増井浩俊
| 北海道日本ハムファイターズ #19 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 静岡県焼津市 |
| 生年月日 | 1984年6月26日(28歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 70 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2009年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 2010年4月9日 |
| 年俸 | 9,000万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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増井 浩俊(ますい ひろとし、1984年6月26日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
静岡県立静岡高等学校から駒澤大学へ進学。野球部では東都大学リーグ通算34試合登板し8勝12敗。その後東芝へ入社。野球部では絶対的エース磯村秀人の陰に隠れていたが、入社3年目の2009年に実力が開花、2009年のプロ野球ドラフト会議にて北海道日本ハムファイターズから5位で指名され入団。
プロ入り後 [編集]
2010年4月9日のソフトバンク戦でプロ初登板。4失点で敗戦投手となったが、それ以後も先発ローテーションの一員として起用され、4月27日のオリックス戦で7回1安打無失点と好投し、プロ初勝利を挙げた。また、5月13日の阪神戦ではプロ初安打と初打点を記録した。その後、右肩肩甲上神経炎により6月16日に出場選手登録を抹消され、8月後半に再登録されるも不振が続き9月前半に再度抹消された。11月8日には一般人女性と結婚[1]。
2011年は開幕からセットアッパーとして起用され、前半戦は防御率一点台前半の好成績を記録。けがのため欠場した馬原孝浩(ソフトバンク)の補充選手としてオールスターゲーム初出場を果たし[2]、第2戦で4番手として登板した[3]。 その後もセットアッパーとしてシーズンを乗り切り、リーグ3位の34HP、防御率も1点台と飛躍の年となった。また、背番号も43から同年限りで退団した林昌範(現・DeNA)が着用していた19に変更された。
2012年もセットアッパーとして起用されたが、5月2日に抑えの武田久が右膝の故障により戦線を離脱したため、その間は抑えを担うこととなり、抑えとして初登板した5月6日に初セーブをあげた[4][5]。武田の復帰後は再びセットアッパーに戻り、6月・9月に疲労の蓄積で不調に陥りながらも、最終盤には持ち直し、共にパ・リーグ新記録となる45ホールド・50ホールドポイントを挙げ最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した。
プレースタイル・人物 [編集]
オーバースローから平均球速約148km/h[6]、最速155km/hのストレートと、落差の大きいフォークボールを軸にスライダーを操り、稀にカーブも投げる。
2010年には60回0/3で35与四死球を記録した制球難が課題であったが、セットアッパー転向後は改善傾向にある。
マグロで有名な焼津出身なので、練習用のグラブにはマグロのマークが刺繍されている[4]。
高校の同級生に女優の原田夏希がいる。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 日本ハム | 13 | 13 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 0 | 0 | .429 | 274 | 60.0 | 62 | 9 | 31 | 0 | 4 | 34 | 5 | 0 | 31 | 29 | 4.35 | 1.55 |
| 2011 | 56 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 34 | .000 | 216 | 53.2 | 38 | 2 | 19 | 1 | 0 | 58 | 3 | 1 | 11 | 11 | 1.84 | 1.06 | |
| 2012 | 73 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 5 | 7 | 45 | .500 | 298 | 71.2 | 65 | 2 | 25 | 2 | 0 | 65 | 4 | 0 | 26 | 22 | 2.76 | 1.26 | |
| 通算:3年 | 142 | 13 | 0 | 0 | 0 | 8 | 13 | 7 | 79 | .381 | 788 | 185.1 | 165 | 13 | 75 | 3 | 4 | 161 | 12 | 1 | 68 | 62 | 3.01 | 1.29 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
タイトル [編集]
- 最優秀中継ぎ投手:1回 (2012年)
表彰 [編集]
- パ・リーグ特別表彰:1回 (2012年[7])
記録 [編集]
- 投手記録
- 初登板・初先発:2010年4月9日、対福岡ソフトバンクホークス4回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、6回7安打4失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、1回裏に川崎宗則から見逃し三振
- 初勝利・初先発勝利:2010年4月27日、対オリックス・バファローズ6回戦(札幌ドーム)、7回1安打無失点
- 初ホールド:2011年4月15日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(札幌ドーム)、8回表に2番手で救援登板、1回無失点
- 初セーブ:2012年5月6日、対オリックス・バファローズ9回戦(札幌ドーム)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
- 打撃記録
- その他の記録
- シーズン通算45ホールド:2012年シーズンに記録。パ・リーグ記録。
- シーズン通算50ホールドポイント:2012年シーズンに記録(救援勝利5、45ホールド)。パ・リーグ記録。
- オールスターゲーム出場:1回 (2011年)
背番号 [編集]
- 43 (2010年 - 2011年)
- 19 (2012年 - )
脚注 [編集]
- ^ サンケイスポーツ 日本ハム・増井が結婚「野球に打ち込める環境整った」
- ^ 馬原が球宴辞退 ハム2年目右腕が代役で初出場 スポーツニッポン 2011年7月20日付記事
- ^ 馬原の“代役”増井 全球直球勝負!150キロ台連発 スポーツニッポン 2011年7月23日付記事
- ^ a b 日刊スポーツ大阪版・特報版 2012年5月7日付 6版5面「久離脱で守護神大役ドキドキ F増井プロ初S」より
- ^ 新守護神・増井プロ初セーブ「これからも激しい投球で」 - スポニチ,2012年5月7日
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、24頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ ホールドと、ホールドポイントの両方でパ・リーグのシーズン新記録を樹立したため[1]。
関連項目 [編集]
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