武甲山

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武甲山
Bukosan01.JPG
秩父市街と春の武甲山
標高 1,304 m
所在地 埼玉県秩父市横瀬町
位置 北緯35度57分06秒 東経139度05分52秒 / 北緯35.95167度 東経139.09778度 / 35.95167; 139.09778座標: 北緯35度57分06秒 東経139度05分52秒 / 北緯35.95167度 東経139.09778度 / 35.95167; 139.09778
山系 奥武蔵
武甲山の位置

武甲山(ぶこうさん)は、埼玉県の西側、秩父盆地の南端にあるで、秩父市横瀬町の境界に位置する。標高は1,304メートル[1]

別名を秩父嶽、妙見山、武光山ともいう。秩父地方の総社である秩父神社神奈備山である。日本二百名山の一つに数えられる。

目次

[編集] 成り立ち

南方にあった火山島が活動を終え、浸食によって削られサンゴ礁を纏うようになる。サンゴによってできた石灰岩を載せた海山は、プレートの動きにより北上し、深い海溝に引きずり込まれる。そして大陸プレートに押しつけられはがれ落ち、やがて隆起し浸食されることで地表に現れた山が武甲山である。

[編集] 山名の由来

日本武尊が、自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説が元禄時代の頃から定着した。

[編集] 自然

石灰岩質の山特有の山野草が豊富である。後述の石灰岩採掘により、北側斜面は植生がほとんど見られず、北から見ると白っぽく見えるが、他方向の斜面は自然豊かな森林となっている。山にはスカシユリや、石灰岩地の武甲山特有で、埼玉県希少動植物種に指定されるチチブイワザクラが見られる。また、伏流水は平成の名水百選に選定された。

[編集] 石灰岩採掘

武甲山の石灰岩は日本屈指の良質な大鉱床であり、可採鉱量は約4億トンと推定されている。山の北側斜面が石灰岩質であるために古くから漆喰などの原料として採掘されていた。明治期よりセメントの原料として採掘が進められ。1940年(昭和15年)に秩父石灰工業が操業を開始して以降、山姿が変貌するほど大規模な採掘が進められ、とくに北斜面で山体の崩壊が著しい。

1900年(明治33年)の測量では標高は1,336メートルを記録したが、山頂付近も採掘が進められたために三角点が移転させられ、1977年(昭和52年)には標高1,295メートルとされた。2002年に改めて三角点周辺を調査したところ、三角点より西へ約25m離れた地点で標高1,304mが得られ、国土地理院はこれを武甲山の最高地点と改めた(国土地理院の発表日時:2002年11月8日(金)14時00分)。そして、地図上では1,295mの三角点と最高地点1,304mの両方を表示することとした。

[編集] 神社仏閣

横瀬町(当時は横瀬村)の村社、旧武甲山蔵王権現社である、明治の神仏分離令および一村一社令の時に横瀬村の50余りの神社を習合し武甲山御嶽神社となる。現在残存する同町内の神社は有志が事前に遷座し保存したものである。山頂にはほかに鎌倉時代に建立された熊野権現社などが存在した。石灰岩の採掘により旧山頂にあった縄文時代から近代までにいたる歴史のあった信仰遺跡、巨岩群は完全に消滅しており、現在の社殿は頂上付近から移転されたものである。
  • 白鳥御剣神社

[編集] 登山

頂上に水洗トイレがあるが、雨水を貯めて利用するタイプであるため水洗できないこともあり、冬季は閉鎖。

ルート

表参道と呼ばれるルートである。横瀬駅から登山口の生川(うぶがわ)までの道はバス便はなく、徒歩か自動車に限られる。鉱石運搬のダンプカーが頻繁に通行しているので、歩行する場合は十分注意が必要である。西武秩父駅または横瀬駅からタクシーを利用する方法もある。

[編集] 関連画像

[編集] 隣接する山

[編集] 補足・参考文献

  1. ^ 国土地理院 測図部 武甲山の最高標高値が変わります

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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