ジェーン・フォンダ

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ジェーン・フォンダ
Jane Fonda
Jane Fonda
2014年5月、カンヌ国際映画祭にて
本名 Jayne Seymour Fonda
生年月日 1937年12月21日(76歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
職業 女優
作家
政治活動家
配偶者 ロジェ・ヴァディム (1965-1973)
トム・ヘイドン (1973-1990)
テッド・ターナー (1991-2001)
家族 父:ヘンリー・フォンダ
母:フランシス・シーモア・ブロカウ
弟:ピーター・フォンダ
姪:ブリジット・フォンダ

ジェーン・フォンダJane Fonda, 本名:Jayne Seymour Fonda, 1937年12月21日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市出身の女優作家政治活動家

父のヘンリー・フォンダ、弟のピーター・フォンダ、姪のブリジット・フォンダ俳優である。

経歴[編集]

女優になる前はヴァッサー大学で絵画を学び、パリに滞在したこともある。大学は中退し[1]ヴォーグのカバーを2度飾るなど、モデルとして活躍した[2]。その後、リー・ストラスバーグのもとで演技を学ぶ[3]

1950年代後半より舞台に立ち、1960年に『のっぽ物語』で映画デビュー。これまで7度のアカデミー賞候補にノミネートされ、1971年に『コールガール』、1978年に『帰郷』と、主演女優賞を2度受賞している。

私生活では、1965年映画監督ロジェ・ヴァディムと結婚したが、1973年に離婚。直後に社会政治活動家トム・ヘイドンと再婚する。1970年頃から1975年頃までベトナム戦争に対する反戦運動に傾倒し、「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた。

1982年からエアロビクスビデオJane Fonda Workout』シリーズを発表し、ベストセラーとなる。

1989年にヘイドンと離婚。1991年CNNの創設者でケーブルテレビチャンネル・映画制作会社オーナーのテッド・ターナーと3度目の結婚をするも、2001年に離婚を迎えた。離婚の慰謝料は天文学的数字とされる。

1990年代後半に一度引退したが[4]2005年に女優復帰した[5]

政治活動[編集]

ベトナム戦争中のアメリカでは、作家評論家などの文化人や俳優、歌手などの芸能人による反戦運動が盛んに行われていた。フォンダは1970年ワシントンDCでの反戦集会参加を機に反戦運動を始めた。1971年にベトナム戦争復員軍人による反戦活動VVAWの公聴会を支援し、資金集めのために全米各地で集会を開く[6]。VVAWの活動には2004年民主党から大統領選挙に出馬したジョン・ケリーも深く関わっており、後の大統領選で争点となった。この間、フォンダはビラ撒きや薬物所持の容疑で数回逮捕されている(薬物所持の罪状については後に取り下げられた)。

1970年5月からFBI当局、CIA当局からの監視対象となり、最終的に2万ページにも及ぶジェーン・フォンダに関するファイルが作成された。

1972年に北ベトナムを訪れた際、飛来したアメリカ軍機を撃墜するために設けられた高射砲に座り、北ベトナム軍ヘルメットを被ってポーズをとった[1][7]。後にこの時の写真は世界中に配信され、フォンダは「祖国への裏切り行為で自分の判断の誤りだった」と釈明したものの、「ハノイ・ジェーン(Hanoi Jane)」と呼ばれ、長年に渡り保守派のベトナム退役軍人とその家族を中心に「売国奴」「裏切り者」として大きな批判を浴び続ける。2005年4月には、自叙伝のサイン会で退役軍人から唾を吐きつけられた。

父親との確執[編集]

幼い頃、実母が父ヘンリー・フォンダの浮気を苦にして自殺したと知って以来、父との確執が始まった。父はその後も別の女性との再婚・離婚を繰り返した。ジェーンはことごとくヘンリーに背き、ヴァディムとの結婚も父に知らせないままだった。和解したのは、フランスから帰国してからだという。「フランス行きが私を自立させたのです。私は父を克服しました」とのちに語っている。

アカデミー賞と無縁だったヘンリーがアカデミー特別功労賞を受賞した際、ヘンリーは「私の人生の一番のハイライトです」と語ったものの、父の本当の胸の内は「現役俳優として主演男優賞が欲しい」と願っていたことをジェーンは知っていた。ブロードウェイで人気を博した家庭劇の佳作『黄昏』の映画化権をジェーンは買い取り、主人公をヘンリー、主人公の妻役をキャサリン・ヘプバーンが演じる。夫婦愛と親子の和解がテーマであるこの作品で、ジェーンは主人公の娘役で出演。完成した『黄昏』は、アカデミー賞で主演男優・主演女優両賞を獲得した。

主な出演作品[編集]

映画[編集]

日本語題
原題
役名 備考
1960 のっぽ物語
Tall Story
ジューン・ライダー
1962 荒野を歩け
Walk On The Wild Side
キティ・ツイスト
チャップマン報告
The Chapman Report
キャスリーン・バークレイ
1963 ニューヨークの休日
Sunday in New York
アイリーン・テイラー
1964 危険がいっぱい
Les félins
メリンダ
輪舞
La ronde
ソフィー
1965 キャット・バルー
Cat Ballou
キャット・バルー
1966 逃亡地帯
The Chase
アンナ・リーヴス
獲物の分け前
La curée
レネ
水曜ならいいわ
Any Wednesday
エレン・ゴードン
1967 夕陽よ急げ
Hurry Sundown
ジュリー・アン・ウォレン
裸足で散歩
Barefoot in the Park
コリー
世にも怪奇な物語
Histoires extraordinaires
フレデリック
1968 バーバレラ
Barbarella
バーバレラ
1969 ひとりぼっちの青春
They Shoot Horses, Don't They?
グロリア
1971 コールガール
Klute
ブリー・ダニエル アカデミー主演女優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
1972 万事快調
Tout Va Bien
スザンヌ
1973 人形の家
A Doll's House
ノラ
1977 おかしな泥棒ディック&ジェーン
Fun with Dick and Jane
ジェーン・ハーパー
ジュリア
Julia
リリアン・ヘルマン ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
英国アカデミー賞 主演女優賞 受賞
1978 帰郷
Coming Home
サリー・ハイド アカデミー主演女優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
カムズ・ア・ホースマン
Comes a Horseman
エラ・コナーズ
カリフォルニア・スイート
California Suite
ハンナ・ウォレン
1979 チャイナ・シンドローム
The China Syndrome
キンバリー・ウェルズ 英国アカデミー賞 主演女優賞 受賞
出逢い
The Electric Horseman
アリス・マーティン
1980 9時から5時まで
Nine to Five
ジュディ
1981 黄昏
On Golden Pond
チェルシー
華麗なる陰謀
Rollover
リー・ウィンタース
1985 アグネス
Agnes of God
マーサ・リヴィングストン
1986 モーニングアフター
The Morning After
アレックス
1987 ビル・コスビーのそれ行けレオナルド
Leonard Part 6
本人 クレジットなし
1989 アイリスへの手紙
Stanley & Iris
アイリス・エステル・キング
私が愛したグリンゴ
Old Gringo
ハリエット・ウィンスロー
2002 デブラ・ウィンガーを探して
Searching for Debra Winger
- ドキュメンタリー
2005 ウェディング宣言
Monster-In-Law
ヴィオラ・フィールズ
2007 幸せのルールはママが教えてくれた
Georgia Rule
ジョージア
2011 みんなで一緒に暮らしたら
Et si on vivait tous ensemble?
ジャンヌ
2013 大統領の執事の涙
Lee Daniels' The Butler
ナンシー・レーガン

テレビシリーズ[編集]

日本語題
原題
役名 備考
2012-2013 ニュースルーム
The Newsroom
レオナ・ランシング 計7話出演

受賞歴[編集]

アカデミー賞[編集]

作品名 結果
1970年 アカデミー主演女優賞 ひとりぼっちの青春 ノミネート
1972年 アカデミー主演女優賞 コールガール 受賞
1978年 アカデミー主演女優賞 ジュリア ノミネート
1979年 アカデミー主演女優賞 帰郷 受賞
1980年 アカデミー主演女優賞 チャイナ・シンドローム ノミネート
1982年 アカデミー助演女優賞 黄昏 ノミネート
1987年 アカデミー主演女優賞 モーニングアフター ノミネート

英国アカデミー賞[編集]

作品名 結果
1968年 最優秀外国女優賞 裸足で散歩 ノミネート
1971年 主演女優賞 ひとりぼっちの青春 ノミネート
1972年 主演女優賞 コールガール ノミネート
1979年 主演女優賞 ジュリア 受賞
1980年 主演女優賞 チャイナ・シンドローム 受賞
1983年 助演女優賞 黄昏 ノミネート

ゴールデングローブ賞[編集]

作品名 結果
1962年 有望若手女優賞 - 受賞
1963年 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) Period of Adjustment ノミネート
1966年 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) キャット・バルー ノミネート
1967年 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) 水曜ならいいわ ノミネート
1970年 主演女優賞 (ドラマ部門) ひとりぼっちの青春 受賞
1972年 主演女優賞 (ドラマ部門) コールガール 受賞
1973年 ヘンリエッタ賞 - 受賞
1978年 主演女優賞 (ドラマ部門) ジュリア 受賞
1979年 主演女優賞 (ドラマ部門) 帰郷 受賞
ヘンリエッタ賞 - 受賞
1980年 主演女優賞 (ドラマ部門)  チャイナ・シンドローム ノミネート
ヘンリエッタ賞 - 受賞
1982年 助演女優賞 黄昏 ノミネート
1985年 女優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門) The Dollmaker ノミネート

ニューヨーク映画批評家協会賞[編集]

作品名 結果
1969年 主演女優賞 ひとりぼっちの青春 受賞
1971年 主演女優賞 コールガール 受賞

その他の称号[編集]

授与者
2007年 カンヌ国際映画祭 パルム・ドール・ドヌール
2014年 アメリカン・フィルム・インスティチュート 生涯功労賞

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. ^ Sonneborn, Liz (2002). A to Z of American women in the performing arts. New York: Facts on File. p. 71. ISBN 0-8160-4398-1. 
  2. ^ Browne, Pat; Browne, Ray Broadus (2001). The guide to United States popular culture. Bowling Green, OH: Bowling Green State University Popular Press. p. 288. ISBN 0-87972-821-3. 
  3. ^ Foster, Arnold W., and Blau, Judith R. Art and Society: Readings in the Sociology of the Arts, State Univ. of N.Y. Press (1989) pp. 118–119.
  4. ^ Solomon, Deborah. “Jane Fonda”. The New York Times. http://topics.nytimes.com/topics/reference/timestopics/people/f/jane_fonda/index.html 2011年7月19日閲覧。 
  5. ^ Stated in interview on Inside the Actors Studio.
  6. ^ Nicosia, Gerald (2004). Home to war: a history of the Vietnam veterans' movement. Carroll & Graf. p. 73. ISBN 978-0-7867-1403-2. http://books.google.co.uk/books?id=5hq2_JFvV0kC&dq=%22jane+fonda%22+%22honorary+national+coordinator%22+-wikipedia&client=firefox-a. 
  7. ^ Roberts, Laura (2010年7月26日). “Jane Fonda relives her protest days on the set of her new film”. The Daily Telegraph (London). http://www.telegraph.co.uk/news/celebritynews/7911158/Jane-Fonda-relives-her-protest-days-on-the-set-of-her-new-film.html 2011年7月19日閲覧。 

外部リンク[編集]