山崎憲晴

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山崎 憲晴
横浜DeNAベイスターズ #0
YB-Noriharu-Yamazaki.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県富士市
生年月日 1986年12月13日(25歳)
身長
体重
176cm
77kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 2008年 ドラフト3位
初出場 2009年4月3日
年俸 1,070万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

山崎 憲晴(やまざき のりはる、1986年12月13日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手内野手)。

目次

[編集] 経歴

小3から野球を始め、埼玉栄高校では2年秋の関東大会ベスト8が最高で甲子園出場はない。

横浜商大では1年春からレギュラー。職人肌の守備とシュアな打撃が評価され2、3年と大学日本代表に選ばれた。そして2006年日米大学野球で2ランを放つなど、実績を残した。

4年から主将としてチームを引っ張り、神奈川大学野球連盟での15季ぶりの優勝に貢献した。2006年、2008年春と、首位打者を2度記録。大学では早大(現・阪神タイガース)の上本博紀をライバルとしていた。

2008年ドラフトで横浜から3位指名を受け、12月4日に契約金6,500万円、年俸1,000万(金額は推定)で契約。

[編集] プロ入り後

主砲の村田修一を怪我で欠く非常事態のまま迎えた2009年4月3日の開幕戦では、同期の松本啓二朗と共に新人ながら、8番サードでスタメンに抜擢される(横浜で新人選手の開幕スタメンは38年ぶり)。5安打しか打てずに敗戦したチームであったが、センター・レフト・ライトへと打ち分けた山崎だけが孤軍奮闘。新人選手としては史上10人目となる開幕戦3安打猛打賞という最高のスタートを切った。おかげで村田不在という開幕からの15試合中、10試合でスタメン起用された。村田が戦列合流した4月22日以降は、主に代走や守備固めとして活躍した。

[編集] エピソード

  • 中学3年時の2月にネフローゼ症候群にかかっていたことが発覚し入院。それでも卒業式当日には退院したが、高校入学後半年間はグラウンドに立つことも無理だった。高校1年の秋から野球を再開することを許可され、それから野球に打ち込むうちにいつの間にか病気は完治し、その後も再発していないという。
  • 2010年3月8日、13歳年上の女性と入籍したと発表した。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2009 横浜 69 128 107 12 20 1 0 1 24 8 2 0 8 0 12 0 1 36 0 .187 .275 .224 .499
2010 49 36 35 6 6 2 0 0 8 2 0 0 0 0 1 0 0 9 0 .171 .194 .229 .423
2011 21 41 38 1 4 0 0 0 4 1 0 1 1 0 2 0 0 14 1 .105 .150 .105 .255
通算:3年 137 205 180 19 30 3 0 1 36 11 2 1 9 0 15 0 1 59 1 .167 .235 .200 .435
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 0 (2009年 - )

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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