高宮和也
| 阪神タイガース #40 | |
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横浜時代(2010年4月3日・神宮球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府岸和田市 |
| 生年月日 | 1981年12月4日(31歳) |
| 身長 体重 |
173 cm 73 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2005年 希望入団枠 |
| 初出場 | 2006年4月6日 |
| 年俸 | 1,300万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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高宮 和也(たかみや かずや、1981年12月4日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。大阪府岸和田市出身。
目次 |
来歴・人物 [編集]
2005年オフ、大学・社会人ドラフト希望枠で横浜ベイスターズに入団。
2006年春季キャンプでは大体大浪商高の先輩にあたる牛島和彦監督からフォークを伝授されるなど、即戦力として期待されていた。その後貴重な左投手として開幕1軍入りを果たす。4月6日の対中日戦の6回表に2番手として初登板し、先頭の立浪和義を三振に仕留めたが、後続に打たれて敗戦投手になってしまう。その後も数試合に中継ぎ登板したものの、結果は残せなかった。しかし、4月20日の対広島戦でプロ初先発を務め、6回5失点ながら味方の援護で幸運な初勝利を手にした。以降、先発ローテーションに定着したがやはり結果は出ず。先発投手が不足していたことで辛抱強く起用してもらったが、6月17日に左手中指の捻挫で登録を抹消された。最終的な成績は2勝6敗、防御率は6.83と即戦力投手としての期待に応えることはできなかった。
2007年はリリーフとして22試合に登板したが、最後の4試合で10失点するなど内容は悪く、防御率7.71と結果を残せず、後半は二軍生活だった。6月24日の対オリックス戦では、5点リードの4回表に登板したが、グレッグ・ラロッカへの四球とタフィ・ローズの本塁打で2失点を喫し、1死も取れずに降板した。この高宮に対して、ハマスタWAVEで実況していた椎野茂が「水差し野郎」「そのまま鞄に荷物をまとめて横須賀(スタジアム)へでも行けと言われても仕方がありません」などの発言をしたことがネット上で話題になった。
2008年も、10試合に登板して防御率11.12と打ち込まれ、結果を残せなかった。2009年8月にサイドスローへ改造し、コントロールと変化球を徹底的に磨いた。9月にようやく昇格して主に中継ぎで起用された。2010年もリリーフで21試合に登板したが、防御率は5.23と今ひとつの成績に終わった。12月6日、寺原早人とともに山本省吾・喜田剛と交換トレードでオリックス・バファローズへ移籍した。
2011年は、キャンプ中に監督の岡田の勧めもありサイドスローから元のオーバースローに戻す[1]。その後は開幕一軍入りを果たすもビハインドでの登板が専らで、8月は2度の登板しかなく、同月4日の次は31日まで登板機会がなく、またその次の登板は9月21日までないなど、登板機会がなかなか得られなかった。それでも、20試合に登板して、失点を喫した4試合以外では全て無失点に抑え、奪三振率は8.74など、まずまずの成果を残した。特に、WHIPは横浜時代よりも優秀な1.24を記録した。
2012年は主に二軍で過ごし、一軍では7月18日の対ソフトバンク戦で登板したのみであった。二軍戦ではリリーフで41試合に登板して3勝1敗3セーブ、防御率2.49の成績を残した。
2013年、1月11日に平野恵一のFA移籍に伴う人的補償で、阪神タイガースに移籍した。
プレースタイル [編集]
2009年以前は、ストレートを主体にしていたが、2009年の途中でサイドスローに転向してからは、ストレートの球速は平均140km/h前後と速球派の面影は無くなった。オリックス移籍後の2011年からは再びオーバースローに戻している。変化球は、スライダー・フォーク・シュートなどを投げる。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | 横浜 | 18 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 6 | 0 | 1 | .250 | 250 | 55.1 | 74 | 8 | 19 | 0 | 1 | 29 | 0 | 0 | 46 | 42 | 6.83 | 1.68 |
| 2007 | 22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | ---- | 91 | 18.2 | 27 | 4 | 9 | 0 | 2 | 12 | 3 | 1 | 16 | 16 | 7.71 | 1.93 | |
| 2008 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 28 | 5.2 | 9 | 0 | 2 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 7 | 7 | 11.12 | 1.94 | |
| 2009 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | .000 | 36 | 8.0 | 9 | 3 | 5 | 1 | 0 | 6 | 0 | 0 | 4 | 4 | 4.50 | 1.75 | |
| 2010 | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | ---- | 56 | 10.1 | 18 | 0 | 1 | 0 | 5 | 11 | 0 | 0 | 7 | 6 | 5.23 | 1.84 | |
| 2011 | オリックス | 20 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 96 | 22.2 | 22 | 0 | 6 | 0 | 4 | 21 | 0 | 0 | 10 | 10 | 3.97 | 1.24 |
| 2012 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 2.00 | |
| 通算:7年 | 103 | 8 | 0 | 0 | 0 | 3 | 7 | 0 | 10 | .300 | 561 | 121.2 | 161 | 16 | 42 | 1 | 13 | 81 | 3 | 1 | 91 | 86 | 6.36 | 1.67 | |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 投手記録
- 初登板:2006年4月6日、対中日ドラゴンズ3回戦(横浜スタジアム)、6回表に2番手で救援登板、2回1失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、6回表に立浪和義から
- 初先発・初勝利:2006年4月20日、対広島東洋カープ3回戦(広島市民球場)、6回5失点
- 初ホールド:2006年6月12日、対オリックス・バファローズ6回戦(横浜スタジアム)、6回表に2番手で救援登板、1回無失点
- 打撃記録
- 初安打・初打点:2007年5月13日、対広島東洋カープ9回戦(横浜スタジアム)、5回裏に黒田博樹から中前適時打
背番号 [編集]
- 15 (2006年 - 2010年)
- 40 (2011年 - )
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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