福田秀平

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福田 秀平
福岡ソフトバンクホークス #37
SH-Syuhei-Fukuda.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市緑区(現:青葉区
生年月日 1989年2月10日(23歳)
身長
体重
181cm
74kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2010年4月30日
年俸 2500万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

福田 秀平(ふくだ しゅうへい、1989年2月10日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手外野手)。神奈川県横浜市緑区(現:青葉区)出身。愛称は「福ちゃん」。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] プロ入り前

多摩大聖ヶ丘高では、遊撃手のレギュラー。3年時の春に本格的にスイッチヒッターに転向して才能が開花した。

2006年の高校生対象のドラフト会議大嶺祐太八重山商工)の交渉権を獲得できなかったソフトバンクから1巡目で指名され、同年10月19日に仮契約を結んだ。なお多摩大聖ヶ丘高は進学校であり、福田は同校初めてのプロスポーツ選手である。契約金で、病気で片足を失った父親のために義足を購入した。当時のドラフト会議時には指名された選手の顔写真がモニターに表示されるが、中央球界では無名であったので、ドラフト1位の選手の中で唯一顔写真が表示されなかった。

2006年の高校生ドラフトで指名された平成生まれの選手は福田の他に、オリックス・バファローズ延江大輔土井健大東京ヤクルトスワローズ山田弘喜の3人がいる。他の選手より早く仮契約を済ませ、福田は平成生まれのプロ野球選手第1号となった。1989年生まれとしては2004年ドラフト阪神タイガース辻本賢人が指名されているが、まだ昭和64年だった1月6日に生まれたため、平成生まれのプロ野球選手には該当しない。

[編集] プロ入り後

同じく高校生ドラフトで指名された李秉諺伊奈龍哉に比べると体の線が細く、入団決定後に3人で雁ノ巣球場のチーム練習を見学した際に監督の王貞治から「福田はもっとめしを食え」と言われたほどである。その後は先輩・川﨑宗則を目指し、米飯の量を1合から2.5合に増やす等、体作りに力を入れていたという。

2010年は4月に初めて1軍に昇格し、4月30日千葉ロッテマリーンズ戦で李ボム浩の代走として出場し、プロ初出場を記録した。5月22日広島東洋カープ戦には中堅手で初先発。梅津智弘から初安打となるタイムリーツーベースを放った。しかし、守備で転倒してしまうなどのミスを起こしてしまい、途中交代させられ、その後は主に代走要員として一軍に定着したが、わずか3盗塁に留まった。オフに左打ちに専念した。

2011年は開幕1軍を果たしたが、昨季同様シーズン序盤は代走要員からのスタートだった。4月30日のロッテ戦で初先発。長谷川勇也の打撃不振により、センタースタメンでの出場があり、当初は打撃・守備ともにアピールしていたが、初の経験である連日のスタメン出場による疲労によると思われる守備判断ミス(記録上はヒット)が見られるようになると再び長谷川に先発の座を譲った。しかし多村仁志ホセ・オーティズ松中信彦内川聖一などの相次ぐ離脱もありレフトやライトでのスタメン出場機会を増やした。6月12日には一塁手としても先発出場している。7月10日のロッテ戦でホームスチールを成功させた。順風満帆に見えたシーズンだったが、7月14日東北楽天ゴールデンイーグルス戦でダイビングキャッチをした際右肩を亜脱臼し[1]、登録抹消。復帰後は再び主に指名打者や捕手への代走要員として出場していた(一塁手への代走要員は主に明石健志、外野手へは城所龍磨が送られることが多い)。
終盤、9月6日北海道日本ハムファイターズ戦で久々のスタメン出場を果たしダルビッシュ有から長打2本を放ち、以降は再びスタメンで出場し続けるようになる。9月28日の日本ハム戦で初の3安打の猛打賞。試合後の福岡Yahoo!Japanドームで初のお立ち台は、初々しい受け答えで観客の爆笑を誘った[2]9月30日埼玉西武ライオンズ戦で5回に西口文也からプロ初本塁打を放ち、7回には決勝点となる勝ち越し適時打を放つ活躍を見せ[3]、9月28日に続きお立ち台に立った。10月1日の西武戦の6回1死2塁の場面で、先発岸孝之からショートの頭上を越す適時打を放って貴重な先制点を上げ、優勝が目前にせまった9回裏2死、代打浅村栄斗が放ったライトへの打球を好捕して優勝を決めた。クライマックスシリーズにおいても第3戦で同点、サヨナラのホームを踏むなど、シリーズ優勝の立役者となった。

[編集] プレースタイル・人物

高校通算38本塁打。遠投は110メートルを超え、50メートル走のタイムは6秒ジャストと俊足でもある。

外野守備では飛球に思い切りよく飛び込む捕球スタイルがファンを沸かせている。

2010年のオフから両打から左打に専念しているが、苦手意識のある左腕対策として、普段はベースラインぎりぎりに立っている打席を、左投手が相手の際はベースから少し離れて立つなど対応している[4]

斎藤佑樹とは、高校時代からの友人であり、お互いがプロになってからも遠征先で会食をする仲である[5]

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2010 ソフトバンク 44 29 23 15 6 2 0 0 8 3 3 0 4 0 2 0 0 8 0 .261 .320 .348 .668
2011 97 244 218 30 55 7 3 1 71 22 22 2 16 1 4 0 5 48 1 .252 .281 .326 .606
通算:2年 141 273 241 45 61 9 3 1 79 25 25 2 20 1 6 0 5 56 1 .253 .285 .328 .613
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2010 2 3 0 0 0 1.000 13 7 0 0 0 1.000
2011 22 74 7 0 5 1.000 75 115 3 0 2 1.000
通算 24 77 7 0 5 1.000 88 122 3 0 2 1.000
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 37 (2007年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 福田が左肩負傷、戦線離脱へ スポーツニッポン 2011年7月14日付記事。
  2. ^ お立ち台では緊張…若手の明石と福田で4打点スポーツニッポン 2011年9月28日付記事。
  3. ^ 福田が大仕事!ソフトバンク痛快逆転勝ちでM「1」! スポーツニッポン 2011年10月1日付記事。
  4. ^ 「持ってる」22歳 福田連日のV打、そして“優勝球” スポニチ Sponichi Annex、2011年10月2日
  5. ^ 佑ちゃん親友・福田がダルからV打「自信になる」 スポニチ Sponichi Annex、2011年9月7日

[編集] 関連項目

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