高宮和也

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高宮 和也
阪神タイガース #34
OB-Kazuya-Takamiya20110615.jpg
オリックス時代(2011年6月15日・神戸サブ球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府岸和田市
生年月日 1981年12月4日(32歳)
身長
体重
173 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 希望入団枠
初出場 2006年4月6日
年俸 1,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高宮 和也(たかみや かずや、1981年12月4日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手投手)。大阪府岸和田市出身。

来歴・人物[編集]

2005年オフ、大学・社会人ドラフト希望枠で横浜ベイスターズに入団。背番号は15

2006年春季キャンプでは大体大浪商高の先輩にあたる牛島和彦監督からフォークを伝授されるなど、即戦力として期待されていた。その後貴重な左投手として開幕1軍入りを果たす。4月6日の対中日戦の6回表に2番手として初登板し、先頭の立浪和義三振に仕留めたが、後続に打たれて敗戦投手になってしまう。その後も数試合に中継ぎ登板したものの、結果は残せなかった。しかし、4月20日の対広島戦でプロ初先発を務め、6回5失点ながら味方の援護で幸運な初勝利を手にした。以降、先発ローテーションに定着したがやはり結果は出ず。先発投手が不足していたことで辛抱強く起用してもらったが、6月17日に左手中指の捻挫で登録を抹消された。最終的な成績は2勝6敗、防御率は6.83と即戦力投手としての期待に応えることはできなかった。

2007年はリリーフとして22試合に登板したが、最後の4試合で10失点するなど内容は悪く、防御率7.71と結果を残せず、後半は二軍生活だった。6月24日の対オリックス戦では、5点リードの4回表に登板したが、グレッグ・ラロッカへの四球とタフィ・ローズの本塁打で2失点を喫し、1死も取れずに降板した。この高宮に対して、ハマスタWAVEで実況していた椎野茂が「水差し野郎」「そのまま鞄に荷物をまとめて横須賀(二軍の意)へでも行けと言われても仕方がありません」などの発言をしたことがネット上で話題になった。

2008年も、10試合に登板して防御率11.12と打ち込まれ、結果を残せなかった。2009年8月にサイドスローへ改造し、コントロールと変化球を徹底的に磨いた。9月にようやく昇格して主に中継ぎで起用された。2010年もリリーフで21試合に登板したが、防御率は5.23と今ひとつの成績に終わった。12月6日、寺原早人とともに山本省吾喜田剛と交換トレードでオリックス・バファローズへ移籍した。背番号は40

2011年は、キャンプ中に監督の岡田の勧めもありサイドスローから元のオーバースローに戻す[1]。その後は開幕一軍入りを果たすもビハインドでの登板が専らで、7月11日の対西武戦では文化放送戸谷真人が「火を消しに来たはずのファイヤーマンが、これはなんとガソリン担いで上がってきちゃいました」、また解説の豊田泰光も「恥ずかしいですよ、プロとして、プロのピッチャーとして」と発言。8月は2度の登板しかなく、同月4日の次は31日まで登板機会がなく、またその次の登板は9月21日までないなど、登板機会がなかなか得られなかった。それでも、20試合に登板して、失点を喫したのは4試合で、奪三振率は8.74など、まずまずの成果を残した。特に、WHIPは横浜時代よりも優秀な1.24を記録した。

2012年は主に二軍で過ごし、一軍では7月18日の対ソフトバンク戦で登板したのみであった。二軍戦ではリリーフで41試合に登板して3勝1敗3セーブ、防御率2.49の成績を残した。

2013年、1月11日に平野恵一のFA移籍に伴う人的補償で、阪神タイガースに移籍した。背番号は引き続き40となった。7月24日に出場選手登録され翌日のヤクルト戦に登板したが、1回3失点で降板し翌日に抹消された。ウエスタンリーグでは35試合に登板し、1勝3敗、防御率4.08に終わった。オフに、DeNAから移籍した鶴岡一成に背番号を譲り、34となった。

プレースタイル[編集]

横浜時代(2010年4月3日・神宮球場

2009年以前は、最速155kmのストレートを主体にしていたが、2009年の途中でサイドスローに転向してからは、ストレートの球速は平均140km/h前後と速球派の面影は無くなった。オリックス移籍後の2011年からは再びオーバースローに戻している。変化球は、スライダーフォークシュートなどを投げる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 横浜 18 8 0 0 0 2 6 0 1 .250 250 55.1 74 8 19 0 1 29 0 0 46 42 6.83 1.68
2007 22 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 91 18.2 27 4 9 0 2 12 3 1 16 16 7.71 1.93
2008 10 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 28 5.2 9 0 2 0 1 2 0 0 7 7 11.12 1.94
2009 11 0 0 0 0 0 1 0 2 .000 36 8.0 9 3 5 1 0 6 0 0 4 4 4.50 1.75
2010 21 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 56 10.1 18 0 1 0 5 11 0 0 7 6 5.23 1.84
2011 オリックス 20 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 96 22.2 22 0 6 0 4 21 0 0 10 10 3.97 1.24
2012 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 2 1 0 0 0 0 0 0 1 1 9.00 2.00
2013 阪神 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 6 1.0 3 2 0 0 0 1 0 0 3 3 27.00 3.00
通算:8年 104 8 0 0 0 3 7 0 10 .300 567 122.2 164 18 42 1 13 82 3 1 94 89 6.53 1.79
  • 2013年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2007年5月13日、対広島東洋カープ9回戦(横浜スタジアム)、5回裏に黒田博樹から中前適時打

背番号[編集]

  • 15 (2006年 - 2010年)
  • 40 (2011年 - 2013年)
  • 34 (2014年 - )

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]