日本橋本石町
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| 日本橋本石町 | |
|---|---|
| — 町丁 — | |
| 日本銀行本店 | |
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| 座標: 北緯35度41分19.8秒 東経139度46分12.8秒 / 北緯35.688833度 東経139.770222度 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 東京都 |
| 区 | 中央区 |
| 地域 | 日本橋地域 |
| 人口 (2012年〈平成24年〉8月1日現在[1]) | |
| - 計 | 97人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 103-0021 |
日本橋本石町(にほんばしほんこくちょう)は、東京都中央区の地名。旧日本橋区の地域内である。
目次 |
地理 [編集]
日本橋地域の西側に位置し、千代田区(内神田・大手町・鍛冶町)との区境にあたる。日本橋側から南へ順に一丁目から四丁目が並ぶ。
歴史 [編集]
この地はもと石町(こくちょう)と呼ばれていたが、寛文年間に神田に新石町(しんこくちょう : 現在の内神田三丁目付近)が出来たので本石町と呼ばれるようになった。石町という町名は、古くは米穀商が多く集まっていたことから穀類を数える単位の石に由来するとされる。一丁目から四丁目まであった(ただし町域は現在とは異なる)。
江戸時代には三丁目に市中に時を告げる時の鐘が置かれ、またその近くにあった長崎屋は長崎から将軍謁見のために来るオランダ商館長カピタンの定宿とされた。二丁目と三丁目のあいだ近くにあった十軒店には、毎年桃の節句や端午の節句になると人形の市が立ち、年の暮れには同所で破魔矢羽子板を売るなどしてたいそう賑わったという。
昭和7年(1932年)、関東大震災後の区画整理により本石町は従来からの町域を変更することになり、この時周辺にあった金吹町、北鞘町、本革屋町、本銀町、本町、本両替町などの町域全部または一部を合併し、現在の本石町一〜四丁目となっている。なお十軒店は現日本橋室町三丁目の一部に当たる。
観光 [編集]
交通 [編集]
鉄道 [編集]
バス [編集]
道路 [編集]
- 江戸通り
- 東京都道405号外濠環状線(外堀通り)
- 首都高速道路出入口
施設 [編集]
- 所轄の警察署・消防署
脚注 [編集]
- ^ 中央区の人口・世帯数(平成24年8月1日現在) - 中央区公式ホームページ。
参考文献 [編集]
- 『角川日本地名大辞典13 東京都』-角川日本地名大辞典編纂委員会編(1978年、角川書店)
- 『日本歴史地名大系13 東京都の地名』-(2002年、平凡社)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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