大野奨太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
大野 奨太
北海道日本ハムファイターズ #2
Shota Ohno on March 16, 2012.jpg
2012年3月16日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県
生年月日 1987年1月13日(27歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2008年 ドラフト1位
初出場 2009年4月5日
年俸 3,600万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大野 奨太(おおの しょうた、1987年1月13日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手捕手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校時代は岐阜県の荒崎野球少年団に所属し、捕手・投手三塁手をこなす。中学時代は西濃ボーイズで三塁手としてプレーし、岐阜県選抜にも選ばれた。中学時代の夢は県内屈指の名門校である県立岐阜商業高校でプレーすることだったが、岐阜県選抜のメンバーの多くが同校に進学を考える中、あえて岐阜総合学園高校に進学した。

高校時代は1年生の夏から三塁手のレギュラー。秋にチームの正捕手が肩を壊したため捕手に転向した[1]。2年生と3年生の夏に2年連続で岐阜大会の決勝に進むが2年連続決勝で敗れ、甲子園の土は踏めなかった。最後の夏の相手は県立岐阜商業高校だった。高校通算29本塁打

高校卒業後、東洋大学へ進学。1年春からベンチ入りするも2学年上に田中大輔が居たため公式戦の出場機会が少なかった。3年春から正捕手となり、チームの4季連続優勝と明治神宮野球大会2連覇に貢献。4年生春には捕手として22年ぶりとなる最高殊勲選手に選ばれ、3年生春から4季連続でベストナインに選ばれた。東都大学リーグ通算55試合出場、166打数43安打打率.259、6本塁打、19打点

2008年のプロ野球ドラフト会議にて北海道日本ハムファイターズから1位指名され入団。日本ハムが捕手をドラフト1位で指名したのは1998年實松一成松坂大輔の外れ1位、現・読売ジャイアンツ)を指名して以来2人目。

プロ入り後[編集]

プロ1年目の2009年、春季キャンプで一軍に抜擢され、そのまま開幕一軍入り。4月5日東北楽天ゴールデンイーグルス戦で初出場。4月11日福岡ソフトバンクホークス戦で初先発出場。藤井秀悟を好リードし、無失点で切り抜けた。以後も先発投手が藤井の時は大野が先発出場し、鶴岡慎也と相性が良いダルビッシュ有八木智哉を除く先発投手の際も、大野が先発出場する試合があった。8月にインフルエンザによる発熱が原因で数試合を欠場するも、シーズンを通して一度も出場選手登録を抹消されなかった。日本シリーズ第5戦(11月5日、東京ドーム)では、史上初めて新人捕手として先発出場を果たした。

2010年も引き続き鶴岡と併用され正捕手を争った。前年オフに藤井が読売ジャイアンツへ移籍したが、この年にチーム最多の14勝を挙げた武田勝など、主に左投手の先発試合で捕手として先発起用され、前年よりも出場機会を増やした。また、前年にはなかった八木やダルビッシュの先発試合での先発出場を経験した。

2011年は開幕直前に鶴岡が顔面陥没骨折の怪我を負ったため、鶴岡が復帰するまでは全試合に先発出場したが、復帰後は鶴岡の先発出場が次第に増えていき、相対的に大野の先発出場数は減少していった。10月15日に腰痛のためプロ入り後初めて出場選手登録を抹消されるも、パ・リーグクライマックスシリーズ・ファーストステージ第1試合で復帰した。最終的に打率やOPSは前年より下がったものの102試合に出場、盗塁阻止率はリーグ1位の.323を記録した。

2012年は再び鶴岡と併用。武田勝やブライアン・ウルフの先発試合でスタメン出場を続けていたが、打撃不振や鶴岡の打撃が好調ということもあり、球団はしばらく捕手を鶴岡で固定する方針を固めた。そのため、7月4日にプロ入り後初めてとなる故障以外での出場選手登録抹消となった。10日後の7月14日に再び一軍に復帰したが、その後はウルフや谷元圭介登板時のみのスタメン出場となり試合数、打率共に過去最低の成績となった。オフには背番号が、かつて小笠原道大高橋信二らが背負った「2」に変更されることが球団より発表された。

2013年も鶴岡との併用状態が続いたが、6月に鶴岡が指を故障した影響で後半戦はスタメン起用が増加。打撃面では規定打席不足ながら初めて打率が2割5分を超え、OPSも7割台に乗せるなど軒並みキャリアハイの成績を残した。守備面でも盗塁阻止率でリーグトップの.421をマークするなど成長を見せた。

2014年5月17日の千葉ロッテマリーンズ戦で、11回裏スコア1-1とお互い決め手を欠く中、松永昂大から自身人生で初のサヨナラをホームランで決めた。

プレースタイル・人物[編集]

大野のスイング(2009年)

リーグトップクラスの強肩を誇り、盗塁阻止率はルーキーイヤー以降は常に3割以上をマークしている。

日本ハムのコーチを務める厚澤和幸は、投手に気持ちよく投げてもらうことを重視する鶴岡と対比して、自分の意見を押し通そうとする大野のリードを「かかあ天下」と表現している。[2]

チーム内では選手としての力量や人物面について高い評価を得ている。日本ハム応援番組FFFFF』(北海道テレビ放送)において、日本ハムの選手を対象に実施された[いつ?]「チーム内で恋愛相談をするなら」というアンケートでは断トツの1位に輝いた。また、2009年のオフに同じFFFFFの「稲葉篤紀金子誠[3]が考える日本代表」と題した企画では、2人とも正捕手に大野を指名している。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2009 日本ハム 77 169 154 19 32 9 0 3 50 15 0 0 5 0 6 0 4 43 2 .208 .256 .325 .581
2010 87 216 183 20 42 8 0 4 62 16 1 0 13 0 19 0 1 36 5 .230 .305 .339 .644
2011 102 272 242 25 55 11 1 3 77 17 0 1 8 0 14 0 8 44 4 .227 .292 .318 .610
2012 70 159 140 7 24 4 0 2 34 11 0 0 9 0 8 0 2 30 2 .171 .227 .243 .470
2013 87 244 201 20 52 13 0 3 74 19 0 0 15 0 25 2 3 35 3 .259 .349 .368 .718
通算:5年 423 1060 920 91 205 45 1 15 297 78 1 1 50 0 72 2 18 188 16 .223 .292 .323 .615
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


捕手
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2009 75 304 27 2 3 1 .994 37 27 10 .270
2010 87 400 27 1 2 1 .998 30 20 10 .333
2011 101 528 53 2 6 5 .997 62 40 22 .323
2012 67 282 37 2 6 3 .994 46 31 15 .326
2013 84 370 67 2 13 4 .995 57 33 24 .421
通算 414 1884 211 9 30 14 .996 232 151 81 .349
  • 2013年度シーズン終了時
  • 太字はリーグ最高

記録[編集]

その他の記録

背番号[編集]

  • 28 (2009年 - 2012年)
  • 2 (2013年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 「現役の皆さんに聞きました キャッチャーの魅力を教えてください」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、20-21頁。
  2. ^ ダルビッシュとの“お見合い”が破談。大野に求められる理想の女房役とは? - Number Web プロ野球コラム
  3. ^ ともに日本代表経験者である。

関連項目[編集]