杉谷拳士

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杉谷 拳士
北海道日本ハムファイターズ #61
Kenshi Sugiya 2010.jpg
2010年9月18日、横須賀スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都練馬区
生年月日 1991年2月4日(20歳)
身長
体重
173cm
75kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手遊撃手三塁手外野手
プロ入り 2008年 ドラフト6位
初出場 2011年6月29日
年俸 450万円(2010年)
経歴(括弧内は在籍年)

杉谷 拳士(すぎや けんし、1991年2月4日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手内野手)。

目次

[編集] 経歴

東京都出身。練馬区立大泉西中学校時代は東練馬シニアでプレー。一歳上の兄・杉谷翔貴も進学していた名門・帝京高校で1年生から正遊撃手を任され、甲子園には春夏通算で3度出場した。2006年夏の第88回選手権大会では準々決勝・智辯和歌山高校戦の9回裏に投手として緊急登板もしている(が、先頭打者に死球を与えてしまいわずか1球で降板。結果的に敗戦投手となった。詳細は『第88回全国高等学校野球選手権大会智辯和歌山対帝京』を参照)。翌2007年夏には外野のレギュラーに昇格した兄と共に連続出場し、前年と同じベスト8に進出した。新チームからは主将に就任し、スイッチヒッターに転向。夏の東東京大会では優勝した関東第一に敗れ、3年時は甲子園出場無し。高校通算25本塁打

高校卒業後の進路は社会人野球に決まっていたが、プロが諦めきれず北海道日本ハムファイターズの入団テストを受け合格。2008年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムから6位で指名され、11月11日に契約金1,000万円、年俸450万で仮契約した。この年の同会議では帝京高校の同級生・高島祥平中日ドラゴンズに4位で指名されている。

2010年イースタン・リーグで133安打を打ち、1998年に高梨利洋ヤクルトスワローズ)が打ち立てた同リーグのシーズン安打記録を12年振りに更新した[1]ほか、打率.313、本塁打6、打点52、盗塁22とリーグトップレベルの成績を残した。

2011年6月29日に一軍初出場を果たした。田中賢介の怪我で空いた二塁手のポジションをボビー・スケールズらと争う。7月21日のフレッシュオールスターゲームで優秀選手賞を受賞した。 シーズン後半は外野手としても起用され、スタメン起用の際は主に2番を任された。打席数の増加とともに打率は落ち最終的には.185に終わった一方で、走塁面では7盗塁をマークした。

[編集] 人物・プレースタイル

パンチ力よりもシュアな打撃と堅実な守備・リーダーシップが大きな武器。高校2年の冬に右打ちから両打ちに変更した。足も速い部類。

父・杉谷満北海道茅部郡南茅部町(現函館市)出身の元プロボクサー協栄ボクシングジム所属)であり、杉谷は「父親のボクシングジムを建てる」事を目標にしている。伯父である杉谷実も元プロボクサー。

非常に明るい性格である。日本ハムOBで野球解説者岩本勉から『うるさ杉谷』と呼ばれるほど。2011年の春季キャンプ中には、大声を上げて打つという点を報道ステーションテレビ朝日)内スポーツコーナーの特集企画「規格外」で栗山英樹から取り上げられた。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2011 日本ハム 50 110 92 9 17 3 1 0 22 7 7 3 11 0 5 0 2 21 1 .185 .242 .239 .482
通算:1年 50 110 92 9 17 3 1 0 22 7 7 3 11 0 5 0 2 21 1 .185 .242 .239 .482
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 背番号

  • 61 (2009年 - )

[編集] 記録

[編集] 脚注

  1. ^ ハム杉谷、イースタン最多安打記録を更新 スポーツニッポン 2010年9月19日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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