大隣憲司

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大隣 憲司
福岡ソフトバンクホークス #28
Kenji Otonari 2011.jpg
2011年5月28日 福岡 Yahoo! JAPAN ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市南区
生年月日 1984年11月19日(27歳)
身長
体重
175cm
85kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 希望入団枠
初出場 2007年6月9日
年俸 3,000万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

大隣 憲司(おおとなり けんじ、1984年11月19日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手投手)。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

2000年より開設されたスポーツクラス第1期生として京都学園高校に入学し、1年からベンチ入りするなど早くから活躍を期待された。2002年(3年時)春の近畿大会では、決勝でサヨナラ勝ちし母校に初の優勝をもたらし、夏の甲子園出場が期待された。しかし京都大会準々決勝で峰山高校に敗れた。全国的には無名の存在であったが、地元などでは古都のドクターKと呼ばれていた。高校時代の同級生には、NTT東日本硬式野球部の福井和成投手らがいる。

2003年、近畿大学に推薦入学し頭角を現す。2005年の全日本大学選手権で1試合19奪三振の大会記録をマーク。さらに決勝までの全4試合を自責点0(失点2)に抑えて準優勝したことで注目を浴びた。2006年にも同大会で4強入りの原動力となった。

同学年で同じ左腕である立命館大学金刃憲人とはライバル関係にあり、何度も熱戦を演じた。金刃と投げ合った9月30日の対立命館大学戦(皇子山球場)でノーヒットノーランを達成している。関西学生リーグ通算41試合に登板し22勝11敗、防御率1.14、284奪三振。

2006年大学生・社会人ドラフトにおいて最大の目玉とされ、一時は広島以外の11球団が獲得に名乗りを挙げるほどの激しい争奪戦の末、希望入団枠で福岡ソフトバンクホークスに入団した。背番号は阪神時代の江夏と同じ28で、これは巨人に入団したライバルの金刃とも同じである。また、前身の京都商業から京都学園になってから初のプロ野球選手となった。

[編集] プロ入り後

2007年はシーズン開幕前から腰痛などで2軍暮らしが続いていたが、チームの不振などもあり6月9日の交流戦・広島戦に初先発。初回こそ梵英心に先頭打者本塁打を浴びるなど2点を失うがその後は持ち直し、途中降板するも直後にチームが逆転したため、広島のエース黒田博樹を相手に初登板初勝利を手にした。8月12日には、地元関西の京セラドーム大阪で初登板を果たすが、5回4失点でプロ初黒星を喫し、応援に駆けつけた高校時代にバッテリーを組んでいた同級生らに地元初勝利は贈れなかった。その後再び故障などでフォームを崩し、期待を裏切る2勝で1年目のシーズンを終えた。

2008年3月25日、開幕5戦目の千葉ロッテマリーンズ戦で、プロ初完投でシーズン初勝利を記録。またこの試合でプロ初二桁奪三振(12奪三振)で毎回奪三振を達成。3月中の毎回奪三振はプロ野球史上初の快挙だった。5月29日の対横浜戦では一死二塁の場面で立った第一打席でプロ入り初本塁打を小林太志から放った。前日にはチームメイトで同じく投手のリック・ガトームソンもソロ本塁打を打っており、パ・リーグの投手による2試合連続本塁打は1969年西鉄ライオンズ稲尾和久池永正明以来39年ぶりの記録となった。この年は順調に勝ち星を重ねチーム最多の11勝を挙げたが、終盤肘の故障で離脱。同年オフに左肘遊離軟骨除去手術を受けた。

2009年は前年オフの手術の影響も心配されたが開幕に間に合い、シーズン中盤から後半はリリーフとして緊急登板しながらもシーズンを通し先発投手のローテーションを守るが、最終的に8勝に終わる。

2010年は開幕から安定した投球を見せていたが打線の援護に恵まれず勝ち星につながることは少なかった。やがて黒星がこんでくるようになると本人も調子を落とし、2軍落ちも経験するなど不振だった。最終的に復調の気配を見せたものの4勝9敗と大きく負け越した。

2011年は春季キャンプ中の2月6日に父親が急性心不全で他界。自身もインフルエンザなど調整遅れで開幕は二軍で迎えた。5月に一軍復帰しリリーフとして起用されるも4試合で防御率6.00と結果を残せず登録抹消されるが、9月には先発で3連勝を記録した。オフにはタレントの嵐優子との結婚を発表し、ドミニカ共和国ウィンターリーグに参加。5試合の先発で0勝2敗、防御率3.52、WHIP1.47の成績を残した。

[編集] プレースタイル・人物

最速152km/h(プロ入り後の最速は148km/h)のストレートが最大の武器。他にスライダーバルカンチェンジフォークボールを投げる。その豪快なピッチングと少し太めの風貌から『近大江夏』、『江夏2世』と呼ばれていた。江夏豊本人は大隣の投球フォームについて「近年の左投手には珍しい、すり足気味の投げ方が良い」と評価している[要出典]。被本塁打の多さを課題としている。

また、チームメイトの本多雄一とは、生年月日が同じである。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
2007 ソフトバンク 8 8 0 0 0 2 4 0 0 .333 196 43.2 43 7 24 0 2 33 3 0 30 29 5.98 1.53
2008 22 21 6 2 2 11 8 0 0 .579 621 155.2 122 16 39 0 5 138 1 0 58 54 3.12 1.03
2009 26 21 0 0 0 8 10 0 0 .444 565 129.1 144 19 41 0 5 107 2 0 73 66 4.59 1.43
2010 20 19 0 0 0 4 9 0 0 .308 482 110.2 116 12 43 0 1 91 4 1 57 53 4.31 1.44
2011 9 4 0 0 0 3 0 0 0 1.000 133 34.2 22 2 4 0 3 33 1 0 9 9 2.34 0.75
通算:5年 85 73 6 2 2 28 31 0 0 .475 1997 474.0 447 56 151 0 16 402 11 1 227 211 4.01 1.26
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

投手記録
打撃記録
  • 初打席・初安打:2007年6月9日、対広島東洋カープ4回戦(広島市民球場)、2回表に黒田博樹から左前安打
  • 初本塁打・初打点:2008年5月29日、対横浜ベイスターズ2回戦(北九州市民球場)、2回表に小林太志から左越2ラン

[編集] 背番号

  • 28 (2007年 - )

[編集] 関連項目

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