よしもと新喜劇
| よしもと新喜劇 | |
|---|---|
よしもと新喜劇の番組収録が行われている
なんばグランド花月 |
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| ジャンル | 演芸/バラエティ番組 |
| 放送時間 | 毎週土曜12:54 - 13:54(60分) |
| 放送期間 | 1962年9月 - 現在 |
| 放送国 | |
| 制作局 | 毎日放送・吉本興業 |
| 演出 | 池田義博(舞台監督)、斎藤克 |
| プロデューサー | 東郷泰樹(MBS) 覚野公一(よしもとクリエイティブ・エージェンシー) |
| 出演者 | 出演メンバー参照 |
| 音声 | ステレオ放送 |
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特記事項: 2007年5月よりハイビジョン制作。 かつては日曜12時→土曜15時→土曜12時に放送されていた。 |
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『よしもと新喜劇』(よしもとしんきげき)は、毎日放送で毎週土曜日12:54からテレビ放送されている吉本新喜劇のコメディ番組である。1962年(昭和37年)9月放送開始の長寿番組である。字幕放送(開始時期については不明)。ハイビジョン制作であるが、一部地域のみハイビジョン放送(下記記述)。
目次 |
[編集] 概要
吉本新喜劇所属のタレントによって行われているコメディ劇のうちなんばグランド花月で公開録画されているものを示す。
間寛平、今田耕司、東野幸治、藤井隆、山田花子、レイザーラモンHG(住谷正樹)など多くの出演者を売れっ子お笑い芸人として輩出したテレビ番組であり、松竹新喜劇と並び関西喜劇の双璧をなす。
近畿地方のほか、東海・中国・四国・九州地方など主に西日本地域で長年放送されており、放送時間が土曜日の昼過ぎということもあって、(当時土曜の昼までの授業後)学校から急いで帰宅し、親子で食事をしながら見る子供も多く、ここでの劇中で使われる言葉がテレビを通じ、子供達の間で流行語となるほどの人気が出た。
1997年から、この番組の全国版として「超!よしもと新喜劇」(後に「超コメディ60!」としてリニューアル)が東京のスタジオからゴールデンタイムで放送された。しかし、笑いのツボの違う東京向けにアレンジされていたために、関西のみならず全国の新喜劇ファンのウケが悪く、結局短期間で終了した(詳細は当該番組の項参照)。
朝日放送(ABCテレビ)で、毎週日曜日に放送されているものは「日曜笑劇場」と呼ばれている。かつては、これとは別になんば花月で公録した「お笑い花月劇場」も土曜の午後に放送していた(この頃は毎日放送はうめだ花月からの公開収録だった)。
現在オープニングは、お約束のテーマソングで舞台の緞帳(どんちょう)が上がるものを映すものとなっている。2011年2月ごろまでは出演者とその役柄が高速でスクロールで流れる方式だった(役者の名前と顔を一致して覚えてもらうために、舞台に役者が初めて出てきたときも名前が再度表示されていたが、2010年後半以降はなくなっている)。終了後緞帳が下りながらのエンドロールとして、出演者とスタッフの一覧が流れる。1990年代後半には、本編終了後に島田珠代などが進行する「玉手箱」のコーナーや、舞台前や終了後に芸人2人がフリートークするコーナーがあった時期もある。今でも、一連の放送完了後、不定期にイベントや劇団員募集の告知は行われている。
現座長は内場勝則、辻本茂雄、小籔千豊、川畑泰史の4人であり、その中から1名が作家と相談しつつ台本を作成する方式を採っている。
なお、収録日から2週間程度の間を置いてテレビ放送されることが基本であるが、特番などによって放送日が収録日から1か月以上あとになった場合、4本の撮り溜め(ストック)を放出するために「調整週」としてテレビ収録・放送が行われないこともまれにある。
現在は、CSのGAORAでも放送されているが、半年以上遅れの放送となっている。
字幕放送を実施している(一部地域を除く)。(笑い)と(拍手)の部分は人の顔と手の形を施した独自の表示をしている。
収録先となる大阪・千日前なんばグランド花月がHD化工事(期間:2007年2月22日〜同年3月17日)が行われ、2007年4月17日 - 23日(5月5日放送)から、工事完了によりMBS・中部日本放送(CBC)の地上デジタル放送ではHDで放送されるようになった。
[編集] 経歴
[編集] MBSテレビ開局とうめだ花月
ABCとの合弁会社大阪テレビ放送の絡みでテレビ単独では在阪最後発となったMBSは、1959年(昭和34年)の開局当時、大阪・堂島の毎日大阪会館に置かれた本社にスタジオが3つしかなく局内製作に限界があった。このため、MBSは地場で劇場を所有する興行主と業務提携を交わし、その劇場に放送機材を設置して公開放送を行うことにした。
詳細は「MBSテレビ#概要」を参照
終戦後に舞台演芸から映画館運営へと経営の主軸を移していた吉本興業は、映画の斜陽化を見通しテレビ時代に見合うコンテンツとして舞台演芸に再参入するべく、大阪・梅田にあった映画館「梅田花月劇場」を演芸場に切り替える計画を進めていた。そこへMBSが大阪地区民放第4局として単独で開局することになり、コンテンツ確保とスタジオ不足を一気に解消できるとして、両社は提携契約を交わした。こうしてうめだ花月がMBSの放送機材設置場所に選ばれた。
詳細は「吉本興業#演芸王国の復活(昭和34年~)」を参照
当時、吉本興業事業部次長だった八田竹男は、テレビ時代の演芸の形としてうめだ花月に観客を集めるため所属芸人がテレビで名前を売る場を設ける必要があると考え、まったく新しいスタイルの軽演劇を起こすことにした。この軽演劇こそ吉本新喜劇の前身「吉本ヴァラエティ」で、うめだ花月とMBSテレビ双方の大看板になるべく、両社の社運をかけて立ち上げられた。
詳細は「吉本新喜劇#創立」を参照
MBSテレビ開局当日となった1959年3月1日、うめだ花月も開場。吉本ヴァラエティの初公演「アチャコの迷月赤城山」が記念番組として生中継された。これがこの番組の源流である[1]。しかし開局後しばらくは、スポンサーが取りにくかったこともあって新喜劇は不定期放送だった。
[編集] レギュラー番組化 - 全国ネット
やがて大正製薬がスポンサーに付き、「サモン日曜お笑い劇場」の名前で日曜正午から45分間に渡り放送された。また、初期〔1962年12月2日〜1963年秋〕の頃、当時MBSのキー局であったNET(現:テレビ朝日)をはじめ同系列全国同時ネットで放送された。しかし、笑いの嗜好がまったく異なる関東では受け入れられず、NETは翌1963年(昭和38年)6月、水曜日昼枠で地元芸人を中心とした『テレビ寄席』を立ち上げる。MBSでは『テレビ寄席』もネット受けするが、今度は逆に近畿圏の視聴者が東京の寄席に馴染めないという理由で低迷。関東での好評によって『テレビ寄席』が日曜正午へ移動した同年10月の改編で、MBSは『テレビ寄席』を、NETも『サモン日曜お笑い劇場』の放送を互いに打ち切りあった。
詳細は「日曜笑劇場#腸捻転時代」および「大正テレビ寄席#関西圏での扱い」を参照
このとき、当時MBS社長だった高橋信三は「江戸笑芸は関西では受け入れられにくい。テレビ寄席の視聴率が低迷するのは当社にとって判りきっていたことで、互いに打ち切り合うという判断は正しかった」と述べたという。
詳細は「毎日放送#江戸笑芸番組に対する扱い」および「高橋信三#MBS社長」を参照
[編集] 地方への番販と打倒ABC
大正テレビ寄席打ち切り事件で一度は定期放送存続の危機に立たされた新喜劇放送だったが、上方お笑い文化の発展と継承に人一倍のこだわりを見せた高橋と、その部下の奔走によって存続が決まる。
高橋の腹心で後にMBS社長になる斎藤守慶が中心となっていたMBSテレビ営業局は、大正が日曜12時台のNET系全国ネット提供を『テレビ寄席』に一本化する方針だったにもかかわらず、『テレビ寄席』と『日曜お笑い劇場』が同じ放送時間になったという理由で引き続き『お笑い劇場』のスポンサーとして残るように依頼する(事実上の企画ネット番組)。大正の社長だった上原正吉は最終的に高橋の説得の前に折れ、出稿継続を了承した。これによって『お笑い劇場』は関西ローカルベースでの存続が決まり、『スチャラカ社員』で全盛を極めていたABCを追撃する体制が整った。
詳細は「斎藤守慶#対等意識とキー局指向」を参照
MBSの作戦は奏功し、『お笑い劇場』の1年前にスタートしていた『スチャラカ』の視聴率を追い抜くことに成功。MBSの看板番組として腸捻転解消までこの時間帯の在阪民放トップを独走した。
1966年(昭和41年)、『スチャラカ』の担当ディレクターだった澤田隆治はABCの局舎移転にあわせてテコ入れを目論むが、これに脚本の香川登志緒が反発して匙を投げ、翌1967年(昭和42年)4月、打ち切りに追い込まれる。
詳細は「スチャラカ社員#ABCセンターと転機」を参照
ABCは『スチャラカ』終了後も『お笑い劇場』の裏番組として同種のコメディ番組をぶつけてくるが軒並み視聴率を取れず、1年どころか半年(2クール)持たずに打ち切られるケースが続出して「魔の時間帯」と呼ばれるようになる。さらに澤田と香川の対立は同じ日曜日の夕方に放送されていた『てなもんや三度笠』に飛び火し、こちらも1968年(昭和43年)4月改編で打ち切られる。ABCでは後続作品(『てなもんや一本槍』『てなもんや二刀流』『スコッチョ大旅行』)のスタッフから澤田を外し、これが後に澤田の独立への伏線となる。
詳細は「てなもんや三度笠#番組の終焉」および「スチャラカ社員#ABC魔の時間帯」を参照
「澤田隆治#朝日放送在職時代」および「香川登志緒#澤田隆治」も参照
そして1971年(昭和46年)1月、ABCは現在も続く『新婚さんいらっしゃい!』を投入して旧OTV時代の『ダイラケのびっくり捕物帖』以来14年間に渡った日曜12時台のコメディの放送を一度は諦める。その『新婚さん』も最初は1年以内で打ち切られるのではないかという半ば諦めムードの中で立ち上げられたとまでいわれている[2]。
詳細は「スチャラカ社員#ABC日曜夕方枠への影響と澤田の処遇」および「新婚さんいらっしゃい!#視聴率」を参照
やがて「○曜お笑い劇場」の名で、地方局にも番組販売という形で再び放送されるようになった。しかし、NET系列局のある地域であっても、中京広域圏では当時の名古屋テレビや中京テレビではなく、長い間東海テレビ(フジテレビ系列局)で土曜の正午から放送されていた(後に名古屋テレビへ移行)。また、広島県でも広島ホームテレビではなく、広島テレビで放送されていた(1973年頃は土曜日の正午に放送されていた)。
[編集] ネットワーク変更以降
1975年(昭和50年)3月31日、いわゆるテレビネットの腸捻転解消によって、毎日放送のキー局がTBSに代わった。このとき、大正製薬は『テレビ寄席』がまだ関東地区で一定の支持を得ていたこともあってNET系列での企画ネットによる出稿継続を決める。日曜12時台の大正提供枠は新たにNET系列となったABCテレビに移行させ、13年間続いたMBSへの出稿は引き上げることになった。こうしてABCで新たにスタートしたのが『日曜笑劇場・あっちこっち丁稚』である。
詳細は「日曜笑劇場#MBSからABCへ」および「あっちこっち丁稚#概要」を参照
MBSでは日曜お笑い劇場を現在と同じ1時間枠に変更、「花月爆笑劇場」[3]と番組名を改称。当時正午からだったお昼のJNNニュースをJNN排他協定の絡みで同時ネットしなければならなくなり開始時間に制約ができたこと、また日曜日の午後1時台がABCから移行したTBS発番組(『ロッテ歌のアルバム』と『家族そろって歌合戦』)の絡みで使えなくなった[4]こと、さらにABCで土曜日に放送されていた『お笑い花月劇場』にぶつける必要性があったことなどから、土曜日15:00 - 15:55に移動させた。そして、大正製薬に代わる地場スポンサーを吉本興業と共同で開拓、番組の継続にメドをつけた。
詳細は「お笑い花月劇場#概要」および「スチャラカ社員#MBSへの影響」を参照
日曜日12時台には後続番組だった『がっちり買いまショウ』を移動させるが、JNNニュースによる開始時間の制約で視聴者の多くが『笑劇場』に流れてしまい、1975年末『がっちりショッピング』に全面リニューアルしたものの結局1977年(昭和52年)4月改編で終了した。この改編で正午からのJNNニュースがその前の午前11時台に移動し、時間の制約はなくなったものの、MBSは『花月爆笑劇場』を日曜日に戻し『笑劇場』にぶつけることはしなかった。この結果、MBSでは『アッコにおまかせ!』がスタートする1985年(昭和60年)まで、日曜日12時台の番組が数ヶ月で目まぐるしく変わっていき1960年代後半のABCも真っ青の状況となった。1979年(昭和54年)10月改編以降は自社制作枠を返上してTBS制作番組のネットに変更。『ダイラケ』以来21年に渡ったTBS系列日曜12時台関西発バラエティ番組の歴史が途絶えた。
詳細は「がっちり買いまショウ#番組の終焉とその後」および「伸介のグリコがっちりショッピング#わずか1年4ヶ月で終了」を参照
「スター芸能大合戦#番組事情」および「婚約診断スイッチON#番組概要」も参照
その後、『花月爆笑劇場』は土曜12時台に再度移動し、現行の「よしもと新喜劇」のタイトルに変更される。
1987年(昭和62年)、なんばグランド花月(NGK)が開館するが、当初NGKでは新喜劇興行は行われず、うめだ花月での興行、収録が続けられた。同じ頃ABCは『The ハタラケ興業』の打ち切りを持って一度は『笑劇場』としての新作制作を中止、『お笑い花月劇場』を土曜日から日曜日に移動したものの翌1988年(昭和63年)4月改編で打ち切り、5月にはなんば花月も閉鎖となってしまう。しかし1989年(平成元年)の「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」で若手中心の「ニュー新喜劇」チームがうめだ花月からNGKに移動。翌1990年(平成2年)3月、うめだ花月が閉鎖され、当番組の公開録画の会場も長年慣れ親しんだ梅田から難波に移動した。
詳細は「日曜笑劇場#グランド花月へ移動」および「吉本新喜劇#新喜劇人気の下火と復活」を参照
2001年(平成13年)4月改編で土曜日午前中のローカル生ワイド『せやねん!』がスタートすると12時台もそちらに充てられることになり、『せやねん!』終了後の午後1時台の放送に変更して現在に至る。
詳細は「せやねん!#概要」を参照
[編集] 主な出演メンバー
出演者は毎回違う。末尾の○印は座長(座長として出演しない場合もある)。
[編集] NGK
- 青野敏行
- 秋田久美子
- 浅香あき恵
- 伊賀健二
- 五十嵐サキ
- 池乃めだか
- 井上竜夫
- 今別府直之
- 烏川耕一
- 内場勝則 ○
- 宇都宮まき
- 帯谷孝史(1999年借金問題により退団するが2010年正式座員として復帰)
- 川畑泰史 ○
- 桑原和男
- 小米良啓太
- 小籔千豊 ○
- 佐藤太一郎
- 島木譲二
- 島田一の介
- 末成由美
- すっちー
- たいぞう
- 高井俊彦(ランディーズ)
- たかおみゆき
- 高橋靖子
- チャーリー浜
- ぢゃいこ
- 中條健一
- 辻本茂雄 ○
- 中川貴志(ランディーズ)
- 中田はじめ
- なかやまきんに君
- 中山美保
- 平山昌雄
- 松浦真也
- 未知やすえ
- 森田展義
- 森田まりこ
- 安尾信乃助
- 山田亮
- 吉田ヒロ
- 吉田裕
- 若井みどり
[編集] ルミネ(元NGK)
ルミネオープン時にNGKから拠点を移したメンバー
現ルミネ、元NGKメンバー
[編集] 不定期
[編集] 現在不出演
[編集] 放送局・日時
| 地域 | 放送局 | 系列 | 放送時間 | 遅れ | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 近畿広域圏 | MBS毎日放送(製作局) | TBS系 | 土曜 12時54分~13時54分 | - | - |
| 中京広域圏 | CBC中部日本放送 | 土曜 12時00分~12時57分 | 7日遅れ | [5] | |
| 岡山県・香川県 | RSK山陽放送 | 日曜 16時00分~17時00分 | 7日遅れ | [6] | |
| 広島県 | RCC中国放送 | 土曜 13時00分~14時00分 | 14日遅れ | [7] | |
| 徳島県 | JRT四国放送 | 日本テレビ系 | 土曜 12時00分~13時00分 | 7日遅れ | [8]時刻出しを実施。 |
| 愛媛県 | ITVあいテレビ | TBS系 | 土曜 12時54分~13時54分 | 14日遅れ | [9] |
| 福岡県 | RKB毎日放送 | 日曜 25時30分~26時25分 | 約8か月遅れ | [10] | |
| 長崎県 | NBC長崎放送 | 日曜 13時00分~13時55分 | 43日遅れ | [11] | |
| 熊本県 | RKK熊本放送 | 土曜 13時00分~14時00分 | 21日遅れ | - | |
| 大分県 | OBS大分放送 | 土曜 12時00分~13時00分 |
14日遅れ | [12]時刻出しを実施(SP時はなし)。 | |
| 鹿児島県 | MBC南日本放送 | 土曜 12時00分~13時00分 | 21日or28日遅れ | [13]時刻出しを実施。 | |
| 沖縄県 | RBC琉球放送 | 金曜 25時20分~26時20分 | 27日遅れ | [14] | |
| 全国放送 | GAORA | MBS系CS局 | 木曜 22時30分~23時30分 |
約9ヶ月遅れ | [15] |
[編集] かつて放送されていた局
- HBC北海道放送(「花月爆笑劇場」時代はMBSと同時刻で毎週放送されていたが、「よしもと新喜劇」改題後は年数回程度の不定期放送となり、その後、放送されなくなった)
- ATV青森テレビ(1990年代頃〜2002年3月までは水曜15時54分〜16時54分、2002年4月〜2004年3月は水曜15時50分〜16時50分、2004年4月〜2005年3月は木曜15時50分〜16時50分、2005年4月〜2007年3月までは土曜10時15分〜11時15分〔隔週で単発番組による休止あり。2005年10月〜2006年3月は11時14分まで。2006年4月〜2007年3月まで「ふしぎのトビラ」・単発番組とのローテーション〕で放送していた。正月スペシャルは現在も放送)
- ABS秋田放送(1980年代後半~1990年代前半に「世界まるごとHOWマッチ」を始めとするMBS制作木曜20時枠の番販ネット番組が休止の際の穴埋めで放送)
- AKT秋田テレビ(2010年に吉本新喜劇秋田公演のプロモーションを兼ねて不定期で放送)
- NET日本教育テレビ(現:テレビ朝日。
- UTYテレビ山梨
- SBS静岡放送
- 2011年10月29日は浜松市制100周年記念企画「はままつ新喜劇」ということで特別に放送した。14時00分~15時00分、MBSと同日の放送。[16]
- T34→BBT富山テレビ放送(腸捻転時代からTUT開局まで)
- TUTチューリップテレビ(2007年4月から9月28日まで放送)
- MRO北陸放送(2008年1月に放送再開するも、再び放送を打ち切り)
- FTB福井テレビ(現在はフジテレビのバラエティー番組の再放送を中心に放送しており、現在は放送されていない。なお「SMAPxSMAP」同時ネット前は月曜22時から放送されていた時期があった)
- THK東海テレビ放送(名古屋テレビのANNフルネット化まで放送)
- NBN名古屋テレビ放送(腸捻転解消でCBCへ移行)
- TSK山陰中央テレビジョン放送(腸捻転解消でBSSへ移行)
- BSS山陰放送
- HTV広島テレビ放送(腸捻転解消でRCCへ移行)
- EBCテレビ愛媛(あいテレビ開局前、水曜深夜に放送していた)
- KUTVテレビ高知
- KBC九州朝日放送(腸捻転解消から数年遅れてRKBへ移行)
- UMKテレビ宮崎(腸捻転解消でMRTへ移行)
- MRT宮崎放送(2007年10月6日から2010年6月26日まで)
[編集] 50周年記念番組
2009年(平成21年)9月12日にMBSローカルの「よしもと新喜劇」が終了した後の14:00 - 15:24(JST)に、JNN系列全国28局(新潟放送は『ワンダフル競馬』放送のため9月12日16:00 - 17:24に遅れ放送)ネットによる吉本新喜劇50周年記念の特別番組「初めての人でも絶対笑える『よしもと新喜劇50周年SP』〜今田耕司とゆかいな仲間たち〜」が放送された。吉本新喜劇がTBS系全国ネットで放送されることは『超!よしもと新喜劇』(1997年10月〜1998年3月)以来11年ぶりであった。
今田耕司と小籔千豊が座長を務める「吉本新喜劇50周年全国ツアー」の内、2009年7月5日にシアターBRAVA!で行われた大阪公演「花月警察24時!」の模様と、今田や間寛平、池乃めだか、東野幸治、藤井隆、岡村隆史、千原ジュニアなど過去の新喜劇の名場面や、お蔵入りになった島木譲二の流血事件などの「お宝映像」などで構成。
進行は小藪と宇都宮まきが担当し、今田はご意見番として登場した。ナレーションは橋本のりこが担当した。近畿広域圏やRCC(広島県)では放送当日は「よしもと新喜劇」が2時間30分放送された。
[編集] 舞台とドラマがドッキングスペシャル
2010年(平成22年)8月28日の12:54 - 15:30に、MBS開局60周年記念番組として関西ローカルで放送。通常の舞台中継に加え、小藪千豊主演によるドラマ仕立てのコントが組まれた。コントの内容は、ケーキ屋の息子・小藪が2010年夏から1968年夏にタイムスリップし、同じくタイムスリップした内場勝則と遭遇。内場から、決して未来を変えることをしないように忠告されつつ、結婚前の父の元でアルバイトとして、働き始めて未来に戻るという内容。MBS60周年記念番組として放送されたことから、MBSテレビで放映された過去のバラエティ番組の中から、『ヤングおー!おー!』『モーレツ!!しごき教室』『夜はクネクネ』『突然ガバチョ!』の1シーンが番組内の随所で放送された。また、舞台では浜村淳が『ありがとう浜村淳です』のテーマに乗ってゲスト出演した。
[編集] 備考
- NGK(なんばグランド花月)での公演から約1か月後に、テレビで放送される。初期には生中継もあったが、財津一郎がアドリブで他社製品の名前を引き合いに出し、当時一社提供だった大正の怒りを買い「チェックが必要」として中止されたという[17]。
詳細は「財津一郎#エピソード」を参照
- GAORAでは、過去(1980年代)の新喜劇作品の再放送も行われていたが、2010年を持って放送終了となった。
- 在京キー局は、初期に当時のキー局NETで同時ネット(先述参照)されたが、その後、NETとともに関東地区におけるネット関係をもっていた東京12チャンネル、1975年3月31日以降のキー局TBSでもネットされた実績が少なくとも毎日放送と同時刻にはない(関東地区の独立UHF放送局でも同時刻での放送実績はない。またかつて朝日放送制作の「お笑い花月劇場」は1970年4月からTBSの土曜14:00枠で放送されたことがあったが、半年で打ち切り。東京・新宿のルミネtheよしもとで新喜劇興行が行われるようになってからは関東地区向けに別番組「お笑いアフタドゥーン」が新たに設定されている)。
詳細は「ルミネtheよしもと#新喜劇」を参照
- 東日本(静岡県以東)のJNNの局でも過去も現在もネット局は少数に留まっており、2008年現在東日本でネットしている局はテレビ山梨のみである。これは、関西のお笑い自体になじみが薄いためである。超!よしもと新喜劇が視聴率低迷に喘いだことも原因といえよう。
- 2000年代後半以降の地上波でのネット局数は、「新喜劇」と同じく土曜日中に放送されている「王様のブランチ」(MBSではネットしていない)を下回っている(2011年4月現在で、TBS含め16局ネット)。ちなみに「新喜劇」も「ブランチ」もネットしていないJNN系列局は、青森テレビ、IBC岩手放送、山陰放送、テレビ山口、テレビ高知である(2012年2月現在)。
- MBSテレビで毎年3~4月下旬に選抜高等学校野球大会を中継するとき、「日曜お笑い劇場」開始当初は中継を優先するため放送休止(野球中止の場合は放送)としていたが、やがて前後の時間に全国ネットの「がっちり買いまショウ」、「ダイビングクイズ」が編成されたこともあり、大会期間中でもほぼ平常通り放送されるようになった。土曜午後に時間帯が移動した後は、雨傘番組としては旧作や「花月脱線劇場」などの別番組をあて、事実上の放送休止としていた。これは同じうめだ花月から放送される土曜の「モーレツ!!しごき教室」、日曜の「素人名人会」、さらに朝日放送で毎年8月に全国高校野球選手権大会中継をする際の「日曜笑劇場」、「お笑い花月劇場」も同様であった。また、野球中止や早く終了したときの穴埋め番組に「超!よしもと新喜劇」の再放送ともども当てたこともある。(「ちちんぷいぷい」などの夕方ワイド番組が大会期間中休止されるため)2003年以降は準々決勝までの中継がGAORAに移り、地上波の中継が準決勝と決勝だけになったので大会期間中も通常通り放送し、土曜と中継日が重なった場合のみ放送休止となる。その放送分は後日時差放送となる。(2010年は4月24日に2本立てで放送)2011年3月12日放送分は東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によるJNN報道特別番組のため休止となったが、(これは翌日の日曜に放送するネット局も同様)3月12日放送予定分を3月20日(日曜日)に放送する措置をとり、3月19日・3月20日と2日連続で放送された。
詳細は「選抜高等学校野球大会#毎日放送・GAORA」を参照
- 中国放送では長年土曜日の午後に放送されていたが(腸捻転時代も系列外の広島テレビが土曜午後に放送、中国放送ではABCテレビ制作の「お笑い花月劇場」を同じく土曜午後に放送していた。同番組は腸捻転解消後は広島ホームテレビへ移行)、2003年10月に「王様のブランチ」第2部のネットを開始するため日曜日午後に放送時間が移動した。しかし、時間変更に対して苦情が多数寄せられたことや「ブランチ」第2部の視聴率が芳しくなかったこと(現在の第2部ネット局がTBS・東北放送など4局だけであることがそれを物語る)から「ブランチ」第2部はわずか2か月半で終了している(その後2004年4月3日から今度は第1部をネットするようになり、こちらは現在も放送中)。「ブランチ」第2部打ち切り後もしばらくは日曜日午後に放送されていたが、2004年4月3日から土曜日午後に放送時間が戻された。
- 広島県内で吉本新喜劇の公演がある場合は、系列の関係で中国放送と広島ホームテレビのいずれかが主催者となることが多く、主催局が自社制作で広島公演を放送したことがある。
- 山陽放送では長年両備グループがスポンサーとなっている。その山陽放送では同時ネットだったが「王様のブランチ」フルネットに伴い一週遅れの14:00からになり、その後16:00から,さらに日曜の12:55から土曜13:00にそれぞれ変更になった後、2010年4月から現在の枠へ至る。土曜16:00からの枠だった頃は、ゴルフ中継など全国ネットのスポーツ中継や単発特番が組まれた場合、放送時間を30分〜2時間早めるか日曜午後に振り替えて放送され、それでも枠がない場合は休止になっていた(その場合、休止分は祝日で休止になるローカル番組の穴埋めで放送されていた)。
- ※2003年から1年間週遅れながら土曜正午枠に復帰していた。その際、辻本茂雄が出演している場合、香川・岡山地区では山陽放送での新喜劇を含め3局(NHK「バラエティー生活笑百科」とOHK「快傑えみちゃんねる」(キー局・関西テレビより5日遅れ))で彼を見られるというトリプルブッキング状態になっていた(上沼恵美子に関してもダブルブッキング)。無論、これは地元局の編成の都合によって生じたものだった。
- ※腸捻転時代は、岡山県側では岡山放送が同時ネットで放送していたが、腸捻転解消後は「大正テレビ寄席」を同時ネットするようになった。香川県側の瀬戸内海放送でのネット状況は不明(「大正テレビ寄席」を同時ネットしていた)。
- CBCでは、「晴れ・どきドキ晴れ」に内包されていた時代、「よしもと…」は新聞では正午からの放送となっていたが、実際には正午には晴れドキのスタジオトークが入っており、この最後で「よしもと…」につなぐトークを入れた後、CMを経てようやくオープニングに入っていた。現在ではそのようなことはない。また、辻本が出演している場合、CBCとNHKで辻本の出演する番組(後者は前述の『生活笑百科』)がダブルブッキングするという現象がほぼ毎回発生する。
[編集] スタッフ
- P : 東郷泰樹(MBS)、覚野公一(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)
- AP : 中村沙世
- D : 斎藤克
- 舞台監督 : 池田美博
- SW : 前田昌彦
- CAM : 寺岡憲一
- MIX : 後藤田利彦
- PA : 斉藤元彰
- SE : 丸山千津子
- VTR : 上田重樹
- 照明 : 辻本満(NGK)
- EED : 牧原保
- CGタイトル : 太宰育世(西川育世)
- CGイラスト : 吉田弘典(吉田ヒロ)(オープニングCGの原画担当)
- 技術協力 : トラッシュ、アーチェリープロダクション、アンカー
- 美術協力 : スタッフユニオン、つむら工芸、すくらんぶる、大槻衣裳、浪原靴店、長野かつら
- 制作協力 : ゾフィープロダクツ(2008年3月までがアイ・ティ・エス)
- 製作著作 : 毎日放送、吉本興業
[編集] 過去のスタッフ
[編集] テーマ曲
[編集] ED曲
- 「エクスタシー」(唄:吉本新喜劇オールスターズ 1990年代(時期不明) - 1996年3月)
- 「エクスタシー〜OSAKA」(唄:YSPオールスターズ 1996年4月 - 2002年3月)
- 「エクスタシー2002」(唄:YSPオールスターズ 2002年4月 - 現在)
[編集] 過去のオープニング曲
- 「生産性向上のためのBG音楽 工場向け第一集その5」(演奏:コロムビア・オーケストラ)
[編集] 脚注
- ^ この経緯もあって、うめだ花月で録画される番組は、全て毎日放送が放送した。
- ^ 三上泰生『6chは上方文化や』(大阪書籍 ISBN 4754818350)に記述あり。
- ^ 火曜日の22時台に放送されていた『花月脱線劇場』と混同される場合があるが、全くの別番組である。
- ^ 特に『家族そろって』はJNNネットワーク協議会所管で、加盟各局が毎週持ち回りで制作していた。
- ^ 2001年4月~2007年9月の間は『晴れ・どきドキ晴れ』枠に内包。腸捻転時代は東海テレビ・メ〜テレで放送。また、エンディングの製作著作のテロップが出るあたりで『来週もお楽しみに!!or次回は○月○日にお送りします(後者は、翌週に当番組の放送がない場合に表示)』というイエローバックのテロップをCBC側で送出している(MBS側で『このあとは名珍場面』と表示している位置に被せるかたちで表示)。
- ^ 特番等の影響で放送しないことも時折発生する。1996年頃までは同時ネットだったが、王様のブランチ開始以降は1週遅れの14:00(後に16:00、単発特番やスポーツ中継の影響で放送しないこともあった)になった。2007年4月より1日遅れに縮小。2009年4月からハイビジョン放送に。
- ^ 1日で2週分を放送することもある。
- ^ 徳島県内ではMBSでも視聴できる。また、MBSが12:00開始だった時代は他系列にもかかわらず同時ネットであった。2009年に入ってから未実施だった字幕放送は、6月13日放送分から再開した。2009年4月からハイビジョン化。
- ^ 2009年3月中旬までは木曜 18時55分~19時55分に新作を放送し、従来の土曜12:54~13:54は再放送枠「名作撰」に変更していた。12:00開始時代に「王様のブランチ」第二部の同時ネットに切り替えて新喜劇を枠移動したことがあったが、不評のため半年で元通りになったことがある。現在「王様のブランチ」は第一部のネットに落ち着いている。
- ^ 1990年代後半に日曜13時00分~13時54分に放送していた時期があった。また特番等が入った場合は放送されないことが多く、その度に遅れ幅が広がっている。
- ^ 2010年3月までは不定期放送だったが、2010年4月から正式にこの枠にて放送されている。
- ^ 1990年代後半に一時期ネット休止時期あり。以前までは28日遅れだったが、徐々に遅れ日数が少なくなっている。
- ^ 放送開始は1992年10月3日から。開始当初は13:00~14:00。
- ^ 1982年頃までお笑い花月劇場をネット。2012年2月4日放送開始。初回は25:50~26:50だった。
- ^ 再放送あり。2009年から2010年1月までは22時30分~23時30分だった。
- ^ 『はままつ新喜劇』10月29日テレビ放送決定 - 浜松市シティプロモーション情報WEBサイト
- ^ 『素晴らしき吉本芸人たち - 前田五郎写真館』- 同文書院、1999年。
[編集] 外部リンク
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