5月1日 日劇

【リサイタル】(主な公演のみ)

  • 桜田淳子16歳のリサイタル(1974年 渋谷公会堂
  • 桜田淳子リサイタル2 ビパ!セブンティーン(1975年 文京公会堂 他)
  • 青春賛歌〜桜田淳子リサイタル3(1976年 中野サンプラザ 他)
  • 桜田淳子リサイタル4 ラブ・トゥゲザー(1977年 東京芝郵便貯金ホール 他)
  • 桜田淳子リサイタル5(1978年 東京芝郵便貯金ホール 他)
  • 桜田淳子スーパーライブ リサイタル6(1979年 渋谷公会堂 他)
  • 桜田淳子らいぶ 私小説(1980年 博品館劇場
  • いなたいコンサート Misty Night(1981年 日比谷野外音楽堂
  • 桜田淳子ハプニングショー ようこそ10YEARS(1982年 渋谷公会堂)デビュー10周年記念コンサート

【ジョイント】

映画[編集]

舞台[編集]

ドラマ[編集]

【レギュラードラマ】

【単発主演ドラマ】

  • 東芝 日曜劇場(TBS)
    • 第1119回「初恋通りゃんせ」(1978年)
    • 第1337回「城下町の夏」(1982年)
    • 第1375回「花咲く街で」(1983年)
    • 第1494回「おーい春子」(1985年)
    • 第1509回「プロポーズをもういちど」(1985年)
    • 第1560回「女マンガ家故郷へ帰る」(1986年)
  • 土曜ワイド劇場ANB
    • 「わかれ道〜ある朝炎のように」(1978年)
    • 「魚たちと眠れ 洋上女子大学殺人事件」(1978年)
    • 「裏窓の花嫁」(1986年)
  • 夫婦は夫婦「魔が過ぎた時」(1981年、CX)
  • 女優シリーズ 妻たちは……「ふりむけば春」(1982年、CX)
  • 月曜ワイド劇場「かりそめの妻」(1982年、ANB
  • 火曜サスペンス劇場(NTV)
    • 「危機一髪の女」(1982年)
    • 「遅すぎた手紙」(1984年)
  • 「海よ眠れ・PARTII〜愛と青春の輝き」(1984年、TBS)
  • 水曜ドラマスペシャル(TBS)
    • 夏樹静子の湖に立つ女」(1986年)
    • 「遺言を頼まれた女」(1987年)
    • 「麗子の決闘〜銃口に愛をこめて」(1992年)
  • 金曜女のドラマスペシャル「悪魔からの通告」(1986年、CX)
  • 日本放送作家教会脚本公募入選作「いもうと〜異父妹〜」(1989年、NHK
  • 水曜グランドロマン(NTV)
    • 「思春期外来」(1989年)
    • 「合鍵の女」(1991年)
  • 世にも奇妙な物語(CX)
    • 「ゴミが捨てられない」(1990年)沢田薫役
    • 「8時50分」(1991年)広美役
  • 月曜ドラマスペシャル「警察官の妻たち」(1991年、TBS)
  • 火曜ミステリー劇場黄金の犬』(1991年、ANB)北守礼子役
  • 木曜ゴールデンドラマ「株式会社の妻たち」(NTV)
    • 「ハンサムガールズ〜いい女は夜眠れない」(1991年)
    • 「ハンサムガールズII〜結婚は女が選択する」(1991年)
    • 「株式会社の妻たち」(1991年)
  • 土曜ドラマ「オバサンなんて呼ばないで!」(1992年、NHK
  • 本当にあった怖い話「死の声が聞こえる」(1992年、ANB
  • 旅情サスペンス「函館幸坂・ふたりの女」(1992年、CX)

【単発ゲスト出演】

CM[編集]

バラエティ番組[編集]

【レギュラー】

ラジオ[編集]

みんなのうた[編集]

映像作品[編集]

VHS[編集]

DVD[編集]

写真集[編集]

  • 『ためらい―恋する人へ 桜田淳子写真詩集』 ワニブックス 1980年
  • 『JUNKO―JUNKO SAKURADA 30,SECOND BIRTHDAY』 小学館 1988年

著作[編集]

  • 『サラの瞳』 みみずくぷれす 1984年1月 ISBN:4943960103
  • 『テレビ人生!「そんなわけで!!」録』 池田文雄著 コアラブックス(イラストを担当) 1985年12月
  • 『神様がくれた贈り物(シルク)』 角川書店 1992年9月 ISBN:4041834015
  • 『アイスルジュンバン』 集英社 2006年11月 ISBN:4087804518

受賞歴[編集]

  • 1973年度
  • 1975年度
    • オリコン・シングルレコード年間売り上げ 女性歌手個人 第1位
    • ブロマイド売り上げ 女性歌手部門 第1位
    • 横浜音楽祭 大衆賞受賞
    • 日本テレビ音楽祭 トップ・アイドル賞
    • あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭 ベストアクション賞
    • FNS歌謡祭 最優秀歌謡音楽賞(下期) 「天使のくちびる」
    • 日本歌謡大賞 放送音楽賞 「天使のくちびる」
    • 日本レコード大賞 大衆賞 「『十七の夏』他一連のヒット曲」
  • 1976年度
    • 日本テレビ音楽祭 敢闘賞受賞
    • あなたが選ぶ全日本歌謡祭 ベストアクション賞
    • 日本歌謡大賞 放送音楽プロデューサー連盟賞 「夏にご用心」
  • 1977年度
    • 日本テレビ音楽祭 特別賞受賞
    • 新宿音楽祭 ベスト10受賞
    • あなたが選ぶ全日本歌謡祭 ベストアクション賞
    • 日本歌謡大賞 放送音楽プロデューサー連盟賞 「もう戻れない」
    • 日本レコード大賞 大賞候補曲ベスト10選出 「気まぐれヴィーナス」
  • 1978年度
    • あなたが選ぶ全日本歌謡祭 男性視聴者賞 「20才になれば」
    • FNS歌謡祭 歌謡音楽賞 「20才になれば」
    • 全日本有線放送大賞 優秀スター賞 「20才になれば」
    • 日本歌謡大賞 放送音楽プロデューサー連盟賞 「20才になれば」
    • 日本レコード大賞 金賞 「しあわせ芝居」
  • 1980年度
    • 昭和55年度 第35回文化庁芸術祭 大衆芸能第2部門 優秀賞 ミュージカル「アニーよ銃をとれ」における演技に対して。
  • 1986年度

   受賞理由 「ミュージカル『アニーよ銃をとれ』の演技は、優れた女優としての地位を確実に獲得したといえる。

           また『エドの舞踏会』『十二夜』でもその実力が開花し、今後がいよいよ期待される。」

  • 1987年度
  • 1988年度
  • 1990年度
    • 第14回日本アカデミー賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技
    • 日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞 映画『花の降る午後』の演技
  • 1991年度
    • 第12回日本文芸大賞 ルポルタージュ賞 シルクロード探検ルポ『神様がくれた贈り物』
  • 1993年度
    • 第67回キネマ旬報 助演女優賞 映画『お引越し』の演技
    • 第48回毎日映画コンクール 助演女優賞 映画『お引越し』の演技
    • 第18回報知映画賞 助演女優賞 映画『お引越し』の演技

脚注[編集]

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  1. ^ a b テレビ予選・決戦大会の映像は現存していないが(写真と決戦大会の音声のみのテープは存在)、秋田での1次審査(司会者の萩本欽一が直接現地に出向いた)の模様を撮影した映像(16mmフィルムで録画)は現存している。
  2. ^ 後に『スター誕生!』に挑戦した山口百恵も牧葉の「回転木馬」を歌った。
  3. ^ 光言社出版企画部(編) 『誰も書かなかった国際合同結婚式』(光言社 1993年3月1日) ISBN 978-4876560301
  4. ^ 桜田淳子さん、16年半ぶり公の場…相澤さん通夜[1]
  5. ^ 桜田淳子さん 16年半ぶり報道陣の前に 1時間近く…相澤会長に別れ スポーツニッポン 2013年5月29日閲覧
  6. ^ フジテレビジョン1981年から1983年まで深夜枠で放送されていた歌手のワンマンライブ番組

関連項目[編集]