ブロード・ストリート (マンハッタン)

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座標: 北緯40度42分18秒 西経74度00分42秒 / 北緯40.705度 西経74.0116度 / 40.705; -74.0116

Broad Street
ブロード・ストリートとニューヨーク証券取引所(右)
ブロード・ストリート 10-12に建つ1882年のニューヨーク証券取引所

ブロード・ストリート (Broad Street) はニューヨーク市マンハッタンフィナンシャル・ディストリクトを走る通りである。この通りの南端はサウス・ストリート (en) で北端はウォール・ストリートである。ブロード・ストリートより北では、ブロード・ストリートはナッソー・ストリートと名前を変え、スプルース・ストリートと突き当たるまで続く。

歴史[編集]

ブロード・ストリートは、元々はイースト川からマンハッタン島への入り江を整備してできたブロード・キャナル (Broad Canal, 広い運河) という運河であった。この運河を埋め立ててできた通りであることから、ブロード・ストリートという名前が付けられた。ニューアムステルダム時代は、この運河は"Heere Gracht"と呼ばれていた[1]。この運河沿いには三階建て二つの建物が並んでいた。これらの建物の前の道は1676年に舗装された。この運河沿いでは、果物と野菜の露天商人(ロングアイランドからカヌーでやってくるネイティブアメリカンもいた)たちが、ゴミを放置し続けたため、川幅が徐々に狭くなっていった。この運河はついに船の通行ができなくなったため、1676年に埋め立てられた[2]

ブロード・キャナルはマンハッタンとブルックリンを結ぶ最初のフェリー(後のフルトン・フェリー (en))の初代の上陸場所であった[3]

この通りは、オランダ統治時代からイギリス統治時代、アメリカの独立を経て現在に至る数世紀の間で大きな変化を遂げてきた。18世紀のこの通りのテナントとしては、書店のen:Garrat Noelがあった[4]。1835年のニューヨーク大火 (en) はニューアムステルダムおよびニューヨークの初期の時代の歴史的建造物を焼き尽くした。この地域が金融活動の中心としての役割を果たすようになるにつれて、小さな建物は荘厳な銀行へと建て替えられるようになった。現在、この地域で未だ残っている建物ほ多くは1900年前後のものであり、それに加えて比較的新しい1950年以降に建てられたものがある。

建築物[編集]

有名な新ローマ様式 (neo-Roman) のファサードを持つニューヨーク証券取引所の建物とその正面入口はブロード・ストリート 18に所在している。その向かいには、以前のJPモルガンの本社であった23 ウォール・ストリート (en) と15 ブロード・ストリート (en) が建っている。現在は、これらの建物は高級コンドミニアムに改装されている。他の主要な建物にはブロード・ストリート 25のブロード・エクスチェンジ・ビルディングとブロード・ストリート 70のアメリカン・バンク・ノート・カンパニー・ビルディングがある。

この通りの南端には、西側に1 ニューヨーク・プラザが、東側には2 ニューヨーク・プラザ (en) が建っている。

交通機関[編集]

ブロード・ストリートとウォール・ストリートの角には、ニューヨーク市地下鉄BMTナッソー・ストリート線 (en) のブロード・ストリート駅 (en) (J Z トレイン) がある。

脚注[編集]

出典
  1. ^ The Historical Atlas of new York City - A Visual Celebration of 400 Years of New York City's History -
  2. ^ Moscow, Henry. The Street Book: An Encyclopedia of Manhattan's Street Names and Their Origins New York: Hagstrom, 1978. ISBN 0823212750
  3. ^ Nathaniel Scudder Prime, A History of Long Island: from its first settlement by Europeans, to the year 1845
  4. ^ New York Mercury, Nov. 13, 1752

外部リンク[編集]