岡田幸文

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岡田 幸文
千葉ロッテマリーンズ #66
LM-Yoshifumi-Okada.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県塩谷郡高根沢町
生年月日 1984年7月6日(27歳)
身長
体重
177cm
70kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2008年 育成選手ドラフト6位
初出場 2010年6月1日
年俸 3,200万円(2012年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)

岡田 幸文(おかだ よしふみ、1984年7月6日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手外野手)。

目次

[編集] 来歴

[編集] プロ入り前

作新学院高では2年秋から主将を務め、俊足の一番打者として活躍[2]。チームは秋季県大会で準優勝、春季県大会では優勝したものの[3]、本命として迎えた3年夏の栃木県予選では4回戦で那須拓陽高に0対2で敗れ、甲子園出場はならなかった[4]

高校卒業後の2003年日本大学に進学。同級生には、長野久義がいた。しかし、1年生の時に左肘の軟骨を故障して手術を受け、数カ月で大学を中退している[5]

大学中退後は地元に戻り、肘の完治した2004年から全足利クラブでプレー。同年の全日本クラブ野球選手権での優勝にも貢献し、俊足好守の一番・中堅手として活躍した[6]2006年前半は左手首の骨折と右ひざ半月板損傷で治療に時間を要したが[6]、7月に11歳年上で足利市職員の女性と結婚している。結婚を機に2007年から足利ガスの嘱託社員となり、2008年4月からは全足利クラブの主将を任された。同年のドラフト会議千葉ロッテマリーンズから育成枠で6位指名を受ける。プロ入りについては2人の子供もいたため妻に大いに反対されたが「2年だけやらせてくれ」と説得し、2年後に退団した場合は社員として採用するという足利ガスの後押しもあって入団を決めた[5]

[編集] プロ入り後

入団後は育成選手のためさいたま市ロッテの独身寮に入居して単身赴任を始め、球場のクラブハウスでは椅子と段ボール箱だけでロッカーもない環境に置かれてハングリー精神を鍛えられたという[5]

一年目の2009年3月30日支配下登録され、同時に背番号を132から66に変更。独身寮を出て足利市内の自宅から二軍の練習に通った[5]。同年は早坂圭介のブレイクもあり、一軍昇格はならなかった。オフには年俸が支配下選手最低額の440万円に上がり、二軍監督に着任した高橋慶彦から起用を増やすと明言された事もあってロッテ浦和球場近くにアパートを借りている[5]

2010年も開幕二軍で迎えたが、6月1日、同じ俊足巧打タイプの荻野貴司、早坂圭介が負傷離脱したため、早坂と入れ替えで初の一軍昇格。千葉ロッテマリーンズの育成ドラフト出身選手として一軍登録されたのは岡田が初となった。主に中堅手でのスタメンや代走、守備要員として活躍。特に守備面では難しい当たりを度々好捕するなど大きく貢献し、7月4日のヒーローインタビューでは「オーバーフェンス以外は全部捕るつもりでいる」と発言した。

同年の日本シリーズでは、初戦で大松尚逸が負傷した影響により第2戦よりスターティングメンバーに抜擢される。11月7日の第7戦で12回表に中日の浅尾拓也から右中間へ決勝打となる適時三塁打を放ち、チームの5年ぶり日本一に貢献し、試合後にはファンの前でバック宙も披露した。一軍で活躍した同年のシーズン後には年俸が倍増し、「奥さんの給料を超えましたね」と発言した。2011年シーズンに向け、千葉マリンスタジアムに近いアパートに引越しをする[7]

2011年は、開幕戦に1番センターのスタメンに抜擢される。そのままシーズン終了まで1番もしくは2番でスタメン出場を続け、育成選手としてプロ入りした選手では初となるシーズン全試合出場・規定打席到達[8]を果たし、チームトップとなる41盗塁を記録した。打率も.267を記録した。また、守備面ではシーズンを通して無失策で、両リーグトップの351刺殺を記録し刺殺のパ・リーグ記録にあと2と迫り、最多得票(163票)でゴールデングラブ賞を受賞した。さらに、外野手としてシーズン連続守備機会無失策359のリーグ新記録を樹立したことにより、特別表彰をも受けた[9]

[編集] プレースタイル・人物

50メートル走5秒6、一塁到達3.97秒の俊足[10]と守備範囲の広さを武器とする[11]

四死球が少なく出塁率は低いが、打撃ではバットを短く持つコンパクトなスイングを持ち味とし、2010年は内野安打率32パーセントを記録するなど内野安打が多い。2010年は内野安打を狙って「走り打ち」になることが多く打率も伸びなかったが、終盤からはしっかりと振り切る打撃を心がけ[10]、日本シリーズでは前述の決勝打を放つなど打率.320と活躍を見せた。

守備面では、打者が打つ前に半歩スタートを切ることを心がけており、抜けると思われた当たりを好捕するファインプレーを度々見せている。また、フェンスまでの距離を常に測り、追いつけないと判断した場合は、すばやくクッションボールを捕りにいくなど状況判断に優れている[12]

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2010 ロッテ 72 161 142 19 25 2 0 0 27 8 15 6 9 1 8 0 1 15 2 .176 .224 .190 .414
2011 144 635 577 68 154 7 4 0 169 35 41 11 20 1 28 0 9 66 5 .267 .311 .293 .604
通算:2年 216 796 719 87 179 9 4 0 196 43 56 17 29 2 36 0 10 81 7 .249 .293 .273 .566
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 年度別守備成績


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 68 107 1 0 0 1.000
2011 144 351 8 0 1 1.000
通算 212 458 9 0 1 1.000
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 表彰

  • パ・リーグ特別表彰(2011年:パ・リーグ新の359シーズン外野手連続守備機会無失策)
  • ゴールデングラブ賞:1回 (2011年)

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 132 (2009年 - 2009年3月29日)
  • 66 (2009年3月30日 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 岡田、年俸3倍超、3200万円でサイン…ロッテ スポーツ報知、2011年12月6日
  2. ^ 朝日新聞、2002年7月4日付朝刊、栃木地方面
  3. ^ 朝日新聞、2002年5月5日付朝刊、栃木地方面
  4. ^ 朝日新聞、2002年7月24日付朝刊、栃木地方面
  5. ^ a b c d e AERA、2010年11月22日号、P.78
  6. ^ a b 読売新聞、2006年7月31日付朝刊、栃木地方面
  7. ^ 岡田“奥さんの給料超え”127%アップ! スポーツニッポン、2010年11月20日
  8. ^ 育成枠出身の外国人選手も含めば、オリックスのアーロム・バルディリスも規定打席に到達した。
  9. ^ ソフトB・内川、ロッテ・岡田ら特別表彰 SANSPO.COM、2011年11月9日
  10. ^ a b 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、122頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  11. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、48頁。ISBN 978-4-86191-710-3
  12. ^ 岡田 美技連発は“打つ前のスタート”と成瀬との信頼関係 スポニチ Sponichi Annex、2011年6月16日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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