カーネギー・ホール
| カーネギー・ホール Carnegie Hall |
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カーネギー・ホールとカーネギー・ホール・タワー |
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| 情報 | |
| 旧名称 | Music Hall(音楽堂) |
| 開館 | 1891年5月5日 |
| 客席数 | 2804席(メインホール) 599席(ザンケル・ホール) 268席(ウェイル・リサイタルホール) |
| 所在地 | |
| 位置 | |
| 公式サイト | http://www.carnegiehall.org/ |
カーネギー・ホール (Carnegie Hall) は、アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタンにあるコンサートホールである。1891年に創設されて以来、マンハッタンの7番街57丁目 (Seventh Ave., 57th St.) の一角を占めるミッドタウンのランドマークであり、古くからクラシック音楽、ポピュラー音楽などのコンサートが頻繁に開催される音楽の殿堂となっている。かつてはニューヨーク・フィルの本拠地であった。
カーネギー・ホールが主催する音楽プログラムやその他芸術事業も数多く、現在1シーズンあたりおよそ250公演のコンサートが催されている。その一方で、ニューヨーク・フィルがリンカーン・センター内のフィルハーモニック・ホール(当時)へと拠点を移した1961年以降、カーネギー・ホールはレジデンス・オーケストラをもっていない。
他にもカーネギーの名を冠するコンサートホールは、ウェストバージニア州ルイスバーグに所在するカーネギー・ホール(420席)、カーネギー博物館などの置かれるカーネギー・インスティテュートの中心地ペンシルベニア州ピッツバーグに所在するカーネギー音楽堂(1928席)、ピッツバーグ郊外のホームステッド・カーネギー図書館に併設されているカーネギー音楽ホール(1022席)、そしてアンドリュー・カーネギー生誕の地であるダンファームリンに所在するカーネギー・ホールなど、世界各地に存在する。
目次 |
歴史[編集]
ウィリアム・タットヒルが設計を手がけ、鉄鋼王と呼ばれるアメリカの実業家・慈善家アンドリュー・カーネギー (Andrew Carnegie) により建てられた。1891年5月5日、指揮者のウォルター・ダムロッシュと作曲家のチャイコフスキーのコンサートによりこけらおとしされた。1925年にアンドリュー・カーネギーの未亡人により不動産開発業者に売却され、一時存在も危ぶまれたが、アイザック・スターン等の運動によりニューヨーク市が買い取り、現在は非営利のカーネギー・ホール・コーポレーション (Carnegie Hall Corporation) により運営されている。
初めてメインホールの舞台に立った日本人はアイ・ジョージ(1963年)、女性では朱里エイコ(1976年)である。
建物構造[編集]
カーネギー・ホールは、大きく3つの部分から構成されている。メイン・ホール、リサイタル・ホール、室内楽ホールである。 メイン・ホールは2804席をもち、その優れた音響効果が高く評価されている。しかし、外部の自動車騒音が聞こえてしまう欠点もある。
カーネギー・ホールでの世界初演[編集]
- 交響曲第9番 作品95 「新世界より」(アントニン・ドヴォルザーク作曲、1893年12月16日初演、アントン・ザイドル指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック)
- 家庭交響曲(リヒャルト・シュトラウス作曲、1904年3月21日初演、作曲者自身の指揮/ウェッツラー交響楽団)
- ヘ調の協奏曲(ジョージ・ガーシュウィン作曲、1925年12月3日初演、ウォルター・ダムロッシュ指揮/作曲者自身のピアノ/ニューヨーク交響楽団
- パリのアメリカ人(ジョージ・ガーシュウィン作曲、1928年12月13日初演、ウォルター・ダムロッシュ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
- コレルリの主題による変奏曲(セルゲイ・ラフマニノフ作曲、1931年11月7日初演、作曲者自身のピアノ独奏
- 密度21.5(エドガー・ヴァレーズ作曲、1936年2月16日初演、ジョルジュ・バレールのフルート独奏
- コントラスツ(ベラ・バルトーク作曲、1939年1月9日初演、ベニー・グッドマンのクラリネット、ヨゼフ・シゲティのヴァイオリン、エンドレ・ペトリのピアノによる三重奏
- 室内交響曲第2番 作品38(アルノルト・シェーンベルク作曲、1940年12月15日初演、フリッツ・シュティードリー指揮/フレンズ・オブ・ニュー・ミュージック管弦楽団
- New World A-Comin'(デューク・エリントン作曲、1943年12月11日初演、作曲者自身とデューク・エリントン楽団
- ウェーバーの主題による交響的変容(パウル・ヒンデミット作曲、1944年1月20日初演、アルトゥール・ロジンスキ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
- 語りとピアノの五重奏のためのナポレオン・ボナパルトへの頌歌 作品41(アルノルト・シェーンベルク作曲、1944年11月23日初演、アルトゥール・ロジンスキ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
- 3楽章の交響曲(イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲、1946年1月24日初演、作曲者自身の指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
- エボニー協奏曲(イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲、1946年3月25日初演、ワルター・ヘンドル指揮/ウディ・ハーマン楽団
- 交響曲第3番「キャンプの集い」(チャールズ・アイヴズ作曲、1946年4月5日初演、ルー・ハリソン指揮/ニューヨーク・シンフォニエッタ、室内楽ホールにて
- 聖体秘蹟への賛歌(オリヴィエ・メシアン作曲、1947年3月13日初演、レオポルド・ストコフスキー指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック
道案内にまつわる伝説[編集]
カーネギー・ホールの敷地は、7番街、57丁目に面している。古くからある冗談として次のようなものがある。
ピアニストのルービンシュタインがある時、この近所で
Pardon me sir, but how do I get to Carnegie Hall ?
すみません、カーネギーホールへはどうやって行くんですか?
と尋ねられた際に、こう答えたという。
Practice, practice, and practice.
練習して、練習して、さらに練習してください。
現在のカーネギーホールのアクセス案内ページには、この冗談を思い出させるような文章が書かれている。その内容は、
While it takes some people a lifetime of practice to get to Carnegie Hall (as the saying goes), others just have to follow these simple directions.
(昔からの冗談にあるように)カーネギーホールに行くには、ある人々は生涯をかけて練習し続けなければならないが、そうでない人は下記の簡単な指示に従うだけで良い。