アッコにおまかせ!
| アッコにおまかせ! | |
|---|---|
| ジャンル | 情報バラエティ番組 |
| 放送時間 | 日曜日 11:45 - 12:54(69分) |
| 放送期間 | 1985年10月6日 - 現在 |
| 放送国 | |
| 制作局 | TBS |
| 企画 | 増井昭二郎 |
| プロデューサー | 平賀渉、辻下秀 海本泰(CP) |
| 出演者 | 和田アキ子 峰竜太 安東弘樹(TBSアナウンサー) ほか |
| 外部リンク | 公式サイト |
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特記事項: DJ ARCHE、中井和哉、神田理江 |
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『アッコにおまかせ!』は、TBS系列で1985年10月6日から毎週日曜日の11:45 - 12:54(JST)に生放送されている情報バラエティ番組であり、和田アキ子の冠番組。TBSでは現在、『皇室アルバム』[1]に次ぐ長寿番組で、TBS制作では1位である。また、民放の日曜12時台では唯一のネットワークセールス枠でもある[2]。2010年10月3日で放送26年目を迎えこの時点での放送回数は1217回。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 沿革
1984年10月7日、生放送バラエティ『ゆうYOUサンデー!』司会に和田アキ子と古舘伊知郎が就任。大沢悠里の後任としての登場であったが、これで同番組の視聴率が好転。TBSの日曜正午台の長期低落傾向に歯止めをかけた。
1985年4月に『アッコ・古舘のアッ!言っちゃった』に改題を経て、さらにリニューアルして1985年10月に本番組番組がスタート。1987年10月には、低視聴率のため終了した『歌のアルバム』の枠を吸収、約70分間の大型番組となり、現在に至る。関東地区においては裏番組のNHK『NHKのど自慢』の視聴率に近づき、同時間帯の人気番組だったフジテレビ『クイズ・ドレミファドン!』を打ち切りに追い込んだ。その後も数々の裏番組との戦いを経て、現在に至っている。だが、関西地区での視聴率は非常に苦戦している。
[編集] 内容
放送開始から長らくは「生放送トークバラエティ」として、ゲストとのトーク、生中継のクイズなどで構成され、ハプニング性も取り入れた内容(予告なしに特別ゲストが登場しスタジオが騒然とするなど)で人気を博す。
1999年頃、トークや中継主体だった内容を一新、和田の毒舌を生かした「ワイドショーバラエティ」として衣替えする。前半ではワイドショーさながらに芸能ネタや珍事件などを紹介し、後半は一転して主に知能や世間の常識を問うクイズやゲームを行う構成になり、これが定着している。
生放送中にかかってきた電話で会話したり(みのもんたなど)、和田が強引にゲストや非番のレギュラー陣を呼んできたりすることもある。これが長引き、後半のゲームコーナーが中止に追い込まれることも少なくない。
現在も、毎週出演者のちょっとしたハプニングがあり、生放送らしい展開が見られるが、OA前のカメラリハーサルでは、出演者全員が台本を持ち、和田が取り仕切り、振りや立ち位置の指定に至るまで本番さながらの綿密な打ち合わせをしている。また、和田アキ子の番組中の発言がその当日中にインターネットのニュースサイトの速報やその翌日のスポーツ新聞の芸能欄の記事に載ることが多い。
スタジオには(初期から現在まで変わらず)一般観覧者がおり、番組の盛り上げに一役買っている。
現在はごく短いオープニングタイトル、安東アナによる内容紹介とCMを放映したあと、スタジオに和田らが登場、「ようこそいらっしゃいました! 今日も元気な生放送・『アッコにおまかせ!』です」と挨拶をして始まる。
[編集] 収録・放送休止など
基本的に生放送だが、司会やレギュラー及びスタッフの季節別休暇や、和田アキ子のディナーショー・コンサートの準備などに配慮し、ごく稀に収録を行うことがある。その際、生放送を行った直後に翌週分の収録を行う。
録画の週では収録であることははっきりと言わないが、編集、テロップの出し方などで分かるほか、出演者があえて録画であることを匂わす発言をしてそれがそのまま流れることもある。その週の出来事を伝える「どばっと一週間」コーナーのVTRが挿入されることもあるが、スタジオ部分は事前収録なので、当然それに対するコメントはない。また、番組冒頭の和田の挨拶も、通常は「今日も元気に生放送」と言っているのに対し、収録の場合は「今日も元気にお送りします」になる。
日曜日が年末年始の特別編成時にあたる場合や、「全日本実業団対抗女子駅伝大会」(例年12月上旬)及び「別府大分毎日マラソン」(RKB毎日放送・大分放送共同制作。毎年2月第1週)が行われる週は休止する。
2011年3月13日は、前々日に発生した東日本大震災のJNN報道特別番組のため休止となった。また、翌週3月20日の放送は、オープニング曲やゲーム企画などを放送せず、専門家を交えて東日本巨大地震に関する内容を放送した。この時、2代目男性司会者でこの地震で宮城県気仙沼市在中の妹夫婦が安否不明となった生島ヒロシもゲスト出演した。
2011年7月24日正午にアナログ放送が終了となったため(上記東日本大震災被災地のIBC・TBC・TUFを除く)、アナログ放送では11:45~12:00まで放送された。なお番組中には地デジ完全移行へのカウントダウンが行われた。
2011年8月28日は世界陸上大邱大会放送の為に休止となった。
2011年12月25日は特別番組「報道の日 2011 記憶と記録そして願い」の放送のため休止。また、この年は12月18日に「全日本実業団対抗女子駅伝大会」で休止した為、12月11日が2011年での年内最後の放送となった。
[編集] 出演者
[編集] 司会(レギュラー)
[編集] 準レギュラー
準レギュラーは、「男性タレント」「お笑いコンビ」「女性タレント」の組み合わせで不定期出演する(月1回程度の出演となる)。準レギュラーは流動的でかつて出演していたにもかかわらず最近では全く出演しなくなった者もいる(峰竜太いわく、一度でも出演したタレントは準レギュラーとのこと)。
- 男性タレント
- 勝俣州和
- 出川哲朗
- 松村邦洋
- カンニング竹山
- 山崎邦正(2009年に8年ぶりに出演。2010年3月21日も出演。)
- 武田修宏(2010年4月11日初出演)
- 有吉弘行
- JOY
- ユージ
- 天野ひろゆき(単独では2011年11月13日初出演。紹介でも初登場となっていたが、1995年6月4日にキャイ~ンとしてゲストトークのコーナーに出演しているため、実際には16年ぶりである。)
- お笑いコンビ
- ますだおかだ[3]
- ライセンス
- TKO
- クワバタオハラ (過去、アシスタントを担当。)
- インパルス
- アンジャッシュ
- よゐこ
- U字工事
- 平成ノブシコブシ
- ナイツ
- ジャルジャル
- フルーツポンチ(2012年1月15日初出演)
- 女性タレント
- リポーター
[編集] ナレーター
[編集] アシスタント
[編集] 過去の出演者
- 司会
- キッチュ(松尾貴史)(初代 1985年10月 - 1986年9月)
- 生島ヒロシ(2代目 1986年10月 - 1992年3月 元TBSアナウンサー) - 2011年3月20日放送の東日本大震災緊急特集にゲスト出演。
- 田中義剛(3代目 1992年4月 - 1993年9月)
- 榊原郁恵(和田アキ子の代役)
- 山瀬まみ(同上)
- 古舘伊知郎
- 小林豊(1991年4月-1992年9月 TBSアナウンサー)
- 浦口直樹(不定期出演、TBSアナウンサー)
- 準レギュラー
- 吉村明宏(1985年10月 - 1998年9月) - 歩道橋クイズ・アッコジャンボ宝くじなどの中継担当・2010年7月18日放送分に司会の和田アキ子の扮装をして中継で約12年ぶりに登場した。
- バカルディ(現:さまぁ〜ず) - 中継担当。1993年に吉村に代わって短期間だけ担当している。
- 岡崎潤司(TBSアナウンサー)- 「おまかせ!ネットワーク」中継担当
- ベッキー
- 穴井夕子
- 大森玲子(現:相原玲)
- 伊集院光
- 新山千春
- 酒井彩名
- ガレッジセール
- 雨上がり決死隊
- くりぃむしちゅー
- アリtoキリギリス
- 川村ひかる
- 来栖あつこ
- MEGUMI
- 根本はるみ
- 小池栄子
- 藤井隆
- 堀越のり
- 5番6番
- 夏川純
- ほしのあき
- 品川庄司
- 中川家
- ほっしゃん。
- チュートリアル
- レギュラー
- FUJIWARA
- サンドウィッチマン
- 熊田曜子
- ブラックマヨネーズ
- 磯山さやか
- 光浦靖子(相方の大久保佳代子も代役で数回出演している)
- 山口もえ
- SHEILA
- くまきりあさ美
- 山本梓
- 南海キャンディーズ
- 極楽とんぼ
- アシスタント
- 他
[編集] スタッフ
- 構成:岩崎元哉、あべ、石川裕郁、利光宏治、石井裕之、望月佐一郎、佐藤充、美濃部達宏、片岡章博、小泉泰成、鈴川朋治、ポキール伊藤、平岡達哉、羽田正樹、羽柴拓/雫弘幸
- 企画協力:ホリプロ
- TM/TD:荒木健一
- TD:飯橋俊昭
- VE:木野内洋、高橋康弘
- カメラ:上村道夫
- 音声:森和哉、田村真紀
- 照明:原昇
- 美術プロデューサー:長谷川隆之
- 美術デザイナー:岡嶋正浩
- 美術制作:杉山弘子、朝川菜美
- 装置:坂本進、荷田豊
- 装飾:安藤豪
- レタリング:斉藤孝一
- 電飾:伊吹英之
- 効果:芦田功
- TK:岩橋千枝、田中理奈子
- メイク:吉田謙二
- 演出スタッフ:オイコーポレーション、ホールマン、SACCESS Produce、NOAH、TIX'E、MIP、プロフィット、BMC
- AP:鹿渡弘之
- ディレクター:上原一節、柄雄彦、藤崎実、清宮嘉浩、島崎栄生、斉藤隆光、鈴木竜哉、嵯峨洋平
- 演出:千葉晃嗣
- プロデューサー:平賀渉(以前は、チーフディレクター)、辻下秀(以前は、芸能デスク)
- チーフプロデューサー:海本泰
- 製作著作:TBS
- 過去
- 構成:及川浩和、梅田道人、津田仁次
- 芸能デスク:稲垣吉昭、川澄博雄
- チーフディレクター:小笠原知宏
- 演出:田代秀樹
- プロデューサー:小畑光良、高橋啓志、遠藤宗一
- 制作:増井昭二郎
[編集] オープニング
- 1985年10月 - 1999年3月:生放送のスタジオが背景で、初代の番組タイトルロゴが動くというもの(途中からロゴが白から赤に変化している)。
- 1999年4月 - 2004年3月:初めて音楽を変更し、テーマ曲に男性のコーラスが入る
- 2004年4月 - 現在:キューブ型の和田と峰が動き出す、3DCGによるアニメ。タイトルロゴも、現在のもの(2代目)を使っている。
[編集] スタジオセット
セットは初期は何年何月に移り変わっていたかは不明。開始当初から1994年10月2日放送までは旧赤坂本社屋Gスタジオから生放送が行われていた。
- 1985年10月6日 - 不明
- 1992年4月 - 1993年3月
- 1993年4月 - 1994年10月2日:
- 約1年ぶりに変更。前述の通り、旧赤坂本社屋からは最後のセットだが、TBSとしても旧社屋での最後のスタジオ使用および放送送信がこの番組となった。これについては和田と男性司会者の峰の2人が前日10月1日に生出演した「オールスター感謝祭'94 超豪華!クイズ決定版 この秋お待たせ特大号」において説明している。
- 1994年10月9日 - 1995年9月:
- 現在の赤坂本社屋およびスタジオからの最初のセットで、社屋移転に伴い、約1年半ぶりに変更。
- 1995年10月 - 1997年9月:
- 約1年ぶりに変更。先代のマイナーチェンジ。
- 1997年10月 - 1999年3月:
- 約1年半ぶりに変更。また、このセットまでレギュラー陣は「ゲストトーク」のコーナーだけ出演していなかった(和田・男性司会者の2人とゲスト1組のみ)。
- 1999年4月 - 2004年3月28日:
- オープニング変更に伴い、約1年半ぶりに変更。この期間のセットのみ、ドアが左右の2ヶ所あった。途中の2001年3月に終了している「ゲストトーク」の時間では、この時期は和田・男性司会者とゲスト1組の後ろのドアの横でレギュラー陣が座って待避する形で出演していたため、この時からレギュラー陣はすべてのコーナーにおいて出演するようになった。
- 2004年4月4日 - 現在:
- 現行。オープニング・タイトルロゴ変更に伴い、約5年ぶりに変更。ドアの場所が2代前のセットと同じ真ん中に戻された。ちなみに2000年代にセット変更したのはこの時だけである。
[編集] コーナー
オープニングは、6秒のタイトル直後に2分45秒のCM(ローカルセールス)が入り、安東アナによる「今日は何の日」のコーナー(20秒)に入る。その後また1分30秒のCM(ネットセールス)が流れ、本編に入る。従って、本編が始まるのは11:49:41である。2009年5月から安東アナが本日の内容を言うようになった。
エンディングは、12:52:54から6秒間、オープニングと似たロゴが表示されて放送終了する。1985年10月から2000年3月までは3秒程度の番組オリジナルBGMにのって終了していた。
[編集] 前半
- スポーツ紙紙面
- その日の朝発行のスポーツ紙2~3紙の一面と、芸能・社会面から記事をチョイスして紹介。
- 芸能&ニュースどばっと1週間
- 普通の芸能・時事情報に加え、他局ではやらないB級記事、そして「おまかせ」独自で調査したインタビュー内容などを紹介している。後半開始前までCMは挟まない。
- VTR内で紹介される芸能人は現在の年齢も合わせて読み上げられる。
- VTR中は、和田ら出演者の表情が「ワイプ」で映し出されている。和田は、交友ある芸能人の話題では破顔するいっぽう、好意を持っていない芸能人のニュースでは無表情か、首をひねることがほとんど。
- おまかせ!トピックス
- VTRの中から数本ニュースを選び紹介。スタジオの中に大きなパネルが運ばれ、安東アナが「めくり」(マスキング)をはがしながらニュースを面白おかしく紹介していく。よって、あまり深刻な内容のものはとりあげない。
- このコーナーでは和田の毒舌が生かされる。内容があまりにもくだらないものについては本番中、和田が苦言を呈することもある。
- 安東アナが「めくり」をめくる前に内容を言ってしまうことも多く、それを勝俣州和や出川哲朗らに指摘されて恐縮するなど、主従逆転するところが見どころとなっている。
- 司会の峰竜太や準レギュラーなどの出演者たちは和田のことを「アッコさん」と呼ぶが、たまに和田が話題からあまりにも脱線したり、悪ノリすると勝俣より「糞ババァ!」と呼ばれる。ネタとは言え、和田アキ子をババァ!呼ばわりできるのは、恐らく勝俣しかいない。
- 前日土曜日に放送されたラジオ番組「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」で和田が発言した内容が掲載された新聞を紹介する場合がある。なお先述の「めくり」の中身を言ってしまう癖は、このラジオ番組で時事問題を取り上げていることが主な原因である。
[編集] 後半
- ゲーム企画(「おまかせ!ブレインショック」など)
- 和田とゲストがチーム戦or個人戦で頭を使うゲーム企画に挑戦する。勝ったチーム及びクリアした正解者には商品として高級デザートなどが食べられる。ただし、放送時間の都合から引き分けとなった場合は全員に贈呈される場合もある。司会は基本的に峰と安東アナが担当だが、稀に準レギュラーが担当することもある(これまで出川、ますだおかだ、竹山、山崎邦正が担当[5])。
- 企画は週代わりで数本の企画が行われ不定期で入れ替わっている。過去には『全員正解あたりまえ!クイズ』や『おまかせシックスセンス』などのように、ゲーム化・独立番組化した企画もある。
- ゲーム企画の前に週替わりの企画(「おまかせ!調査隊」、「がっぽりサンデー!!」など)が放送されていたが、2010年以降は放送されていない。
[編集] That's宝くじ→アッコにおまかせ! ジャパネットたかたテレビショッピング
生放送終了の12:50:39 or 12:50:54 or 12:51:09から1分間放送されるコーナー。これは『アッコにおまかせ!』のコーナーではなく、『アッコにおまかせ!』に内包されたコマーシャルである。また生放送ではなく本放送前の事前収録である。
2008年4月6日から2011年3月5日までは『That's宝くじ』を放送していた。1週間内に行われた数字選択式全国自治宝くじ「ミニロト」「ロト6」「ナンバーズ」の抽選結果を発表。[6]司会は峰竜太と週替わりのアシスタント2名[7]が務める。
東北地方太平洋沖地震の影響で、2011年3月12日は放送休止、3月19日と3月27日はコーナー休止し、2011年4月3日放送分からジャパネットたかたテレビショッピングに変更された。「That's宝くじ」同様収録で、峰と週替わりアシスタントが進行。峰が「高田社長、お願いします。」と呼びかけると高田社長が、ジャパネットのスタジオに登場し「峰さん、今回は○○の商品をおまかせください。」と言ってから商品説明に入る。高田社長の部分はもちろんVTRで納品されたもので、生放送の中に疑似生放送のコーナーが入り、さらに高田社長のVTRも疑似生という体で放送される。
[編集] 過去の主なコーナー
- みんな見て来い来い来い(1985年10月 - 1989年頃)
- 吉村明宏が各地でロケを行う。番組冒頭に場所を伏せて中継を行い、「近所の方はここに(指定の時間までに)頭に「あ」や「い」(日によって違う)の付く物を持って来て下さい。」と呼びかける。番組の後半で再度中継が入り、特にインパクトのある物を持ってきた人に吉村がインタビューを行う。
- 上記のコーナー時、「た」の付く物の中には自宅からタンスを担いできた人もおり、吉村やスタジオの和田らは驚いていた。
- おまかせ!ネットワーク(1986年頃 - 1988年頃)
- TBSアナウンサーの岡崎潤司が担当。中継はネット各局の協力により全国津々浦々から行った。内容はかつて日テレ系で放送されていた東芝ファミリーホール特ダネ登場!?のように、その地元に在住する変わった特技や曲芸を得意とする人、さまざまな日本一の人などを当てるクイズ(問題は3問。すべて三択で、解答者は和田をはじめスタジオの観客も参加)。
- 出演者で一番インパクトのあった人を和田が選び、中継先にて岡崎から当時の携帯型テレビが賞品として贈られた(メーカーや型番は不明)。またスタジオの観客にも最終的に残った人数で賞品(主に日本各地の特産品や名店のスイーツが多かった)を山分けしたが、週によっては観客一人のみ全問正解だったり、全問正解者なしということもあった。
- アッコジャンボ宝くじ(1989年頃 - 1998年9月)
- 「みんな見て来い来い来い」に代わるコーナー。吉村明宏が各地でロケを行う。番組冒頭に具体的な地名を伏せて中継を行い、「近所の方はここに(指定の時間[8]までに)預金通帳を持ってきてください。車では絶対に来ないでください。[9]」と呼びかける。その場所には番組特製のティッシュが置いてある。そして番組の最後(概ね12:45頃)にスタジオの和田が「1の位」「10の位」「100の位」の順に抽選を行い、持ってきた通帳に記載されている最終残高の下3ケタが一致すると賞金10万円がもらえる企画。当選者が複数いる場合は人数で頭割り(例えば3人当選の場合は33,333円がもらえ、余った1円はカンガルー募金に寄付)。当選者が出ないと翌週(次回)放送回にキャリーオーバーとなる。
- 毎回わずかなヒントしかないにもかかわらず、近所の人ならすぐに分かるようで、殆どの場合100人前後は集まっていた。和田も「近所の人なら分かるもんだねぇ」等と毎週感心していた。
- 中には、「当選番号の通帳を持っていたにもかかわらず、勘違いで申告が漏れ、番組終了後に名乗り出た」ケースがあったが、当選とは認められず、番組特製ティッシュだけを持ち帰ったケースがある。他にも、最終残高ではない数字を見て当選と勘違いしていたケースもあり、その週は1人占めだったため念の為吉村が通帳を確認したところ「ちょっと待った」と言ってその事実が発覚し、一転キャリーオーバーになったこともある。
- 毎年の最終放送には、100万円がもらえる特別大会が行われた。この時は、当選者が出なくても100万円はキャリーオーバーしなかった(次回は元より翌年最終放送でも)。これは当時独占禁止法による「広告においてくじの方法等による経済上の利益の提供を申し出る場合の不公正な取引方法」・通称 オープン懸賞告示によって、100万円を上限とする規制がなされていたためである(懸賞の上限は2006年4月に撤廃)。なおこの時は吉村だけでなく、レギュラーの中から2名をレポーターに加え、計3ヶ所で行っていた。
- このコーナーの後期には、視聴者に和田が引きと思われる番組を予想しFAXで応募、中継で出なかった場合(2桁目で全滅するケース場合は視聴者のみ)は出た番号を当てた視聴者から5万円(キャリーオーバー発生時はこの回の金額の半額)を1名にプレゼントするが、5コール以内に出ない・和田が前に言ったキーワードを言わないと無効となる。キーワードは「アッコに」と言われて「おまかせ!」では番組を見てなくても答えられて意味がないという理由から、必ずその週の時事問題や芸能スポーツの話題を絡めたものにして、見ていないと絶対に分からないようになっていた。
- 月末には中継で出た場合、賞金とグアム旅行をプレゼント。もし、出なかった場合は視聴者には賞金は出ず、グアム旅行のみの1名にプレゼントとなった。
- キャリーオーバーは上記にあるオープン懸賞告示のため最大で100万円までであった。キャリーオーバーでは最大60万円まで膨れていた。また、アッコ芸能生活30周年を記念した回は従来の10万円ではなく30万円をプレゼントになっていたが、この回は30万円が出ず、翌週にやっと30万円が出た。
- 「みんな見て来い来い来い」「アッコジャンボ宝くじ」は、ともに番組初期~中期の名物企画で、スタジオから和田が中継先を呼びかけた後に吉村が発した「は~ひふへほ~!」(番組司会の和田のモノマネ)は人気を博した。なお「ジャンボ宝くじ」特別大会の時は、吉村以外のレポーターも「は~ひふ~へほ~!」と叫んでいた。
- 「おまかせ!ネットワーク」同様、当選者が出ると、スタジオ観覧のお客様にも何かしらの商品がプレゼントされるようになっていた。しかし、商品は果物等の食品が多かったため、保存の問題から、当選者なしであっても「今日は気分が良いから」「来週は別大マラソンで番組が休み」等何か理由をつけて殆どの場合プレゼントされていた。しかし保存がきく商品の場合、稀にプレゼントなしにした回もあった。[10]
- ゲストトーク(1985年10月 - 2001年3月)
- 正式なコーナー名は不明。毎週異なるさまざまなジャンルの芸能人・有名人・著名人1組をスタジオゲストに迎えて和田・男性司会者の2人がゲストとトークを行う。
- 前述の通り、通常放送1週に出演するレギュラーの増員に伴い、1999年4月以降は、セット後ろにレギュラー陣が座って出演するようになった。
- 番組開始当初より約15年もの長期間途切れず続いていた長寿コーナー。一時期は番組のメイン級のコーナーだった。しかし、特に和田ら出演者から終了の説明はなく、ひっそりと終了している。
- 峰 竜太コーナー
- 峰が毎週異なるクイズ・ゲーム・インタビュー企画をスタジオでプレゼンターとして担当していた。
- 全員正解あたりまえ!クイズ(2005年8月21日放送分からコーナーレギュラー化)
- この企画のみ5度位、特別番組として単独化され、それが人気になり2005年10月から独立してレギュラー番組になることが決定された(水曜20:00-20:54 初回は18:55 - 20:54の2時間スペシャル)。しかし、視聴率の低迷により2006年2月8日の放送をもってレギュラー放送は終了した。
- おまかせ!シックスセンス
- 横浜ベイスターズ応援プロジェクト
- 始まった当初は前半の冒頭で中継レポーターのジョーダンズ・山崎まさや(初回はTBSアナの小笠原亘だった)が直接横浜の選手に会って本番組内で生出演し、週間MVPの表彰を行いおまかせメンバーとのトークをしていた。
- しかし、TBSが買収した同球団PRのためにむりやり挿入された感は否めず、「プロ野球自体よく分からない」[11]と話す和田はもとから興味がなく、中日ドラゴンズファンの峰、広島東洋カープファンの安東、東京ヤクルトスワローズファンの出川、阪神タイガースファン(阪神ファン)の松村、読売ジャイアンツファンの竹山など出演者陣には横浜と競合するセントラル・リーグの他球団ファンも多く、シーズン途中から番組後半に回され、VTRで表彰されることが多くなった。2006年度でコーナーは終了。
- おまかせ!ハサンデー!ランチ(タイトルは「挟んで」と「サンデー」を掛けたもの)
- 有名店のランチを紹介、その値段を予想する。実際の金額に対し、「内輪」と「オーバー」で最も近かった1人ずつがそのランチを食べることが出来る。全員の予想よりも実際の金額が最も高かった(もしくは最も安かった)場合、「挟めなかった」ことになり、司会者がランチを食べる。
- 九面待ちでロン!
- 次々と発表される9つのヒントからある人名を当てる。3つ目までに正解した先着1名限りには賞金が出たこともあった。
- おまかせ!ロストワールド
- 30個程度並んだ文字や絵の中に、1組だけ同じ物のペアがある。それを探し出す。(タッチ・デ・ウノーの「モジモジさがし」と同じ)後に「1組だけあるトリオを探す」や、「1つだけあるペアじゃない物を探す」といった応用編の問題も作られた。
- 教えて!ルーキーワード
[編集] 芸能ネタ関係
- 1997年8月31日放送分 エンディング内(放送終了約10秒前)で、ニュース速報でダイアナ元皇太子妃(当時)死去のニュースが流れ、和田の「エー!」という驚きの表情のまま番組が終了した。
- 1999年5月〜6月 世に言う「ミッチー・サッチー騒動」が起こり、ある週の放送ではその渦中にあった野村沙知代をゲストに迎える予定であった。しかし彼女は結局出演を無断でキャンセルしたため、スタジオには最後まで現れず、この件をきっかけとして和田との関係が一時悪化した。
- 2005年、和田が所属するホリプロの後輩であるあびる優が日本テレビ系『カミングダウト』において万引き事件を告白し社会問題化した件では、番組内コーナー「芸能&ニュースどばっと1週間」で一切扱わなかったことから、週刊新潮において「アッコが頬かむり」と批判を受ける。
- 2007年12月9日放送分にて作曲家・杉本真人が「すぎもとまさと」名義で『第58回NHK紅白歌合戦』に初出場する話題について触れ、和田が「(すぎもとを)ぜんっぜん、存じ上げません!」と発言。その後スタッフの調べにより、過去に杉本が和田に楽曲を提供していたことが明らかになり、番組中に和田が杉本に向けて土下座して謝罪するという珍事が起こった。
- 2008年11月30日放送分で和田が『第59回NHK紅白歌合戦』出場者の一部に対し「絞めてやりたい」と発言した。番組ではどの出場者であるのかは言及しなかったが、週刊新潮の報道によるとGIRL NEXT DOOR(エイベックス)に向けられたものではないかとのこと(同グループがデビュー3ヶ月で紅白出場を果たしたことに和田が不満を抱いたためと理由付けされている。裏付けとして和田は同回の放送で「昔の紅白はどれだけヒット曲を出してもデビュー1年目の歌手は紅白に出られなかった風習があった」と語っていた)。また、同誌はPerfume(アミューズ)にも向けられていたと報道していたが、和田自身が好意的な発言(同グループのCDをレンタルショップにて借りた経験がある、同グループの話題が振られた時も喜んで対応している、むしろファンであるかのような対応も度々見せている)をしていたため、事実上の誤報となった。
- 2011年7月3日放送分にてレディー・ガガ来日についてガガ本人に取材したところ、スタッフが失礼な態度を取ったこと(スタッフが先にインタビューを終えたキャスターに握手を求めたこと、インタビュー中、見えているガガの腋を凝視していたこと、ガガにサインボールをねだり、その理由が「アメリカ人だから」と意味不明だったことなど)をわざわざパネルで説明。説明途中から和田はスタッフに怒り、番組終了時にはスタッフに説教を行うことを示唆していた。
[編集] 問題になった放送内容・不祥事
- 2002年5月25日放送分 伊藤俊人の訃報を扱った際、内容を紹介した安東が“気分が悪くなった”を“機嫌が悪くなった”と言い間違えたため、それを和田が茶化し、笑い飛ばしていた。この放送に対し、翌日からTBSに対し複数の抗議があったとされ、翌週の放送で安東が経緯説明と謝罪を行ったものの、当の茶化した和田からは謝罪の類がなく、別の批判を招くこととなった。
- ある回で和田が久本雅美に「結婚するならどんな人がいいか」と尋ねたら「普通に歩ければそれでいい」と返してきたと話した。エンディングで安東が「足の不自由な方に配慮の欠ける発言があった」と謝罪し、和田も反省する態度を見せた。
- 2007年10月14日放送分 初音ミクが取り上げられた際、その放送内容に対して「ミクがきちんと紹介されていない[12]」「ソフトとは無関係な、“オタク”を面白おかしく取り上げたテレビの印象操作[13]」などといった苦情や批判が初音ミクファンの間で相次ぎ[12][13][14]、開発元のクリプトン・フューチャー・メディアのホームページにあるブログへの書き込みが殺到した[13]。クリプトン社代表取締役の伊藤博之は、番組制作サイドに問題があったとしつつ、ユーザーを不快にさせたことへの謝罪コメントを発表している。なお、TBS側はこの件に関して後にCNETの取材に対し「謝罪のコメントを出す予定はない。具体的にどの辺が問題なのか指摘してもらいたい」とコメントしている[15]。
- 2007年に競走馬・ディープインパクトに薬物乱用というニュースを扱った際、和田が「いいじゃない。人間じゃないんだから」と失言をした。番組の最後に安東が「お伝えしたコーナーの中に一部不適切な表現がありました」と謝罪。
- 2008年11月9日放送分 同番組スタッフが、詐欺事件で逮捕され大阪拘置所に収監中だった小室哲哉に和田アキ子の著作『大人の叱り方』を差し入れた。安東は「アッコさん本人は関知しておりません。この取材は行き過ぎたアプローチであったと考えております」と述べた。
- 2009年8月23日放送分 酒井法子の子供の写真をモザイクなしで映してしまい、翌週の放送で酒井の話題を取り上げた後に、画面にお詫びが表示され安東が謝罪した[16]。
[編集] プロ野球日本シリーズとの連携
プロ野球日本シリーズがデーゲームで行われていた時代(1993年まで)は、大抵日曜開催の試合の放映権をTBS系列が持っていた関係で、試合直前の開催球場からの生中継を織り交ぜたことがあった。その際のリポーターは当時TBSのスポーツ実況アナウンサーだった石川顕が担当しており、球場の石川や解説者(張本勲、田淵幸一など)とスタジオの和田らのやりとりもちょっとした名物となっていた。
そのうち、本編で前記の石川が名実況(「清原が優勝目前、涙を流しています!」)をしたことで有名な1987年(西武対巨人)の第6戦の際には吉村明宏が西武ライオンズ球場に出向き、スタンド内の観客が和田らに出題する「観客席クイズ」(「歩道橋クイズ」の変形版)が実施されたことがある。
[編集] フジテレビとの二元生中継(2005年7月24日)
笑福亭鶴瓶とココリコが途中乱入し、鶴瓶は下半身はブリーフ1枚(勿論下にボクサーパンツを履いていた)、上半身はTBSのロゴの付いた黒Tシャツ姿で登場した。また、鶴瓶はこの日のフジテレビが裏番組として生放送した『FNS25時間テレビ』(『FNSの日』)の総合司会をしており、フジテレビのカメラも同伴していたため、TBSとフジテレビの二元生中継となった。さらに、「全員正解あたりまえ!クイズ」をフジテレビと行い、TBS側に鶴瓶とココリコが加わり、フジテレビ側では今田耕司、西山喜久恵、高島彩が参加した(TBSアナウンサーの安東はフジテレビの番組に、フジテレビアナウンサーの西山と高島(当時)はTBSの番組にそれぞれ初出演となった)。番組エンディングはいつも「アッコにおまかせ!」と和田をはじめ出演者がピースをすることとなっているが、当日は鶴瓶が突然逃亡したため行わなかった。これはTBSとフジテレビが事前に打ち合わせを行ってちゃんとした演出を出していたからと思われる。 (※さらに2004年の『FNSの日』(総合司会は中居正広(SMAP)ナインティナイン)でもテレビ朝日『SmaSTATION-3』との二元生中継となった。)
古舘が司会を務めていた時期、山陰地区では裏で同じく古舘がアナウンスを務めていた頃の『ワールドプロレスリング』を放映しており、番組内でも採り上げられていたが、当時山陰でワールドプロレスリングを放映していたのはFNS系列の山陰中央テレビだった。
[編集] レイトン教授シリーズとのコラボ(2009年12月)
TBSが映画『レイトン教授と永遠の歌姫』の制作に協賛することになりそのコラボ企画として2009年12月のクイズ企画は『おまかせ!レイトン教授からの挑戦状』と題し様々な暗号クイズにアッコたちが挑戦した。この企画の際の司会は安東と男性準レギュラーの1人が担当しており(峰は解答者として参加)準レギュラーはシルクハットをかぶり○○トンという名前で司会を行う。この企画があったため、同映画内のEDでプロモーション協力として当番組の表記が掲載されている。
また番組は違うが2010年の8月に上記映画のDVD発売記念としてスパモク!!枠で『あの“レイトン教授”が推理クイズ番組に!家族みんなで楽しめるナゾトキアカデミー!』と題された番組が放送されている。
[編集] 脚注
- ^ MBS制作。TBSでは1975年4月からネット開始。
- ^ 開始当初は提供コメントを行なっていたが、1999年4月以降は提供コメントを一切行なっていない(右下のテロップ表示のみ)。但し、スポーツ中継で本番組が休止の場合は本番組とは別に大会協賛スポンサーが入るため提供コメントを行なう(世界陸上は除く)。
- ^ 岡田圭右は、2007年から1月の最初の出演時に翌年の干支のギャグをするのが恒例となっている。
- ^ 2010年8月29日放送分後半のコーナー、上半期の出来事を振り返りながらクイズに答える「OMATube」で、『24時間テレビ「愛は地球を救う」』のチャリティーマラソンを行っている関係で、VTRの出演シーンで顔にボカシが入った。
- ^ 特に後述のレイトン教授とのコラボ企画において
- ^ その後、宝くじは2011年4月から「さんまのスーパーからくりTV」の複数社に移動した。
- ^ 全て和田と同じホリプロ所属の女性タレントである(出演当時)。当初はAKB48から大島麻衣、河西智美、板野友美の3人が週替わりでアシスタントを務めた(2008年12月まで)。2009年1月から2009年6月まで週替わりで福井未菜、清宮佑美。2009年7月から2010年6月まで週替わりで福井未菜、和希沙也。2010年7月から週替わりでアシスタントを和希沙也、澤山璃奈が務めた。
- ^ 場所にもよるが、大抵12:15か12:20
- ^ 羽柴誠三秀吉の敷地内(大坂城風の建物)が中継されたときには、駐車場が豊富だったため、「車で来ても大丈夫です」と言った例外がある。
- ^ たまに、ネットされている地域に中継があった場合は系列局が技術協力という名目でクレジットされていた。
- ^ 決して野球アンチではなく、和田は清原和博を通じた読売ジャイアンツの選手との交流がある。
- ^ a b “TBSまた「印象操作報道」疑惑 「事前の打ち合わせと全然違う」”. J-CAST. (2007年10月15日) 2008年11月15日閲覧。
- ^ a b c “TBS「アッコにおまかせ」の初音ミク特集に批判相次ぐ”. ITmedia. (2007年10月15日) 2007年10月19日閲覧。
- ^ 有村悠 「VOCALOID Leads Us to the Future.」『ユリイカ 増刊号 総特集 初音ミク ネットに舞い降りた天使』第40巻第15号12月臨時増刊号、青土社、2008年、210-228頁。ISBN 978-4-7917-0187-2。
- ^ 島田昇(編集部) (2007年10月23日). “創業社長が明かす、仮想歌手「初音ミク」にかける想い:インタビュー”. CNET Japan. p. 2. 2008年11月15日閲覧。
- ^ BPOの2009年8月に視聴者から寄せられた意見→青少年に関する意見→【人権について】の項でも取りあげられていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- TBS - アッコにおまかせ!
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