谷佳知
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| 読売ジャイアンツ #8 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府東大阪市 |
| 生年月日 | 1973年2月9日(36歳) |
| 身長 体重 |
173cm 77kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 1996年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 1997年5月11日 |
| 年俸 | 2億2,000万円 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| 五輪 | 1996年、2004年 |
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この表について
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 野球 | ||
| 銀 | 1996 | 野球 |
| 銅 | 2004 | 野球 |
谷 佳知(たに よしとも、1973年2月9日 - )は、大阪府東大阪市出身の読売ジャイアンツ所属のプロ野球選手(外野手)。
1996年アトランタオリンピック・2004年アテネオリンピックの野球日本代表。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア時代
アトランタオリンピック野球日本代表に選ばれ銀メダル。
ドラフト2位指名でオリックスに入団。
[編集] オリックス時代
シーズン二塁打の日本記録(52本)を樹立。球界屈指の5ツールプレイヤーに。
シドニー五輪柔道金メダリスト田村亮子と結婚。最多安打のタイトルを獲得し、パ・リーグの右打者としての安打数記録を更新(189安打)。打率.350(リーグ2位)の高打率を残し、本塁打も21本を放つ好成績を上げる。センターの守備では、自己最多捕殺と二桁失策を同時に記録。
センターのポジションをダイエー(当時)からFA移籍してきた村松有人に譲り、守備負担の少ないレフトで安定した成績を残す。アテネオリンピック野球日本代表に選ばれ、銅メダルを獲得するも、最後の打者となった準決勝戦で一塁に駆け抜けた際に転倒し右足を負傷してしまう。残りシーズンはほとんど試合に出場できなかったが、規定打席には到達。4年連続で打率3割を達成する。
打順は主に1番と3番、守備位置はセンターで起用される。腰の怪我の影響もあり、プロ入り後最悪の成績に終わる。12月31日には長男が誕生。
再起を誓うも、肘の故障などもあり、打率.267、6本塁打、30打点と2年連続で不本意な成績に終わった。11月7日、鴨志田貴司、長田昌浩との交換トレードで巨人に移籍。年俸は前年の2億8000万円から1億5000万円へ。1億3000万円の大幅ダウン。
[編集] 巨人時代
開幕から不動の2番レフトとして活躍。シーズンを通し高打率を維持、リーグ3位、チームではトップの打率.318をマークし、得点圏打率は3割7分を超えた。盗塁も二桁にのせるなど過去2年の不振から完全に復活、5年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献。この年の契約更改ではチーム最高打率を残した活躍を評価され、1億1000万円アップに加え2年の複数年契約が提示されるも、FA権を行使せず2億6000万円の1年契約でサイン。
ヤクルトから左翼手であるラミレスが加入したため、センターへ再コンバートされる。守備の負担が多くなったためか打撃不振に陥り、オープン戦から打撃好調の亀井義行らにレギュラーを奪われるが、代打起用されるうちに徐々に本来の打撃を取り戻す。高橋由伸や亀井の怪我による離脱後はスタメンに復帰し、安定した成績を残している。終盤は高橋・亀井とライトで併用されることが多かった。
開幕ベンチスタートも、勝負強い打撃で開幕ダッシュに貢献している。
[編集] 人物
- 右投げ右打ちだが、軸足は前足(左足)である。
- 2007年シーズン終了後に肘の遊離軟骨除去手術を受けているが、守備力は高く、守備範囲の広さも健在である。
- 1999年と2000年の2シーズンのみ一塁手としても出場している。これハービー・プリアムなどの主に外国人外野手との併用のためであり、送球難があり内野手から外野手にコンバートされ成功した田口壮も同じ目的からこの時期は再び二塁手や遊撃手としてスタメン出場することも多かった(この2人だけでなく当時、監督の仰木彬はイチローの三塁手起用も一時期、選択肢の1つとして考えていた)。
- 左手人差し指に重傷があり、指が曲げられないため握り拳ができないほどで、バットを握るときも人差し指を立てたパワーグリップでないと振れないと、オリックスの公式パンフレットのインタビューで語っている。その原因はプロ入り1年目のオープン戦で、当時の谷は野球用具に対して深いこだわりはなかったため、バッティンググローブを自らのサイズに合わない大きなものを着用しており、打球を放った際に手からバットが上手く離れなかったためである。
- 実家は大工屋。
- 出身の尽誠学園高-大商大は、横浜ベイスターズの佐伯貴弘と同経歴で先輩にあたる。佐伯とは同じ大阪府出身同士でもある。
- 高校時代、藤井学園寒川高等学校の選手だった遠藤章造と対戦している。遠藤の語るところでは、谷にファインプレーで打球をキャッチされ、その1プレーでプロ野球選手の夢を諦めさせられたという。
- 2007年のシーズン前に巨人OBの広岡達朗から「谷? 肘が壊れてるんでしょう? あんなの使えませんよ」と酷評されたが、それが発奮材料になっていると本人は語っている。
- 2007年9月1日の対横浜ベイスターズ19回戦(横浜スタジアム)で7回表二死満塁の場面で、遊ゴロを放った際、一塁アウトの判定に激怒。一塁塁審有隅昭二の胸を突き飛ばし、人生初の退場処分を受けた。
- 打席登場曲はオリックス時代から映画「ロッキー」サウンドトラックに収録されているValentineの「Take You Back」を使用している。
- ファミスタのファンであり、2000年オフのプロ野球ニュースの企画で、20世紀のベストナインとして外野手にピノを選出した。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | オリックス | 101 | 341 | 309 | 36 | 84 | 21 | 4 | 1 | 116 | 33 | 5 | 4 | 4 | 2 | 25 | 0 | 1 | 45 | 5 | .272 | .326 | .375 | .701 |
| 1998 | 132 | 532 | 476 | 59 | 135 | 19 | 1 | 10 | 186 | 45 | 1 | 3 | 7 | 5 | 41 | 0 | 3 | 36 | 11 | .284 | .341 | .391 | .732 | |
| 1999 | 134 | 594 | 532 | 81 | 155 | 17 | 4 | 11 | 213 | 62 | 24 | 2 | 8 | 4 | 48 | 4 | 2 | 40 | 13 | .291 | .350 | .400 | .750 | |
| 2000 | 134 | 584 | 529 | 78 | 150 | 26 | 3 | 9 | 209 | 73 | 23 | 9 | 1 | 7 | 43 | 0 | 4 | 71 | 14 | .284 | .338 | .395 | .733 | |
| 2001 | 136 | 619 | 547 | 99 | 178 | 52 | 3 | 13 | 275 | 79 | 27 | 7 | 1 | 3 | 65 | 2 | 3 | 49 | 15 | .325 | .398 | .503 | .901 | |
| 2002 | 138 | 579 | 524 | 49 | 171 | 31 | 1 | 5 | 219 | 39 | 41 | 4 | 0 | 4 | 47 | 4 | 4 | 44 | 12 | .326 | .383 | .418 | .801 | |
| 2003 | 137 | 606 | 540 | 86 | 189 | 37 | 1 | 21 | 291 | 92 | 9 | 2 | 0 | 7 | 58 | 3 | 1 | 41 | 18 | .350 | .409 | .539 | .948 | |
| 2004 | 96 | 431 | 378 | 58 | 120 | 27 | 1 | 15 | 194 | 63 | 10 | 4 | 2 | 5 | 44 | 3 | 2 | 42 | 11 | .317 | .387 | .513 | .900 | |
| 2005 | 111 | 461 | 435 | 41 | 108 | 18 | 1 | 6 | 146 | 36 | 3 | 4 | 0 | 0 | 24 | 0 | 2 | 48 | 11 | .248 | .291 | .336 | .627 | |
| 2006 | 118 | 469 | 434 | 45 | 116 | 16 | 0 | 6 | 150 | 30 | 1 | 2 | 0 | 3 | 30 | 1 | 2 | 41 | 15 | .267 | .316 | .346 | .662 | |
| 2007 | 巨人 | 141 | 595 | 541 | 63 | 172 | 31 | 0 | 10 | 233 | 53 | 10 | 2 | 20 | 1 | 30 | 0 | 3 | 48 | 10 | .318 | .357 | .431 | .788 |
| 2008 | 120 | 373 | 349 | 33 | 103 | 17 | 0 | 10 | 150 | 45 | 5 | 1 | 6 | 0 | 17 | 0 | 1 | 43 | 6 | .295 | .330 | .430 | .760 | |
| 通算:12年 | 1498 | 6184 | 5594 | 728 | 1681 | 312 | 19 | 117 | 2382 | 650 | 159 | 44 | 49 | 41 | 472 | 17 | 28 | 548 | 141 | .301 | .356 | .426 | .782 | |
- 2008年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高、赤字はNPBにおける歴代最高
[編集] 年度別守備成績
| 年 | 外野 | 一塁 | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 1997 | 96 | 167 | 3 | 3 | 2 | .983 | ─ | |||||
| 1998 | 127 | 248 | 5 | 3 | 2 | .988 | ─ | |||||
| 1999 | 120 | 194 | 3 | 5 | 0 | .975 | 51 | 265 | 12 | 0 | 23 | 1.000 |
| 2000 | 123 | 241 | 4 | 0 | 0 | 1.000 | 26 | 144 | 15 | 3 | 12 | .981 |
| 2001 | 136 | 255 | 3 | 3 | 0 | .989 | ─ | |||||
| 2002 | 123 | 250 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | ─ | |||||
| 2003 | 121 | 274 | 4 | 11 | 0 | .962 | ─ | |||||
| 2004 | 88 | 167 | 9 | 2 | 1 | .989 | ─ | |||||
| 2005 | 82 | 126 | 2 | 2 | 0 | .985 | ─ | |||||
| 2006 | 97 | 137 | 3 | 1 | 0 | .993 | ─ | |||||
| 2007 | 139 | 171 | 2 | 1 | 0 | .994 | ─ | |||||
| 2008 | 109 | 154 | 6 | 2 | 1 | .988 | ─ | |||||
- 年度の太字はゴールデングラブ賞受賞年
[編集] タイトル・表彰・記録
- 盗塁王:1回(2002年)
- 最多安打:1回(2003年)
- ベストナイン:5回(1999年、2001年 - 2004年)
- ゴールデングラブ賞:4回(2001年 - 2004年)
- 月間MVP:1回(2003年9月)
- シーズン52二塁打(2001年)※日本記録。
- シーズン189安打(2003年)※右打者のパ・リーグ記録。
- シーズン盗塁成功率:.911(2002年)※40盗塁以上では歴代2位。
- オールスターゲーム出場:6回(2001年 - 2004年、2006年、2007年)
[編集] 個人記録
- 初出場:1997年5月11日、対近鉄バファローズ6回戦(グリーンスタジアム神戸) 8番中堅で先発出場
- 初安打:1997年5月25日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(千葉マリンスタジアム) 2回薮田安彦から適時二塁打
- 初本塁打:1997年8月1日、近鉄バファローズ14回戦(グリーンスタジアム神戸) 8回赤堀元之からソロ
[編集] 背番号
- 10 (1997年 - 2006年)
- 8 (2007年 - )
[編集] 関連項目
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