神戸新聞社

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株式会社 神戸新聞社
THE KOBE SHIMBUN
略称 神戸新聞
本社所在地 日本の旗 日本
〒650-8571
兵庫県神戸市中央区東川崎町1-5-7
設立 1898年明治31年)2月11日
業種 情報・通信業
事業内容 神戸新聞デイリースポーツの編集・発行
代表者 高士 薫(代表取締役社長)
資本金 6億円
従業員数 874名(2010年3月1日現在)
主要子会社 神戸新聞事業社
神戸新聞総合出版センター
神戸新聞輸送センター
神戸新聞総合折込
神戸新聞興産
神戸新聞会館
京阪神エルマガジン社
中四国デイリースポーツ社
ラジオ関西
サンテレビジョン
関係する人物 川崎正蔵
松方幸次郎
外部リンク http://www.kobe-np.co.jp/
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神戸新聞本社ビル

株式会社神戸新聞社(こうべしんぶんしゃ)とは、兵庫県神戸市中央区に所在する新聞社である。

目次

[編集] 概要

神戸新聞(2006年度の発行部数は朝刊約56万部、夕刊約25万部[1])とデイリースポーツを発行している。会社設立の10日後1898年2月11日、神戸新聞が創刊された。

京都新聞社とは災害時の新聞発行協定を結んでいる。

[編集] 歴史

[編集] 三都合同新聞

1931年から1935年にかけて存在した新聞トラスト。神戸新聞社が京都日日新聞、大阪時事新報を相次いで買収して合併。神戸新聞社を三都合同新聞社に改組して本店を大阪市に、支店を京都市、神戸市に設置し、それぞれに編集発行拠点を置いて三紙の題号をそのまま継承して発行した。

京都日日新聞は京都府の地方紙として京都日出新聞(現:京都新聞)に次ぐ存在であり、これに大阪の大阪朝日新聞(現:朝日新聞)や大阪毎日新聞(現:毎日新聞)、名古屋市新愛知(現:中日新聞)などが加わり熾烈な部数競争を行っていた。また大阪時事新報は、大阪府下では大阪朝日・大阪毎日に次ぐ存在でありながら両者に大きく水をあけられ、後発の夕刊大阪新聞(後の大阪新聞。現:産経新聞)にも追い上げられていた。

神戸新聞社はこれら二紙を買収して部数の立て直しを図ったが、なかなか統合効果が現れなかった。特に大阪時事新報の経営が思わしくなかったため、三紙の協調が崩れた。まず、京都日日新聞を分離し、次いで大阪時事新報を分離。商号を神戸新聞社に、本店を神戸市にそれぞれ戻し、神戸新聞の編集発行のみに戻った。

[編集] 阪神・淡路大震災当時

1995年1月17日、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生。当時、神戸新聞本社があった新聞会館も被災し、ビルの全壊[3]という被害が発生した。この当時、神戸新聞・デイリースポーツの新聞印刷機能については神戸市西区西神ニュータウンに建設された「神戸新聞製作センター」に移動していたが、編集部門、制作部門など新聞発行の心臓部ともいえる機能が被害の犠牲となる。この為新聞の発行が難しくなるのではないかという不安が募った。

しかし1994年京都新聞との「緊急事態発生時における新聞発行援助協定」を結んでいたことから、この日に発行の夕刊から通常よりも頁数が大幅に削減[4]されたものの無休で新聞の発行を続けて震災発生当時の神戸の惨状を的確に伝えた[5]

その当時、神戸新聞社はラジオ関西と合同で神戸ハーバーランドに自社新社屋ビル「神戸情報文化ビル・エコールマリン」が建設中で、1996年8月に完成するまで同ビルに近い「ダイヤニッセイビル」の空きフロアを暫定の社屋とし(ただし、登記上での本社所在地は同期間中、西区室谷の製作センターに移していた)、他にも、神戸市の都心部に第二本社を設置して、速いペースでほぼ通常と同じ30頁前後の紙面発行まで復旧することができた[6]

また、デイリースポーツも日本経済新聞や販売提携先の地方新聞社との連携[7]で無休発行をするが、カラー印刷が出来なかったり、頁数の削減などで通常の発行に復旧するまでに2箇月以上を要した。

これらの過程は、震災15周年の前日にフジテレビジョン系列ノンフィクションドラマ「神戸新聞の7日間」として放送された。

[編集] 報道

[編集] 社史・記念誌

旧・デイリースポーツ社(現・神戸新聞社デイリースポーツ事業本部)が発行したものも含む。

  • 回顧五十年 神戸新聞ものがたり(神戸新聞社・編) 1948年発行、83ページ。
  • 神戸新聞五十五年史(社史編纂委員会・編集) 1953年7月発行、424ページ。
  • 神戸新聞社七十年史(神戸新聞社史編纂委員会・編纂) 1968年発行、554ページ。
  • 神戸新聞社史(神戸新聞社史編纂委員会・編)1978年2月発行、208ページ。
  • デイリースポーツ三十年史(社史編纂委員会 編) 1978年2月発行、191ページ。
  • 神戸新聞社九十年史(編纂・神戸新聞社史編纂委員会) 1988年2月11日発行、310ページ(後半101ページはデイリースポーツ四十年史)。
  • デイリースポーツ50年史(デイリースポーツ社史編修委員会・編纂) 1998年3月発行、261ページ。
  • 神戸新聞百年史(神戸新聞創刊百周年記念委員会社史編修部会・編修) 1998年11月発行、745ページ。
  • 神戸新聞百年史 資料編(神戸新聞創刊百周年記念委員会社史編修部会・編修) 1998年11月発行、207ページ。
  • 神戸新聞百十年史(神戸新聞百十年史、デイリースポーツ六十年史編纂委員会) 2008年2月発行、377ページ(後半139ページはデイリースポーツ六十年史)。

[編集] 本社、支社及び総局

[編集] 本社

神戸市中央区東川崎町1丁目5-7

[編集] 支社

東京大阪・東播(加古川市)・姫路

[編集] 総局

阪神(西宮市)・北摂(三田市)・明石・北播(加東市)・淡路(洲本市)・但馬(豊岡市)・丹波

[編集] 支局

相生赤穂伊丹佐用高砂浜坂三木小野加西香住神崎篠山宍粟宝塚たつの津名西脇南あわじ養父朝来北神西神尼崎・西播磨中央(たつの市

[編集] 連結子会社

[編集] 脚注

  1. ^ 会社案内
  2. ^ 神戸新聞カメラマンを盗撮容疑で逮捕”. J-CASTニュース. 2006年11月27日閲覧。
  3. ^ 倒壊は免れたが、専門家の診断で全壊と判定された。
  4. ^ 17日付夕刊は4ページ、翌18日付朝刊は8ページだった。
  5. ^ 京都新聞へ電話での読み上げやワープロ通信で記事を送り、京都新聞の紙面制作システムで神戸新聞の紙面を組み上げて神戸の製作センターで印刷した。頁数の削減に加え、被災当初は京都から神戸まで印刷用フィルムをバイクや自動車で運搬したことから原稿締め切り時間の大幅繰上げや配達の遅れが生じるなど、他紙に比べ大きなハンデを背負った中での報道であった。
  6. ^ 西区の製作センターに急遽、Computer Typesetting System一式を再構築し1月27日から稼動させた。本来受注生産の特殊なシステムであり、わずか10日での再構築は奇跡とされる。
  7. ^ 日経は自社工場の他、地方都市の場合は多くの地方新聞社と古くから委託印刷の提携を結んでおり、特に西日本地区では日経・デイリースポーツとも委託印刷する新聞社もある(中国新聞愛媛新聞他)
  8. ^ 前田五郎さんが勝訴 神戸新聞社に280万円賠償命令 大阪地裁

[編集] 関連項目

  • 神戸新聞杯 - 神戸新聞社が優勝杯を提供する競馬の競走
  • ミント神戸 - 旧神戸新聞会館跡地の自社所有ビル。正式名称は現在も「神戸新聞会館ビル」である。
  • 日本経済新聞 - 兵庫県向け新聞を西宮市の「神戸新聞阪神印刷センター」で委託印刷している他、デイリースポーツの関東版を「日経東京印刷センター」に委託して印刷している。またデイリースポーツ提供の記事・写真を日経のスポーツ面に掲載するなどわずかだが協力関係を持っている。
  • いまいち萌えない娘 - 兵庫県の緊急雇用創出事業に基づく神戸新聞社のサブカルチャー系記事編集・Web制作アルバイトの求人広告に掲載されたキャラクター。

[編集] 外部リンク

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