全国高等学校野球選手権福岡大会

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全国高等学校野球選手権福岡大会(ぜんこくこうとうがっこう やきゅうせんしゅけん ふくおかたいかい)は、福岡県で開催されている全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)の県予選である。第1回大会~第10回大会までは九州大会、第11回大会~第29回大会までは北九州大会に参加していた。

目次

[編集] 概要

福岡県は高野連加盟校が多いが、代表枠は全県で1校しかない。また、同一県内でも最北端と最南端、および最東端と最西端で100km以上の距離があるため、県内を「北部」(北九州地方・筑豊地方。県立高校の第1~4および13~15学区)と「南部」(福岡地方・筑後地方。同5~12学区)とに分け、南北の代表校を決定する。そしてこれらの代表校によって県大会を行い、代表を争うシステムが採られている。

以前は、北部南部とも各8校、計16校が県大会に進出するシステムで、北部南部の大会は4回戦まで、県大会は全校5回戦からとなっていたが、特に昭和末期以降、北部と南部の参加校数の差が拡大した(福岡都市圏を抱える南部の方が多い)ため、北部予選では組み合わせ上3回戦から登場し2勝で県大会に出場できるチームがある一方、南部予選では1回戦から4勝しなければ県大会に出場できないチームもあり、不公平であることが問題とされていた。そのため、北部の県大会出場校は8校と維持したまま、南部の県大会出場校を増やす事で不公平を解消することとなり、2007年現在、北8校南11校の計19校が県大会に進出するよう、北部南部大会の組み合わせを配分するシステムとなっている。北部南部の各大会は3回戦までで、県大会の初戦は4回戦(6チーム)または5回戦(13チーム)からとなる。

過去は北部勢が強かったが、近年、特に平成期以降は圧倒的に南部優勢となっており、特に1997年から2007年にかけては11年連続で南部勢が代表となったこともあり、北部勢が代表となったケースは、1994年の九州工業高校(現真颯館高校)と1996年東筑高校、そして2008年に12年ぶりに北部からの代表となった飯塚高校の3校のみである。

福岡県から1代表校を出す制度となった1948年の第30回大会予選以降、20年にわたり公立高校優勢(20回中18回が公立高校)であったが、1968年、第50回大会の飯塚商以降、私立高が圧倒的優勢となり、特に平成期以降の20回で公立高校は僅か1回(先述の1996年東筑)のみしか代表となっていない。

第90回記念大会では132校が予選に参加したが、通常1代表のみの6府県が2代表となり、府県予選が分割されたため、東東京の144校に次ぐ全国2位の出場校数となった。

[編集] 過去の代表校

年度 校数 代表校 決勝戦 備考 全国大会成績
九州大会
1915年(第1回大会 久留米商(初出場) 1回戦
1916年(第2回大会 中学明善(初出場) 準々決勝
1918年(第4回大会 中学明善(2年ぶり3回目) 米騒動のため中止
1919年(第5回大会 小倉中(初出場) ベスト4
1920年(第6回大会 豊国中(初出場) 1回戦
1921年(第7回大会 豊国中(2年連続2回目) ベスト4
北九州大会
1930年(第16回大会 小倉工(初出場) 2回戦
1931年(第17回大会 小倉工(2年連続2回目) ベスト4
1932年(第18回大会 小倉工(3年連続3回目) 1回戦
1934年(第20回大会 小倉工(2年ぶり4回目) 1回戦
1936年(第22回大会 小倉工(2年ぶり5回目) 1回戦
1937年(第23回大会 福岡工(初出場) 2回戦
1938年(第24回大会 福岡工(2年連続2回目) 2回戦(初戦)
1939年(第25回大会 福岡工(3年連続3回目) ベスト8
1940年(第26回大会 福岡工(4年連続4回目) 1回戦
1946年(第28回大会 小倉中(27年ぶり2回目) 2回戦(初戦)
1947年(第29回大会 小倉中(2年連続3回目) 優勝
福岡県予選
1948年(第30回大会 小倉(旧:小倉中 3年連続4回目) 優勝
1949年(第31回大会 小倉北(旧:小倉 4年連続5回目) ベスト8
1950年(第32回大会 小倉(旧:小倉北 5年連続6回目) 2回戦
1951年(第33回大会 小倉(6年連続7回目) 1回戦
1952年(第34回大会 三池(初出場) 1回戦
1953年(第35回大会 東筑(初出場) 2回戦(初戦)
1954年(第36回大会 小倉(3年ぶり8回目) 1回戦
1955年(第37回大会 小倉(2年連続9回目) 2回戦(初戦)
1956年(第38回大会 小倉(3年連続10回目) 1回戦
1957年(第39回大会 戸畑(初出場) ベスト4
1958年(第40回大会 八女(初出場) 3回戦
1959年(第41回大会 戸畑(2年ぶり2回目) 1回戦
1960年(第42回大会 戸畑(2年連続3回目) 2回戦
1961年(第43回大会 戸畑(3年連続4回目) 1回戦
1962年(第44回大会 久留米商(47年ぶり2回目) 準優勝
1963年(第45回大会 柳川商(初出場) 1回戦
1964年(第46回大会 小倉工(28年ぶり6回目) 1回戦
1965年(第47回大会 三池工(初出場) 優勝
1966年(第48回大会 小倉工(2年ぶり7回目) ベスト4
1967年(第49回大会 小倉工(2年連続8回目) 2回戦
1968年(第50回大会 飯塚商(初出場) 2回戦
1969年(第51回大会 飯塚商(2年連続2回目) 2回戦
1970年(第52回大会 九州工(初出場) 1回戦
1971年(第53回大会 筑紫工(初出場) 2回戦
1972年(第54回大会 東筑(19年ぶり2回目) 1回戦
1973年(第55回大会 柳川商(10年ぶり2回目) 1回戦
1974年(第56回大会 福岡第一(初出場) 3回戦
1975年(第57回大会 小倉南(初出場) 2回戦(初戦)
1976年(第58回大会 柳川商(3年ぶり3回目) 3回戦
1977年(第59回大会 九産大九産(初出場) 2回戦(初戦)
1978年(第60回大会 東筑(6年ぶり3回目) 3回戦
1979年(第61回大会 八幡大付(初出場) 2回戦(初戦)
1980年(第62回大会 田川(初出場) 2回戦(初戦)
1981年(第63回大会 福大大濠(初出場) 3回戦
1982年(第64回大会 八幡大付(3年ぶり2回目) 1回戦
1983年(第65回大会 久留米商(21年ぶり3回目) ベスト4
1984年(第66回大会 福大大濠(3年ぶり2回目) 3回戦
1985年(第67回大会 久留米商(2年ぶり4回目) 3回戦
1986年(第68回大会 西日本短大付(初出場) 1回戦
1987年(第69回大会 東筑(9年ぶり4回目) 1回戦
1988年(第70回大会 福岡一(14年ぶり2回目) 準優勝
1989年(第71回大会 福大大濠(5年ぶり3回目) ベスト8
1990年(第72回大会 西日本短大付(4年ぶり2回目) ベスト4
1991年(第73回大会 柳川(旧:柳川商 15年ぶり4回目) ベスト8
1992年(第74回大会 西日本短大付(2年ぶり3回目) 優勝
1993年(第75回大会 東福岡(初出場) 2回戦(初戦)
1994年(第76回大会 九州工(24年ぶり2回目) 1回戦
1995年(第77回大会 柳川(4年ぶり5回目) 3回戦
1996年(第78回大会 東筑(9年ぶり5回目) 2回戦
1997年(第79回大会 福工大付(初出場) 3回戦
1998年(第80回大会 東福岡(5年ぶり2回目) 1回戦
1999年(第81回大会 東福岡(2年連続3回目) 2回戦(初戦)
2000年(第82回大会 柳川(5年ぶり6回目) ベスト8
2001年(第83回大会 九産大九州(初出場) 2回戦
2002年(第84回大会 柳川(2年ぶり7回目) 2回戦
2003年(第85回大会 筑陽学園(初出場) 1回戦
2004年(第86回大会 134 西日本短大付(12年ぶり4回目) 6-0 福岡第一 1回戦
2005年(第87回大会 131 柳川(3年ぶり8回目) 4-2 戸畑商 1回戦
2006年(第88回大会 131 福工大城東(旧:福工大付 9年ぶり2回目) 14-1 柳川 3回戦
2007年(第89回大会 130 東福岡(8年ぶり4回目) 9-5 沖学園 2回戦
2008年(第90回大会 132 飯塚(初出場) 6-1 沖学園 1回戦

[編集] 現状と課題

福岡県勢は強豪校が多く、出場校は必ずといっていいほど好成績を収めてきたが、第74回大会での西日本短大付の優勝以降は全国高等学校野球選手権大会においては初戦敗退が多く(16大会中8大会)、かつて北海道勢に付けられた「負け」の代名詞を頂戴しつつある[要出典]

福岡県は九州の他の県よりも高野連加盟校が多く(熊本県と比較しても2倍以上である)、それでも代表枠は1校しかない(記念大会においても代表枠は1校である)。それゆえ、過密スケジュールになりやすく、県大会から全国高等学校野球選手権大会までの期間が短いために、選手たちが疲労を抱えたまま「万全の状態で初戦を迎えられない」ことが挙げられる。雨天による延期が多い年は特に顕著である。こうした背景から、一部の球児たちはこれを嫌い、隣県または他県へ流出することも少なくない[要出典]

過密スケジュール対策としては、ターンオーバー制を活用する、投手を確保して連投による疲労を防ぐ、などがあるが、根本的な解決までには至っていない[要出典]

[編集] 関連項目