高宮和也
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 横浜ベイスターズ #15 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府岸和田市 |
| 生年月日 | 1981年12月4日(27歳) |
| 身長 体重 |
173cm 73kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 2005年 希望入団枠 |
| 初出場 | 2006年4月6日対中日戦 |
| 年俸 | 960万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
高宮 和也(たかみや かずや、1981年12月4日 - )は、大阪府岸和田市出身のプロ野球選手。横浜ベイスターズ所属。ポジションは投手。ストレートが持ち味。他にチェンジアップ・スライダー・カーブなどを投げる。
目次 |
[編集] 経歴
2006年春季キャンプでは大体大浪商高の先輩にあたる牛島和彦監督からフォークを伝授されるなど、即戦力として期待されていた。その後貴重な左投手として開幕1軍入りを果たす。
4月6日の中日戦の6回表に初登板し、先頭の立浪和義を三振に仕留めたが後続に打たれて敗戦投手になってしまう。その後も数試合に中継ぎ登板したものの、いまいち結果は残せなかった。しかし4月20日に初めて先発登板し、6回5失点ながら味方の援護で幸運な初勝利を手にした。以降、先発ローテーションに定着したがやはり結果は出ず。先発投手が不足していたことで辛抱強く起用してもらったが、6月17日に左手中指の捻挫で登録を抹消されてしまった。最終的な成績は2勝6敗、防御率は6.83と即戦力投手としての期待に応えることはできなかった。
2007年はリリーフとして22試合に登板したが、最後の4試合で10失点するなど内容は悪く、防御率7.71と結果を残せず、後半は二軍暮らしだった。
6月24日に行われたオリックス戦では、リードした場面で登板したが、四球と本塁打で2点を取られ、1アウトもとれずに降板した。この高宮の投球に対して、ハマスタWAVEで実況していた椎野茂アナウンサーが「水差し野郎」「そのまま鞄に荷物をまとめて横須賀へでも行けと言われても仕方がありません」などの発言をしたことがネット上で話題になった。
2008年も、10試合に登板して防御率11.12と打ち込まれ、またしても結果を残せなかった。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | 横浜 | 18 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 6 | 0 | 1 | .250 | 250 | 55.1 | 74 | 8 | 19 | 0 | 1 | 29 | 0 | 0 | 46 | 42 | 6.83 | 1.68 |
| 2007 | 22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | ---- | 91 | 18.2 | 27 | 4 | 9 | 0 | 2 | 12 | 3 | 1 | 16 | 16 | 7.71 | 1.93 | |
| 2008 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 28 | 5.2 | 9 | 0 | 2 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 7 | 7 | 11.12 | 1.94 | |
| 通算:3年 | 50 | 8 | 0 | 0 | 0 | 3 | 6 | 0 | 4 | .333 | 369 | 79.2 | 110 | 12 | 30 | 0 | 4 | 43 | 3 | 1 | 69 | 65 | 7.35 | 1.76 | |
- 2008年度シーズン終了時
[編集] 個人記録
- 初登板 - 2006年4月6日対中日戦(横浜スタジアム)、6回表
- 初先発 - 2006年4月20日対広島戦(広島市民球場)
- 初勝利 - 同上
- 初ホールド - 2006年6月12日対オリックス戦(横浜スタジアム)
- フレッシュオールスター戦出場 - 2006年。(1投球回 2被安打 1与四死球 2自責点)
[編集] アマチュア時代の戦績・記録
- 1999年 - 全国高等学校野球選手権大会大阪府大会3回戦敗退。
- 2000年 - 明治神宮野球大会2回戦敗退、秋季中国地区リーグ優勝。
- 2003年 - 春季中国地区リーグベストナイン。
- 2004年・2005年 - 都市対抗野球2回戦敗退。
- 2005年 - IBAFワールドカップ・アジア野球選手権大会両日本代表。
[編集] 関連項目
|
|||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||

