聖澤諒

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聖澤 諒
東北楽天ゴールデンイーグルス #23
Hijirisawa ryo.jpg
2011年8月30日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長野県千曲市
生年月日 1985年11月3日(26歳)
身長
体重
179cm
73kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト4巡目
初出場 2008年3月20日
年俸 6500万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

聖澤 諒(ひじりさわ りょう、1985年11月3日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手外野手)。

目次

[編集] 来歴

[編集] プロ入り前

千曲市立東小学校2年から「森スポーツ少年団」で野球を始める。小学時代は剣道クラブにも所属し、4年時に地区大会で優勝した。千曲市立屋代中学校では軟式野球部に所属し、4番・投手を務める。地元の公立校である松代高校に進学。1年春からベンチ入りし、3年時には4番・遊撃手として活躍する。最高成績は2年夏の県大会3回戦で、甲子園出場経験はなし。同期入部で最後まで野球部に所属していたのは自身を含めて二人だけというチーム事情の中プレーした。

國學院大學に進学し硬式野球部に入部。2年春からレギュラーに定着する。3年春に東都二部リーグで優勝し、一部昇格を果たした。同年秋のリーグ戦終了後、後に楽天でもチームメイトとなる嶋基宏の跡を継ぎ主将となる。4年時に東都大学野球リーグ選抜が日本代表として出場した国際大会ロッテルダム・ワールドポート・トーナメントに出場。個人タイトルでは、3年秋に三塁手、4年秋に外野手でベストナインを受賞した。大学4年秋にチームは最下位に終わり、東都一部リーグ残留を賭けて篠田純平を擁する日大と入れ替え戦を行ったが敗れ、二部降格した。

2007年の大学生・社会人ドラフト会議東北楽天ゴールデンイーグルスから4巡目指名を受け、入団。背番号23。なお、ドラフトで指名がなかった場合はホンダ鈴鹿へ入社する予定であった。

[編集] プロ入り後

ビジターユニフォーム姿の聖澤

2008年はキャンプから積極的に起用され続け、チーム内の前年のドラフト入団組では唯一の開幕一軍となった。3月20日の開幕戦では守備固めのため起用されてセンターの守備に着き、一軍試合初出場となった。また、フレッシュオールスターにも1番・中堅手でフル出場し、5打数3安打3盗塁と活躍。優秀選手賞を獲得した。

2009年、開幕は二軍スタートとなったが、二軍では不動の1番バッターを務めた。4月21日に不振の礒部公一に代わって一軍登録されるも結果を残せず二軍落ちするが、今度は怪我の鉄平に代わって一軍登録され、その日の試合でプロ入り初の猛打賞を記録する。鉄平の復帰後は主に代走として出場し、オールスター前で昨年の5を上回る12盗塁(失敗なし)を記録する。結局代走や守備固めがメインの出場ながらチーム2位の15盗塁、盗塁成功率は.882と盗塁技術の高さを見せたが、ここ一番での走塁や守備のミスをしてしまったこともあった。12月には大学時代の同級生と結婚。

2010年は1番中堅手での開幕スタメンを勝ち取る。5月1日のオリックス戦で木佐貫洋から決勝のタイムリー二塁内野安打を放つなど、シーズン序盤は高打率を残したが徐々に下降。しかし中盤には踏み止まり、自身初の規定打席に到達。打率.290とチームトップの24盗塁を記録。外野手では唯一、開幕からシーズン終了まで一度も一軍登録を抹消されなかった。

2011年も引き続き開幕からセンターのレギュラーとして起用され、前半戦は盗塁を量産した。一時は盗塁王を狙える位置にいたが、後半になるとチームの事情により打順が9番に固定され、相手の警戒も増したことによって盗塁数が激減[1]。それでも前年を大きく上回る52盗塁を記録し、シーズン前の目標の50盗塁を達成したが、本多雄一が60盗塁を数えたため、盗塁王獲得とはならなかった。 打率もチームトップの.288の成績を残し、球団創設以来初となる全試合出場も果たした[2]。また、7月17日のオリックス戦では9回裏に自身初となるサヨナラ安打(一塁内野安打)を岸田護から放った。

[編集] プレースタイル・人物

大学時代は4番を担った経験もあるが、柔軟なバットコントロールで変化球への対応力が高いシュアなバッティングを持ち味とする[3]。コンタクト率は高いが四球が少なく[4]出塁率に課題を残す[5]。左打者ながら通算の対右打率.258に対し対左打率.335と左投手に強い。

一塁到達3.6秒台を記録する俊足と柔らかいハンドリングを生かした外野守備の評価が高く[6][7]、2010年にはUZR11.0を記録し球界屈指の守備範囲の広さを誇った[8]。一塁上では3メートル90センチの大きなリードを取り、「自分より足の速い人はたくさんいます。でもどうしても走れないと思うピッチャー、キャッチャーはいません」と自負する盗塁技術を誇る[9]2008年には20メートルシャトルランと30メートル走の両部門においてチームトップを記録[要出典]。大学時代は通算45盗塁しており、盗塁失敗は1度のみ。大学時代は二盗よりも三盗の方が多かったという[要出典]

野球を始めた時から右投左打。日常生活でも箸は左、ペンは右であり、完全な右利きではない。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2008 楽天 34 49 41 7 11 0 0 0 11 3 5 1 1 2 5 0 0 10 1 .268 .333 .268 .602
2009 79 65 59 14 13 1 0 0 14 5 15 2 3 0 2 0 1 18 2 .220 .258 .237 .495
2010 135 577 517 72 150 25 4 6 201 43 24 6 24 1 32 0 3 96 4 .290 .335 .389 .723
2011 144 559 496 57 143 19 1 2 170 42 52 16 21 3 31 0 8 109 5 .288 .338 .343 .681
通算:4年 392 1250 1113 150 317 45 5 8 396 93 96 25 49 6 70 0 12 233 12 .285 .332 .356 .688
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 年度別守備成績

年度 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2008 27 23 0 1 0 .958
2009 67 48 1 1 0 .980
2010 132 280 5 2 0 .993
2011 143 288 6 0 1 1.000
通算 369 639 12 4 1 .994
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 23 (2008年 - )

[編集] 登場曲

[編集] 脚注

  1. ^ 「AURORA VISION」『週刊ベースボール』2011年10月3日号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-10/3、41頁。
  2. ^楽天・聖沢が球団初の全試合出場」 デイリースポーツオンライン(2011年10月19日)、2011年11月15日閲覧。
  3. ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、226-227頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  4. ^楽天・聖澤選手の四球数」 SMR Baseball Lab(2011年5月20日)、2011年12月13日閲覧。
  5. ^契約更改:記者会見」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2011年12月8日)、2011年12月13日閲覧。
  6. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2008』 白夜書房、2008年、111頁。ISBN 978-4-86191-374-7
  7. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2008』 アスペクトムック、2008年、394頁。ISBN 978-4-7572-1439-2
  8. ^Baseball Lab守備評価~Center Fielder」 SMR baseball Lab(2011年1月21日)、2011年12月13日閲覧。
  9. ^ 「AURORA VISION」『週刊ベースボール』2011年6月27日号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-6/27、41頁。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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