仙台育英学園高等学校

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仙台育英学園高等学校
Sendai-Ikuei01.jpg
過去の名称 育英塾
仙臺育英學校
私立仙臺育英中學校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人仙台育英学園
校訓 至誠
質実剛健
自治進取
設立年月日 1905年
創立者 加藤利吉
共学・別学 男女共学
分校 (全日制)
多賀城キャンパス
(通信制)
ILC青森
ILC東京
課程 全日制課程
通信制課程
単位制・学年制 学年制(全日制)
単位制(通信制)
設置学科 普通科
学期 二期制
高校コード 04501C
所在地 983-0045
宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目4番1号
外部リンク 公式サイト
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仙台育英学園高等学校(せんだいいくえいがくえんこうとうがっこう)は、宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目にある私立高等学校。通称「仙台育英(せんだいいくえい)」。

設置者は学校法人仙台育英学園。同法人は、東北地区最初の中等教育学校である秀光中等教育学校を設置している。

目次

[編集] 概要

校舎は仙台市宮城野区の宮城野キャンパスと及び多賀城市の多賀城キャンパスの2つで、コース及び部活によって、2つのキャンパスのうち、いずれかに所属することになる。スポーツが盛んで、東北高等学校と並ぶ甲子園常連校として、特に知られている(宮城県内の高校野球は、ここ20年近くこの2校による寡占状態が続いている)。また、大学進学指導にも力を入れており毎年1000名以上の大学合格者を輩出している。

1989年には夏の甲子園で準優勝(優勝校は東京都帝京高等学校)、2001年には春の甲子園で準優勝(優勝校は茨城県常総学院高等学校)を果たし、高校野球における「白河越え」の悲願成就に最も近い高校として地元の期待を集めていたが、2004年の夏大会で駒澤大学附属苫小牧高等学校北海道)に先を越され、果たせなかった。なお、軟式野球部は第47回全国高等学校軟式野球選手権大会で優勝を果たしている。また、陸上長距離や駅伝の強豪校として知られ、冬の都大路優勝回数は6回を数える。

制服は、男子はブレザー、女子は全国的にも珍しい濃のブレザー・スカートで、襟元にリボンをあしらったものである。(M・Tフレックスコースのみ女子は灰色のブレザー、青のチェックのスカートとなっている。)

なお、前橋育英高等学校奈良育英高等学校育英高等学校(兵庫育英)、鳥取県立鳥取中央育英高等学校との関連や交流などはない。

[編集] 沿革

  • 1905年明治38年) - 加藤利吉、育英塾を設立する。
  • 1913年大正2年) - 仙台育英学校へ移行。東北高等予備学校併設。
  • 1922年大正11年) - 私立仙台育英中学校開校。創立者加藤利吉が校長に就任する。外記丁校舎。
  • 1930年昭和5年) - 現在の校歌制定。
  • 1945年昭和20年) - 外記丁校舎が仙台空襲により焼失。
  • 1948年昭和23年) - 財団法人仙台育英学園設立認可。学制改革により私立仙台育英高等学校開校。私立仙台育英中学校を併設。
  • 1949年昭和24年) - 宮城野原に新築校舎第一期工事落成移転。外記丁校舎の跡地は戦災復興事業により錦町公園となる(一部は愛宕上杉通りなどの道路に転用)。
  • 1951年昭和26年) - 学校法人仙台育英学園設立認可。加藤利吉が理事長に就任。
  • 1955年昭和30年) - 仙台育英高等学校、仙台育英商業高等学校併設。
  • 1956年昭和31年) - 仙台育英中学校閉校。
  • 1962年昭和37年) - 仙台育英高等学校・仙台育英商業高等学校とを併合。仙台育英学園高等学校となる。普通部・商業部と改称。
  • 1963年昭和38年) - 6月23日。日本初の高校生による国際奉仕クラブ。インターアクトクラブ結成[1]。100余名で発足。当時世界第一の規模を誇った[要出典]
  • 1976年昭和51年) - 普通部・商業部を普通科・商業科と改称。
  • 1984年昭和59年) - 仙台育英学園高等学校、普通科・商業科を廃止し、全日制普通科総合コース制(県下初)を導入。特別進学コース、教養コース{国大進学コース・私大進学文理コース・簿記進学コース・情報処理コース・外国語コース・体育コースの6コース}設置。
  • 1986年昭和61年) - 外国語コースで女子受け入れ開始により共学化(全面共学化は後年)。
  • 1989年平成元年) - 硬式野球部が夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)にて、準優勝。
  • 1996年平成8年) - 仙台育英学園秀光中学校開校。40年ぶりの中学校復活。
  • 1998年平成10年) - 通信コース設置。
  • 2001年平成13年) - 硬式野球部が春の選抜甲子園大会(選抜高等学校野球大会)にて、準優勝。
  • 2003年平成15年) - 東北初の中等教育学校の秀光中等教育学校開校。
  • 2005年平成17年) - 学園創立100周年。
  • 2011年平成23年) - 東日本大震災により宮城野校舎が被災、第一北辰・第二北辰以外の校舎が使用不可能に。(第一北辰以外の校舎は6月より順次解体され、平成25年までに新校舎建設予定。)

[編集] 設置コース

全日制普通科総合コース制(事実上の総合学科)である。

特別進学コース
特別進学コースは多賀城キャンパスで授業を行う男女共学のコースで、1組は東大選抜クラスである。また一部の生徒は夏休み東京で合宿し勉強する。課外講習に予備校の講師が教えることもある。2006年春には現役東大合格者が3人誕生した。毎年東大合格者が出るなど確実に実績を残し、慶應義塾大学早稲田大学同志社大学といった難関大学への合格者も多数輩出している[要出典]
外国語コース
外国語コースは多賀城キャンパスで授業を行う。他のコースとは違い、女子のみのコースであるため外国語女子コースまたは外女と呼ばれることもある。その名のとおり外国語を重視した授業で、海外提携校との単位の振り替えが可能なため、留学する生徒も多い。また、日本の伝統文化(茶道・華道等)についても重視しており、21世紀に必要な英語力と国際文化を知ることが出来るコースであるとしている。
英進進学コースⅠ類・Ⅱ類
英進進学コースⅠ類は多賀城キャンパスで授業を行う男女共学のコースで、特進コースのように難関国立大学を目指すのではなく、少人数授業やレクチャークラスなど、個人の特性を重視して学力を向上し、志望大学の現役合格を目的としたコースである。2003年度より国公立大・難関私大を目指すAJクラスを新設。2004年度より簿記進学クラス開設。 また2010年からは宮城野キャンパスで授業を行うⅡ類が開設。基本カリキュラムはこれまでのⅠ類と同じながらも、地元私立大学・国公立大学受験にも対応できる内容となっている。Ⅱ類では通常カリキュラムに加えて、学校設定教科としてIT関連の科目が設けられている。
Mフレックス・Tフレックスコース
Mフレックスコースは宮城野キャンパスで授業を行う男女共学のコースである。2009年からは多賀城キャンパスで授業を行う「Tフレックスコース」が開設された。単位制の授業内容となっており、大学進学・専門学校進学・就職へと将来役に立つ講座も多数設定され、資格にも対応している。
通信コース
通信課程のコース。東北新幹線沿いの都県青森県岩手県宮城県福島県栃木県埼玉県東京都)および山形県に在住している者が入学出来る。当校宮城野キャンパス、青森県八戸市光星学院美保野キャンパス、東京都千代田区九段南の3箇所に学習拠点を設けている。当校全日制課程への転入も可能。

[編集] 名称変更・統合されたコース

秀光コース
現在の秀光中等教育学校の前身にあたるコース。中等教育学校として独立(キャンパスとしては高校と共用)する前は前期課程を「秀光中学校」で学び、卒業後全員が本校へ進学して秀光コースに入るという形式であった。そのため、秀光コースは全員、秀光中学校出身の生徒であった。
教養コース(2005年度統合)
男子生徒のみで、普通科・商業科から普通科総合コース制へ移行した時(1984年(昭和59年))に創設されたコース。1年次を教養コース(IクラスKクラスUクラスEクラス)と呼び2年次から専門の6コースへ分け進級した。A国大進学コース・B私大進学文理コース・C簿記進学コース・D情報処理コース・E外国語コース・F体育コースの6コースから成り、英進コースの下地を作った。創設当時は、特別進学コースの他は教養コースと呼ばれ、外国語コースも第二期生までは男子のコースだった(普通科総合コース三期生から、外国語コースが女子となる)。
進学・就職もコースごとにバランスのとれたものであった。現在は細分化され、国大進学コースや私大進学文理コースは英進進学コースへ、近年、簿記進学コース(東北学院大学への簿記受験専科)が英進進学コースへ復活した。

[編集] 日本最初のインターアクトクラブ

インターアクトクラブ(Interact Club、IAC)とは、奉仕と国際理解に貢献する青少年のための、ロータリークラブ(RC)提唱の世界的団体である。高等学校に在学中の生徒、または年齢14~18歳までの青少年が入会できる。Interactという名は「国際的活動」International Actionを意味している。

日本最初のインターアクトクラブは、1963年6月27日に結成された、仙台育英学園高校インターアクトクラブである。提唱は、仙台東ロータリークラブで、100人を超える人数で誕生した。日本第1号のインターアクトクラブは、当時、世界最多の会員数を擁していた[要出典]

仙台育英学園高校インターアクトクラブは、誕生してすぐ、清掃奉仕や小さな親切運動などの、さまざまな活動を展開し、1967-68年度、「インターアクト国際ロータリー賞」を受賞した。また、インターアクトクラブ設立後、海外留学が活発に行われるようになり、地区の青少年交換制度を、促進するという効果もあった[要出典]

[編集] 交通アクセス

[編集] 宮城野キャンパス

鉄道

宮城野原駅の出口は本校の敷地内にあるため、非常に交通至便な環境となっている。

バス

[編集] 多賀城キャンパス

鉄道

中野栄駅は仙台市宮城野区にあるが、多賀城キャンパスは多賀城市の多賀城駅を利用するよりも仙台市の中野栄駅から利用するほうが近い。

[編集] 不祥事

[編集] 硬式野球部員による下級生への暴力行為とキセル乗車

2001年7月、3年生部員が2年生部員に対して暴力行為を行い、翌8月にも2年生部員が1年生部員に対し同様の行為があったことが判明した。また同年11月には硬式野球部員によるキセル乗車が明らかになり、2002年5月まで活動と部員獲得を自粛した。

[編集] 硬式野球部員による東日本大震災で罹災した店舗への不法侵入

2011年4月7日、硬式野球部員7名が東日本大震災で被災し休業していたリサイクルショップに侵入し書類送検された。また学校からは一週間の自宅謹慎を課された。窃盗の嫌疑はかけられなかったが、当の被疑者達は「欲しい物があったら盗ってしまおうと思った」と供述している[2]

[編集] 受験料肩代わり問題

2004年2月、推薦などで既に大学が決定している生徒も含めた生徒約100名に仙台育英学園側が受験料を肩代わりする形で東北文化学園大学への受験を推奨していたことが判明した。大学側は「提携校なので多くの生徒が受けてくれるように頼んでいる」とコメントしたのに対して高校側は「進学先の決まった生徒の受験までは頼んでおらず、受験料も大学側は負担していない」と真っ向から否定している。[3][4]

[編集] その他

[編集] 暴走RV車の危険運転による交通事故の追悼

同校には、毎年5月頃その年の新入生一同が多賀城校舎から松島研修センターまで踏破する、ウォークラリーという恒例行事がある。 2005年のウォークラリーの際、暴走した飲酒運転のRV車が生徒たちの列に突っ込み、生徒15人が重軽傷を負い、3名が死亡する事故が発生した。 以降、多賀城校舎内に「夢の途中」という碑文が記されたメモリアルストーンを設置し、毎年5月22日をI-LION DAYとして、亡くなった生徒の追悼と飲酒運転撲滅運動を生徒会主催で行なっている。

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[編集] 中国人留学生同士による殺人未遂事件

2010年1月、寮生活をしている中国人留学生の少年(当時18才)が同室の中国人留学生の男性(20才)の胸を果物ナイフで刺し殺害しようとする事件が発生した。刺された男性は命に別状は無く、全治10日の怪我。刺した少年は「(男性とその家族との間で行われる)電話がうるさかった」と供述した[5]

少年は殺人未遂容疑で逮捕後に容疑が傷害に切り替えられ、少年院送致相当との判断がなされたが本人の希望で翌3月に中国へ帰国した[6]。 また同事件について、仙台育英学園側は4日間警察へ届け出ていなかったことも判明した。

[編集] 主な関連人物

[編集] 卒業生

[編集] 関係者

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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