矢貫俊之
| 北海道日本ハムファイターズ #33 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 福島県西白河郡西郷村 |
| 生年月日 | 1983年12月15日(28歳) |
| 身長 体重 |
190cm 88kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2010年6月10日 |
| 年俸 | 810万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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矢貫 俊之(やぬき としゆき、1983年12月15日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
小田倉小学校4年の時に小田倉スポーツ少年団でソフトボールを始め、エースで4番と活躍。その後西郷第二中学校1年から、軟式野球部で野球を始める。中学2年時に本格的に投手へ転向。仙台育英高校ではベンチ入りできず、公式戦登板無しに終わった。同校は2001年春の第73回選抜大会で準優勝しているが、このとき矢貫はアルプススタンドで大太鼓をたたく担当だった。また、当時は中谷翼、菊池俊夫とチームメイトだった。
常磐大学2年春からベンチ入りし、秋にリーグ戦初勝利。関甲新リーグ通算10勝11敗。同大学の3学年上に小野寺力、久保田智之が在籍していた。
2006年に三菱ふそう川崎へ入社。先発、中継ぎをこなしてチームの2008年夏の都市対抗野球大会出場にも貢献した。同年秋のプロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから3位指名を受け、11月22日に契約金5,500万円、年俸900万で仮契約した。
[編集] プロ入り後
2009年は1軍出場はなかった。10月7日から11月23日までフェニックス・デザート・ドッグスに所属し、アリゾナフォールリーグに野球留学した。 成績は10試合に登板し(0勝0敗0セーブ3ホールド)13回2/3を投げ、被安打10、四死球8、三振14、失点・自責1、防御率0・66の好成績を残し、アリゾナ・フォール・リーグ最優秀防御率に輝いた[1]。
2010年6月29日の埼玉西武ライオンズ戦に先発登板し6回途中まで投げ2失点に抑えプロ初勝利を挙げた。
同年8月16日に右肘関節内骨片除去手術を受けた。その後はリハビリに専念し、2軍でも登板はなかった。
[編集] プレースタイル
最速148km/hの直球、スライダー、縦のカーブ、フォークボールが武器。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 日本ハム | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | .333 | 130 | 29.0 | 33 | 6 | 13 | 0 | 1 | 22 | 2 | 0 | 16 | 14 | 4.34 | 1.59 |
| 2011 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 21 | 5.0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1.80 | 1.40 | |
| 通算:2年 | 7 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | .250 | 151 | 34.0 | 36 | 6 | 17 | 0 | 1 | 26 | 3 | 0 | 17 | 15 | 3.97 | 1.56 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板・初先発:2010年6月10日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(札幌ドーム) 、5回9安打4失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、1回表に青木宣親から
- 初勝利:2010年6月29日、対埼玉西武ライオンズ10回戦(HARD OFF ECOスタジアム新潟)、5 1/3回2失点
[編集] 背番号
- 33 (2009年 - )
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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