糸井嘉男

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糸井 嘉男
オリックス・バファローズ #7
Bs Yoshio Itoi.JPG
2013年8月29日 ほっともっとフィールド神戸
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府与謝郡与謝野町
生年月日 1981年7月31日(33歳)
身長
体重
187 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 自由獲得枠
初出場 2007年3月27日
年俸 2億5,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗日本
WBC 2013年

糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手外野手)。愛称は「よっぴ」。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

京都府与謝郡与謝野町出身。学生時代は投手田中雅彦ヤクルト)、中村真人(元楽天)らと同期だった近畿大学では期待されながら、1年秋から先発を務めていた同学年でエースの野村宏之(元オリックス)や、1学年下の貴志款八(その後日本新薬)の陰に隠れ3年春まで関西学生野球連盟のリーグ戦出場がなかった。3年時の2002年秋にリーグ戦デビュー。4年時にエースを任され、春季リーグ戦は5勝無敗(完封勝利2)の大活躍で最優秀選手、最優秀投手、ベストナインの3タイトルを獲得した。通算9勝1敗。2003年秋、日本ハムに自由獲得枠で投手として入団。背番号は26

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2010年)

187cmの長身から投げ下ろす最速151km/hの速球は威力があったが、コントロールと変化球に難があり、故障も多かったためプロ入り後は伸び悩み、2004年からの2年間で一軍登板なし。二軍では36試合登板、8勝9敗3セーブ防御率は4.86。

投手としては伸び悩んだが打撃センスと50m5秒台の俊足と強肩は注目されていたため、高田繁ゼネラルマネージャーに野手としての素材を見込まれ、2006年4月25日付で正式に外野手に転向した。シーズン中の一軍出場はなかったが、2006年のアジアシリーズでは28人枠入りし、11月11日のチャイナスターズ(中国野球リーグ選抜チーム)戦に途中出場した。二軍では天性の打撃センスを見せつけ、転向5ヶ月にして9月度のイースタン・リーグ月間MVPを受賞(月間打率.397)。最終的に打率.306、8本塁打、8盗塁を記録した。

2007年は春季キャンプから期待され、開幕一軍入りを果たすが結果を残せず二軍落ち。その後故障もあったが9月に再昇格し、プロ初安打・初盗塁を記録。しかしその盗塁の際に足を痛めてしまい、すぐに二軍落ちとなった。二軍では金子洋平に次いでイースタン・リーグ2位の12本塁打をはじめ、打率.319、長打率.579、14盗塁と好成績を残した。

2008年には左翼手として初の開幕戦先発出場を果たすが、3月30日に楽天戦で負った肉離れを押して試合に出続けた事により、故障箇所を悪化させてしまい二軍落ち。一軍復帰後にはプロ入り初を含む5本塁打を打つ。クライマックスシリーズ第1ステージでは一番打者に抜擢され、守備でも好返球を見せた。

2009年森本稀哲を押しのけ中堅手として開幕戦先発出場を果たす。序盤こそ相手の先発投手の左右に応じて森本と併用されるが、交流戦辺りから調子を上げ、6月には月間MVPを受賞。不動の中堅手のレギュラーに定着した。打順は主に7番や2番だったが、稲葉篤紀が欠場した際には3番を任されることもあった。監督推薦によりオールスターゲームに初出場した。9月29日の試合で2本塁打の大活躍でヒーロインタビューを受けた際に、チームは首位にも関わらず「最後まで諦めず皆さんと戦っていきます!」と球場に迷言を生んだ。ゴールデングラブ賞ベストナイン(外野手部門)を初受賞。10月1日オリックス戦の試合前には森本稀哲から北海道新幹線大使を引き継いだ。また、この年からは合唱曲「旅立ち」の歌い出し部分を原曲とする新応援歌も作成され、日本ハムラストシーズンとなる2012年まで使用された(のちにファンファーレも追加された)。

2010年は退団したターメル・スレッジに代わり主に5番打者として起用された。外野手としてはやや多い5失策を記録したものの2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。オフの契約更改で年俸が1億円に到達した。また、背番号を坪井智哉が着用していた7に変更した。

2011年はシーズンを通して3番・中堅手を務めた。統一球導入で苦しむ打者が多い中でも安定した活躍を見せ、チームトップの31盗塁を記録した他、打率、OPSRC27はリーグ2位をマーク。RCWINでは自己最高の数値を記録するなど、傑出度では過去最高の成績を収めた。出塁率は両リーグで唯一4割を超え、自身初タイトルとなる最高出塁率を獲得した。

2012年右翼手コンバートされる。前半戦は打率.289、2本塁打と低調だったが、後半戦に入り調子を上げ9月には打率.380、3本塁打をマークし月間MVPを獲得。4年連続で打率3割を達成するとともに、2年連続で最高出塁率のタイトルを獲得した。11月には侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」の日本代表に選出。オフの契約更改では1000万円増の提示を保留[1]。2度目の交渉からは代理人を伴ったが再び保留し[2]、その後の交渉ではポスティングシステムを行使しての翌オフのメジャー挑戦希望を球団に伝えたことも明かした[3][4]

オリックス時代[編集]

2013年1月25日に木佐貫洋大引啓次赤田将吾との交換トレード八木智哉と共にオリックス・バファローズに移籍した[5]。 シーズン前に行われた2013 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出され、全7試合に出場し、打率.286、1本塁打、7打点、OPS1.024を記録した。 レギュラーシーズンでは主に3番ライトで出場。この年も年間にわたってほぼ3割を記録するなど安定した成績を残す。同年のオールスターファン投票では両リーグ最多439,518票で選出され、5年連続出場を果たした。シーズン終了間際では3割を切ってしまったが、最終戦の楽天戦で2打席連続ヒットを放ち、ちょうど打率.300に乗せてシーズンを終え、5年連続打率3割を達成した。 最終的に141試合出場、打率.300のほか、自己最多となる157安打、17本塁打、33盗塁を記録した。

プレースタイル[編集]

均整の取れた体格をしており、50m走5秒76、垂直跳び87cm、遠投120m、握力70kgという高い身体能力を誇る[6]日刊ゲンダイによるとメジャーのスカウトからは「下半身が安定した打撃はメジャー投手にも対応できる。足が速く、肩も強いので守備範囲も広い。すぐにでもメジャーで通用する」と評されている[7]

芯でボールをとらえた時に日本人離れした打球の速さと飛距離を見せるパワーを持ち[8]、広い札幌ドームでも左方向に本塁打を放つことができる技術と[9]、カウントに応じて打球方向を変える器用さ[10]、8打席に1つ近い割合で四球を選ぶ選球眼も兼ね備える。打者転向当初の2008年から2010年までは左投手に対して打率.278と苦手にしていたが、統一球導入後の2011年からは対左通算打率.304と克服した[10]

一塁到達まで4秒を切ることも珍しくなく、バントヒットで一塁到達3.54秒を計測したこともある脚力を生かした広い守備範囲と[11]、投手として最速152km/hを記録したこともある強肩を生かした力強い送球を持ち味とし[12]、中堅守備では中堅後方の打球に強く2010年にはUZR0.9を記録[13]。2012年からは右翼手として起用され、同年には右翼守備でUZR25.9を記録した[14]。一方で「内野手みたい」と自ら語るなど失策も多く[15]、2010年から3年連続で外野手リーグ最多失策を記録。2013年は失策数を1に留め、外野手としてリーグ4位の守備率.995を記録したが[16]、UZRは右翼守備でマイナスを記録した(-10.2)[17]

人物[編集]

父はトライアスロンの元選手で、母はバレーボールの元国体選手[18]。祖父は元高校体育教師で、教え子には野村克也がいる[10]

珍発言が多く、同僚からは「宇宙人」と呼ばれる[10]。ドラフト後の球団関係者との会食の後、「どうでしたか?」という記者からの質問に対して「エビフライでした」と料理名を答えた他[10]、当時の打撃コーチを務めていた大村巌から「目標は世界中の投手を打つことだ」と言われた際には「オレ、日本ハムをクビになるんですか?」と答え[10]、2012年にチームが首位争いをしていたソフトバンクとの試合で勝利後、同じく首位争いをしていた西武の敗戦の報せが入った際には「で、バンク(ソフトバンク)はどうだったの?」と発言し周囲を唖然させた[19]など、数々の珍発言を発しており、特にニコニコして固まっている時はその場の空気を把握できていないという[10]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 日本ハム 7 11 11 1 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .091 .091 .091 .182
2008 63 205 188 19 45 14 1 5 76 21 13 3 5 0 10 1 2 53 6 .239 .285 .404 .689
2009 131 496 425 74 130 40 3 15 221 58 24 6 18 1 46 8 6 93 6 .306 .381 .520 .901
2010 138 583 488 86 151 33 3 15 235 64 26 8 13 1 71 2 10 94 7 .309 .407 .482 .889
2011 137 578 489 72 156 30 0 11 219 54 31 6 9 2 59 2 19 91 5 .319 .411 .448 .859
2012 134 597 510 72 155 21 3 9 209 48 22 9 0 1 75 2 11 86 9 .304 .404 .410 .813
2013 オリックス 141 601 524 75 157 33 2 17 245 61 33 9 0 3 66 1 8 93 6 .300 .384 .468 .852
通算:7年 751 3071 2635 399 795 171 12 72 1206 306 150 41 45 8 327 16 56 511 39 .302 .385 .458 .843
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位[編集]

年度 年齢 所属リーグ 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率 OPS
2007 26 パ・リーグ - - - - - - - - -
2008 27 - - - - - - - - -
2009 28 7位 - 1位 - - - 7位 6位 3位
2010 29 - - 6位 10位 - - 5位 5位 7位
2011 30 2位 7位 4位 - - - 5位 1位 2位
2012 31 3位 2位 - - - - 6位 1位 4位
2013 32 10位 9位 2位 - - - 3位 9位 9位
  • -は10位未満(打率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)

WBCでの成績[編集]

















































O
P
S
2013 日本 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .714 .524 1.024
出場:1回 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .714 .524 1.024

年度別守備成績[編集]


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 3 0 0 0 0 ----
2008 61 112 4 2 1 .983
2009 125 234 7 2 2 .992
2010 138 302 4 5 0 .984
2011 136 286 9 7 1 .977
2012 131 266 8 5 0 .982
2013 125 194 5 1 1 .995
通算 719 1394 37 22 5 .985
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 26 (2004年 - 2010年)
  • 7 (2011年 - )
  • 1WBC2013親善試合)
  • 9WBC2013)※正式メンバー34人

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ハム糸井沈黙は金ならず…2億円保留日刊スポーツ、2012年12月7日。
  2. ^ ハム糸井越年「納得するまでやる」日刊スポーツ、2012年12月22日。
  3. ^ 糸井、ポスティングでのメジャー挑戦申し入れ…日本ハムスポーツ報知、2013年1月23日
  4. ^ 糸井 メジャー挑戦へ 今オフのポスティング要望「伝えましたよ」Sponichi Annex、2013年1月23日
  5. ^ トレード(2012年度シーズン終了後 ~ )”. 日本野球機構 (2013年1月25日). 2013年1月30日閲覧。
  6. ^ 2008年6月15日深夜放送の『FFFFF』(北海道テレビ放送)のインタビュー
  7. ^ ダルビッシュを追いかけるメジャースカウトが絶賛したのは「ナカジマ」ではなく「イトイ」日刊ゲンダイ、2011年8月29日
  8. ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、152-153頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  9. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、90頁。ISBN 978-4-86191-595-6
  10. ^ a b c d e f g 『週刊プロ野球データファイル』2011年31号、ベースボール・マガジン社、雑誌27743-11/16、5-6頁。
  11. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクトムック、2010年、264-265頁。ISBN 978-4-7572-1744-7
  12. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、58頁。ISBN 978-4-86191-710-3
  13. ^ Baseball Lab守備評価~Center FielderSMR Baseball Lab
  14. ^ DELTA OFFICIAL WEB SITE コラム 2013年1月24日
  15. ^ ハム糸井ポカ厳禁!「1つだけにします」日刊スポーツ、2011年12月22日。
  16. ^ 2013年度 パシフィック・リーグ 個人守備成績(規定以上) 2014年3月2日閲覧。
  17. ^ 『2014プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、221頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  18. ^ 日本ハム 糸井嘉男外野手-マイタウン北海道 - asahi.com
  19. ^ 日本ハム、首位ガッチリ!糸井弾で2.5差SANSPO.COM、2012年9月19日。

関連項目[編集]