新日本海フェリー

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新日本海フェリー株式会社
SHINNIHONKAI FERRY CO., LTD.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
530-0001
大阪府大阪市北区梅田二丁目5番25号
本店所在地 047-0008
北海道小樽市築港7番2号
設立 1969年昭和44年)6月11日
業種 海運業
代表者 代表取締役社長 入谷 泰生
資本金 1,950百万円(2007年3月現在)
売上高 単独: 33,577百万円(2007年3月期)
連結: 42,763百万円(2007年3月期)
従業員数 単独: 442名(2007年3月現在)
連結: 769名(2007年3月現在)
決算期 3月決算
主要株主 関光汽船19.6%
日本郵船10%
阪九フェリー6.5%
損害保険ジャパン6.4% 
外部リンク http://www.snf.jp
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新日本海フェリー本社があるハービスOSAKAオフィスタワー(大阪市北区)

新日本海フェリー株式会社(しんにほんかいフェリー、Shinnihonkai Ferry Co., Ltd.)は、日本の海運会社。舞鶴・敦賀・新潟・秋田と小樽・苫小牧東を結ぶフェリーを運航する。本社は大阪市北区、本店は北海道小樽市にある。SHKライングループ。

概要[編集]

運航ダイヤはトラックやシャシーの輸送を中心としているため出港時間が深夜または入港時間が早朝となる便が多いが、多様な船内設備を設けるなど旅客サービスにも力を入れている。一部の便には30ノット前後で航行可能な高速フェリーを導入し、競合するRO-RO船との差別化を図っている。

他の交通機関と同様にゴールデンウィークお盆期間は大変多くの旅客で賑わうが、前述の通り普段は貨物主体のフェリーである。このような傾向から2006年よりシーズン別の料金体系を導入し、繁忙期の増収と閑散期の利用促進を図っている。

各船とも船籍港は本店所在地である小樽港となっている。

歴史[編集]

1970年、日本海側では初めての長距離フェリーとして舞鶴港-小樽港間に航路が開設された。就航当時は青函連絡船など本州と北海道を連絡する航路は飽和状態にあり、北海道と関西地方を結ぶバイパスルートとしても注目された。就航した船舶は輸送力重視のほか、日本海特有の気象条件に対応するため比較的大型のフェリーであったが、客室は3等級のみであるほか、そのほかの旅客設備も同時期に就航していた他のフェリー[1]と比べて簡素なものとなっており、旅客よりも貨物輸送を重視していた。また、その後も新たな船舶が就航し便数を増加させているが、いずれの船舶も大型化で得た容量は主にトラック積載数の増加に振り向けられた。

こうした施策の転機となったのは、1984年の「フェリーらいらっく」就航である。デッキ層を増やし旅客設備の充実が図られたほか、既存の船舶についても1990年および1992年の2度にわたって、旅客設備の改装工事が行われた。

1996年、速力を大幅に向上させた「すずらん」「すいせん」が就航し、敦賀-小樽航路の所要時間は約7時間半短縮した約21時間となった。青函トンネル開業による鉄道貨物のスピードアップなどと対峙する中で、特に生鮮食料品生乳などの輸送にも競争力が強化されることとなったほか、所要時間が24時間未満となったため、毎日運航の同航路では運用船舶数の削減が可能となった。同様の施策は、2004年7月就航の「はまなす」「あかしあ」でも採られており、舞鶴-小樽航路の所要時間は約9時間短縮した約21時間となっている。

沿革[編集]

舞鶴フェリーターミナル(舞鶴支店)
  • 1969年6月 - 会社設立(本社所在地は小樽市)。
  • 1970年6月 - 舞鶴港の事務所および旅客待合室が完成。
    • 7月 - 小樽港の事務所および旅客待合室が完成。「すずらん丸」(初代)が舞鶴 - 小樽航路に就航(週2便)。
  • 1971年7月 - 本社を大阪市に移転。
  • 1972年5月 - 「フェリーはまなす」が就航し、週4便となる。
  • 1973年7月 - 「フェリーあかしあ」が就航し、週6便となる。
  • 1974年6月 - 新潟港への寄港を開始。
  • 1975年8月 - 敦賀港の事務所および旅客待合室が完成。
    • 10月 - 東九フェリーより船舶を購入し、「フェリーしらゆり」「フェリーすずらん」に改称。
  • 1977年5月 - 新潟 - 小樽航路が認可(週3便)。舞鶴・敦賀 - 小樽航路が週8便となる。
  • 1979年5月 - 小樽港の勝納フェリーターミナルが完成し移転。「ニューすずらん」が敦賀 - 小樽航路に就航。
    • 7月 - 「ニューゆうかり」が敦賀 - 小樽航路に就航。
  • 1980年2月 - 新潟 - 小樽航路が週6便に増便。
  • 1984年3月 - 「フェリーらいらっく」が舞鶴 - 小樽航路に就航。
  • 1987年3月 - 新潟港の新フェリーターミナルが完成し移転。「ニューはまなす」が新潟 - 小樽航路に就航。
    • 4月 - 「ニューしらゆり」が新潟 - 小樽航路に就航。
  • 1991年9月 - 「フェリーらべんだあ」が舞鶴 - 小樽航路に就航し、舞鶴・敦賀 - 小樽航路が週10便となる。
  • 1994年4月26日 - 「フェリーあざれあ」が新潟 - 小樽航路に就航し、同航路は週9便となる。
    • 7月12日 - 「フェリーしらかば」が新潟 - 小樽航路に就航。
  • 1996年6月11日 - 敦賀港の新フェリーターミナルが完成し移転。「すずらん」(2代目)「すいせん」(初代)が敦賀 - 小樽航路に就航。
  • 1999年7月 - 敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧航路を開設。
  • 2002年4月5日 - 「らいらっく」が新潟 - 小樽航路に就航。
  • 2003年2月2日 - 「ゆうかり」が新潟 - 小樽航路に就航。
  • 2004年7月 - 「はまなす」「あかしあ」が舞鶴 - 小樽航路に就航。
  • 2012年4月1日 - 船室等級の名称を変更。(特等A→デラックスA、特等→デラックスB、1等→ステートB、S寝台→ツーリストS、2等寝台→ツーリストA寝台・ツーリストB、2等→ツーリストA和室・ツーリストJ)
    • 6月1日 - 二輪自動車(側車付バイク/トライク付)運賃を設定。(従来は乗用車航送運賃の適応)
    • 6月20日 - 「すずらん」(3代目)が敦賀 - 苫小牧航路に就航。
    • 7月1日 - 「すいせん」(2代目)が敦賀 - 苫小牧航路に就航。

航路[編集]

繁忙期、ドック入り、気象条件などにより航路・就航船を変更する場合がある(毎日運航の航路は、一部運休日あり)。

舞鶴・敦賀と北海道の各港を結ぶ航路の2等運賃は、近畿地方北海道を直接結ぶ公共交通機関では最も安価とされていたが、格安航空会社の登場により、ピーク時の2等運賃が格安航空会社の最高値運賃を上回るなど、必ずしも割安な公共交通機関ではなくなりつつある[2]

定期運航の航路[編集]

日本海を北上中の「あかしあ」
  • 舞鶴 - 小樽航路舞鶴港 - 小樽港
    • 毎日運航。
    • 所要時間:小樽行き20時間15分、舞鶴行き21時間30分。
    • 就航船:「あかしあ」「はまなす
両船が就航する前は、「フェリーらいらっく」「ニューあかしあ」「フェリーらべんだあ」の3隻体制で運航し、約30時間で結んでいた。
  • 敦賀 - 苫小牧東港航路敦賀港 - 苫小牧東港、直行便)
    • 毎日運航。
    • 所要時間:苫小牧行き19時間15分、敦賀行き20時間50分。
    • 就航船:「すずらん」「すいせん」
両船の就航当初は敦賀港と小樽港を結んでいたが、2002年9月から北海道側対地を苫小牧東港に変更した。
  • 敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧東港航路(敦賀港 - 新潟港 - 秋田港 - 苫小牧東港、寄航便)
    • 敦賀始発は週2便、新潟始発は週3便運航。
    • 秋田港に寄港しない便もある。
    • 所要時間:(敦賀-苫小牧)苫小牧行き31時間20分、敦賀行き35時間00分。(新潟-苫小牧)苫小牧行き17時間50分、新潟行き20時間00分。
    • 就航船:「フェリーあざれあ」「フェリーしらかば」
両船を新潟-小樽航路から転配する前は、「ニューはまなす」「ニューしらゆり」の2隻体制で運航していた。
  • 新潟 - 小樽航路(新潟港 - 小樽港)
    • 月曜日を除く毎日運航。
    • 所要時間:小樽行き18時間00分、新潟行き19時間30分(日曜日発の便は20時間00分)。
    • 就航船:「らいらっく」「ゆうかり」
両船の就航前は、「フェリーあざれあ」「フェリーしらかば」の2隻体制で運航していた。
鳥羽一郎の曲「昭和北前船」のモデルとなっている。

その他の航路[編集]

臨時に運航される航路。

  • 敦賀 - 小樽航路(敦賀港 - 小樽港)
    • 特定日に運航。
    • 所要時間:小樽行き19時間15分、敦賀行き19時間30分。
    • 就航船:「あかしあ」「はまなす」
  • 舞鶴 - 苫小牧東港航路(舞鶴港 - 苫小牧東港)
    • 特定日に運航。
    • 所要時間:苫小牧行き19時間45分、舞鶴行き21時間20分。
    • 就航船:「あかしあ」「はまなす」

船舶[編集]

就航中の船舶[編集]

新日本海フェリーでの就航順に記載。

喫煙所以外は個室を含めて全面禁煙。
全船共通の主な設備・レストラン、グリル、カフェテラス、売店、ゲームコーナー、大浴場、サウナ、ランドリー、キッズルーム、喫煙室、船舶電話
フェリーあざれあ(2011年7月)
フェリーしらかば(2012年1月)
(フェリーあざれあ)1994年4月竣工、1994年4月26日就航、2000年改造。20,554総トン、最大速力26.0ノット。
(フェリーしらかば)1994年2月竣工、1994年7月12日就航、2002年改造。20,563総トン、最大速力25.6ノット。
(以下、共通の諸元)
全長195.4m、幅29.4m、出力32,400ps、航海速力22.7ノット(42.0km/h)。
石川島播磨重工業(東京)建造。
旅客定員926名。車両積載数:トラック186台・乗用車80台。
船室
スイートルーム・海側 専用テラス付(ダブル・4室)
デラックスルームB・海側(ツイン・26室、和室・4室)
ステートルームB・海側(二段ベッド・20室、和室・20室)、内側(ツイン・30室)
ツーリストB・内側(二段ベッド・13室)、J・内側(カーペットルーム・18室)
ドライバールーム・内側(6室)
主な設備・ビデオシアター、ビデオルーム、スポーツルーム、ジャグジー(期間限定)
トン数では日本最大のフェリー。
  • らいらっくゆうかり(主な使用航路・新潟港-小樽港)
(らいらっく)2001年6月竣工、2002年4月5日就航。最大速力25.1ノット。
(ゆうかり)2001年9月竣工、2003年2月2日就航。最大速力25.4ノット。
(以下、共通の諸元)
2006年改造。18,229総トン、全長199.9m、幅26.5m、出力21,200kw、航海速力22.7ノット(42.0km/h)。
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)建造。
旅客定員892名。車両積載数:トラック146台・乗用車58台。
交通バリアフリー法に沿った客室設備の設計を行っている。
船室
スイートルーム・海側 専用テラス付(ツイン・4室)
デラックスルームA・海側 専用テラス付(ツイン・20室)、B・海側(ツイン・6室、和室・4室)
ステートルームB・海側(二段ベッド・24室、和室・20室)、内側(ツイン・30室)
ツーリストS・内側(シングル・36室)、B・内側(二段ベッド・10室)、J・内側(カーペットルーム・22室)
ドライバールーム・内側(8室)
主な設備・ビデオシアター、ビデオルーム、スポーツコーナー
  • はまなすあかしあ(主な使用航路・舞鶴港-小樽港)
はまなす - 大阪港(2004年6月、就航前に行われたお披露目にて撮影)
(はまなす)2003年8月竣工。最大速力32.0ノット。
(あかしあ)2003年10月竣工。最大速力31.8ノット。
(以下、共通の諸元)
2004年7月就航。16,810総トン、全長224.8m、幅26.0m、出力42,800kw、航海速力30.5ノット(56.4km/h)。
三菱重工業長崎造船所建造。
旅客定員820名。車両積載数:トラック158台・乗用車66台。
船室
スイートルーム・海側 専用テラス付(ダブル・4室)
デラックスルームA・海側 専用テラス付(ツイン・34室、和室・6室)
ステートルームB・海側(二段ベッド・14室、和室・20室)、海側/内側(ツイン・66室)
ツーリストS・内側(シングル・14室)、A・内側(ベッド・8室、カーペットルーム・22室)
ドライバールーム・内側(4室)
主な設備・ビデオルーム、コンファレンスルーム、マッサージルーム、バリアフリー浴室
日本のカーフェリーとしては最も長い全長をもつほか、2009年現在就航している日本のカーフェリーでは航海速力がもっとも速い[3]。高速航行のために、推進器には通常のスクリューと舵を兼ねたポッド推進器(アジポッド)を互いに逆回転させ、2重反転プロペラの原理で高出力を生み出す世界初のシステム[4]が採用された。シップオブザイヤー受賞。
  • すずらん(3代目)・すいせん(2代目)(主な使用航路・敦賀-苫小牧東港 直行便)
2012年に「すずらん」「すいせん」が新造船に置き換えられた[5]
(すずらん)2012年6月20日就航。
(すいせん)2012年7月1日就航。
(以下、共通の諸元)
2012年1月27日進水。17,382総トン、全長224.5m、幅26m、出力30,300kw、最大速力29.4ノット、航海速力27.5ノット(50.9km/h)。
(前船に引き続きポッド推進システムを採用しているが、必要な速力が小さいことから全く同じものではない。)
三菱重工長崎造船所建造。
旅客定員613名。車両積載数:トラック158台・乗用車58台。
船室
スイートルーム・海側 専用テラス付(ツイン・2室)
ジュニアスイートルーム・海側 専用テラス付(ツイン・2室)
デラックスルームA・海側 専用テラス付(ツイン、和室)
ステートルームA(ツイン、二段ベッド、和室)
ツーリストS・内側(シングル)、A・内側(ベッド)
ドライバールーム・内側
主な設備・スポーツルーム、コンファレンスルーム、マッサージコーナー、PCコーナー、露天風呂、ドッグフィールド
船体は「はまなす」「あかしあ」とほぼ同型だが、航海速力や水線下船型、プロペラ等の見直しにより二酸化炭素 (CO2) や窒素酸化物 (NOx) の排出量を削減している。なお、両船と比較して車両積載数はほとんど変わらない一方で旅客定員は少なくなっているが、これは最下クラスの船室も桟敷席を設けず寝台とするなど客室を個室重視で設置することなどが一因である。

就航予定の船舶[編集]

なし

過去に就航していた船舶[編集]

新日本海フェリーでの就航順に記載。

  • すずらん丸(初代)
1970年8月就航、1975年退役。9,053総トン、全長160.5m。
旅客定員1,107名。車両積載数:トラック103台・乗用車150台。
就航当時は日本最大(トン数)のカーフェリーだった。
当社からの退役後は、西日本汽船「ゆうとぴあ」、ギリシアMed Link LinesとFive Star Lines、アルジェリアAlgerie Ferriesにて「POSEIDON」、「POSEIDON X」、「POSEIDON C」として地中海で活躍したが、2008年7月インドで解体。
  • フェリーはまなす
1972年5月就航、1987年退役。9,875総トン、全長162m。
旅客定員1,173名。車両搭載数:トラック105台・乗用車132台。
当社からの退役後は、ギリシャのANEK LinesLISSOS」として就航。
  • フェリーあかしあ
1973年7月就航、1988年退役。11,210総トン、全長180.5m。
旅客定員1,387名。車両積載数:トラック119台・乗用車150台。
当社からの退役後は、フィリピンのSulpicio LinesFILIPINA PRINCESS」として就航。
  • フェリーしらゆり
東九フェリーの「フェリーとね」を購入し船名変更。
  • フェリーすずらん
東九フェリーの「フェリーてんりゅう」を購入し船名変更。
当社からの退役後は、西日本汽船「ゆうとぴあ3」を経て、フィリピンのCarlos A. Gothong Lines「Manila Bay 1」として就航。
  • ニューすずらん
1979年5月就航、1997年退役。14,385総トン、全長191.8m、航海速力22.5ノット。
旅客定員872名。車両積載数:トラック189台(竣工時163台)・乗用車85台(竣工時40台)。
就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリーだった。
当社からの退役後は、ギリシャのANEK LinesKRITI I」として就航。
  • ニューゆうかり
1979年7月就航。14,374総トン、全長191.8m、航海速力22.5ノット。
旅客定員872名。車両積載数:トラック189台・乗用車85台。
当社からの退役後は、ギリシャのANEK LinesKRITI II」として就航。
  • フェリーらいらっく
フェリーらいらっく(2003年7月撮影)
1984年7月就航、2004年退役。18,268総トン、全長192.9m、航海速力21.8ノット。
旅客定員788名(竣工時586名)。車両積載数:トラック186台(竣工時152台)・乗用車55台。プール設備あり。
就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリーだった。
当社からの退役後は、フィリピンのSulpicio Linesに売却され「プリンセス・オブ・ザ・スターズ」(定員1,992人)として運航されていたが、2008年6月21日台風6号による荒天のためシブヤン島付近で転覆。荒天のほか、貨物として積載されていた多量の殺虫剤(エンドスルファン)の有毒性による二次災害の懸念から捜索が難航したこともあり、乗員乗客825人中、船長を含む773人が死亡または行方不明の惨事となった[6][7]
  • ニューはまなす
1987年3月就航。17,304総トン、全長184.5m、航海速力22.6ノット。
旅客定員929名。車両積載数:トラック150台・乗用車103台。
当社からの退役後は、オリエントフェリー「ゆうとぴあ」として下関 - 青島航路に就航。
  • ニューしらゆり
1987年4月就航。17,305総トン、全長184.5m、航海速力22.6ノット。
旅客定員929名。車両積載数:トラック150台・乗用車103台。
当社からの退役後は、上海下関フェリー「UTOPIA 2」として下関 - 蘇州航路に就航。
  • ニューあかしあ
ニューあかしあ(2004年2月撮影)
1988年7月就航。19,796総トン、全長192.9m、幅29.4m、出力26,400ps、航海速力21.8ノット。
旅客定員920名。車両積載数:トラック186台・乗用車80台。プール設備あり。
就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリーだった。
当社からの退役後は、ギリシャのEndeavor Lines「IONIAN QUEEN」として就航。
  • フェリーらべんだあ
1991年9月就航。19,904総トン、全長192.9m、航海速力21.8ノット。
旅客定員796名。車両積載数:トラック186台・乗用車80台。プール設備あり。
就航当時は日本最大(トン数・全長)のカーフェリーだった。
当社からの退役後は、ギリシャのAgoudimos Lines「IONIAN KING」を経て、HTBクルーズの長崎 - 上海航路「OCEAN ROSE」として就航。
  • すずらん(2代目)・すいせん(初代)
すずらん(2代目、2004年7月撮影)
(すずらん)1995年3月竣工。2012年6月19日運用終了。17,345総トン。
(すいせん)2003年8月竣工。2012年6月30日運用終了。17,329総トン。
(以下、共通の諸元)
1996年6月11日就航。全長199.5m、幅25.0m、出力64,800ps、航海速力29.4ノット(54.4km/h)。
石川島播磨重工業(東京)建造。
旅客定員507名。車両積載数:トラック122台・乗用車80台。
船室
スイートルーム・海側 専用テラス付(ダブル・4室)
デラックスルームB・海側(ツイン・14室、和室・6室)
ステートルームB・海側(ツイン・26室、二段ベッド・34室、和室・10室)
ツーリストA・内側(二段ベッド・10室、カーペットルーム・2室)
ドライバールーム・内側(4室)
主な設備・ビデオルーム、ビデオシアター、スポーツルーム、ジャグジー(期間限定)
就航当時は日本最速のフェリーだった[8]。高速航行を実現するため、船体は美しい流線型をしている。シップオブザイヤー受賞。
船名の由来は、就航当初は敦賀 - 小樽航路(現・敦賀 - 苫小牧航路)に就航したことから、北海道を代表する花「スズラン」と福井県の県花「スイセン」より。
2003年1月5日7時30分、苫小牧東港から敦賀港へ向けて航行していた「すいせん」が、青森県艫作埼南西沖合で主機室の給気系統の通風ダクト吹出口から海水が噴き出し、主機冷却清水ポンプが停止して主機が運転できなくなったが、船内で応急処置がなされ15時15分に復旧したのち、秋田港へ臨時に入港し機器の換装が実施された[9]
「すずらん」については当社から退役し係船後に日本政府の所有となり、船名が「はくおう」に変更された[10]。政府所有となった後、在日米軍の物資を輸送した実績もある[11]。防衛省は2014年3月、はくおう (輸送船)及びナッチャンWorldを借り上げ、PFI方式で運用すると発表した。はくおうの整備や乗員の訓練は新日本海フェリーが行い、乗員は予備自衛官を活用する方針。2014年度に試験運用を行い、2015年度より20年間の利用契約を締結予定[12]

本・支店[編集]

  • 本社 (大阪市北区梅田二丁目5番25号 梅田阪神第1ビル(ハービスOSAKA)15F)
  • 小樽本店 (北海道小樽市築港7-2 勝納埠頭)
  • 舞鶴支店 (京都府舞鶴市字浜小字浜 前島埠頭
  • 敦賀支店 (福井県敦賀市鞠山95-4 敦賀新港)
  • 新潟支店 (新潟市東区古湊町2-20 山の下埠頭)
  • 苫小牧支店 (北海道勇払郡厚真町字浜厚真17-6 苫小牧東港 周文埠頭)
  • 秋田支店 (秋田市土崎港西1-13-13 中島埠頭)
  • 東京支店 (東京都中央区銀座4-10-10 銀座山王ビル6F)
  • 札幌支店 (札幌市中央区北2条西2-1 ハクオウビル)
  • 名古屋営業所 (名古屋市中村区名駅3-16-22 名古屋ダイヤビルディング1F)

関連会社[編集]

  • 関光汽船 - SHKライングループの中核企業(同グループについては本項目を参照)。
  • 日本クルーズ客船
  • オーセントホテルズ
  • 新協和商事
  • 新日本海サービス
  • ヴィーナストラベル
  • マリネックス
  • 日本デリカフーズ
  • マリネックス西日本
  • シートランス
  • ノーザントランスポートサービス
  • マリネックストランスポートサービス
  • 協和リアルエステート
  • 協和ロジスティクス
  • エス、エッチ、ケイ総合案内所
  • SHK調査広報センター

脚注[編集]

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  1. ^ さんふらわあ」や「クイーンコーラル」(いずれも1972年就航)などの「豪華フェリー」が建造された時期でもあった。
  2. ^ 旅客運送業を営む各社による国土交通省への届出運賃など、いわゆる「定価」での比較であり、割引航空券などを利用する場合はこの限りではない。
  3. ^ 過去に就航していたものを含むと東日本フェリーの「ゆにこん」(航海速力35ノット、最大速力42.4ノット)、ナッチャンReraナッチャンWorld(航海速力36ノット、最大速力42ノット)に次ぎ3番目。なお、上記3船はいずれもウォータージェット推進方式である。
  4. ^ 世界初のハイブリッド型CRP ポッド推進高速フェリー (PDF) (三菱重工技報 Vol.41 No.6 p.338)
  5. ^ 新日本海フェリー、新造船2隻建造を正式発表(クルーズニュース) - ウェブクルーズ(海事プレス、2011年3月1日付、同月3日閲覧)
  6. ^ 台風通過中のフィリピンでフェリー沈没、700人超が行方不明 - ロイター(2008年6月22日)]
  7. ^ 乗客ら800人の捜索続く 新たに28人の生存者 - 47NEWS(共同通信社、2008年6月23日)
  8. ^ 「すずらん」「すいせん」就航前は、マリンエキスプレス(現・宮崎カーフェリー)の「フェニックス」「パシフィックエキスプレス」(航海速力約26ノット)が日本最速だった。
  9. ^ 旅客船すいせん遭難事件(平成15年仙審第6号)(海難審判庁採決録) - 日本財団図書館(2013年11月3日閲覧)
  10. ^ http://www.idyllicocean.com/shipsdb/ship2_info.php?lang=jp&id=2254 はくおう] - アイデリックオーシャン(2013年11月21日閲覧)
  11. ^ 横浜港のど真ん中で、戦争道具が次々と荷卸しされています!! - 古谷やすひこの政治を変えるチカラ(2013年9月27日付、同年11月21日閲覧) ※横浜市会議員のブログ。
  12. ^ 日本経済新聞 2014年3月23日付

参考文献[編集]

  • にっぽん全国たのしい船旅2007-2008 - イカロス出版 イカロスMOOK(2007年8月発行)ISBN 9784871499736
    • 『新日本海フェリー、巨大船隊発達史』徳光康・著(p.56-p.61)
  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]