全日本実業団対抗女子駅伝競走大会

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全日本実業団対抗女子駅伝競走大会
(クイーンズ駅伝 in 宮城)
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開始年 1981年昭和56年)
主催 日本実業団陸上競技連合
参加チーム数 27
加盟国 日本の旗 日本
前回優勝 デンソー(初)
最多優勝 三井住友海上(7回)
サイト 全日本女子駅伝 (日本語)
備考 宮城コース:google マップ
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全日本実業団対抗女子駅伝大会(ぜんにっぽんじつぎょうだんたいこうじょしえきでんたいかい)は、例年12月日本実業団陸上競技連合が主催し、毎日新聞社TBSが共催する、「実業団・女子日本一決定戦」という位置づけの駅伝大会である。公式愛称は「クイーンズ駅伝 in 宮城」。

2011年平成23年)より、宮城県の「日本三景松島」をスタートして「杜の都仙台」にゴールする、仙塩地区縦貫42.195kmのコースで開催されている[1]

概要[編集]

1981年昭和56年)12月に第1回大会が開催された。当時は男子の大会と同時開催で、地域対抗(東日本、中部、北陸、関西で選抜チームを編成)で争われていた。コースは、三重県伊勢市伊勢神宮外宮(豊受大神宮)前をスタートし、鳥羽市がゴールだった。

1983年(昭和58年)の第3回大会から女子単独となり、岐阜県岐阜市周辺(岐阜都市圏)で開催されるようになった。愛称は「ぎふ女子駅伝」。コースは岐阜市の長良川陸上競技場をスタートし、瑞穂市および安八町を経て大垣市内を巡り、ほぼ同じ道を戻って長良川陸上競技場にゴールする6区間42.195kmだった。

2011年平成23年)の第31回大会からは、宮城県松島町をスタートして利府町塩竈市多賀城市を経て仙台市に入り、仙台市都心部長町副都心を周回して仙台市陸上競技場にゴールする、仙塩地区縦貫42.195kmのコースで開催されている[1][2]2012年(平成24年)11月5日、公式愛称が「クイーンズ駅伝 in 宮城」に決定したと発表された[3]

なお、仙台市では10月全日本大学女子駅伝対校選手権大会杜の都駅伝)も開催されており、実業団と大学の各々の女子駅伝日本一を決める大会が宮城県に集約されている。

コース及びその区間の特徴[編集]

宮城コース(2011年〜)[編集]

2010年平成22年)11月19日、翌年の第31回大会から仙台市を中心に宮城県で開催すると発表された[2]2011年平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生したため開催が危ぶまれる事態となったが、7月28日に記者会見で予定通りの開催決定とコース概要が発表された[4]。また、「復興祈念大会」として開催され[5]、「全日本実業団女子駅伝2011」応援ソングとして平原綾香の「結晶」が使用された[6]。復興支援活動「ハートフルプロジェクト」により、ハートをあしらった応援グローブが無料で配布されており、観衆が沿道からハートの手袋を振って声援を送る姿が見られる[7]

スタート、中継所、ゴールは以下の通り[8]で、震災の被災自治体を縦貫するコースとなっている。なお、先頭が中継所を通過してから10分経過すると繰り上げスタートとなる。

1区(7.0km)[編集]

松島町中央公民館前 → (五大堂) → 塩竈市地域活動支援センター前

松島湾を左に望みながら走る「の1区」と呼ばれる区間。第3中継所の手前まではほとんどが国道45号がコースとなる。松島海岸駅周辺の五大堂瑞巌寺観瀾亭マリンピア松島水族館など観光名所のそばを走って松島トンネル(延長125m)を抜けると松島丘陵越えに入り、利府町内の3つのトンネル[注 1]を通り抜け、塩竈市内に入る。

2区(3.9km)[編集]

塩竈市地域活動支援センター前 → (東塩釜駅) → (マリンゲート塩釜) → 塩竈市水道部前

短く平坦な区間を走る「高速の2区」と呼ばれる区間。市の中心部を避けて仙台塩釜港塩釜港区の港湾地区や住宅地を通る。

3区(10.9km)[編集]

塩竈市水道部前 → (仙台港北IC) → (苦竹IC) → 三和シャッター・富士化学工業前

区間最長の10.9kmを、各チームのエース選手が走る「花の3区」と呼ばれる区間。多賀城市内に入ると沖積平野である仙台平野となり、片側2車線の直線的な道路となるため、少し離れてしまった前方のランナーも視界に入りやすくなる。仙台市内に入り、七北田川に架かる福田大橋、梅田川に架かる福田橋を続けて渡ると流通業集積地区に入り、道路はより直線的になる。

4区(3.6km)[編集]

三和シャッター・富士化学工業前 → (陸上自衛隊仙台駐屯地) → 聖和学園高等学校

区間最短の3.6kmを走る「変動の4区」と呼ばれる区間。外国人競技者が走ることができるインターナショナル区間。タスキを受けて南下、西に折れて元寺小路福室線、南に折れて宮城野萩大通りと、直線的で平坦な道路を進む。陸奥国分尼寺跡付近で西に折れて新寺通りに入ると、仙台貨物ターミナル駅上空に架かる宮城野陸橋に至る。ここでは約500m進むうちに10m上がり、約300m進むうちに5m下がって、すぐ第4中継所となる。第4中継所は陸奥国分寺のすぐ北側に隣接し、ゴールである仙台市陸上競技場の近くにある。

5区(10.0km)[編集]

聖和学園高等学校前 → (広瀬橋) → (愛宕大橋) → (大橋) → 仙台第二高等学校

高低差の激しい10.0kmを走る「過酷の5区」と呼ばれる区間。後半のエース区間ともいわれる。仙台駅の南方、六道の辻付近にある新北目町ガード(東北本線等のアンダーパス)をくぐると、広瀬川が形成した多彩な河岸段丘をアップダウンする。東二番丁通り南町通りを進み、大橋にかけて約8.5m下り、仙台城(青葉城)大手門跡前で約8.5m上って第5中継所に至る。第5中継所は、東北大学川内キャンパスと仙台二高に挟まれた澱橋通にある。

6区(6.795km)[編集]

仙台第二高等学校前 → (仲の瀬橋) → 仙台市陸上競技場

「運命の6区」と呼ばれるアンカー区間。SENDAI光のページェント期間中の定禅寺通りを通り、東二番丁通りの直線を約1.6km南下。新北目町ガード、新寺通り、宮城野通りに入って仙台市陸上競技場を約1周してゴールとなる。

岐阜コース(1983年〜2010年)[編集]

第1回は4区間 (16.3km)。第2回は5区間 (24.5km)。第3回から第11回までは5区間 (30km) であり、第6回までは岐阜県営陸上競技場をスタートし、毎日新聞岐阜支局前をゴールとしていたが、第7回以降は岐阜県庁をスタートおよびゴールとした。第12回から第30回まではフルマラソン距離の6区間 (42.195km) で実施された。このコースは令制国美濃国にあるため「美濃路を駆け抜ける」などと形容されていた[9]が、本来の美濃路とは東海道宮宿(現・愛知県名古屋市熱田区)と中山道垂井宿(現・岐阜県不破郡垂井町)を結ぶ脇往還を指すため、ルートは全く異なる。

スタート、中継所、ゴールは以下の通り。なお、先頭が中継所を通過してから10分経過すると繰り上げスタートした。

1区(6.6km)[編集]

長良川陸上競技場 → (金華橋) → (JR岐阜駅) → 加納新本町バス停前

  • スタートしてトラックを1周して競技場を離れる。
  • 例年、ダンゴ状態から徐々に縦長にバラけていく。
  • 金華橋の前後以外は平坦である。

2区(3.3km)[編集]

加納新本町バス停 → 岐阜県庁

  • 超ハイスピード区間らしくアップダウンは全く無しの区間。第29回からは外国人選手についてはこの区間のみの登録となっている。
  • 岐阜県庁前で折り返す。

3区(10.0km)[編集]

岐阜県庁 → (穂積大橋) → (五六川橋) → (新揖斐川橋) → (和合IC) → (東海道本線樽見鉄道立体交差) → 大垣市林町

  • 前半のエース区間である。第28回までは外国人選手が多く走っていた。
  • 上記の通りたくさんのアップダウンがあり、脚への負担は大きい。
  • 岐阜県庁ではあまり差がついておらず、実力のある選手が多く走るのでごぼう抜きがよく見られる。

4区(4.1km)[編集]

大垣市林町 → (東海道本線樽見鉄道立体交差) → 大垣市総合体育館

  • 二大エース区間の間にあるつなぎの区間である。
  • 立体交差以外は平坦である。
  • 大垣市総合体育館の敷地内に入り、1回折り返して5区へタスキを渡す。

5区(11.6km)[編集]

大垣市総合体育館前 → (和合IC) → (新揖斐川橋) → (五六川橋) → (穂積大橋) → 陽南中学校

  • ほとんど3区の裏返し区間である。
  • 全区間を通じ最長で後半のエース区間である。3区より選手間の実力差が大きく、ここでの走りが最終成績に大きく影響する。
  • 第28回大会以前から日本人長距離ランナー育成の観点から外国人選手の登録は禁止されていた。

6区(6.595km)[編集]

陽南中学校 → (JR岐阜駅) → (金華橋) → 長良川陸上競技場

  • 1区の裏返し区間である。
  • 金華橋前後以外は平坦である。
  • 競技場に入るとトラックを1周してゴールとなる。
  • たびたびこの区間で順位が変わることがあり、逆転優勝も十分にありうることから準エース級の選手がよく走る。

歴代優勝チーム[編集]

優勝チーム
1 1981年昭和56年) 東日本実業団
2 1982年(昭和57年) 九州実業団
3 1983年(昭和58年) 東日本実業団A
4 1984年(昭和59年) 京セラ
5 1985年(昭和60年) 京セラA
6 1986年(昭和61年) 三田工業
7 1987年(昭和62年) 京セラ
8 1988年(昭和63年) 京セラ
9 1989年平成元年) ワコール
10 1990年(平成2年) ワコール
優勝チーム
11 1991年平成3年) ワコール
12 1992年(平成4年) ワコール
13 1993年(平成5年) リクルート
14 1994年(平成6年) リクルート
15 1995年(平成7年) ワコール
16 1996年(平成8年) 沖電気宮崎
17 1997年(平成9年) 沖電気宮崎
18 1998年(平成10年) 東海銀行
19 1999年(平成11年) 沖電気宮崎
20 2000年(平成12年) 三井海上
優勝チーム
21 2001年平成13年) 三井住友海上
22 2002年(平成14年) 第一生命
23 2003年(平成15年) 三井住友海上
24 2004年(平成16年) 三井住友海上
25 2005年(平成17年) 三井住友海上
26 2006年(平成18年) 資生堂
27 2007年(平成19年) 三井住友海上
28 2008年(平成20年) 豊田自動織機
29 2009年(平成21年) 三井住友海上
30 2010年(平成22年) 天満屋
優勝チーム
31 2011年平成23年) 第一生命
32 2012年(平成24年) ユニバーサルエンターテインメント
33 2013年(平成25年) デンソー

優勝回数[編集]

企業対抗となった第4回以降に複数回優勝したチームは以下の通り。

  • 7回 - 三井住友海上(うち1回は旧三井海上として)
  • 5回 - ワコール(うち4回は連続優勝)
  • 4回 - 京セラ(うち1回は京セラAチームとして)
  • 3回 - OKI(いずれも沖電気宮崎として)
  • 2回 - リクルート、第一生命

2013年出場チーム一覧[編集]

地区予選[編集]

以下のように地域割りされている。()内は本大会出場枠。それ以外に予選会の記録が2時間23分00秒以内のチームには出場資格が与えられる。

  • 東日本予選(11)…東日本実業団
  • 中日本予選(3)…中部実業団、北陸実業団
  • 西日本予選(8)…関西実業団、中国実業団、九州実業団

東日本[編集]

中日本[編集]

西日本[編集]

テレビ放送[編集]

  • 製作著作:TBSテレビ
  • 制作協力:東北放送(TBC・2011年~)、CBCテレビ(CBC)、毎日放送(MBS)、静岡放送(SBS)
  • 技術協力:中国放送(RCC)、ぎふチャン(GBS・~2010年)
    2010年までの開催地・岐阜県は元々中日新聞社グループである愛知県の系列局CBCのサービスエリアであるが、この大会は主催者が毎日新聞社であることから、その配慮としてTBSがメイン制作(番組配信・スポンサードセールス)を行い、CBCは制作協力の形をとっていた。なお、沿道には中日新聞の黄色の幟も立っているほか、以前は中日新聞社や地元の専売店がおなじみのツートンカラーの紙製旗を沿道の応援客に配布していた(その後安全確保と資源節約のため取り止められた)。
  • 中継特別協賛 かつては西濃運輸2009年平成21年)までスズキ2010年平成22年)からは東京エレクトロン。番組題名は「(特別協賛社名)スポーツスペシャル・全日本実業団女子駅伝」(西濃運輸の場合は「カンガルー」と表記)である。特別協賛社の1社提供ではなく、他の複数スポンサーも協賛しCMを放送する。
  • 開催地が宮城県に変更になったことで、大阪・MBSはアナウンサーの派遣を取りやめ、代わりに宮城・TBCのアナウンサー(2011年平成23年)は松尾武)が実況アナウンサー陣に加わった。

放送時間[編集]

中継出演者(2013年)[編集]

別記が無い場合は、いずれもTBSアナウンサー

ラジオ放送[編集]

1984年昭和59年)から2007年平成19年)までは、当時の開催地の地元であるCBCラジオ中心にラジオ中継も行なわれていた。
ピーク時には全国7局ネット(CBCのほかTBSラジオMBSラジオRKBラジオ熊本放送宮崎放送南日本放送)で放送されていた。その後ラジオ中継の提供・協賛スポンサーの撤退などの影響で、TBS・MBSとの3局ネットに縮小、そして末期にはCBC単独で放送していた。

ラジオはCBCが制作局となり、岐阜県庁内に放送センターを設置、そこから解説者・ラジオ実況アナウンサーがモニターを見ながらの放送となっていた。発着点の実況・各中継所通過時の音声はテレビと同時音声となっていた。

2008年平成20年)大会でCBCはラジオ中継は取りやめた。ちなみに2009年平成21年)大会の開催時、CBCラジオでは創立記念番組「CBCこども未来キャンペーン~おうちへ帰ろう~」の長時間特別番組を放送。

2011年平成23年)大会に、4年ぶりにラジオ放送が実施され、以降東北放送ラジオで宮城県内向け[注 2]中継を行っている。

2013年[編集]

エピソード[編集]

  • かつては西濃運輸が冠スポンサーを務めていたが、近年ではSUZUKIが担当していて、TBS系のテレビ番組名は『SUZUKIスポーツスペシャル・全日本実業団女子駅伝○○○○(年号)』となっていた。なお、スポンサーが地元企業の西濃運輸ではなく、静岡県浜松市に本社のあるSUZUKIになったことから岐阜県での開催が無くなってしまうと言う噂が流れ、関係自治体の各地で署名運動が行われた事例がある(ちなみに開催地の岐阜県は、スズキの会長兼社長鈴木修の出身地である)。結局、2010年の大会を最後に岐阜県での開催が無くなった。
  • 2007年平成19年)の本大会当日に日本実業団陸上競技連合会長の五島哲東急電鉄取締役)が宿泊先のホテルで急死した。スタートを前に会場入りしていないことを知った大会関係者が部屋を訪れ、倒れているのが発見された。死因は不明[10]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 浜田トンネル(延長209m) → 須賀第2トンネル(延長124m) → 須賀第1トンネル(延長121m)
  2. ^ 2011年平成23年)はradiko復興支援サイト経由で、2014年(平成26年)以降はradikoプレミアム経由で全国での聴取が可能。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]