全日本吹奏楽コンクール

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全日本吹奏楽コンクール(ぜんにほんすいそうがくコンクール、All Japan Band Competition)は社団法人 全日本吹奏楽連盟朝日新聞社が主催し、毎年開催するアマチュア吹奏楽団体を対象とした音楽コンクールである。1940年に同新聞社が創設したが太平洋戦争で中断、戦後は1956年に再開された。本大会は、日本の吹奏楽界では最大規模の大会である。

コンクール概要[編集]

規定[編集]

全日本吹奏楽コンクールは大きく中学校(以下、中学)、高等学校(以下、高校)、大学、職場・一般の4部門に分かれる。

中学、高校、大学、職場の各部門については、参加者の全てが同一の学校企業官庁の公認団体の団員であることが求められる。中学、高校の各部門では同一経営の小学校の児童、中学校の生徒(中高一貫校や付属校など)の参加も認められている。近年では、同居している連携型中高一貫教育校の大編成部門(A部門)への参加について議論されたが、「同一経営に準ずるもの」として参加が可能となっている。

奏者が複数の団体から出演することはできず、また奏者として職業演奏家(中学や高校の音楽科、音楽大学等の音楽専攻団体、そこに所属する在校生も含む)の参加はできない。指揮者については複数団体の指揮をしてもよく、職業演奏家でも問題はない(ただし、これは全国大会に限ってのことであり、支部あるいは都道府県単位では「その小中学校の常勤職員に限る」と規定しているところもある)。

参加を希望する団体はまず該当地域の吹奏楽連盟に加盟登録し、連盟理事会で毎年指定する課題曲(吹奏楽連盟会報「すいそうがく」、連盟公式ホームページ、朝日新聞紙上、吹奏楽関連雑誌で発表)と各団体が選曲する自由曲の2曲を決めて参加申込をする。

また2009年度より、「職場の部」と「一般の部」の各々の部門が「職場・一般の部」として一つの部門に統一された。当初2008年度からの統一が予定されていたが、更なる検討が必要として、先延ばしされていた。統一後は、これら2部門の団員参加資格を同一のものとし制限人員を新たに設定、連盟への加盟登録については従来通り「職場」「一般」とそれぞれ分かれた形を維持している。

主な規定[編集]

  • 課題曲・自由曲は同一メンバーによる演奏でなければならない。ただしメンバーが入れ替わらなければ、課題曲のみの演奏もしくは自由曲のみの演奏は可能である。
    楽器の持ち替えは認められている。
  • 指揮者は、課題曲・自由曲2曲とも同一人物でなければならない。
  • 課題曲・自由曲は下位大会で審査された曲を演奏する。上位大会からの演奏曲の変更はできない。但し、自由曲でのカット部分の変更に関しては可能とされている。
  • 演奏時間:課題曲・自由曲合わせて12分以内(演奏時間は、課題曲の演奏が始まってから自由曲の演奏が終わるまでの間とする)。
    12分を超過した場合は審査はなされず失格となる。この12分という制約が思いのほか厳しく、失格となる団体が全国大会でも時々ある。
  • 人数制限:中学が50名以内、高校・大学が55名以内、職場・一般が65名以内(いずれも指揮者を含まない)
    下位大会での参加申込人数を超えることはできない。ただし、下位大会への参加人数は全日本よりも多くてもよい(規定による。例として、川口市アンサンブル・リベルテ吹奏楽団が埼玉県大会に70人で参加した)
  • 編成:吹奏楽編成(木管楽器金管楽器打楽器)の作音楽器のみ。打楽器には擬音楽器も含む。ブラスバンド編成やオーケストラ編成などの参加は認められていない。
    • コントラバスピアノチェレスタハープの使用は認められている。また、曲中のスキャット()も認められている。(しかし、歌詞がついている歌は禁止。ヴォカリーズ、単純なかけ声のみ可)
      過去に使用可能であったエレキベース2007年度から使用禁止となった。また、サイレントベースも使用できない。
    • チェロ電子楽器などは使用禁止である。スコアに当該楽器の指定があっても禁止となる。
      参加団体は演奏する課題曲の楽器編成に合わせた自由曲を演奏する場合が殆どで、あからさまに編成が変わるという例は現在のところない。
  • 3年間連続して大会本選(便宜上、以下「全国大会」と記す)に出場した団体は、その翌年は地区大会、県大会や支部大会といった下位大会も含め、吹奏楽コンクールに参加することができない。この制度は、通称「三出制度(もしくは、三出休み)」と呼ばれている。この制度は第42回(1994年)大会から適用さたが、当初は3年連続して金賞を受賞した団体を対象としていた。前年の第41回(1993年)大会で3年連続して金賞を受賞した3団体(高校1・一般2[1])が、コンクールに出場できなかった。その後、対象が全国大会に3年連続出場した団体へと拡大され、その最初にあたる第47回(1999年)大会では、前年の第46回(1998年)大会で3年連続出場を達成した26団体(中学6・高校11・大学1・職場6・一般2)が、コンクールに出場できなかった。なお、同年8月28日東京文化会館において吹奏楽コンクール・マーチングフェスティバル・アンサンブルコンテストそれぞれの全国大会に3年連続出場した団体を招いて特別演奏会を開催した。
連盟の「できるだけ多くの人に全国大会を経験して欲しい」という方針により設けられているこの規定について、連盟の石津谷治法理事は「高校の顧問としては良い制度だと思う」とした上で「中学校における部活の難しさを考えると、やはり疑問がある」と指摘している[2]。2013年度から当制度は廃止された(2012年度に3年連続出場を達成した団体は2013年度は参加できない)。
かつて第4回(1956年)-第17回(1969年)大会は3年連続1位、その後第18回(1970年)-第43回(1995年)大会は5年連続金賞入賞団体を全国大会に招待して演奏を披露させるという「招待演奏(特別演奏)」が行なわれていたが、現在では全国大会に招待されることはなくなり、代わって全日本吹奏楽連盟より「国民文化祭・吹奏楽の祭典」への出場推薦や、支部・県の吹奏楽連盟より県大会や支部大会での招待演奏の依頼が行われる。

審査[編集]

この節の審査方法は全国大会のものである。下位大会については「予選」を参照のこと。

9人の審査員が上述の課題曲と自由曲のそれぞれに対し、「技術面」「表現面」に分けてABCDEの5段階で各々評価を行う(つまり審査員は、課題曲の技術面・表現面、自由曲の技術面・表現面の4点についてABCDEの評価をそれぞれ行う)。その後、ABCDEの評価を得点化し、その得点の上位順から金賞・銀賞・銅賞のいずれかの賞が与えられる。ただし、審査の公平性をより高めるため、9人の審査員の審査のうち「最も高い評価をした審査員1人・最も低い評価をした審査員1人」の評価はカットされる(カット対象となる評価が同一の場合は、いずれか1人の評価のみをカット)。よって得点化されるのは9人の審査員の評価のうち、最高点・最低点間の評価を行った7人の審査員の評価となる。この上下カットによる審査方法は第44回(1996年)大会から実施されている。 結果発表後、各演奏団体の代表者には各審査員から合計9枚の自団体の審査票が渡される。審査票には表があり、課題曲・自由曲の技術・表現の評価がA〜Eのいずれか1つにそれぞれ○がつけられている。特記事項の欄が表の下に設けられているが、書いてあることはまれである。 審査員名も書かれておらず、どの審査員の評価かわかることはない。 審査結果の一覧は、2012年度までは、開催日の翌年1月発行の「会報すいそうがく」に公開されていた。それまで出場団体も順位がわかることはなかった。

そして2013年度よりこの審査方法は、大きな変更がなされている。 課題曲自由曲を通して、ABCの3段階の評価を審査員が付け、Aが過半数なら金賞、Cが過半数なら銅賞、それ以外は銀賞という、非常にざっくりとした方式に変更された。その結果として自由曲偏重の評価傾向が色濃くなり、課題曲の存在意義が問われている。 さらに、「会報すいそうがく」での点数の公開が廃止されたことにより、全体の採点結果は限られた中枢人物のみが知ることとなり、更なる審査の不透明さが指摘される事になった。 その中枢人物の中に、コンクールに出場する当事者も含まれているなど、昨今の体制に対する不満の声は大きくなっている。

現在のように金賞・銀賞・銅賞のグループ表彰になったのは第18回(1970年)大会からで、第17回(1969年)大会以前は1位・2位・3位…の順位制であり、1位の団体には優勝旗が授与されていた。 審査の透明性を出すためにも、かつての順位制への復帰を望む声は多い。

予選[編集]

参加団体はまず、例年[7月]ないし[8月]に行われる都道府県大会に参加する(都道府県大会の前に、細かい地区に分けた地区大会が行われる場合も多い。これは各支部毎で異なる。「コンクール予選構成」を参照のこと)。審査の上、都道府県代表が決められ、上位大会である支部大会(北海道支部・東北支部・東関東支部・西関東支部・東京支部・北陸支部・東海支部・関西支部・中国支部・四国支部・九州支部)に出場し、審査の上、支部代表権を獲得すると全国大会へ出場することができる。審査は上述の方法で行われるが、各支部・都道府県の裁量で審査方法、審査員の人数は決められる。なお、支部・都道府県によっては、前年度の大会で上位大会に進んだ団体に対してシード権を付し、上位大会である県大会や支部大会からの参加を認める場合もある。

支部や都道府県単位で、小学校部門や小編成部門(B部門)、合同部門(C部門)を行う場合も多い。全国大会への道は開かれていないが、複数の団体の合同バンドを認めたり人数規制を緩和するなど柔軟な対応ができ、人数や予算に制約のある団体を含めほとんどのコンクールに参加意思のある吹奏楽団体が参加できるようになっている。なお、小中高の小編成部門(B部門)参加団体のうち、北海道・東北・東関東・西関東・東京・北陸支部に所属する団体は最上位大会として東日本学校吹奏楽大会があり、支部代表権を獲得すると出場することができる。BC部門を開催する地域ではこれに対して全国大会の予選としての中・大編成部門をA部門(またはAの部)と呼称する。

注:BC部門や小学校部門では全国大会は開催されない。全日本合唱コンクールと違い部門別の下限人数が定められていないため、全国大会出場を目指し上限人数以下で吹奏楽編成を維持しつつ課題曲で指定されている編成を尊重して演奏ができる場合、中・大編成部門(A部門)への参加は可能である。しかし、上位大会では下位大会で申請した参加人数を超えることはできないため、参加上限数と等しいもしくは近い人数でコンクールに参加している団体が多い。

コンクール予選構成[編集]

支 部 都道府県 地 区
北海道 北海道 札幌、函館、空知、旭川、名寄、留萌、稚内、北見、日胆、帯広、釧路
(北海道は道大会が支部大会となる)
東 北 青森県 中央(旧称は青森)、弘前、八戸
岩手県 県北、盛岡、中央、県南、沿岸
宮城県 仙台青葉泉、仙台太白宮城野若林、名取仙南、多賀城石巻、古川栗原、登米本吉
秋田県 県北、中央、県南
山形県 村山、最北、置賜、田川、飽海
福島県 県北、県南、会津、いわき、相双
関東 茨城県 県東、県南、県西、県北、中央(以上小中のみ)、県北県東中央、県西県南(以上高BCのみ※)
栃木県 地区大会なし
千葉県 地区大会なし
神奈川県 横浜、川崎、相模原、県南、県央、西湘、湘南(以上中高のみ)
西関東 群馬県 西部、中部、東部(以上中Bのみ)
埼玉県 東部、西部、南部、北部(以上中のみ)、高校、大職一
新潟県 上越、中越、下越(以上中B、中B小、高B小のみ※)
山梨県 地区大会なし
東 京 東京都 中学、高校、大学、一般・職場
(東京都は都大会が支部大会となる)
北 陸 富山県 地区大会なし
石川県
福井県
東 海 長野県 北信A、北信B(※)、東信、中信、南信A、南信B(※)(以上中Aのみ)、東北信、中南信(以上高Aのみ)
岐阜県 美濃飛騨、可茂東濃、岐阜西濃(以上中BCのみ※)
静岡県 東部、中部、西部(以上中高のみ)
愛知県 名古屋、知多、東三河、東尾張、西尾張、西三河北、西三河南(以上中高のみ※)
三重県 地区大会なし
関 西 滋賀県 中学高校湖北・湖東・中部、中学大津・湖西、中学南部・甲賀、高校大津・湖西・南部・甲賀
京都府 地区大会なし
大阪府 北摂、北、中、南
兵庫県 東阪神、西阪神、神戸、東播、西播、全但、淡路(以上中高のみ)
奈良県 地区大会なし
和歌山県 地区大会なし
中 国 鳥取県 地区大会なし
島根県
岡山県
広島県
山口県
四 国 徳島県 地区大会なし
香川県
愛媛県
高知県
九 州 福岡県 北九州、筑豊、福岡(以上中高のみ)、中学福岡、中学筑前、中学筑後
佐賀県 地区大会なし
長崎県 県南、県央、県北(以上中のみ)
熊本県 地区大会なし(※)
大分県 地区大会なし
宮崎県 地区大会なし
鹿児島県 地区大会なし(中学の部のみ、予選通過団体による代表選考会を開催)
沖縄県 地区大会なし
  • 配列は全国地方公共団体コードに基づいている。
  • 注(※)
    • B、C(小編成)部門は全日本吹奏楽コンクールの予選ではないが便宜上記載してある。
    • 長野県の北信A、Bおよび南信A、Bは地区の名前であり、部門の名前ではない。なおいずれの地区でもA部門のみ地区大会を行う。
    • 愛知県と熊本県では県大会の後さらに代表選考会を行い、支部大会に進出する団体を決定する。

コンクール課題曲[編集]

吹奏楽コンクールで全国大会まで開催される部門(大編成部門・A部門)では課題曲の演奏が義務付けられている。近年は朝日作曲賞の入選作品3 - 5曲(大賞受賞作品は翌年度の課題曲 I となる。ただし、過去に I 以外の課題曲となった例外有。)と、連盟の委嘱による作品1曲前後が課題曲に選ばれている。

過去には團伊玖磨木下牧子三善晃間宮芳生大栗裕小山清茂兼田敏保科洋など、一線級の作曲家による作品が課題曲となったこともある。また、近年では日本人による新曲が主であるが、過去にはJ.P.スーザA.リードW.F.マクベスなどの作品も課題曲となったことがある。

課題曲設定方針の変更[編集]

第41回(1993年) - 第55回(2007年)大会の15年間、西暦で奇数年はマーチの楽曲、偶数年はマーチ以外の楽曲が指定されてきたが、第56回(2008年)大会より以下の通り変更が施行される。

  • 課題曲全般
    • 毎年、マーチの楽曲・マーチ以外の楽曲が課題曲に設定される。課題曲数はこれまでと同様I - Vの5曲。
  • 課題曲I - IV(全部門で選択可能)
    • 毎年、マーチ2曲を含む多様なものとする。
    • 「技術的にやさしく、親しみやすい旋律のもの」とする。
    • 演奏時間は3 - 4分程度
    • 連盟委嘱作品については、第56回(2008年)大会では1曲委嘱を行い、第57回(2009年)大会では委嘱は行わない。
    • 第59回(2011年)大会以降も委嘱の継続を前提とし、委嘱を行うのは毎年か隔年かや、曲種については2009年度までに決定する。
  • 課題曲V
    • 「吹奏楽曲の開発を意図した多様なもの(マーチも可能)」とする。
    • 演奏時間は3 - 4分程度
    • オーボエファゴットパートのオプションとして、2番パートの追加を可能とする。
    • 現在の朝日作曲賞とは別に2009年度から連盟独自に「全日本吹奏楽連盟作曲コンクール」を設け、このコンクールの第1位作品を翌年度の課題曲Vに設定する。この作曲コンクールは連盟発足70周年を記念して創設されるものである。
    • 現在、課題曲Vは「高校大学、職場・一般の部」が選択可能となっているが、第56回(2008年)大会までは「大学、職場、一般の部」のみが選択可能となっていた。

課題曲の変遷[編集]

課題曲の設定については、時代によって変わってきた。

  • 第1回(1940年) - 第3回(1942年
    戦前の実施であり、国威高揚をはかるような曲であった。
  • 第4回(1956年) - 第6回(1958年
    中学の部、高校の部、職場の部、一般・大学の部で各一曲指定。すべてマーチであった。
  • 第7回(1959年
    中学の部、高校の部、職場・一般・大学の部で各1曲指定。すべてマーチであった。
  • 第8回(1960年) - 第21回(1973年
    中学の部、高校以上の部で各一曲指定。ほとんどがマーチ、第12回(1964年)大会に初めてマーチ以外の曲が採用。第13回(1965年)大会のみ、中学、高校・職場、大学・一般の3つに分かれて指定。
  • 第22回(1974年
    課題曲は2曲。A、Bと頭をつけ、部門に関係なく選択できるようにした。初めて本格的なポップス調の課題曲が登場。
  • 第23回(1975年
    課題曲は4曲。A・Bが中学、C・Dが高校以上でそれぞれ選択。この年より課題曲の参考音源として連盟よりプロの吹奏楽団の演奏による参考演奏のカセットテープが発売開始される。
  • 第24回(1976年
    課題曲は4曲。A、B、C、D。部門に関係なく選択可能。
  • 第25回(1977年
    課題曲は4曲。Aが中学、Bが高校以上、Cが全部門共通、Dが小編成部門用でそれぞれ選択。小編成部門の全国大会は無いため、全国大会での実況録音は無い(地区大会での録音は、存在する可能性がある)。
  • 第26回(1978年
    課題曲は4曲。部門に関係なく任意に選択。A-Cは序曲風、Dはマーチという時代がしばらく続く。なお1978年の課題曲Bは、この年の全国大会ではどの団体も演奏していない。
  • 第27回(1979年) - 第40回(1992年
    課題曲は4曲。任意に選択。ただし、第27回(1979年)大会と第35回(1987年)大会は5曲。1990年より朝日作曲賞が創設され、第39回(1991年)大会より朝日作曲賞大賞・入賞作品が課題曲に指定される。
  • 第41回(1993年) - 第50回(2002年
    課題曲は4曲。ただし、第44回(1996年)大会は5曲。第41回(1993年)大会から、4曲すべて西暦で奇数年はマーチの楽曲、偶数年はマーチ以外の楽曲に指定された。また、課題曲番号がA - DからI - IVと、アルファベットからローマ数字に変わった。同時に、課題曲参考演奏を収めた音源が従来のカセットテープからCDに変更された(A - D表記をI - IV表記に変更したのは、CD化に合わせたものといわれる)。
  • 第51回(2003年) - 第55回(2007年
    課題曲は5曲。Vは大学・職場・一般の部のみが選択できる。その他は変更なし。
  • 第56回(2008年
    課題曲は5曲。毎年、マーチの楽曲・マーチ以外の楽曲が指定される。
  • 第57回(2009年) -
    課題曲は5曲。「全日本吹奏楽連盟作曲コンクール」が創設され、この作曲コンクールの第1位作品がVとなる。また高校の部でもVが選択できるようになった。

課題曲一覧[編集]

課題曲 楽譜・参考演奏[編集]

[編集]課題曲音源

[編集]課題曲参考演奏団体・指揮者一覧
課題曲参考演奏CDDVD録音撮影製造は、大会年前年の9月から行われているが、本節では製造年ではなく大会年を基準とする。
[編集]1975年 - 1992年

大会年 大会回 演奏団体 指揮者
1975年 23 航空自衛隊音楽隊 斉藤高順
1976年 24 陸上自衛隊中央音楽隊 高橋良雄
1977年 25 東京佼成ウインドオーケストラ 手塚幸紀
1978年 26 A.キューネル
1979年 27 黒岩英臣
1980年 28 小松一彦
1981年 29
1982年 30 小泉ひろし
1983年 31 佐藤功太郎
1984年 32 山岡重信
1985年 33
1986年 34 F.フェネル
1987年 35 山岡重信
1988年 36 F.フェネル
1989年 37
1990年 38 小田野宏之
1991年 39 十束尚宏
1992年 40 中村ユリ

[編集]1993年 - 2012年

大会年 大会回 演奏団体 指揮者
1993年 41 東京佼成ウインドオーケストラ 天沼裕子
1994年 42
1995年 43 岩村力
1996年 44
1997年 45 中村ユリ
1998年 46 森口真司
1999年 47 大阪市音楽団 木村吉宏
2000年 48 堤俊作
2001年 49 東京佼成ウインドオーケストラ 時任康文
2002年 50 沼尻竜典
2003年 51 大阪市音楽団 金洪才
2004年 52
2005年 53 東京佼成ウインドオーケストラ 齊藤一郎
2006年 54
2007年 55 大阪市音楽団 秋山和慶
2008年 56
2009年 57 東京佼成ウインドオーケストラ ポール・メイエ
2010年 58 小林恵子
2011年 59 大阪市音楽団 秋山和慶
2012年 60

[編集]2013年 -

大会年 大会回 演奏団体 指揮者
2013年 61 東京佼成ウインドオーケストラ 齊藤一郎
2014年 62 山下一史

会場[編集]

全国大会[編集]

中学・高校の部[編集]

中学の部・高校の部の全国大会は、愛知県名古屋市熱田区にある名古屋国際会議場センチュリーホールで行われる(会場の変遷については後述)。

普門館時代[編集]

かつては、東京都杉並区にある普門館立正佼成会所有[3])で行われた。
同館が吹奏楽コンクール全国大会で初めて使用されたのは、第20回(1972年)大会である。その後、第25回(1977年)大会から第59回(2011年)大会まで(後述する第53回大会を除く)、同館で開催されていた。さらに、予選を勝ち抜いた学校のみ同館で演奏できたことから、「吹奏楽甲子園」と呼ばれていた。
例年、定員をはるかに超える入場希望者に対応するため、第44回(1996年)大会以降、中学の部・高校の部それぞれ全29団体のプログラムを更に「前半の部」と「後半の部」の2部に分け、完全入替え制で大会を進行していた。
ただ、同館を所有する立正佼成会の予定により全国大会の日程が前後することがあり、また、お世辞にも音楽向きの音響を備えたホールとは言えないため、しばしば会場の変更を求める声があったが、キャパシティ[4]、予算、遠方から参加する団体の楽器運搬車やバス駐車関係で広大な駐車場が必要である[5]などの事情から、同館に代わるホールがないということ、また「普門館を目指す=全国大会出場を目指す」という中高生の吹奏楽奏者の意識が大変強かったため、具体的な変更の計画はなかった。
しかし、2012年に立正佼成会が専門家に依頼した耐震調査で、「大ホールの天井について十分な耐震性が確保されていない」ことが判明したため[出典 2][出典 3]、2013年11月13日に、立正佼成会が普門館ホールの耐震工事を断念、使用停止すると発表。これにより、普門館での開催の歴史に幕を閉じた[出典 4]
普門館でのエピソードとして、第52回(2004年)大会中学後半の部の開催中、新潟県中越地震が発生し、大会史上初めて一時中断するという事態が発生した。また高校後半の部では、演奏中にステージ裏側で誤って次の団体が楽器を落下させてしまうということがあり、これらのことを機に、大会を安全に運営するためのマニュアルが連盟によって作成された。

名古屋国際会議場センチュリーホール時代[編集]

名古屋国際会議場センチュリーホールが初めて会場として使用されたのは、第53回(2005年)大会である。この時は、立正佼成会大聖堂の改修事業に伴い、大聖堂の代替施設として普門館が利用されたことに伴うものであった。
第60回(2012年)大会からは、前述した普門館の使用停止に伴い、当ホールが全国大会の会場として使われている[6]

大学・職場・一般の部[編集]

大学・職場・一般の部の全国大会は、東京都大阪市名古屋市浜松市など各地方(各支部単位)の持ち回りで開催される。
近年では、東京文化会館大阪府立国際会議場アクトシティ浜松宇都宮市文化会館のいずれかで開催されることが多くなっている。
中学・高校の部とは違い、きちんとした反響設備を備えてあるホールで開催されることが多いが、まれにほとんど響かないホールで開催されることもある(大阪府立国際会議場・仙台サンプラザなど)。
また毎年会場を変えているため、会場の特性を把握出来ないまま本番に臨む団体がほとんどである(この場合、必然的にホールを知っている地元支部の団体が有利となる)。
ホールと楽曲との相性は決して無視できないものだが、持ち回り開催のためこのような課題が存在する(コンクールが開催された会場については「コンクール開催会場・期日一覧」を参照のこと)。

地区予選[編集]

各支部・都道府県・地区での予選はその地区のホールが主に使われる。
2004年まで東京都大会は上述の普門館で主に行われていたが、参加団体の増加などで最低でも4日連続でホールを借りなければならず普門館では4日連続で行うことが出来なくなったため、2005年からは都内の他のホールで行われている[7]

コンクール開催会場・期日一覧[編集]

連盟加盟支部(本節では所属支部)のこれまでの経緯に関しては、「連盟加盟支部の経緯」を参照のこと。

コンクール参加団体数 (2010年度)[編集]

全国
合計
中学校 高等学校 大 学 職 場・一 般 合 計
A B A B A B A B
2,648 3,981 6,629 1,539 1,626 3,165 174 12 186 499 67 566 10,546
  • 各部門の「A」は全国大会予選部門 (大編成部門・A部門など)
  • 各部門の「B」はそれ以外の部門 (小編成部門・B部門・合同部門・C部門など)
  • 参加団体数は、全国大会3年連続出場団体を含んだ数


全国大会出場団体数[編集]

全国
合計
中学校 高等学校 大 学 職場・一般 合 計
29 29 13 26 97

世間認知度[編集]

各種TV番組などで度々紹介される。特に最近では、2004年から2005年、また2010年日本テレビ系列のバラエティ番組『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』で特集が組まれた。この番組で「普門館すなわち吹奏楽甲子園」というコンクール経験者間の認識が一般にも紹介された。

ラジオでは、NHK-FMで「ブラスの響き」というレギュラー番組が放送されていた。現在でも、コンクールシーズンには特番が組まれることがある。

約5,000人収容の大ホール普門館は毎年熱心な聴衆で埋め尽くされる。ただ、一部の過度に熱狂的な聴衆のマナーはしばしば問題にされる(顕著な例としては、演奏が終わるか終わらないかのところで残響を無視して奇声をあげる者が毎年いる事があげられる)。

第55回(2007年)大会では、NTT東日本Bフレッツ販売促進としてコンクール特集企画が行われ、全国大会までの練習の様子や、大会当日の演奏風景・結果発表の様子などの動画配信を行った。

中学・高校の部の入場券[編集]

高校の部の入場券は、1990年代に入った頃から、極めて入手困難なプラチナチケットと化している。第39回(1991年)大会までは当日券が発売されていたが、徹夜組が行列をつくるなどの混乱があり、翌年第40回(1992年)からは当日券発売を廃止し、事前受付販売のみに変更した経緯がある(1通あたりの申し込み枚数を制限し、申し込み多数の場合は抽選としたこともあった。抽選にもれた入場希望者に対応するため、チケットぴあチケットセゾンで第2次前売りを行った年もある)。第44回(1996年)大会以降行われている前後半入れ替え制も、少しでも多くの入場希望者に対応するために、一部の支部予選において以前から行われていたものを参考に導入された。しかし、それでも全自由席であったことから開場時に聴衆が良席を巡って会場内を走ったり、荷物を置いて座席を確保するなど聴衆同士のトラブルも多くあり、安全な大会進行が急務となっていた。そこでまず試行的に第53回(2005年)大会において、高校の部のみ一般向けの入場券を史上初めて指定席制としチケットぴあによるオンライン販売(店頭発売のみ)としたが、発売開始後数分で完売した。連盟側では安全性や、大会のスムーズな進行についても十分な効果があったとして、翌年に開催された第54回(2006年)大会では、高校の部に加え、中学の部でも指定席制として、9月末にチケットぴあでのオンライン発売を行った。チケットは発売初日で中・高両部門共完売したが、特別電話予約のみの予約受付だった(ぴあ通常予約電話番号、ぴあファミリーマートサークルKサンクス店頭では予約不可)ため、全国からの電話が殺到、ぴあ特別電話予約センターに大変つながりにくくなった(大半は電話番号ダイヤル直後に、大変混雑している旨を知らせるメッセージが流れ、通話を切断せざるを得ない状況となった)ため、高校の部(前半・後半共)においては発売開始後2時間弱をもって完売、中学の部(前半・後半共)も発売開始後3時間程で完売した。第55回(2007年)大会では、全部門において一般向けの入場券を指定席制とし、全てチケットぴあによるオンライン販売を行った。混雑の緩和また部門違いによる誤購入を防ぐため、「中学」「高校」「大学」「職場・一般」それぞれの部門に対し別々のPコードを設定し、更に販売開始日を「中学」「高校」「大学・職場・一般」と3日間に分散した。また、第54回大会では特別電話のみの予約受付であったが、第55回大会からはインターネットでも購入できるようになった。以上のような変更を行ったことから中学の部では34分で完売(ただし中学の部はその後予約流れが発生し、再度余席の購入が可能となった)、高校の部においては7分で完売と、比較的短時間で一般向けの指定席入場券の予定枚数全てが完売した。

CD・ビデオ[編集]

近年、全国大会の会場では出場団体の演奏を収録したCD-R・の当日販売が行われる。演奏を終えた団体の録音が演奏終了後15分程度で即売ブースに並ぶため、休憩時間などには熱心なファンが列を作る光景が見られる。また大会から1・2ヶ月程度で、実況録音盤CDDVDが一般のレコード店にて販売される。

今後の課題[編集]

上述のように部活動としての吹奏楽への注目、知名度が高まったことで、従来から高校入試にあった吹奏楽推薦のほか、普通科吹奏楽コースを設置する高校が増え、音楽活動としての吹奏楽がコンクールでの入賞至上主義へと変質してしまうことへの危惧の声が一部にある。

2005年度より高校の部、2006年度より中学の部、2007年度より全部門の一般向けチケットは、チケットぴあ委託により全て指定席発売となったため、以前と比べ、連盟側の事務的負担の軽減や大会運営の円滑化、聴衆側にとっては安全性とチケット購入時期についての公平性の向上などが図られたが、一方、メディア吹奏楽文化が注目されている影響などから、ダフ屋による転売目的のチケット大量予約が横行し、吹奏楽コンクールに足を運びたい一般聴衆がチケットを入手することがかなり難しくなったことは問題である。「吹奏楽を愛する中高生の憧れの舞台」また「日本の吹奏楽文化の発展を担う大会」として、チケットの販売方法についての再検討が大いに必要であると言えるだろう。

参考文献・脚注・出典[編集]

  1. ^ 高校:習志野市立習志野高校 一般:乗泉寺吹奏楽団、西宮市吹奏楽団
  2. ^ 全日本吹奏楽連盟会報「すいそうがく」2011年7月号、全体協議会における質問・意見(9p)全日本吹奏楽連盟
  3. ^ 立正佼成会は、第55回(2007年)大会から全面協力している。[出典 1]
  4. ^ 同館につぐキャパシティを持つホールとしては東京国際フォーラムのホールAがある。
  5. ^ 前述の東京国際フォーラムホールAは東京都心の一等地にあり、駐車場設備が貧弱である。
  6. ^ 但し、連盟は「将来的に使い続けるかは未定」としている。[出典 4]
  7. ^ 東京支部の中学の部では予選の一部日程と都大会、高校の部の都大会は普門館で開催されていたこともあった。

出典[編集]

関連の大会[編集]

全日本吹奏楽連盟主催による大会[編集]

など

その他の主催者による大会[編集]

など(括弧内は主催者)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]