7番街 (マンハッタン)

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39丁目にあるファッション・ディストリクト案内所と彫刻

7番街英語: Seventh Avenue)は、アダム・クレイトン・パウエル・ジュニア・ブルバード(Adam Clayton Powell Jr. Boulevard)としても知られ、ニューヨーク市マンハッタン区のウェストサイドを走る。セントラルパークより南は南行きであり、北は両面通行である。

7番街は、もともとヴァリック・ストリートであり、ウェスト・ヴィレッジのクラークソン・ストリートから始まる。59丁目から110丁目にかけてはセントラルパークにより中断されている。アーティザンズ・ゲートは、7番街へのセントラルパークの出口である。道路は、セントラルパークの北端にあるウォーリアーズ・ゲートの北は、ハーレムを走っており、アダム・クレイトン・パウエル・ジュニア州庁舎があることからアダム・クレイトン・パウエル・ジュニア・ブルバードと呼ばれている。住所は、最初の1800ブロックのように、7番街がセントラルパークで中断することなく続いているかのように継続して付けられている。通りは、ハーレム川にあるマコンブス・ダム橋で終わり、ブロンクスではジェローム・アベニューとなる。

著名な地区・建築物[編集]

通りは、12丁目から5番街34丁目から39丁目にかけてのガーメント・ディストリクトを通る。この地区は、世界のファッションの首都として、ファッション産業が盛んで、有名なファッションデザイナーが本拠地としており、通りは「ファッション・アベニュー」とも呼ばれる。最初の7番街を示す一時的な標識は、1972年に「ファッション・アベニュー」と書き加えられ、二重の永久的な標識となった[1]

7番街は、ブロードウェイ42丁目タイムズスクエアを横断している。

7番街に位置する著名な建築物には、次のようなものがある。

14丁目より南は、ウェスト・ヴィレッジの主要道路となる。現在はない聖ヴィンセント・カトリック病院は、7番街と11丁目にあるダウンタウンの主要な病院だった。

由来と延伸[編集]

7番街は、1811年委員会計画において計画された。

7番街の南端は、20世紀の初頭までグリニッジ・ヴィレッジの11丁目だった。1914年に、ヴァリック・ストリートと接続するために南向きに延伸し、ヴァリック・ストリートも同時に延びた[2]。7番街の延伸により、ミッドタウン・マンハッタンと商業地であった現在のトライベッカの間の交通が改善された。さらに、ブロードウェイ/7番街線の建造も許可され[3]、1918年に開業した[4]

1911年9月、数年間検討されていた7番街の拡張が、ニューヨーク市理事会によって承認された。このときの立案時には、建設費として300万$の費用が支出された。道路拡張では、市民団体により、グリニッジ・ヴィレッジの商業地区を通過するように促された。多くの古い建築物が拡張のために壊され[5]、この中には1840年に建設されたベッドフォード・ストリート・メゾジスト教会が含まれていた[6]

1954年6月6日、7番街のほとんどは南行きの一方通行となった[7]タイムズスクウェア以北の道路は、1957年3月10日まで両面通行のままだった[8]

文化[編集]

7番街は、映画、劇、本などに頻繁に登場する。

サイモン&ガーファンクルの歌「ボクサー」では、「7番街の売春婦からの誘惑」と歌われている。さらに、ローリング・ストーンズは、「シャッタード」で、他のニューヨーク市のファッションの象徴の間に、「僕は7番街でそれを贈ることができない」と歌っている。

1962年の劇、1965年の映画「サウザンド・クラウン」では、7番街が近くにあると設定されており、頻繁に登場する。

1973年のスティーリー・ダンの歌「ザ・ボストン・ラグ」では、「僕ができることは何ひとつなかった。それで僕は7番街を下って車を指した」と歌っている。

1978年のローリング・ストーンズの歌「シャッタード」(女たち)では、ミック・ジャガーが「僕は7番街でそれを贈ることができない」と歌っている。

さらに、ダシール・ハメットの「マルタの鷹」では、サム・スペードが殺し屋ウィルマーに、「立ち去る」ように命じ、「would go over big back on Seventh Avenue. But you're not in Romeville now. You're in my burg」と述べられている。

デイブ・ギボンズの「ウォッチメンをウォッチング」(タイタン2008)では、漫画家は7番街と西31丁目の角に、グンガ・ディナー、ユートピア・シネマ、プロメシアン・キャブ・カンパニー、Institute for Extraspatial Studiesが位置していると推測している。

1977年、ガーメント・ディストリクトを中心としたNBCのテレビ・ミニシリーズ放映された[9]

2008年には、ザ・ガスライト・アンセムの歌「君の瞳に乾杯」では、「ニューヨークの7番街のシーンに夢中になる」と7番街を叙情的に表現している[10]

ペット・ショップ・ボーイズの歌「ニューヨーク・シティ・ボーイ」には、「君はニューヨーク・シティ・ボーイだ、7番街とブロードウェイの交差点で」というリフレーンがある。

関連項目[編集]

出典[編集]

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  1. ^ "Everybody -- Well, Almost -- Attended A Mammoth Party on 'Fashion Ave.'", The New York Times, June 8, 1972. p. 58.
  2. ^ New York Times, Wreckers Busy in Old Greenwich, March 22, 1914, page XX1
  3. ^ New York Times, Seventh Avenue Extension Will Create Great Business Revival in Old Greenwich, Sept. 24, 1911, page X9
  4. ^ New York Times, Open New Subway to Regular Traffic, July 2, 1918, page 11
  5. ^ New York Times, 1911
  6. ^ The New York Times, 1914
  7. ^ Ingraham, Joseph (1954年6月7日). “7TH AND 8TH AVES. SHIFT TO ONE-WAY”. The New York Times. http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=FB0C14F93A55107B93C5A9178DD85F408585F9 2012年8月28日閲覧。 
  8. ^ Ingraham, Joseph (1957年3月11日). “Midtown Gets New Traffic Pattern”. The New York Times. http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F20E14FC3D5D167B93C3A81788D85F438585F9 2012年8月28日閲覧。 
  9. ^ "Seventh Avenue" (1977), Internet Movie Database
  10. ^ "Here's Looking At You, Kid", SongMeanings.net"

外部リンク[編集]


座標: 北緯40度45分54.75秒 西経73度58分49.03秒 / 北緯40.7652083度 西経73.9802861度 / 40.7652083; -73.9802861