秩父市

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秩父市
ちちぶし
Flag of Japan.svg 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
団体コード 11207-1
面積 577.69km²
※境界未定部分あり
総人口 67,883
推計人口、2009年11月1日)
人口密度 118人/km²
隣接自治体 秩父市#隣接している自治体を参照。
市の木 カエデ
市の花 シバザクラ
市の鳥 オオルリ
秩父市役所
所在地 〒368-8686 埼玉県
秩父市熊木町8番15号
Chichibu city office.JPG
電話番号 0494-22-2211
外部リンク 秩父市

秩父市位置図(埼玉県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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高台より見下ろす秩父市
西武秩父駅前から望む武甲山

秩父市 (ちちぶし) は、埼玉県北西部にある人口約7万人の。面積は約578km²で、埼玉県内で最も広い市町村である。

目次

[編集] 地理

秩父山地に囲まれ、秩父地方(秩父盆地)の中央に位置する唯一のである。市域のほとんどが秩父多摩甲斐国立公園や、武甲・西秩父といった埼玉県立の自然公園に指定されている。荒川が、南西から北東に流れ河岸段丘を形成する。市の南東にそびえる武甲山では石灰石を産出し、露天掘りが行われている。

[編集] 隣接している自治体

他の4つの都道府県と接する市町村としては、秩父市以外には岐阜県高山市京都府南丹市のみであり、大変珍しい。

[編集] 歴史

708年に、現在の埼玉県秩父市黒谷にある和銅遺跡付近から、和銅(にきあかがね、純度が高く精錬を必要としない自然銅)が産出し、朝廷に献上された事を記念して、「和銅」に改元するとともに、和同開珎が作られたとされる。

秩父盆地の中央にあることから古くから物資の集散地として、また秩父神社門前町として栄えた。そのためかつては大宮郷(おおみやごう)と呼ばれ、自治体名も1915年までは大宮町(おおみやまち)であった。

1884年(明治17年)に秩父事件が起こる。同事件は、負債に悩む秩父の農民たちが結成した「困民党」と呼ばれる組織を中心とした武装蜂起であり、最盛期には小鹿野・吉田、さらには郡都大宮郷(現在の秩父市)等を武力占拠した。これに対し政府は、警察・憲兵隊、最終的には東京鎮台まで動員し、徹底的な武力鎮圧を図った。事件後の裁判の結果、死刑7名を含む4000名余が処罰された日本史上最大規模の民衆蜂起とされる。

  • 1889(明治22)年4月1日 - 町村制施行に伴い、秩父郡大宮郷・別所村が合併し、大宮町となる。
  • 1916(大正5)年1月1日 - 大宮町が町名を変更し、秩父町となる。これは、秩父郡の中心にあることのほか、1914年に開業した秩父鉄道の駅が郡名を採って「秩父駅」となったことや、同県内の北足立郡大宮町(のちの大宮市、現在のさいたま市大宮区周辺)との混同を避けるためといったことが理由として考えられている。
  • 1950(昭和25)年4月1日 - 市制施行により、秩父市となる。
  • 1954(昭和29)年5月3日 - 秩父郡尾田蒔村原谷村を編入する。
  • 1954(昭和29)年11月3日 - 秩父郡久那村を編入する。
  • 1957(昭和32)年5月3日 - 秩父郡高篠村大田村を編入する。
  • 1958(昭和33)年5月31日 - 秩父郡影森町を編入する。
  • 2005(平成17)年4月1日 - 秩父郡吉田町荒川村大滝村と合併し、秩父市となる。

[編集] 行政

[編集] 歴代首長

代(旧町) 氏名 就任 退任
近藤善吉 1889年5月 1889年12月
2 伊古田豊三郎 1890年1月 1894年1月
3 新井市三郎 1894年1月 1896年1月
4 伊古田豊三郎 1896年1月 1899年7月
5 新井市三郎 1899年7月 1911年6月
6 伊古田豊三郎 1911年8月 1929年6月
7 浅見宇市 1929年6月 1937年12月
8 松本由太郎 1937年12月 1942年7月
9 浅見宇市 1942年8月 1946年7月
10 井上市太郎 1946年7月 1947年3月
11 諸武三郎 1947年4月 1950年3月31日
代(旧市) 氏名 就任 退任
諸武三郎 1950年4月1日 1951年4月
2 高野利兵衛 1951年5月1日 1959年4月30日
3 久喜文重郎 1959年5月1日
- -
内田全一 2005年4月30日
栗原稔 2003年5月1日 2005年3月31日
代(新市) 氏名 就任年月日 退任年月日
栗原稔 2005年5月1日 2009年4月30日
2 久喜邦康 2009年5月1日 現職
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[編集] 市町村合併

2003年2月は、「秩父はひとつ」をスローガンとして、秩父市と東秩父村を除く秩父郡小鹿野町横瀬町長瀞町皆野町吉田町荒川村両神村大滝村)の九市町村で合併検討準備会を設置した。その後、皆野町と長瀞町が準備会から離脱し、残りの七市町村で任意合併協議会後に法定協議会を発足させた。2004年3月に、小鹿野町・横瀬町・荒川村で住民投票を実施し、荒川村では合併に賛成多数だったが、小鹿野町では、両神村との合併が多数、横瀬町では合併に反対多数となった。尚、現市長の久喜邦康は一連の合併の中で、小鹿野町議を中心とした秩父市との合併に反対する運動を支持していた。こうして小鹿野町・両神村・横瀬町も離脱し、秩父市・吉田町・荒川村・大滝村の4市町村で2005年4月に現在の秩父市が誕生することになった。なお小鹿野町は両神村と2005年10月に合併した。

その後、皆野町では、2006年4月の町長選挙で秩父市との合併に前向きな石木戸道也が町長に当選し、2008年6月19日に秩父市の栗原稔市長のもとを訪れて、秩父市との合併を申し入れた。栗原市長も「秩父はひとつ」との考えに変化はないことからこれを受け入れ、2009年度中に法定協議会が設置される見通しになった。

[編集] 住所表記

  • 秩父地域
    • 住居表示実施地区は現行のとおり。
      • 例:秩父市日野田町→秩父市日野田町
    • その他の区域は大字の字句を削除。
      • 例:秩父市大字大宮→秩父市大宮
  • 吉田地域
    • 大字下吉田と大字上吉田は大字の字句を削除。
      • 例:秩父郡吉田町大字下吉田→秩父市下吉田
    • その他の区域は頭に吉田を付し大字の字句を削除。
      • 例:秩父郡吉田町大字久長→秩父市吉田久長
  • 大滝地域
    大滝総合支所(旧大滝村役場)
    • 大字の字句を削除。
      • 例:秩父郡大滝村大字大滝→秩父市大滝
  • 荒川地域
    荒川総合支所(旧荒川村役場)
    • 頭に荒川を付し大字の字句を削除。
      • 例:秩父郡荒川村大字日野→秩父市荒川日野

[編集] 人口

Demography11207.svg
秩父市と全国の年齢別人口分布 秩父市の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 秩父市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 76,875人
1985年 76,275人
1990年 75,845人
1995年 75,618人
2000年 73,875人
2005年 70,563人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

[編集] 海外

[編集] 教育

[編集] 図書館

[編集] 小学校

秩父市立

  • 荒川西小学校
  • 荒川東小学校
  • 大田小学校
  • 大滝小学校
  • 尾田蒔小学校
  • 久那小学校
  • 影森小学校
  • 高篠小学校
  • 花の木小学校
  • 原谷小学校
  • 西小学校
  • 南小学校
  • 第一小学校
  • 吉田小学校

[編集] 中学校

秩父市立

  • 荒川中学校
  • 大田中学校
  • 大滝中学校
  • 尾田蒔中学校
  • 影森中学校
  • 高篠中学校
  • 秩父第一中学校
  • 秩父第二中学校
  • 吉田中学校

影森中学校で卒業式に唄われた「旅立ちの日に」が、全国的に歌われている。

[編集] 高等学校

[編集] 専修学校

  • 秩父文化服装専門学校
  • 秩父家政専門学校
  • 秩父看護専門学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 閉校となった学校

[編集] 職業訓練

[編集] 職業能力開発校

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 路線バス

[編集] タクシー

タクシーの営業区域秩父交通圏で、横瀬町皆野町長瀞町小鹿野町と同じエリアとなっている。

[編集] 道路

一般国道
有料道路
主要地方道(県道)
一般県道
その他主要道路

[編集] 道の駅

[編集] 観光

[編集] 名所・史跡

[編集] 祭事

[編集] 自然・公園

羊山公園の芝桜(2005年4月撮影)

[編集] 博物館・美術

[編集] 温泉

[編集] その他

日本で全国的に知られているラクビー場である秩父宮ラグビー場は、秩父宮雍仁親王に因んでおり当秩父市所在ではない。東京都港区神宮外苑の一角にある。

[編集] 秩父市に関係する有名人

特筆ない場合は出身者を表す

[編集] マスコットキャラクター

  • 秩父原人チプー

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ