円谷英俊
| 読売ジャイアンツ #001 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 神奈川県横浜市磯子区 |
| 生年月日 | 1984年9月17日(27歳) |
| 身長 体重 |
181cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 内野手 |
| プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2008年4月15日 |
| 年俸 | 380万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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円谷 英俊(つぶらや ひでとし、1984年9月17日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(内野手)。神奈川県横浜市出身。
目次 |
[編集] 来歴・人物
洋光台第一小1の時から「洋光台キングタイガース」で投手、内野手として野球を始める。横浜高では1年春からベンチ入りし、1年秋からレギュラー。2年夏に第83回全国高等学校野球選手権大会出場。青山学院大では1年春からベンチ入り。3年春に首位打者、3年春秋はベストナインを獲得。4年で大学全日本に選出。東都大学リーグ通算86試合出場、303打数87安打、打率.287、6本塁打、37打点。ベストナイン2回受賞。2006年の大学・社会人ドラフト4巡目で巨人に指名され入団。「友達・相棒」として、またゲンかつぎの意味も込め、大学3年時に知人から貰ったスヌーピーの縫いぐるみを同伴して入寮し話題となった。
2007年、春季キャンプでは一軍スタート。3月29日、千葉ロッテマリーンズ二軍とのイースタン・リーグ公式戦において大嶺祐太から、チームシーズン第1号となる初本塁打を放つ。三塁手としてほぼフル出場、打率.241、2本塁打を記録した。
2008年、シーズン初頭に初めて一軍に昇格したが、数日で二軍に戻る。二軍でも控えに回る不安定な立場となる。一時打率も2割前後と低迷。最終的には打率.262、2本塁打と昨季の二軍での成績を上回った。
2009年、初の開幕一軍入りも出場機会がないまま二軍降格。二軍でも打率2割台前半と低迷したが、一軍の二塁手、左打者不足で8月に一軍昇格。8月18日、プロ初安打となる本塁打を放ち、お立ち台も経験することとなった。同年4月に1歳年下の女性と結婚した。
2011年、一軍の怪我人続出により一軍昇格し、5月17日にロムロ・サンチェスから勝ち越し打を放つも、目立った活躍はこれだけで二軍落ち、8月に肩を痛めて治療を余儀なくされる。以降は二軍では山本和作や福元淳史が優先起用され出番は少なく、オフに肩の完治を目指し育成選手として再契約することになった。
[編集] プレースタイル
円谷という苗字から、登場曲にザ・サーフコースターズの「ウルトラQのテーマ」を使用していた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 巨人 | 6 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2009 | 1 | 2 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .500 | .500 | 2.000 | 2.500 | |
| 2010 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- | |
| 2011 | 13 | 20 | 17 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 5 | 0 | .118 | .211 | .176 | .387 | |
| 通算:4年 | 21 | 24 | 21 | 2 | 3 | 1 | 0 | 1 | 7 | 5 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 1 | 5 | 0 | .143 | .217 | .333 | .550 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2008年4月15日、対中日ドラゴンズ4回戦(ナゴヤドーム)、8回裏に三塁手として出場
- 初打点:2009年8月18日、対横浜ベイスターズ16回戦(東京ドーム)、6回裏に高崎健太郎から二塁ゴロの間に記録
- 初安打・初本塁打:同上、8回裏に加藤武治から右越3ラン
- 初先発出場:2011年5月15日、対広島東洋カープ6回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7番・三塁手として先発出場
[編集] 背番号
- 32 (2007年 - 2009年)
- 52 (2010年 - 2011年)
- 001 (2012年 - )
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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