テキサス・レンジャー

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テキサス・レンジャー (The Texas Ranger) とは、米国テキサス州公安局 (Texas Department of Public Safety) に属する法執行官である。この名称は200年近く前にその原型となる民兵組織から発達した "The Texas Rangers" を源とし、「北米大陸最古の州管轄法執行組織」という歴史を持つ。

メジャーリーグのチーム「テキサス・レンジャーズ」は本隊にちなんで命名されたものである。

概要[編集]

歴史[編集]

  • 1823年 メキシコの一州であったテキサスのスティーブン・F・オースティン (Stephen F. Austin) およびその副官であったモーゼ・モリソン (Moses Morrison) が何名かの志願者を雇い、インディアンの襲撃から移住者を守るために民兵組織を創設したのが始まりとされる。
  • 1836年 メキシコからの独立戦争(テキサス独立戦争)および1846年米-メキシコ(米墨)戦争ではテキサス軍の斥候として、また、実戦にも参加して活躍した。
  • 1861年 南北戦争ではテキサス州民の保護活動を行ったが、テキサス州が加盟していた南軍の敗北後に生じた混乱により一時実体を失った。この時期まで、かつてメキシコの一州であった歴史から、ヒスパニック系や移住者に味方するインディアンのレンジャーも多数存在した。
  • 1874年 アウトロー達の跳梁跋扈に手を焼いたテキサス州政府は2つのレンジャー隊を認可。この時期のレンジャーの活躍が後の西部劇映画等の題材を豊富に提供している。
  • 1915年 サンディエゴ計画 (Plan of San Diego) と呼ばれるメキシコ過激派組織による米南部諸州への襲撃計画が発覚し、これに備えるためレンジャーの大増員が行われた。この際の犯人摘発を理由とした各種の暴虐行為により批判を受け、結果的に大幅な人員削減が行われた。
  • 1930年前後 汚職事件や女性知事ミリアム・ファーガソン (Miriam A. Ferguson) によるレンジャーの恣意的任命などに嫌気し、ベテランのレンジャーが次々と辞職した。
  • 1935年 新しい州法によりテキサス・レンジャーは州公安局に属することとなり、現在の組織形態の原型が形作られる。

現在のテキサス・レンジャー[編集]

1836年から1845年までの間、現在のテキサス州はメキシコから独立したがアメリカへの編入ができず、テキサス共和国 (Republic of Texas) として独立国家であった。このとき既にテキサス・レンジャーズは国境警備や治安維持といった警察機能を担っていたという功績に敬意を表し、現在でも行政組織のなかでは州警察と同格の位置づけを与えられている。

制度上のテキサス・レンジャーは、テキサス州公安局の中の 5 つの主要な部 (Division) のうちの一つとして位置付けられた「テキサス・レンジャー部 (Texas Ranger Division)」に所属する 100 人強の法執行官らを指す。逮捕権を持ち、犯罪捜査等において他の部 (Division) や郡警察 (County Police) への助言・協力と協調捜査を行うとされるが、テキサス・レンジャー部の専権業務はあまり無く、この意味では「レンジャー」の称号は「名誉職」的意味合いも併せ持つ。

レンジャーに就任するには8年以上の法執行官としてのキャリアと 2 年以上のテキサス公安局における職歴等の資格要件がある。つまり仲間内からしか新しいレンジャーは生まれない。また、現在は空席の補充以外に採用機会はない。平均年齢も 45 歳を超えるものとなっている。

歴史と伝統に基づく誇りを大切にし、現在でも新任のレンジャーはブーツ、白のカウボーイハット、ピストルベルトを前任者より引継ぐ。発足当時より、僅かな日当以外、馬や銃などの装備類はすべて自分持ちであったことから、現在でも制服はない(一般的な服装はカウボーイハット、ウエスタン・ジャケットにワイシャツとネクタイ、コンベンショナルタン色のギャバジンのスラックスが多いという)[1]。日常業務時には胸にバッジを付け、ブーツを着用することになっている。一般に武装は .45 口径のM1911A1または .357 口径マグナムリボルバーであるが、未だにコルトSAAを携行するレンジャーもいる。

組織[編集]

テキサス州内を6つの地区に分け、それぞれをAからFにいたる名称のカンパニー(分隊。レンジャーが10ないし20人ほど在籍)が管轄する。このほかにこれらカンパニーを統括する本部 (Head Quarter)、及びGカンパニーとも呼ばれる未解決犯罪班がある。

その他[編集]

テキサス・レンジャーのバッジ
  • 1987年の州法改正によりテキサス・レンジャーは廃止されないこととなった。条文は“テキサス・レンジャーに関係する部門はこれを廃止してはならない ”(The division relating to the Texas Rangers may not be abolished.) 。
  • 現行バッヂの素材は、メキシコの実物コインである。
現在レンジャー達が胸に着けているバッヂは1962年10月から使用されているもので、1938年から数えると3代目にあたる。
SERGEANT(現在OFFICERランクはいない)からLIEUTENANTランクまでは「クワウテモク王の5ペソ銀貨」、CAPTAINからCHIEFランクまでは「勝利の女神50ペソ金貨」が継続して使用されている。(写真参照:現行SERGEANTランクバッヂとクワウテモク王5ペソ銀貨の表・裏面)
いずれもサークル・スターを直接、王と女神の面に打ち抜いているため、裏面はコインの刻印が、周囲にはコインのギザギザが残っている。

「影」の部分[編集]

正義のヒーローとして数々の武勇伝に飾られたテキサス・レンジャーであるが、その「正義」とは専らアングロサクソン系アメリカ人の視点からのものであって、先住民であるインディアンや、国境を接するメキシコ人達にとっては全くの「不正義」といえるものであった。とりわけメキシコ人に対しては「文明的に劣っている」と信じていたため、法執行官という権力を持つ者が行った悪辣な暴虐の類は目を覆うものが数多い[2]。インディアンにいたっては後年、キリスト教徒でないという理由だけで人間として扱うことすらなかった。

  • 「盗まれた牛馬を取り返す」のを理由としてしばしば集団でメキシコへ越境し、(結果として)無関係のメキシコ人多数を銃で撃った
  • 米墨戦争終結時のグアダルーペ・イダルゴ条約において保証されていたテキサス州内の元メキシコ人らの各種権利をことごとく反故にする企みの手助けに、テキサス・レンジャーの法執行権限が悪用された[2]。場合によってはテキサス・レンジャーが主導的に行うこともあった。
  • サンディエゴ計画に端を発する急激なレンジャー増員では、その質が大いに低下し、事後に行われた議会による調査だけでも相当数の暴虐行為が露見した[2]

テキサス・レンジャーの登場する作品[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ ワイルドムック『アメリカンポリス』ワールドフォトプレス
  2. ^ a b c 中野達司. “米国対墨国境域におけるメキシコの抵抗” (PDF). 亜細亜大学国際関係紀要 12巻 (2号): 91頁. ISSN 0917-3935. http://www.asia-u.ac.jp/kokusai/Kiyou.files/pdf.files/12-2/12-2-3.pdf 2006年1月16日閲覧。. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]