武甲山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

武甲山

秩父市街と武甲山(右) (2006年2月撮影)
標高 1,304m
位置 北緯35度57分06秒
東経139度05分52秒
所在地 埼玉県秩父市横瀬町
山系 奥武蔵
  

ウオッちず Google Map 武甲山の位置

武甲山 秩父ミューズパークより

武甲山ぶこうさん) は、埼玉県の西部、秩父盆地の南端にあるで、2002年現在の標高は1,304メートル秩父市横瀬町にまたがって位置する。別名秩父嶽妙見山、武光山。奥武蔵・秩父の山の盟主とされる。秩父地方の総社である秩父神社神奈備山とされる。日本二百名山の一つに数えられる。

「武甲山」の名称は、日本武尊が東征の際、自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説に由来すると一般にいわれている。

かつての武甲山は秩父盆地の南側に急峻で男性的な山容をもって威圧的に聳えており、日本武尊は、この山の姿を見て「勇者の肩を怒らせるが如し」と評したともいわれるが、現在では石灰岩採掘のため、怒った肩はすっかりこそげ落ち、秩父盆地から見る姿は以前に比べ貧相なものとなっている。それでも武甲山は奥武蔵の最高峰であり、屹と峰頭をもたげた特徴ある山容は、東京方面から眺めても一目でそれとわかる。

目次

[編集] 神社・仏閣

横瀬町(当時は横瀬村)の村社、旧武甲山蔵王権現社である、明治の神仏分離令および一村一社令の時に横瀬村の50余りの神社を習合し武甲山御嶽神社となる。現在残存する同町内の神社は有志が事前に遷座し保存したものである。山頂にはほかに鎌倉時代に建立された熊野権現社などが存在した。石灰岩の採掘により旧山頂にあった縄文時代から近代までにいたる歴史のあった信仰遺跡、巨岩群は完全に消滅しており、現在の社殿は移転されたものである。
  • 白鳥御剣神社

[編集] 自然

石灰岩質の山特有の山野草が豊富である。後述の石灰岩採掘により、北側斜面は植生がほとんど見られず、秩父盆地方面から見ると白っぽく見える。しかしながら、他方向の斜面は自然豊かな森林となっている。

  • チチブイワザクラ(埼玉県希少動植物種)
  • ミヤマスカシユリ

また伏流水は平成の名水百選に選定された。

[編集] 石灰岩採掘

武甲山の石灰岩は日本屈指の良質な大鉱床であり、可採鉱量は約4億トンと推定されている。 山の北側斜面が石灰岩質であるために古くから漆喰などの原料として採掘されていた。 明治期よりセメントの原料として採掘が進められ。1940年に秩父石灰工業が操業を開始して以降、山姿が変貌するほど大規模な採掘が進められ、とくに北斜面で山体の崩壊が著しい。

1900年明治33年)の測量では標高は1,336メートルを記録したが、山頂付近も採掘が進められたために三角点が移転させられ、1977年昭和52年)には標高1,295メートルとされた。

2002年に改めて三角点周辺を調査したところ、三角点より西へ約25m離れた地点で標高1,304mが得られ、国土地理院はこれを武甲山の最高地点と改めた(国土地理院の発表日時:2002年11月8日(金)14時00分)。そして、地図上では1,295mの三角点と最高地点1,304mの両方を表示することとした。

なお、頂上付近に武甲山御嶽神社(これも採掘により移動させられた)があり、水洗トイレも新設されたが、雨水をためてそれを利用するので、水洗できないこともある。

[編集] 主な登山ルート

表参道と呼ばれるルートである。横瀬駅から登山口の生川(うぶがわ)までの道はバス便はなく、徒歩かマイカーに限られる。鉱石運搬のダンプカーが頻繁に通行しているので、歩行する場合は十分注意が必要である。西武秩父駅からタクシーを利用する方法もある。

[編集] 付近の公園

[編集] 隣接する山

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


他の言語