福田秀平

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福田 秀平
福岡ソフトバンクホークス #37
HAWKS37-FUKUDA.jpg
2012年5月4日 福岡Yahoo!JAPANドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市緑区(現:青葉区
生年月日 1989年2月10日(26歳)
身長
体重
181 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2010年4月30日
年俸 1,800万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

福田 秀平(ふくだ しゅうへい、1989年2月10日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手外野手内野手)。神奈川県横浜市緑区(現:青葉区)出身。愛称は「秀平」。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

3歳から水泳を始め、10歳の時に背泳ぎ部門でジュニアオリンピック代表候補になるほど成長した。同時期にサッカー部にも所属し、サッカー・水泳の指導者からの引き留めに会ったが最終的に野球を選択した[1][2]。野球は佐賀県唐津市出身で唐津東高校で3年時に佐賀県大会ベスト4に進んだ父からも厳しい指導を受けた[2]。横浜市立谷本小学校1年生の時に藤が丘ファイヤーズに入部し軟式野球を始め、投手遊撃手を兼任し、6年生では主将も務めた[2]横浜市立緑が丘中学校では世田谷ボーイズで硬式野球を始めて主に遊撃手だった。

甲子園出場経験が無く、部員も20人ほどの多摩大聖ヶ丘高に進学し、1年春から内野のレギュラーに定着した。3年春に本格的にスイッチヒッターに転向すると才能が開花しプロからも注目される存在となった[2]

2006年9月25日のドラフト会議・高校生選択会議で大嶺祐太八重山商工)の交渉権を獲得できなかったソフトバンクから1巡目で指名され、同年10月19日に仮契約を結んだ。多摩大聖ヶ丘高は進学校であり、福田は同校初めてのプロスポーツ選手となった[3]

2006年の高校生ドラフトで指名された平成生まれの選手は福田の他に、オリックス・バファローズ延江大輔土井健大東京ヤクルトスワローズ山田弘喜の3人がいる。他の選手より早く仮契約を済ませ、福田は平成生まれのプロ野球選手第1号となった。1989年生まれとしては2004年ドラフト阪神タイガース辻本賢人が指名されているが、まだ昭和64年だった1月6日に生まれたため、平成生まれのプロ野球選手には該当しない。

プロ入り後[編集]

ビジターユニホーム姿の福田

同じく高校生ドラフトで指名された李秉諺伊奈龍哉に比べると体の線が細く、入団決定後に3人で雁ノ巣球場のチーム練習を見学した際に監督の王貞治から「福田はもっとめしを食え」と言われたほどである。その後は先輩・川﨑宗則を目指し、米飯の量を1合から2.5合に増やす等、体作りに力を入れていたという。

2008年は 8月2日に山形県野球場で行われたフレッシュオールスターゲームは三塁の守備で途中出場した[4]。10月4日のファーム日本選手権に8番二塁手として先発出場し、三塁打から得点を記録し、チームの日本一に貢献した[5]

2010年は4月に初めて1軍に昇格し、4月30日千葉ロッテマリーンズ戦で李ボム浩の代走として出場し、プロ初出場を記録した。5月22日広島東洋カープ戦には中堅手で初先発。梅津智弘から初安打となるタイムリーツーベースを放った。しかし、守備で転倒してしまうなどのミスを起こしてしまい、途中交代させられ、その後は主に代走要員として一軍に定着したが、わずか3盗塁に留まった。オフに左打ちに専念した。

2011年は開幕1軍を果たしたが、昨季同様シーズン序盤は代走要員からのスタートだった。4月30日のロッテ戦で初先発。長谷川勇也の打撃不振により、センタースタメンでの出場があり、当初は打撃・守備ともにアピールしていたが、初の経験である連日のスタメン出場による疲労によると思われる守備判断ミス(記録上はヒット)が見られるようになると再び長谷川に先発の座を奪われた。しかし多村仁志ホセ・オーティズ松中信彦内川聖一などの相次ぐ離脱もありレフトやライトでのスタメン出場機会を増やした。6月12日には一塁手としても先発出場している。7月10日のロッテ戦でホームスチールを成功させた。順風満帆に見えたシーズンだったが、7月14日東北楽天ゴールデンイーグルス戦でダイビングキャッチをした際右肩を亜脱臼し[6]、登録抹消。復帰後は再び主に指名打者や捕手への代走要員として出場していた。
終盤、9月6日北海道日本ハムファイターズ戦で久々のスタメン出場を果たしダルビッシュ有から長打2本を放ち、以降は再びスタメンで出場し続けるようになる。9月28日の日本ハム戦で初の3安打の猛打賞、9月30日埼玉西武ライオンズ戦で5回に西口文也からプロ初本塁打を放ち、7回には決勝点となる勝ち越し適時打を放つ活躍を見せた。[7] 10月1日の西武戦の6回1死2塁の場面で、先発岸孝之からショートの頭上を越す適時打を放って先制点を上げ、優勝が目前にせまった9回裏2死、代打浅村栄斗が放ったライトへの打球を捕球して優勝を決めた。

2013年は前年秋に手術した左膝の影響もあり、一軍デビュー以降では最少の33試合出場に留まった。しかし8月2日の埼玉西武ライオンズ戦では参考記録ながら広瀬叔功の日本記録に並ぶ31連続盗塁成功を記録[8] するなど、高い走塁技術は健在であることをアピールした。

2014年は背番号を31に変更した[9]。 8月13日に福岡市内の病院で右大腿骨外側膝蓋溝軟骨損傷による内視鏡下デブリードマン手術を受けると発表した[10]。さらに8月28日にも福岡市内の病院で左肩関節の内視鏡下バンカート手術を受けた[11]。長期リハビリを要して一軍出場なしに終わった。二軍では手術前時点の成績でリーグ2位の19盗塁を記録した(成功率90.5パーセント)[12]。オフの11月26日に背番号を37に戻した[13]

2015年、2月20日の春季キャンプ練習試合・対斗山ベアーズ戦で1番右翼手として先発出場し、約8ヶ月ぶりに実戦復帰を果たした[14]。3月23日のウエスタンリーグ対広島戦で帰塁の際に右手を負傷し、福岡市内の病院で検査の結果、右手第4指中節骨骨折と診断された[15]

プレースタイル[編集]

プロ入り前は高校通算38本塁打、50メートル走のタイムは6秒0、ベースランニング1周のタイムは14秒0の俊足だった[1][2]

2010年のオフから両打から左打に専念しているが、苦手意識のある左腕対策として、普段はベースラインぎりぎりに立っている打席を、左投手が相手の際はベースから少し離れて立つなど対応している[16]

人物[編集]

斎藤佑樹(北海道日本ハムファイターズ)とは、高校時代からの友人であり、お互いがプロになってからも遠征先で会食をする仲である[17]

プロ入り時の契約金で、病気で片足を失った父親のために義足を購入した[18]。また、当時のドラフト会議時には指名された選手の顔写真がモニターに表示されるが、中央球界では無名であったので、ドラフト1位の選手の中で唯一顔写真が表示されなかった。

ドラフト指名時の目標とする選手に当時ソフトバンクに所属していた川崎宗則を挙げた[3]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2010 ソフトバンク 44 29 23 15 6 2 0 0 8 3 3 0 4 0 2 0 0 8 0 .261 .320 .348 .668
2011 97 244 218 30 55 7 3 1 71 22 22 2 16 1 4 0 5 48 1 .252 .281 .326 .606
2012 63 55 53 12 10 1 0 0 11 5 13 0 1 0 1 0 0 18 0 .189 .208 .208 .411
2013 33 28 25 4 3 1 1 0 6 1 1 0 2 0 1 0 0 10 0 .120 .154 .240 .394
通算:4年 234 356 319 61 74 11 4 1 96 31 39 2 23 1 8 0 5 84 1 .232 .261 .301 .562
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 二塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 2 3 0 0 0 1.000 - 13 7 0 0 0 1.000
2011 22 74 7 0 5 1.000 - 75 115 3 0 2 1.000
2012 14 30 1 1 0 .969 1 0 0 0 0 .000 40 30 0 0 0 1.000
2013 - - 23 9 0 0 0 1.000
通算 38 107 8 1 5 .991 1 0 0 0 0 .000 151 161 3 0 2 1.000
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 37 (2007年 - 2013年 , 2015年 - )
  • 31 (2014年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 月刊ホークス2007年2月、P14
  2. ^ a b c d e ソフトB高校生1巡目福田/連載3 2006年12月5日 日刊スポーツ九州
  3. ^ a b ソフトB1巡目・福田「川崎2世」目指す 2006年9月26日 日刊スポーツ九州
  4. ^ 2008年8月2日(土) 山形タカスタ (2008フレッシュオールスター・ゲーム)
  5. ^ 2008年度ファーム日本選手権 試合結果
  6. ^ 福田が左肩負傷、戦線離脱へ スポーツニッポン 2011年7月14日付記事。
  7. ^ 福田が大仕事!ソフトバンク痛快逆転勝ちでM「1」! スポーツニッポン 2011年10月1日付記事。
  8. ^ 【ソフトB】福田31回連続盗塁成功 ニッカンスポーツ 2013年8月3日付記事。
  9. ^ 背番号について ソフトバンク球団公式サイト 2013年12月7日配信
  10. ^ 福田秀平選手の手術について ソフトバンク球団公式サイト 2014年8月13日配信
  11. ^ 福田秀平選手の手術について ソフトバンク球団公式サイト 2014年8月26日配信
  12. ^ 2014年度 ウエスタン・リーグ 【盗塁】 リーダーズ(打撃部門)
  13. ^ 背番号の変更について ソフトバンク球団公式サイト 2014年11月26日配信。
  14. ^ 8カ月ぶり実戦 1軍復活へ闘志 福田 2015年02月21日西日本スポーツ
  15. ^ ソフトB、高谷のインフル感染と福田の骨折を発表 2015年3月23日 日刊スポーツ
  16. ^ 「持ってる」22歳 福田連日のV打、そして“優勝球” スポニチ Sponichi Annex、2011年10月2日
  17. ^ 佑ちゃん親友・福田がダルからV打「自信になる」 スポニチ Sponichi Annex、2011年9月7日
  18. ^ ソフトバンク入団福田「父に義足を」 2006年12月11日 日刊スポーツ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]