黒羽根利規

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黒羽根 利規
横浜DeNAベイスターズ #9
20120503 Tosiki Kurobane, catcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2012年5月3日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市港南区
生年月日 1987年6月2日(27歳)
身長
体重
178 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2008年5月25日
年俸 1,200万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

黒羽根 利規(くろばね としき、1987年6月2日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手捕手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神奈川県横浜市港南区出身。高校時代は捕手として活躍した一方で、高校通算本塁打は1本に終わるなど、打撃は非力であった。

2005年高校生ドラフトで、横浜ベイスターズに3巡目で指名を受け入団。背番号は59に決まった。

プロ入り後[編集]

2006年 - 2010年
プロ入りから2年間は一軍出場がなかった。2008年5月25日の、対オリックス・バファローズ戦で、6回裏にマイク・ウッドの代打としてプロ初出場を果たした。この年は二軍で活躍し、フレッシュオールスターゲームにも選出された。2009年は、一軍で自己最多の10試合に出場。スタメンマスクも経験しプロ初安打も記録した。2010年は、8月21日の対広島東洋カープ戦においてプロ初打点を記録。この打点が決勝点となり、プロ入り初のヒーローインタビューも経験した。
2011年
開幕を二軍で迎えたが、8月11日に一軍登録され、細山田武史との併用でスタメンマスクを多く経験。最下位に沈むチーム状況の中、終盤は事実上の正捕手として起用されるなど自己最多の45試合に出場し、プロ初本塁打も記録した。しかし打率は.175と非常に低く、細山田の打率.208よりも下回った。
2012年
プロ7年目にして一軍開幕戦で自身初のスタメンマスクをかぶるなど、序盤はスタメンの機会が多かった。しかし、元々非力な打撃が不調に陥るなどの影響で、6月頃からはベテラン捕手の鶴岡一成に正捕手の座を奪われた。さらに、捕手の高城俊人が高卒ルーキーながら一軍に定着した8月以降は、おおむね二軍でのプレーを余儀なくされた。この年は前年に記録した低打率をさらに下回る打率.125を記録してしまった。これはこの年のDeNA投手陣の打率.110とあまり変わらない極度の低打率であった。
2013年
開幕を二軍で迎えたものの、高城と入れ替わる格好でシーズン後半に一軍へ昇格。鶴岡一成との併用でスタメンマスクを任される機会が増えたほか、30試合の出場で打率.267、2本塁打を記録するなど、課題であった打撃に改善の兆しが見られた。11月20日、背番号を9へ変更[1]
2014年
2年ぶりに開幕戦でスタメンマスクをかぶった。鶴岡一成が人的補償で移籍したこともあり正捕手となった。打率はを3割を超えるなど好調を保っていたが4月11日の対東京ヤクルトスワローズ戦の9回裏に死球を受け、途中交代。右手親指末節骨の骨折と判明し、翌12日に一軍登録を抹消された。[2]

プレースタイル・人物[編集]

黒羽根の打撃フォーム
(2012年3月10日、西武ドーム)

強気なリードとチーム屈指の強肩を売りとする一方で、高校時代から非力であった打撃を課題としており、2013年度終了時点で通算打率は.173と非常に低く、主に投手の前の8番を打つにもかかわらず通算出塁率も.232に留まっている。2012年は打率.125とDeNA投手陣の打率.110とあまり変わらない低打率を残してしまい、打撃の深刻な非力さを露呈してしまった。

上大岡小学校出身で上大岡ハンターズに所属していた。小学校6年生の時に、地元港南区で開催された三浦大輔のトークショーで三浦に直接花束を渡し、この時に「将来はプロでバッテリーを組みたい」と話した。2011年8月14日の一軍公式戦で三浦とのバッテリーが実現し、7回2/3を2安打無失点という内容となった。

また、2006年に開催された三浦と村田修一によるトークショーに三浦に電話で呼び出され、飛び入り参加している。

日大藤沢高校時代の監督の山本秀明は日藤OBでもある中日ドラゴンズ山本昌の実弟である。1年目のオフに山本昌、ヤクルトスワローズ館山昌平と3人で母校で自主トレも行った。

同僚だった杉原洋の紹介で知り合った女性と2012年1月に結婚した[3]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 横浜
DeNA
1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2009 10 10 10 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .100 .100 .100 .200
2010 17 28 27 3 5 1 0 0 6 2 0 0 1 0 0 0 0 4 0 .185 .185 .222 .407
2011 45 114 97 5 17 3 0 1 23 5 0 0 6 0 11 2 0 27 3 .175 .259 .237 .496
2012 61 119 112 6 14 4 0 0 18 5 0 0 2 1 4 1 0 26 3 .125 .154 .161 .315
2013 30 68 60 6 16 1 0 2 23 5 0 0 2 0 5 0 1 16 2 .266 .333 .383 .717
2014 109 374 326 32 86 10 0 2 102 24 1 2 17 2 24 1 5 78 10 .264 .322 .313 .635
通算:7年 273 714 633 52 139 19 0 5 173 36 1 2 28 3 44 4 6 154 18 .220 .276 .273 .549
  • 2014年度シーズン終了時
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績[編集]

捕手
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2009 .908 9 18 2 2 1 0 4 2 2 .500
2010 .981 13 47 5 1 0 1 6 3 3 .500
2011 .988 44 238 19 3 3 1 21 15 6 .286
2012 .983 58 253 30 5 4 3 28 17 11 .393
2013 .986 29 134 12 2 1 2 16 11 5 .313
通算 .983 152 690 68 13 9 7 75 48 27 .360
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 59 (2006年 - 2013年)
  • 9 (2014年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 背番号変更のお知らせDeNA球団公式サイト2014年11月20日配信
  2. ^ 【DeNA】黒羽根、親指骨折で登録抹消!全治1か月”. スポーツ報知 SPORTS HOCHI (2014年4月12日). 2014年4月27日閲覧。
  3. ^ 黒羽根 DeNA結婚第1号!北川景子似美女に一目ぼれ”. スポニチ Sponichi Annex (2012年1月11日). 2011年1月21日閲覧。
  4. ^ 週刊ベースボール2014年7月14日号97ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]