横浜銀蝿

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THE CRAZY RIDER
横浜銀蝿
ROLLING SPECIAL
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
活動期間 1980年 - 1983年
1998年 - 現在
レーベル キングレコード(1980年 - 1983年)
ビクターエンタテインメント(1998年)
シルバーレコード(2000年~) 
事務所 嵐レコード
公式サイト 横浜銀蝿オフィシャルサイト
メンバー
(Drums・リーダー)
(Vocal&Guitar)
TAKU(Bass)
Johnny(Guitar)

横浜銀蝿(よこはまぎんばえ、THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL、TCR横浜銀蝿RS)は、日本ロックンロールバンド1983年に一度「解散」したが、1998年に活動再開した。

目次

[編集] 概要

リーゼントの髪形にサングラス、ライダー革ジャン、白いドカン(ズボン)という独特の服装をギミックとして登場。「ツッパリ」、「暴走族」といった当時の時代風潮に乗り一気に若者の人気を獲得した。

楽曲としては、4人で演奏するシンプルなロックンロール、バラードなどから、笑いを誘うコミックソングまで幅広いものがある。

[編集] 来歴

  • 1979年9月21日 - 翔、Johnny、TAKU、嵐の4人でバンドを結成。正式名称は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」。「TCR横浜銀蝿RS」とも表記する。
  • 1980年9月21日 - アルバム『ぶっちぎり』、シングル『横須賀Baby』の同時発売でデビュー。
  • 銀蝿一家」として、弟分グループ「紅麗威甦」(ぐりいす-杉本哲太在籍)、嶋大輔、妹分アイドルの岩井小百合などがデビュー。
  • 1983年7月23日、テレビドラマザ・サスペンス・川崎探偵団』に出演。
  • 1983年12月31日 - 解散。
  • 1998年1月1日 - 「横浜銀蝿」として翔、TAKU、嵐の3人で再結成。
  • 2002年 - 7月23日に「横浜銀蝿」解散。同日に「湘南銀蝿」結成。以降、同年9月22日に解散するまで翔、TAKU、嵐の3人もそれぞれ「シャーク」、「サンセット」、「ヤシの実」と名乗り夏季限定の音楽活動を行う。解散後の翌日から「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL RETURNS」の名称で活動再開した。
  • 2006年6月9日「結成25周年記念コンサート」を横浜BLIZで行い再々始動。2010年にデビュー30周年を迎えた。

[編集] 不祥事

1997年に翔が覚せい剤取締法違反で逮捕され不起訴処分となったが、1999年にも同取締法違反の罪で再び逮捕され1年4ヶ月の実刑判決をうけた。さらには2003年4月24日に覚せい剤取締り法違反で現行犯逮捕警視庁北沢署によると同署員が渋谷区内で路上駐車していた不審な車を見つけ職務質問し車内を捜索したところ、所持していたバッグから覚せい剤数グラムを発見、現行犯逮捕した。3度目の逮捕の際に責任を感じたのか、実兄である嵐が髭を剃り、坊主頭となった。

また嵐はTBSテレビ『サンデージャポン』で、三田佳子の次男・高橋祐也が再犯で逮捕されたことに関連してコメントを求められた際、再犯の可能性を確認するために翔に対して尿検査を頻繁に行わせている事や、自身や家族も覚せい剤についての勉強をしている事を告白し、家族の協力の必要性も訴えた。

なお、横浜銀蝿はかつて「覚せい剤撲滅キャンペーン」でイメージキャラクターを勤め、当時の中曽根康弘首相に総理官邸に招かれたことがある。その際の事をマッド・アマノが「つっぱり内閣」とパロディー化した。

[編集] メンバー

楽曲の多くに作詞・作曲で名を記す。メインボーカリスト。神奈川県立柏陽高等学校関東学院大学卒業[1]覚醒剤使用で1997年、1999年、2003年に逮捕される。またタレントしても活動し、90年代後半にものまね王座決定戦によく出演しており、審査員や司会者も勤めた。
  • Johnny(ジョニー、本名:浅沼 正人、1958年5月9日 - ) - ギター、ボーカル
神奈川県立柏陽高等学校神奈川大学卒業[1]。グループ所属中もソロでレコードリリースなどの活動をしていた。メンバーの中で一番人気があり、バレンタインデーにはトラック何台分もの大量のチョコレートが贈られ、本人はその事が不思議だったらしく、大量のチョコレートを見て「この国はどうなってるんだ?」と思ったと言う。解散後もソロ活動を継続した後、1988年にキングレコードに就職。中山美穂的場浩司らをディレクターとして手掛け、2002年からは「ベルウッドレコード」プロデューサー。1998年の再結成には、復活第一弾アルバム『ぶっちぎりVII』のレコーディング及びCD・ライヴパンフレット用の写真撮影のみに参加し、ライヴは本業が多忙なために不参加、以降は一切参加していない。2007年1月まで、インディーズバンドを支援する「YOKOHAMA FACTORY」を展開した。
中央大学中退[1]。 初期の槇原敬之のCD製作や、TV版天地無用!(ねぎしひろし監督版)の主題歌を歌っていたSONIAのプロデュースに関わっており、クレジットに名前が掲載されている。
最年長者。リーダーで、翔の実兄。キャンディーズのランこと伊藤蘭のファンだったことから、これをもじって「嵐」と名乗った。血液型AB型。数曲の作者として「タミヤヨシユキ」名でクレジットされている。2001年第19回参議院議員通常選挙自由連合公認で比例代表区から立候補したが、メンバー並びに業界関係者の応援空しく落選。2004年脳梗塞にかかり、開頭手術を受けた。2006年6月9日の結成25周年記念コンサートでは、デビュー曲「横須賀Baby」を演奏したが、現在リハビリ中。相模工業大学附属高等学校卒、関東学院大学中退[1]。キャラクターと違い声は甲高く柔らかい人物とされる。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

  1. 横須賀Baby (1980年9月21日)
    (c/w ぶっちぎり Rock'n Roll)
  2. ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編) (1981年1月12日)
    (c/w I Love 横浜)
  3. 羯徒毘璐薫'狼琉 (1981年6月23日)
    (c/w D.J.Rock'n Roll-2)
  4. ツッパリHigh School Rock'n Roll (試験編) (1981年10月7日)
    (c/w 夕立ちRock'n Roll(松竹映画『北斎漫画』イメージソング))
  5. お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラー (1982年2月24日)
    (c/w It's only Rock'n Roll集会のテーマ(のれのれRock'n Roll))
  6. あせかきベソかきRock'n Roll run (1982年10月19日)
    (c/w 夜に抱かれてHighway騎士/尻取りRock'n Roll III)
  7. おまえにピタッ! (1983年7月27日)
    (c/w 土曜の夜だぜ!!)
  8. 哀愁のワインディングロード (1983年12月5日)
    (c/w スイート リトル キッス)
  9. RUNNING DOG (1998年1月1日)
    (c/w ツッパリ High-School Rock'n Roll[復活編])
  10. 成りあがり (2000年11月9日)
    (c/w Little Sweet Devil/夏のフィルム/STAY WITH ME/俺たちのグラフィティードリーム)
  11. Forever (2000年7月20日)
    (c/w V.I.P/KING OF ROCK'N ROLL/親父)
  12. 平成自動車SHOW歌 (2002年1月19日)
    (c/w Never Give Up! (MARK II)/男の勲章2002/ジェームスディーンのように2002/輪唱Rock'n Roll 象さんの唄(熱唱編))
  13. 渚のC.C.C. (2002年7月20日)
    (c/w PIONEER-MOSS/I call your name/湘南シャイニングラブ/無口でゴ・メ・ン)
  14. 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ (2002年9月21日)
    (c/w スモーキン’ブギ/トラック・ドライヴィング・ブギ/愛しのティナ)

[編集] オリジナルアルバム

デビューシングル「横須賀Baby」と同時リリースされた1stアルバム。バイクのエンジン音(排気音)から始まるオープニングの「ぶっちぎりRock'n Roll」はシングル「横須賀Baby」のB面の曲。「そこのけRock'n Roll」(TAKUがボーカル)や、「尻取りRock'n Roll」など演奏時間が極端に短い(1分未満)ものもあり、全11曲の合計時間が30分に満たない。ピアノが少々聞こえるのみで基本的には4パートによるシンプルな演奏だが、いわゆる「ロックンロール」色を前面に出すためかベースの録音が大きいのがこのアルバムに限らず彼らの特徴である。
セカンドシングル「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」と同時発売。シングルと共にアルバムもヒットし、オリコンのアルバムレコード売り上げで1位を獲得した。彼らのシングルA面の多くはアルバムに収録されていない中で唯一「お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラー」(1982年2月24日発売)のみが本アルバムに収録されている(シングルとは別アレンジ)。但しこれは唯一のちにシングルカットになった楽曲で、シングルのA面をアルバムにいれないことを公言していた彼らにとっては極めて異例のことである。「DJ Rock'n Roll」は演奏時間6分以上の長い曲。といっても曲とは言えず題名のとおり4人のDJを収録したもの。
  • 1981年7月7日 - 仏恥義理蹉䵷怒(「ぶっちぎりさあど」と読む)
「♀大好きRock'n Roll」、「ビニボンRock'n Roll」、「なぞなぞRock'n Roll」といったコミックソングが目立つが、正統派ロックンロールの「ゆれてゆられてLonely night」や、「ゆくさきゃ横浜」、「雨の湘南通り」など哀愁を誘う曲もある。TAKUの作による曲は本アルバム以外にもあるが、「Drive OnシャカリキカリキのRock'n Roll is大好き」はTAKUのボーカルである。本作あたりから、Johnny、TAKUも作詞・作曲に名を連ねることが多くなってきている。
シングル「お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラー」と同時発売。「銀ばるRock'n Roll」が収録されているが、初期の頃のロックンロール色が段々と少なくなりつつある頃の作品。「純なお前にRock'n Roll」はJohnnyがアルバム中で初めてメインボーカルを務めた曲。またアルバム収録初のインストゥルメンタルである「渚のサーフロード」などが収録されている。
バンドとして最後のオリジナルアルバム。本アルバムでは嵐、Johnny、TAKUの3人がメインボーカルを務めた曲がそれぞれ一曲ずつ収録されている。メンバー4人全てがメインボーカルを務めたアルバムはこれが初めて。前作よりもさらにロックンロール色が薄くなり、様々なタイプの歌謡曲の集合である。
解散まで一ヶ月を切ったタイミングでリリースされたアルバム。これまでのアルバムタイトルが自動車のトランスミッションにおける1速、2速、3速、4速、5速までを表しているのに続いて「R(リバース):後進」をタイトルにしている。横浜銀蝿のメンバーが作詞・作曲し、銀蝿一家のグループ(横山みゆきやアキ&イサオは正式には銀蝿一家ではないが)に提供している曲を、翔のDJにより紹介してゆく形式のアルバム。

[編集] ベストアルバム

タイトル 発売日
1 ぶっちぎりベストコレクション 1982年12月21日
2 ぶっちぎりベストコレクションVol.2 1983年12月21日
3 横浜銀蝿 THE BEST 1984年11月21日
4 ORIGINAL1 1990年5月21日
5 ORIGINAL2 1990年5月21日
6 ORIGINAL3 1990年9月21日
7 ORIGINAL5 1991年1月1日
8 シングルス1 1994年11月23日
9 シングルス2 1994年11月23日
10 完全復刻盤 スーパースペシャル 上 1998年1月21日
11 完全復刻盤 スーパースペシャル 下 1998年1月21日
12 スペシャルメモリーズ 1999年7月23日
13 ぶっちぎり総集編 壱 2000年4月21日
14 ぶっちぎり総集編 弐 2000年6月21日
15 ぶっちぎりBest Vol.1~シングルセレクション 2005年5月18日
16 ぶっちぎりBest Vol.2~横浜銀蝿/2セレクション 2005年5月18日
17 ぶっちぎりBest Vol.3~ぶっちぎりセレクション 2005年5月18日
18 COMPLETE BOX 完 2010年8月4日

[編集] ライブアルバム

タイトル 発売日
1 東映ドキュメント映画「ぶっちぎり」オリジナル・サウンドトラック盤 1981年11月5日
2 銀蝿一家祭 1983年12月15日
3 散る。ぶっちぎりFINAL COUNT 10 1984年2月24日
4 ORIGINAL4 1990年9月21日
5 熱狂!千葉ライブ1 1994年11月23日
6 熱狂!千葉ライブ2  1994年11月23日
7 仏恥義理 前夜祭 -横浜銀蝿30周年記念ライブ-  2011年3月25日

[編集] その他アルバム

タイトル 発売日
1 Johnny VS 横浜銀蝿 1984年11月21日
2 ぶっちぎり おっ!宝盤 1999年10月
3 ぶっちぎり"It's only KARAOKE 集会" 2000年9月21日
4 ぶっちぎり鹿馬〜リーゼントロックンロール大全集〜 2003年4月23日

[編集] 映像作品

1 東映ドキュメント映画「ぶっちぎり」 1983年
2 銀ばるっきゃない 1983年
3 散る。ぶっちぎり FINAL COUNT 10 1984年
4 銀蝿一家祭 1984年
5 ぶっちぎり~生誕編~ 1993年
6 ぶっちぎり~燃焼(前篇)~ 1993年
7 ぶっちぎり~燃焼(後篇)~ 1993年
8 ぶっちぎり~完全燃焼篇~ 1993年
9 Evolution Tour'98 1998年
10 Evolution Tour Vol.1 2006年
11 ぶっちぎりコレクション 2006年
12 ロックンロールカーニバル2005~2006 2006年
13 ロックンロールカーニバル-川崎直撃2006- 2007年
14 THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL RETURNS ~ぶっちぎりロックンロール集会~ 2008年
15 横浜銀蝿 30周年記念ライブ仏恥義理 前夜祭 ~映像編~ 2011年

[編集] タイアップ一覧

曲名 タイアップ
横須賀Baby 東映ドキュメント映画「ぶっちぎり」主題歌
夕立Rock'n Roll 北斎漫画イメージソング
おまえにピタッ! カネボウ化粧品「パウダーチェンジピタッ!」イメージソング
土曜の夜だぜ!! TBS「川崎探偵団」挿入歌
RUNNING DOG フジテレビめちゃ×2イケてるッ!エンディングテーマ

[編集] 他アーティストによるカバー

  • ぶっちぎりRock'n Roll
紅麗威甦がアルバム「ヨ・ロ・シ・ク壱」の中でカバー。(1982年1月20日)
嶋大輔がシングル「男の勲章」のカップリング曲としてカバー。(1982年4月28日)
麗灑がアルバム「薫婬蝿いち」の中でカバー。(1982年)
石橋貴明とんねるずのみなさんのおかげですの「メリケンキッズ」の中でコーナーのラストに歌った。
  • Happy Birthday
横山みゆきがアルバム「セカンド」の中でカバー。(1980年)
嶋大輔がアルバム「大輔命II」の中でカバー。(1982年11月)
  • しりとりRock'n Roll
小泉今日子がアルバム「ナツメロ」の中でカバー。(1988年12月17日)
HI-PRIXがダウンロードシングルでカバー。(2008年11月26日)
安田成美トヨタシエンタ」のCMで歌った。(2008年)
  • ツッパリHigh School Rock'n Roll 登校編
土屋アンナユニクロのCMで歌った。(2002年)
えなりかずきが「新堂本兄弟」で歌った。(2005年5月1日)
メロン記念日が「歌ドキッ! 〜ポップクラシックス〜」で歌った。(2007年1月31日)
新垣結衣が「十六茶」のCMで通勤編を踊りと共に歌った。(2011年)
  • その他にも銀蝿一家によって多数カバーされている。

[編集] 楽曲提供

  • 西城秀樹
  • とんねるず
  • 紅麗威甦
    • しりとりRock'n Roll(お弁当のおかず編)(1982年1月20日) - 作詞/作曲/編曲:横浜銀蝿
  • 三原順子
    • だって・フォーリンラブ・突然(1982年5月21日) - 作詞:横浜銀蝿・山田麗子/作曲:TAKU/編曲:中島正雄
    • ほ・ど・ほ・どマイダーリン(1982年5月21日) - 作詞:横浜銀蝿/作曲:TAKU/編曲:中島正雄
  • 麗灑
    • 小噺Rock'n Roll(1982年10月) - 作詞/作曲/編曲:横浜銀蝿

[編集] タイピングソフト

  • タイピング 横浜銀蝿 仏恥義理(2001年2月22日、ホロン

[編集] コンサート

[編集] 出版物

[編集] 著書

  • おちこぼれ宣言(1981年、立風書房
  • ツッパリ激論集 全開バリバリ(1981年、小学館
  • あ・ば・よ お前らみんなマブかった(1983年、集英社

[編集] 写真集

  • ぶっちぎり(1981年、シンコー・ミュージック
  • 銀蝿一家写真集 銀ばる(1982年、小学館)
  • 横浜銀蝿解散写真集 完全燃焼 (1983年、小学館)

[編集] バンドスコア

  • ぶっちぎり(1981年、音春)
  • ぶっちぎりII(1981年)
  • 仏恥義理蹉あ怒(1981年、音楽春秋)

[編集] 関連書籍

  • ツッパルなら勝て! わたしはこうして横浜銀蝿一家を育てた 大坂英之著(1983年、ゴマ書房

[編集] 出演

[編集] 映画

  • 東映ドキュメント映画「ぶっちぎり」(1981年)
  • 白蛇抄(1983年)

[編集] ドラマ

[編集] 音楽番組・バラエティ

[編集] ラジオ

[編集] 銀蝿一家

[編集] ソロ

[編集] バンド

  • 紅麗威甦 (グリース) - 杉本哲太、桃太郎、Mitz(ミッツ)、Leer(リー)
  • BLACK SATAN (ブラックサタン) - 紅麗威甦の杉本哲太の脱退により、ギターの麻生仁、ドラムの田口オサム、が加入した5人組のロックバンド。2005年に新ボーカル「森一馬」を迎えて新生BLACK SATANが活動を再開。解散から18年ぶりにワンマンライブを「赤坂MOVE」、「L@N Akasaka」で行い、2006年4月5日に約20年ぶりにライブアルバムを、株式会社エクスプロージョンエンタテインメントよりリリース。「BLACK LABEL」を立ち上げる。ブラックサタンオフィシャルサイト
  • WALTHER

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d 黒船テレビ「横浜城」2010年9月8日配信分にて嵐がメンバー全員の出身大学を発言。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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