内藤雄太

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内藤 雄太
横浜DeNAベイスターズ #39
YB-Yuta-Naito.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横須賀市
生年月日 1983年11月29日(28歳)
身長
体重
182cm
84kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手一塁手三塁手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2006年6月8日
年俸 1,750万円 (2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

内藤 雄太(ないとう ゆうた、1983年11月29日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手外野手)。

目次

[編集] 来歴

[編集] アマチュア時代

1983年横須賀市で生まれる。小学生時代は横浜スタジアムに通い、ある日試合前に「今日打ってくるからな」と声をかけてきた佐伯貴弘が逆転3ラン本塁打を放ち、それ以来ベイスターズと佐伯のファンになった[1][2]横浜商工高等学校では身長が180cmを超えて主軸を任されていたが2年秋の時点で体重が65kgと体型が細く、屈伸運動や毎日500本以上の素振りに取り組んで3年夏には72kgまで体重が増えた[3]。同年の神奈川県大会では桐光学園にベスト16で敗れたものの5試合で3本塁打を放ち、高校通算では23本塁打を記録した。

高校卒業後は八戸大学に進学し、同期には青山浩二がいた。大学では1年春からレギュラーとなり、2年秋から3季連続で北東北大学リーグの首位打者となる[4]。特に四番を務めた[5]3年の春と秋にはリーグ三冠王に輝き[4]、秋はMVPにも選出された。また、2004年全日本大学選手権では1学年上の三木均を擁してベスト4まで進んでいる。2005年日米大学野球選手権大会では武内晋一とともにクリーンナップを任され、大会タイ記録の打率.563で首位打者を獲得した[4]。また守備でも見せ場を作り、プロのスカウトから高い評価を受けたという[4]。大学通算27本塁打[6]を記録し、同年の大学・社会人ドラフト横浜ベイスターズに3巡目指名を受け、契約金年俸それぞれ8,000万円、1,400万円(いずれも推定)で入団した[7]

[編集] プロ入り後

2006年6月9日の対オリックス・バファローズ戦でプロ初安打を記録。2007年はファームで打率.216に終わるなど苦しいシーズンで一軍出場は無かった。2008年も一軍出場は無かった。二軍では主にクリーンナップで起用され、打率.261、10本塁打、44打点の成績を残した。

2009年、開幕6試合目で5番・一塁手スタメン起用されるなど長打力を期待され、主に左の代打の切り札として69試合に出場。新人王有資格者で最多の5本塁打を打ってブレークの一年となった。三塁手13試合、中堅手10試合、一塁手9試合、左翼手3試合、右翼手1試合で起用されていずれも無失策と、どの守備位置も無難にこなした。

2010年は開幕一軍入りを果たし活躍が期待されたが、打率1割台と結果を残せなかった。11月20日に行われた「2010シーレックスフェスタ」では、中日移籍が決まっていた佐伯と熱い抱擁を交わした。

2011年4月12日中日ドラゴンズとの開幕戦、4対4で迎えた9回裏1アウト1・3塁の場面で代打で出場し、浅尾拓也からサヨナラヒットを放ち、チームの8年振りの開幕戦勝利に導いた。その後のヒーローインタビューで涙を見せ「本当に、言葉が出ないぐらいうれしいです」「今までなかなか結果が出なかったけど、一生懸命やってきて良かった」と喜びをかみ締めた。その後も二軍落ちすることなくシーズンを一軍で過ごし、自己最高の数字を残した。また、守備では、これまでの外野、一塁、三塁に加え、セカンドを守ることもあり、練習ではキャッチャーマスクを被るなど、マルチな活躍を見せた。

バッティンググローブのリスト部分には、内藤尚行の愛称にちなんで「ギャオス」と刺繍されている。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2006 横浜 2 4 4 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .250 .250 .250 .500
2009 69 95 87 11 22 5 1 5 44 14 1 0 1 0 7 0 0 22 1 .253 .309 .506 .814
2010 32 35 32 0 4 0 0 0 4 2 0 0 2 0 1 0 0 12 2 .125 .152 .125 .277
2011 99 198 184 18 41 8 0 1 52 20 0 0 0 3 11 1 0 58 2 .223 .263 .283 .546
通算:4年 202 332 307 29 68 13 1 6 101 36 1 0 3 3 19 1 0 93 5 .221 .264 .329 .593
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 年度別守備成績


一塁 二塁 三塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2006 - - - 1 1 0 0 0 1.000
2009 9 32 2 0 1 1.000 - 13 6 4 0 0 1.000 14 6 0 0 0 1.000
2010 - - - 17 15 0 0 0 1.000
2011 13 46 4 1 5 .980 2 3 1 1 1 .800 - 49 57 1 0 0 1.000
通算 22 78 6 1 6 .988 2 3 1 1 1 .800 13 6 4 0 0 1.000 81 79 1 0 0 1.000
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 39 (2006年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ 読売新聞、2005年11月19日付朝刊、青森地方面
  2. ^ 月刊ベイスターズ、2009年7月号
  3. ^ 読売新聞、2001年7月26日付朝刊、神奈川地方面
  4. ^ a b c d 読売新聞、2005年7月16日付夕刊、P.2
  5. ^ 読売新聞、2004月6月1日付朝刊、青森地方面
  6. ^ 学院キャンパスだより 2006年6月12日
  7. ^ 読売新聞、2005年12月5日付朝刊、P.21

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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