大塚明
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| 千葉ロッテマリーンズ #23 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大分県別府市 |
| 生年月日 | 1975年4月28日(34歳) |
| 身長 体重 |
184cm 83kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 中堅手、左翼手 |
| プロ入り | 1993年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 1997年6月24日近鉄戦(千葉) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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大塚 明(おおつか あきら、1975年4月28日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(外野手)。
肩の故障のため強肩ではないが、外野守備の能力はチームでも突出している。打撃は広角に強い打球を飛ばすパンチ力と、初球からでも狙い球を絞って思い切りのいいスイングができるのが持ち味。
目次 |
[編集] 来歴・人物
1993年、別府羽室台高校からロッテにドラフト3位で指名され、内野手として入団(高校時代は投手)。当時の背番号は65。1997年、34盗塁を記録し、イースタンリーグ盗塁王を獲得する。 1999年に背番号を23に変更し、低打率ながら暫く3番打者を任されるなど、素材としては期待されていたが、同期や後輩が揃って高畠導宏打撃コーチの指導の下開眼していく中、取り残されていく。
また、右肩痛や2003年の左膝蓋部靭帯断裂など毎年のように故障にも苦しみ、不本意なシーズンを送っていたが、2004年に監督がボビー・バレンタインに交替すると、81打数ながら打率.272を記録、好転の兆しが現れはじめる。
2005年にはスタメン、代走、守備固めなどで出場試合数は96に増加。チーム31年ぶりのリーグ優勝に貢献した。しかし2006年は開幕から大不振に陥り(ただし自己最多の109試合に出場)、2007年は度重なる故障と守備の良い早川大輔がレギュラーに定着したこともあり、主に守備固めで49試合出場、打率.152に終わってしまった。
プロ13年目の2006年9月23日、対北海道日本ハムファイターズ戦でキャリア初のサヨナラヒットを放った。
2008年7月25日、対福岡ソフトバンクホークス戦で6回裏途中から初めて一塁手の守備についた(ホセ・オーティズの負傷退場により一塁を守れる内野手がいなくなったため)。なお、その試合は14-0で大敗している。
2008年はサブローの負傷や早川大輔の不調などもあり、103試合に出場。3年ぶりの本塁打も放った。この年国内FA権を取得したが、行使せず12月16日に来シーズン契約を結び残留した。
守備位置は主にセンターで、レフトも守る(かつてはライトも守っていた)。センターとしてはサブローとともにチーム1とも言える守備範囲を持っている。故障してからは肩は弱い選手の部類に入るが、送球に関しては腰の回転から体全体を使った基本に忠実なもので、状況に見合った堅実な送球と合わせ弱肩をカバーしている。犠牲フライ性の打球は内野手に素早く中継した結果、走者を足止め、あるいは刺す場面も多く見られる。スタメンでないときも守備固め、代走でチームに貢献することが可能な選手である。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | ロッテ | 28 | 62 | 53 | 7 | 10 | 1 | 1 | 2 | 19 | 8 | 2 | 1 | 2 | 1 | 4 | 0 | 2 | 11 | 0 | .189 | .267 | .358 | .625 |
| 1998 | 5 | 2 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .500 | .500 | .500 | 1.000 | |
| 1999 | 107 | 246 | 218 | 29 | 48 | 8 | 3 | 2 | 68 | 21 | 6 | 6 | 12 | 2 | 10 | 0 | 4 | 50 | 4 | .220 | .265 | .312 | .577 | |
| 2000 | 74 | 277 | 255 | 41 | 61 | 17 | 1 | 9 | 107 | 44 | 14 | 4 | 6 | 1 | 13 | 0 | 2 | 42 | 3 | .239 | .280 | .420 | .700 | |
| 2001 | 72 | 237 | 216 | 20 | 54 | 12 | 3 | 7 | 93 | 16 | 3 | 2 | 13 | 1 | 5 | 1 | 2 | 41 | 6 | .250 | .272 | .431 | .703 | |
| 2002 | 43 | 89 | 86 | 6 | 16 | 5 | 1 | 1 | 26 | 6 | 2 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 19 | 1 | .186 | .205 | .302 | .507 | |
| 2003 | 13 | 38 | 36 | 4 | 5 | 1 | 1 | 0 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 10 | 1 | .139 | .158 | .222 | .380 | |
| 2004 | 32 | 90 | 81 | 14 | 22 | 6 | 0 | 3 | 37 | 13 | 2 | 1 | 2 | 0 | 7 | 0 | 0 | 16 | 1 | .272 | .330 | .457 | .787 | |
| 2005 | 96 | 256 | 225 | 44 | 66 | 19 | 2 | 8 | 113 | 32 | 7 | 5 | 8 | 1 | 17 | 2 | 5 | 58 | 4 | .293 | .355 | .502 | .857 | |
| 2006 | 109 | 197 | 182 | 22 | 44 | 12 | 0 | 0 | 56 | 10 | 5 | 4 | 0 | 1 | 11 | 0 | 2 | 42 | 7 | .242 | .291 | .308 | .599 | |
| 2007 | 49 | 56 | 46 | 8 | 7 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 4 | 1 | 3 | 1 | 6 | 0 | 0 | 9 | 2 | .152 | .245 | .152 | .397 | |
| 2008 | 103 | 159 | 139 | 19 | 37 | 14 | 0 | 3 | 60 | 20 | 7 | 4 | 6 | 1 | 13 | 0 | 0 | 27 | 4 | .266 | .327 | .432 | .759 | |
| 通算:12年 | 731 | 1709 | 1539 | 214 | 371 | 95 | 12 | 35 | 595 | 172 | 53 | 28 | 53 | 10 | 89 | 3 | 17 | 326 | 33 | .241 | .288 | .387 | .675 | |
- 2008年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年度 | 外野 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 1997 | 25 | 39 | 0 | 1 | 0 | .975 |
| 1998 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 1999 | 103 | 125 | 2 | 1 | 0 | .992 |
| 2000 | 67 | 100 | 3 | 3 | 0 | .972 |
| 2001 | 68 | 105 | 1 | 1 | 0 | .991 |
| 2002 | 40 | 39 | 2 | 1 | 0 | .976 |
| 2003 | 13 | 17 | 0 | 1 | 0 | .944 |
| 2004 | 32 | 41 | 1 | 1 | 0 | .977 |
| 2005 | 93 | 144 | 2 | 0 | 2 | 1.000 |
| 2006 | 98 | 106 | 3 | 2 | 1 | .982 |
| 2007 | 46 | 42 | 1 | 1 | 1 | .977 |
| 通算 | 588 | 760 | 15 | 12 | 4 | .985 |
[編集] 記録
- 初出場:1997年6月24日、対近鉄バファローズ戦(千葉マリンスタジアム)・6回中堅手
- 初安打:1997年6月29日、対日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)・8回下柳剛から
- 初本塁打:1997年8月30日、対日本ハムファイターズ戦(千葉マリンスタジアム)・3回下柳剛から
- 初打点:同上
- 初サヨナラヒット:2006年9月23日、対北海道日本ハムファイターズ戦(千葉マリンスタジアム)・9回MICHEALから
[編集] 背番号
- 65(1997年 - 1998年)
- 23(1999年 - )
[編集] エピソード
- 野球界でファンとの接点にインターネットを用いた先駆者のひとり。公式ページには馬の事を語る専用ページがあるなど、競馬好きで知られる。
- 手術後、野球において必要とされる最低限の筋力を維持する為、年に数回ステロイドの間接注射を右肩に打っている。日本球界において医療目的のステロイド注射が許可されている数少ない事例である。
- 自分が打撃開眼した理由について肩をかばったフォームを挙げ、「日本人の監督なら認めてくれなかったのではないか」と発言するなど、バレンタイン監督に多大な恩義を感じている選手の一人である。
- 2003年までのヒッティングマーチは山手線の駅を上野から大塚まで歌うもの、2004年のヒッティングマーチは大塚愛の『さくらんぼ』(メロディーのみ演奏)だった。2005年以降は『GO!GO!オオツカアキラ』の大塚明体操(この応援方法自体は以前から存在した。大塚FC(現・徳島ヴォルティス)の応援より)が主流。またCHARCOAL FILTER(ヴォーカルの名前が大塚雄三で、やはり大塚繋がり)の『Brand-New Myself ~僕にできること』を打席登場曲として使用している。
- 2007年シーズン終了後に漫画を制作することを発表した。2005年から大塚自身が書き溜めていたものが採用されたもので、これはプロ野球現役選手初の試みである。
- 2008年7月5日、ホームのマリンスタジアムでビジターの黒ユニフォームを着用してプレイするという「ビジターナイトデイ」が行われた。試合前、大塚はただ一人通常のホームユニフォームで現れ、何食わぬ顔で外野ノック練習を行っていた。しばらく気が付いた様子もなかったが、場内アナウンスで「お呼び出しを申し上げます。大塚選手、大塚選手。ユニフォームが違います。至急お着替えください」と呼び出しを受け、ようやく大塚は事態を飲み込んだ。このときスタンドからは笑い声が起こり、大塚も後日自身のブログで「シートノック前にアナウンスされてはじめて気付いた」と述べ「まっ、また何やらかすか期待しててよ(笑)」とコメントしている[1]。
- ウェブコミック配信サイト『FlexComixネクスト』で2009年6月23日より連載されている漫画「Starting Over」(作画・指田行弘)の原作を担当している[2]。現役プロ野球選手が連載漫画の原作を担当するのは異例。才能が開眼しかけた矢先に戦力外通告を受けたプロ野球選手が、突如高校野球時代にタイムスリップするというストーリーで、自身の野球観・現役選手からの視点などが盛り込まれた内容となっている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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