ダシール・ハメット
ダシール・ハメット(Samuel Dashiell Hammett、1894年5月27日 - 1961年1月10日) は、アメリカのミステリ作家。推理小説の世界にいわゆるハードボイルドスタイルを確立した代表的な人物である。代表作は『血の収穫』『マルタの鷹』。
サム・スペードやコンチネンタル・オプなどの探偵を創造した。
国際推理作家協会はハメットの業績を称え、ダシール・ハメット国際推理小説賞を制定し、スペイン語で書かれた最も優れた推理小説の表彰を行っている。また、同協会の北米支部は独自に「ハメット賞(The Hammett Prize)」を制定し、1992年より毎年、アメリカもしくはカナダ人作家を対象としてノミネートされた作品から最優秀一作を選定している。ほかに、北欧支部のスカンジナヴィア推理作家協会でも、ハメットの作品タイトルに因んだガラスの鍵賞を制定し、北欧の最優秀作品を毎年選定している。
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[編集] 経歴
生後数年で貧しい境遇となり様々な職業を経験した。第一次世界大戦後はアメリカ屈指の探偵会社であるピンカートン探偵社の探偵として働いていたこともある。この際の経験が、作品に生かされていると言われる。その後、肺結核を患って文筆活動に入る。
1922年から、推理小説雑誌『ブラック・マスク』誌に短編推理小説の執筆を開始。同誌の看板作家の一人となった。「報告書のように簡潔な」筆致で、登場人物の行動を描く彼のハードボイルドスタイルは、この頃に確立されている。当時の初期作品にしばしば登場したのが、小太りのコンチネンタル探偵社社員「コンチネンタル・オプ」である。
1929年には『血の収穫』、続いて『デイン家の呪い』とコンチネンタル・オプものの長編を送り出した。特に『血の収穫』は壮絶なバイオレンスドラマで、その後のアクション小説・映画に多大な影響を与えた。
1929年に『ブラック・マスク』誌に連載され、翌年単行本となった『マルタの鷹』は、ハメットのもっとも有名な作品である。サンフランシスコの私立探偵サム・スペードが真相追求のために行動する姿を完全客観のカメラアイスタイルで描き、後続のハードボイルド作家の範とされる。
また、1931年の長編『ガラスの鍵』は、賭博師ネド・ボーモントを主人公に錯綜した事件を描いた作品で、やはり厳しい客観筆致で描かれており、もっとも好きな自作であった。この2作はとりわけ後世の評価が高い。
1934年には、やや通俗的なタッチで夫婦探偵の活躍を描いた『影なき男』を書き、これは大衆からも人気を博した。
しかし、その後のハメットは、自作の映画化で収入が得られるようになったこともあってか、創作意欲は衰えている(ただし、後半生を共に過ごしたリリアン・ヘルマンはこの一般的な見解に対して否定的である。彼女によると、執筆活動はずっと続けていたが、作品を完成させることができなかった。何故、完成させられなかったのかは分からないと、自らの自伝で延べている)。
1942年、太平洋戦争勃発後、彼は陸軍に志願し、戦時中のほとんどをアリューシャン諸島で陸軍の新聞を作る下士官として過ごしたが肺気腫で除隊している。
労働者の実態をよく知るが故に、ハメットは労働運動にも強い共感を持っていた。彼は反ファシストであり1930年から1937年にはアメリカ共産党にも入っていた。だがそれが第二次世界大戦後の冷戦下のアメリカで吹き荒れた「赤狩り」の被害にあう原因ともなり、友人のエリア・カザンによる密告を受け起訴され、自らの活動や他の共産党メンバーに関する自白を拒み続けた結果、法廷侮辱罪で有罪判決を受け受刑した。晩年は病と不遇のうちに亡くなっている。
[編集] 作品
[編集] 小説作品
- 『血の収穫』 別題『赤い収穫』 Red Harvest (1929)
- 『デイン家の呪い』 別題『デイン家の呪』 The Dain Curse (1929)
- 『マルタの鷹』 The Maltese Falcon (1930)
- 『ガラスの鍵』 The Glass Key (1931)
- 『闇の中から来た女』 Woman in the Dark (1933)
- 『影なき男』 The Thin Man (1934)
- 『血の報酬』 Blood Money (1943)
他70以上の短編があり多くの短編集が刊行されている。
[編集] 他の著作
- Creeps by Night; Chills and Thrills (編纂した怪奇小説のアンソロジー, 1931)
- Secret Agent X-9 (原作を書いた新聞連載漫画の単行本化, 1934)
[編集] 映画化作品
ハメットの長編小説は、1930年代から1940年代にかけて映画化されている。
[編集] マルタの鷹
ワーナー・ブラザーズ社が映画化権を取り、1931年と1936年の二度にわたって映画化したがヒットしなかった。
ワーナー社は1941年に3度目の映画化を行った。ジョン・ヒューストンの初監督作品で、公式には、ハンフリー・ボガートの初主演作である。ボガート扮するスペードの厳しい演技、ヒューストンの原作に忠実な脚本と切れ味の鋭い演出、そして多彩な脇役陣とが相まって、歴史に残る名作となった。
このヒューストン版があまりに傑出していたため、以後『マルタの鷹』は映画化されていない。
[編集] ガラスの鍵
1942年のリメイク版が有名。スチュアート・ヘイスラーが監督、脚本は『ブラック・マスク』出身の推理作家でハメットとも親交のあったジョナサン・ラティマー。主演アラン・ラッド、共演ヴェロニカ・レイク。
[編集] 影なき男
1934年にW・S・ヴァン・ダイクJr監督で映画化。ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイがおしどり探偵役で主演し、続編が作られるほどのヒット作となった。
[編集] その他
黒澤明の映画「用心棒」(1962年)は、モチーフを『血の収穫』から得ている。
1983年の映画『ハメット』は、ヴィム・ヴェンダースの監督作品で、原作はハメットファンの作家ジョー・ゴアズ。ダシール・ハメットその人を探偵役に異様な物語が展開される。ハメット役のフレデリック・フォレストは、ハメットそっくりに扮して好演。