ピンカートン探偵社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1884年、ピンカートン探偵社の警備員達はオハイオ州Buchtelのスト破りをエスコートした。
1884年、ピンカートン探偵社の警備員達はオハイオ州Buchtelのスト破りをエスコートした。

ピンカートン探偵社Pinkerton National Detective Agency, 略称:Pinkertons)は、アメリカの私立探偵社・警備会社1850年アラン・ピンカートンが設立した。ピンカートンは、大統領選挙に立候補していたエイブラハム・リンカーンの暗殺計画を未然に防ぎ、有名になった人物。リンカーンは南北戦争期間中、ピンカートンの部下の探偵たちを身辺警護に雇っていた。(リンカーン暗殺時には、ピンカートンではなく、アメリカ陸軍が警護にあたっていた)。ピンカートン探偵社は、身辺警護から軍の請負まで、手広く営業した。最盛期にはアメリカ合衆国の常備兵より多くの探偵を雇用していて、オハイオ州は、準軍事組織または民兵として雇われかねないという恐れから、探偵社を非合法にしたほどである。

19世紀後半の職場闘争の期間、実業家たちは、ストライキ および組合員と目される人物を監視するスパイとして、ピンカートン探偵社を雇っていた。その最も悪名高い例が、1892年ペンシルバニア州のカーネギー製鋼会社で起こったホームステッド・ストライキ(en:Homestead Strike)である。ピンカートン探偵社が雇われたのは、当時海外にいて不在だったアンドリュー・カーネギーに代わって、ヘンリー・クレイ・フリック(en:Henry Clay Frick)が計画したスト破りを実行するためだった。300人のピンカートン探偵社と労働者の間に起きた衝突で、双方に数人の死者が出た。他にも、ピンカートン探偵社は、1877年の鉄道スト、イリノイ州ミシガン州ニューヨーク、ペンシルバニア州の炭坑・鉄鋼・材木ストにかかわった。

ピンカートン探偵社は、今でもスウェーデンの警備会社Securitas ABの1事業所Securitas Security Services USAとして存続していて、その政府部門は今なおPinkerton Government Servicesと呼ばれている。

目次

[編集] 起源

ピンカートン探偵社のロゴ 探偵が“the eye”と呼ばれるようになったきっかけとされる
ピンカートン探偵社のロゴ 探偵が“the eye”と呼ばれるようになったきっかけとされる

1850年代、アラン・ピンカートンはシカゴ弁護士エドワード・ラッカーとともに、North-Western Police Agencyを設立した。この会社が後にピンカートン探偵社として知られるようになる。[1][2][3]

歴史家のフランク・モーンはこう述べている。

1850年代までに、少数の実業家が雇用者をより厳しく監視する必要性を感じていた。その解決策が、私立探偵のシステムを支援することだった。1855年2月、アラン・ピンカートンは中西部の6社の鉄道会社と相談のうえ、シカゴにこのような探偵社を創設した[4]

[編集] 政府の仕事

1871年、連邦議会は、新設された司法省に、「連邦法を侵害した罪人の発見と起訴」を専門とした補助部門を組織するために5万ドルを計上した。しかし、ちゃんとした捜査部署を作るには、この額では不十分で、司法省はその仕事をピンカートン探偵社に下請けに出すことにした[5]

しかし、1893年、連邦議会は、政府がスト破りをできないようにするための反ピンカートン法(en:Anti-Pinkerton Act)を可決した。以下のように規定される。

ピンカートン探偵社または、それに類似する組織に雇用された個人を、アメリカ合衆国政府またはコロンビア特別区政府は雇用してはならない[6]

[編集] モリー・マクガイアズ

1870年代、フィラデルフィア・レディング鉄道(en:Reading Company)社長のフランクリン・B・ガウエン(en:Franklin B. Gowen)は、会社が経営するペンシルバニア州ポッツヴィルの炭鉱の、労働組合の内部事情を調べるため、ピンカートン探偵社を雇った。探偵ジェームズ・マクパーランド(en:James McParland)はジェームズ・マッケンナという偽名を使って秘密結社「モリー・マクガイアズ」(en:Molly Maguires)に潜入し、組織を瓦解させた。この事件にインスパイアされたのが、アーサー・コナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズ・シリーズの『恐怖の谷』である。同じくホームズ・シリーズの『赤い輪』でも、ピンカートン探偵社の探偵が小さな役で登場している。

[編集] ホームステッド・ストライキ

1892年7月6日、ホームステッド・ストライキの現場に、ニューヨークとシカゴからピンカートン探偵社の探偵が300人到着した。招聘したのはヘンリー・クレイ・フリックで、工場から労働者たちを立ち退かせるのが目的だった。しかし、探偵たちと労働者たちは衝突して、11人の死者が出た。治安を回復するために、州兵2個旅団が招集された。

[編集] アイダホ州知事暗殺事件

アイダホ警察に逮捕されたハリー・オーチャードことアルバート・ホーズリー(en:Albert Horsley)は、ピンカートン探偵社の探偵ジェームズ・マクパーランドに、アイダホ州知事Frank Steunenberg(en:Frank Steunenberg)を暗殺(爆殺)したと供述し、連邦裁判で終身刑を宣告された。

[編集] アウトローと商売敵

ピンカートン探偵社は、西部のアウトローたちの追跡のためにも雇われた。ジェシー・ジェイムズ、レノ兄弟、ワイルド・バンチen:Wild Bunchブッチサンダンスを含む)などである。

元・ピンカートン探偵社のG・H・ティールが、ミズーリ州セントルイスで「ティール探偵社」(en:Thiel Detective Service Company)を設立した。ティール探偵社はアメリカ合衆国、カナダメキシコで営業し、ピンカートン探偵社のライバルとなった。

労働組合との対立のため、「ピンカートン」という言葉は労働組合、組合員、スト破りのイメージが絶えずまとわりつくことになった[7]。しかし、1937年、ラ・フォレット委員会(en:La Follette Committee)によってその実体が暴かれたことで、労働スパイの事業から撤退した[8]。また、犯罪捜査の事業も、連邦捜査局(FBI)の発足や捜査支局および捜査能力の充実といった、警察組織の近代化の影響に頭打ちになった。数十年間会社の繁盛を支えてきた2つの主要事業を失って、ピンカートン探偵社は、残る身辺警護の事業に打ち込むしかなくなった。そして1960年代には、とうとう会社の名前から「探偵(Detective)」という言葉が消されてしまった[9]1999年、ピンカートン社はスウェーデンの警備会社Securitas ABに買収され、2003年7月には長年の商売敵「ウィリアム・J・バーンズ探偵社」(en:William J. Burns1910年設立)と統合され、世界でも有数の大警備会社になった。

[編集] 大衆文化におけるピンカートン探偵社

[編集] 音楽

1892年の流行歌にこんな歌詞のものがある。「哀れな孤児の悲しい話を聞いてくれ/親父がピンカートンの奴らに殺されちまったんだとさ[10]。他には、以下のようなものがある。

[編集] 映画

[編集] テレビ

[編集] 小説

[編集] 漫画

[編集] 脚注

  1. ^ Foner, Eric; John Arthur Garraty, eds. (Oct 21, 1991). The Reader's Companion to American History. Houghton Mifflin Books. ISBN 0-395-51372-3. p. 842
  2. ^ Robinson, Charles M (2005). American Frontier Lawmen 1850-1930. Osprey Publishing. ISBN 1-84176-575-9. p. 63
  3. ^ Horan, James David; Howard Swiggett (1951). The Pinkerton Story. Putnam. p. 202
  4. ^ Morn, Frank (1982). The Eye That Never Sleeps: A History of the Pinkerton National Detective Agency. Bloomington: Indiana University Press. ISBN 0-253-32086-0.  p. 18
  5. ^ Churchill, Ward (2004 Spring). “From the Pinkertons to the PATRIOT Act: The Trajectory of Political Policing in the United States, 1870 to the Present”. The New Centennial Review 4 (1): 1-72.
  6. ^ 5 U.S. Code 3108; Public Law 89-554, 80 Stat. 416 (1966); ch. 208 (5th par. under "Public Buildings"), 27 Stat. 591 (1893). The U.S. Court of Appeals for the Fifth Circuit, in U.S. ex rel. Weinberger v. Equifax, 557 F.2d 456 (5th Cir. 1977), cert. denied, 434 U.S. 1035 (1978), held that "The purpose of the Act and the legislative history reveal that an organization was 'similar' to the Pinkerton Detective Agency only if it offered for hire mercenary, quasi-military forces as strikebreakers and armed guards. It had the secondary effect of deterring any other organization from providing such services lest it be branded a 'similar organization.'" 557 F.2d at 462; see also {{cite web | title =GAO Decision B-298370; B-298490, Brian X. Scott (Aug. 18, 2006). | work = | url =http://www.gao.gov/decisions/bidpro/298370.htm | accessdate=
  7. ^ Williams, David Ricardo (1998). Call in Pinkerton's: American Detectives at Work for Canada. Toronto: Dundurn Press. ISBN 1-550023-06-3. 
  8. ^ Morn, Frank (1982). The Eye That Never Sleeps: A History of the Pinkerton National Detective Agency. Bloomington: Indiana University Press. ISBN 0-253-32086-0.  p. 188-189
  9. ^ Morn, Frank (1982). The Eye That Never Sleeps: A History of the Pinkerton National Detective Agency. Bloomington: Indiana University Press. ISBN 0-253-32086-0.  p. 192.
  10. ^ Powers, Richard Gid (Oct 19, 2004). Broken: The Troubled Past and Uncertain Future of the FBI. Simon and Schuster. ISBN 0-684-83371-9. p. 44

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 読書案内

  • Jeffreys-Jones, Rhodri (Oct 1, 2003). Cloak and Dollar: A History of American Secret Intelligence. Yale University Press. ISBN 0-300-10159-7. 
ウィキメディア・コモンズ