がっちり買いまショウ
| がっちり買いまショウ | |
|---|---|
公開収録が行われていたMBS千里丘放送センター・ミリカホール
(写真は番組終了から33年後の2008年5月に撮影。) |
|
| ジャンル | ゲーム、バラエティ |
| 放送時間 | #時間枠の変遷(各30分) |
| 放送期間 | 1963年12月~1975年11月(627回) |
| 放送国 | |
| 制作局 | 毎日放送 |
| 出演者 | 夢路いとし・喜味こいし |
|
特記事項: 番組開始から1971年までは『オリエンタルがっちり買いまショウ』、1972年から番組終了までは『グリコがっちり買いまショウ』。 番組開始当初から1975年3月までNET系、ネットチェンジに伴い同年4月からはTBS系で放送。 |
|
がっちり買いまショウ(がっちりかいまショウ)は、毎日放送(MBS)が制作し、1963年(昭和38年)12月1日から1975年(昭和50年)3月30日までNET(現・テレビ朝日)系列で毎週日曜日12:45~13:15に、1975年4月6日から1975年11月30日までTBS系列で毎週日曜日12:15~12:45に放送されていた買い物ゲーム番組である。12年、627回放送。
1975年4月以降は腸捻転の解消に伴い、放送開始時間が変更されたため、一部の系列局ではABC『新婚さんいらっしゃい!』の後番組扱いで放送を開始した[1]。
司会は、漫才コンビの夢路いとし・喜味こいしが務めた。買い物に使用する商品はMBSの地元、大阪に本拠がある髙島屋の協賛を得た。
目次 |
[編集] 概要
出場するペアは3組(基本的には夫婦)。各チームの買い物の設定金額を決めるために体を張ったゲームを行う。ゲームの内容は週替り(椅子取りゲームや玉転がしゲームなど)であり、ゲームの結果で設定金額が決定する。
買い物ゲームは、いとし・こいしが「それでは○○円コース!が~っちり買いまショウ!」とコールしてゲームが始まる。各チームの買い物の、制限時間は2分間で、5品以上の品物を買わなければならない(ゲーム前にスポンサーの三つの商品の絵柄が出ている品物が入ったボックスを一つ選び、出場者が金額を決める)。出場者が会場に置かれた値段のわからない品物の中から、決められた金額に合う様に欲しい品物を取って買い物をする。なお小金額調整用に、スポンサー商品(こちらは金額が表示されている)の他、靴下やネクタイなどの小物が置かれていた。
結果発表の際、いとし・こいしが「伺ってみます!○○円コース!!いかがでしょうか!!」と聞くと、ティンパニロールが鳴り、合計金額が設定金額~マイナス4000円以内(例えば10万円コースの場合は10万円~9万6000円)の場合、ファンファーレが鳴り、取った品物をすべて獲得できるが、逆に設定金額を1円でもオーバーするかマイナス4000円を下回ると失格で品物没収となる。なお品物を獲得出来た時は、残高は「あゆみの箱」に寄付となった。また設定金額と同じだった場合は「がっちり賞」として賞金10万円獲得となる。
失格となった場合、「残念賞」としてスポンサー製品の詰め合わせが送られた。なお番組後期には「ラッキー賞」の設定があり、その指定の品物を取った時は旅行クーポン券が送られていた。
又、出場した3組のうち、特にインパクトが有った1組には「いとこい賞」(賞品は週替わり)が送られた。
コースの制限金額は物価高に応じて徐々に上昇していった。番組開始当初は3万円・1万円・5千円だったが、その後は7万円・5万円・3万円、10万円・7万円・5万円のごとくアップし、最終回には特別に5組出場で、3万円・1万円が追加された。1万円コースでがっちり賞が出て、有終の美を飾った。なお1回だけ(航空会社対抗戦の時。1973年頃か?)、30万円・20万円・10万円の3コースをやった事があった。
[編集] 提供スポンサー
番組開始から1971年までは、カレー粉等の食品製造会社の株式会社オリエンタル(本社:名古屋市中村区)が、一社提供。
1972年から、菓子等の総合食品メーカーの江崎グリコ(本社:大阪市西淀川区)並びにグリコグループに交代する。
この番組は、番組名の前にスポンサーの冠名が付いていた関係で、1971年までの正式番組名は、『オリエンタルがっちり買いまショウ』で、1972年以降は、『グリコがっちり買いまショウ』となっている。なお、グリコがスポンサーは1977年12月25日の『新伍とんでけ捕物帳』までである(これはグリコのほか、花王石鹸(現・花王等)。
[編集] 有名な口上・セリフ
- 「男は度胸、女は勘定。お手手出しても足出すな。(スポンサー名)がっちり買いまショウ!!」
- オープニングでのいとし・こいし両人の掛け合い形のタイトルコールだった。「足出すな」とは「おアシ=お金」と「足」の掛詞。スポンサーがグリコグループ時代はBGMにグリコのテーマが流れていた。提供とネット局一覧などのバックは拍手する客席だった。
- 「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道!」
- 設定金額を決めるゲームにおけるいとしの掛け声、この後にゲームに応じた口上をテンポ良く顔芸をしながら言い、最後に玉転がしゲームの場合「・・・玉転がしゲーム、はじめ!!」と、張りの有る声でコールした。なお、この口上の前に、こいしはアコーディオンの曲にあわせ、ゲーム内容を歌いながら説明した。
- 「ではまた来週も、オリエンタルがっちり食いましょう!」
- 「お利口にグリコ」
- スポンサーがグリコグループ時代のエンディングで使用、収録会場に来ている子供に、いとし・こいしがインタビューをして、インタビュー後「お利口やね」、「お利口にグリコ!」と謝礼代わりに手提げ付きのグリコを渡していた。
[編集] 放映ネット局
[編集] 1963年12月から1975年3月まで
系列は放送当時のもの。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 近畿広域圏 | 毎日放送 | NETテレビ系列 | 制作局 |
| 関東広域圏 | NETテレビ | 現:テレビ朝日 | |
| 北海道 | 北海道放送 | TBS系列 | 1968年10月まで |
| 北海道テレビ | NETテレビ系列 | 1968年11月から | |
| 青森県 | 青森放送 | 日本テレビ系列 | |
| 岩手県 | 岩手放送 | TBS系列 | 現:IBC岩手放送 |
| 宮城県 | 東北放送 | ||
| 秋田県 | 秋田放送 | 日本テレビ系列 | |
| 山形県 | 山形放送 | ||
| 福島県 | 福島テレビ | TBS系列 フジテレビ系列 |
1971年9月までは日本テレビ系列局 |
| 新潟県 | 新潟放送 | TBS系列 | 1968年10月まで |
| 新潟総合テレビ | フジテレビ系列 日本テレビ系列 NETテレビ系列 |
1968年11月から | |
| 山梨県 | 山梨放送 | 日本テレビ系列 | |
| 長野県 | 信越放送 | TBS系列 | |
| 静岡県 | 静岡放送 | ||
| 中京広域圏 | 中部日本放送 | 1966年3月まで | |
| 名古屋テレビ | NETテレビ系列 | 現:メ〜テレ、1966年4月から 1973年3月までは日本テレビ系列とのクロスネット局 |
|
| 富山県 | 北日本放送 | 日本テレビ系列 | |
| 石川県 | 北陸放送 | TBS系列 | |
| 福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 | |
| 鳥取県 | 日本海テレビ | 日本テレビ系列 NETテレビ系列 フジテレビ系列 |
1972年9月の電波相互乗り入れに伴い打ち切り |
| 島根県 →鳥取県 島根県 |
山陰放送 | TBS系列 | 当初は島根県のみ 1972年9月の電波相互乗り入れに伴い鳥取県でも放送 |
| 岡山県 | 山陽放送 | TBS系列 | 1969年3月まで 当時の放送エリアは岡山県のみ |
| テレビ岡山 | フジテレビ系列 NETテレビ系列 |
現:岡山放送、1969年4月から 当時の放送エリアは岡山県のみ |
|
| 広島県 | 中国放送 | TBS系列 | 1971年3月まで |
| 広島ホームテレビ | NETテレビ系列 | 1970年12月から 1971年4月から広島ホームテレビ単独で放送 |
|
| 山口県 | 山口放送 | 日本テレビ系列 | |
| 香川県 | 西日本放送 | 1969年3月まで 当時の放送エリアは香川県のみ |
|
| 瀬戸内海放送 | NETテレビ系列 | 1971年4月から 当時の放送エリアは香川県のみ 腸捻転解消より早く打ち切り 打ち切り後は同枠で『パンチDEデート』(関西テレビ)を放送 |
|
| 愛媛県 | 南海放送 | 日本テレビ系列 | |
| 高知県 | 高知放送 | ||
| 福岡県 | 九州朝日放送 | NETテレビ系列 | |
| 長崎県 | 長崎放送 | TBS系列 | |
| 熊本県 | 熊本放送 | ||
| 大分県 | 大分放送 | ||
| 宮崎県 | 宮崎放送 | ||
| 鹿児島県 | 南日本放送 | ||
| 沖縄県 | 沖縄テレビ | フジテレビ系列 | 1971年3月まで |
| 琉球放送 | TBS系列 | 1971年7月から |
[編集] 1975年4月から11月まで
◎が付いているものは、ネットチェンジ後に変更となった局。系列は放送当時のもの。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 近畿広域圏 | 毎日放送 | TBS系列 | 制作局 |
| 関東広域圏 | 東京放送 | ◎現:TBSテレビ | |
| 北海道 | 北海道放送 | ◎ | |
| 青森県 | 青森テレビ | ◎ | |
| 岩手県 | 岩手放送 | 現:IBC岩手放送 | |
| 宮城県 | 東北放送 | ||
| 秋田県 | 秋田テレビ | フジテレビ系列 | ◎ |
| 山形県 | 山形放送 | 日本テレビ系列 | |
| 福島県 | 福島テレビ | TBS系列 フジテレビ系列 |
|
| 新潟県 | 新潟放送 | TBS系列 | ◎ |
| 山梨県 | テレビ山梨 | ◎ | |
| 長野県 | 信越放送 | ||
| 静岡県 | 静岡放送 | ||
| 中京広域圏 | 中部日本放送 | ◎ | |
| 富山県 | 富山テレビ | フジテレビ系列 | ◎ |
| 石川県 | 北陸放送 | TBS系列 | |
| 島根県 鳥取県 |
山陰放送 | TBS系列 | |
| 岡山県 | 山陽放送 | ◎当時の放送エリアは岡山県のみ | |
| 広島県 | 中国放送 | ||
| 山口県 | テレビ山口 | TBS系列 フジテレビ系列 NETテレビ系列 |
◎ |
| 愛媛県 | 南海放送 | 日本テレビ系列 | |
| 高知県 | テレビ高知 | TBS系列 | ◎ |
| 福岡県 | RKB毎日放送 | ◎ | |
| 長崎県 | 長崎放送 | ||
| 熊本県 | 熊本放送 | ||
| 大分県 | 大分放送 | ||
| 宮崎県 | 宮崎放送 | ||
| 鹿児島県 | 南日本放送 | ||
| 沖縄県 | 琉球放送 |
[編集] 補足
腸捻転の解消に伴い、1975年3月に終了したNET系列局をはじめとする一部のネット局は1975年4月からABC制作の「新婚さんいらっしゃい!」に切り替えた[1]。
また、現在は準広域放送となっている岡山県と香川県の放送局は当時はそれぞれの県のみの単一放送だったので、この2局が並列放送していた。更に広島県で2局放送していた時代もあったが、これは本来のNET系列だった広島ホームテレビ(UHT、現・HOME)がUHFテレビ局(広島県初)であるためそれを受信できない世帯・地域に配慮するのと、従来から放送していた中国放送(RCC)での視聴者確保の観点もあり、UHT開局後も引き続いてRCC・UHTの並列放送していた。
[編集] 番組の終焉とその後
終焉は、1975年(昭和50年)3月31日に行われたMBSのNET系列からTBS系列へのネットワークチェンジから始まった。
詳細は「ネットチェンジ#ネットチェンジのメリット・デメリット」を参照
MBSがTBS系列へ移行した後、当番組の直前に放送されていた『サモン日曜お笑い劇場・吉本新喜劇』はスポンサーの大正製薬の意向でNET系列での放送継続となった。新たにNET系列局となったABCは『日曜お笑い劇場』と同じ枠で『日曜笑劇場・あっちこっち丁稚』を立ち上げる。しかしMBSは『日曜お笑い劇場』の直接後継となる『花月爆笑劇場』を既にあった『お笑い花月劇場』への対抗という理由で土曜日の午後3時台に設定したため、日曜12時台前半の時間が空いてしまう。
詳細は「よしもと新喜劇#ネットワーク変更以降」および「日曜笑劇場#MBSからABCへ」を参照
「あっちこっち丁稚#概要」も参照
そこで『日曜お笑い劇場』の後続だった当番組を直前の枠に移し、JNN排他協定の絡みで同時ネットを義務付けられた正午からの『お昼のJNNニュース』の後に放送、12時45分からの枠はTBS発で従来ABCが放送していた『ロッテ 歌のアルバム』の移行に充てた。
「ロッテ 歌のアルバム#放送時間」も参照
しかし放送時間の変更によって『笑劇場』や関東ではNET発の『大正テレビ寄席』、NHKの「のど自慢」など従来時間の関係上相手でなかった強力な裏番組と真っ向勝負しなければならなくなり、さらに『お昼のJNNニュース』が制約となって関西では視聴者の大半が12時丁度スタートの『笑劇場』に流れ、NHKニュースの後にチャンネルを変えてくれていた視聴者も後続の『のど自慢』にそのまま行ってしまった。さらに関東では『テレビ寄席』に加えて日本テレビが後続の枠で判断基準を商品の重量に変えた類似番組『目方でドーン!』を始めたため、マンネリ化が決定的になって視聴者を失っていく。こうして関東・関西ともに視聴率は低迷の一途をたどることになり、この年の11月30日、『買いまショウ』としては12年、全627回という記録を樹立して終了した。
詳細は「大正テレビ寄席#番組の終焉とその後の番組枠」および「スチャラカ社員#MBSへの影響」を参照
『買いまショウ』の終了から1週間後、12月7日より、司会にタレントの三波伸介を起用した『伸介のがっちりショッピング』と言うタイトルで番組は再出発した。なお、『ショッピング』のスポンサーは、引き続きグリコの一社提供となった。なお、このグリコ一社提供はその次の『スター芸能大合戦』まで続いた。
[編集] 備考
- 小金額調整用の品物のうち、スポンサーの商品は、オリエンタル・グリコ時代とも、即席カレーが使用された。
- 出場者は、商品の額を計算するのに、当初はメモ用紙と鉛筆だったが、番組末期には計算機(電卓)も加わった。
- 名物口上「10万円・7万円・5万円運命の分かれ道」は、番組終了後も、いとし・こいしの漫才の中で時々使用された、
- 放送開始当時の番組タイトルは、『オリエンタル がっちり買いましょう』だったが、1969年5月に、しょうの文字を、ゲームショー番組のもじりで、ショウの文字に変更した。
- スポンサーがグリコの時代には、いとし・こいしの2人の着用する、背広やブレザーの胸ポケットには、(道頓堀川沿いのネオンサインでもお馴染みの)グリコのゴールインマークのワッペンが着けられていた。
- 出場者が設定金額を、オーバーしそうな時や足りないときには、いとし・こいしの2人がそれとなくアドバイスをした。
- もう少しでがっちり賞を逃した時には、こいしが苦しむポーズをするのがお約束だった、特に物凄くおしい(-100円や-10円の時など)ときには、こいしは床でのたうちまわっていた。
- 1990年代、読売テレビ「EXテレビ」火曜日で『ウルトラがっちり買いまショウ』と題して復刻版が放送された。この時は芸能人3組のペアーが出場し、1億円コース、1000万円コース、100万円コースが設定された。小金調整の商品のカレーはグリコ提供ではないため他社の商品を使った。
- この番組が放送された時期は、放送用VTRの規格が2インチで機器・テープとも高価で操作・編集も煩雑だったうえ、著作権法の絡みなどで番組の資料保存が安易に行えなかったこともあって放送の都度、映像はほぼすべて上書き消去され、少なくともNETネット時代の映像は、1本も現存していないとされる。なお、番組末期のTBSネット時代と思われる映像が僅かに現存しており、こいしが2011年1月に死去した際、MBS「VOICE」やTBS「サンデーモーニング」で一部が放送された。
- 収録はMBS千里丘放送センターのスタジオ収録だったが、後に放送センター内にある「ミリカホール」での公開収録だった。
[編集] 脚注
- ^ a b ただし、一部のTBS系列局では1975年3月まで『がっちり買いまショウ』を本来『新婚さんいらっしゃい!』の放送時間である日曜日12:15~12:45に遅れネットで放送していた地域もあった他、『新婚さん~』をネットしていた一部のTBS系列局などでは遅れネットに降格したものの、『新婚さんいらっしゃい!』のネットを継続した。
[編集] 関連項目
[編集] 時間枠の変遷
| 毎日放送 日曜14:45~15:15(1963年12月) | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
|
オリエンタルがっちり買いまショウ
|
ビジター
※10:00から移動 |
|
| 毎日放送 日曜12:45~13:15(1964年1月~1975年3月) | ||
|
オリエンタルがっちり買いまショウ
↓ グリコがっちり買いまショウ |
||
| 毎日放送 日曜12:15~12:45(1975年4月~1975年11月) | ||
|
サモン日曜お笑い劇場
※12:00-12:45 → 16:45へ移動 |
グリコがっちり買いまショウ
(※ここからグリコ一社提供枠) |
|
| NETテレビ系 日曜14:45~15:15(1963年12月) | ||
|
錦之助夫妻のヨーロッパの休日
|
オリエンタルがっちり買いまショウ
|
テキサス・レンジャー
※10:00から移動 |
| NETテレビ系 日曜12:45~13:15(1964年1月~1975年3月) | ||
|
おしゃれ作戦
※番組打ち切り後、 2ヶ月間単発枠となる |
オリエンタルがっちり買いまショウ
↓ グリコがっちり買いまショウ |
新婚さんいらっしゃい!
※ABC制作・TBS系から番組移行 |
| TBS系 日曜12:15~12:45(1975年4月~1975年11月) | ||
|
新婚さんいらっしゃい!
※ABC制作・NETテレビ系に番組移行 |
グリコがっちり買いまショウ
(※ここからグリコ一社提供枠) |
伸介のグリコがっちりショッピング
|