白濱裕太
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| 広島東洋カープ #32 | |
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2008年6月28日(阪神甲子園球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 生年月日 | 1985年10月31日(26歳) |
| 身長 体重 |
180cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2003年 ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2011年10月6日 |
| 年俸 | 650万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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白濱 裕太(しらはま ゆうた、1985年10月31日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(捕手)。大阪府堺市出身。
目次 |
[編集] 来歴
広陵高では1年から捕手に転向し、西村健太朗とバッテリーを組み、2年から春夏合わせて4回連続甲子園出場。2年春選抜大会は報徳学園高、同年夏選手権は明徳義塾高とそれぞれ優勝チームに敗れたが、3年春は決勝戦で横浜高校の成瀬善久、涌井秀章を打ち崩し、圧勝して全国制覇した。同年夏は2回戦で敗退した。高校通算28本塁打。
2003年のドラフト1巡目で広島東洋カープに入団。強肩でドラフト当時は「城島二世」と期待するコメントも出ていた。
入団当初は体力不足と攻守ともに未熟で二軍暮らしが続いた。2006年にはフレッシュオールスターゲームに出場し、秋には短期間一軍に昇格するが出場はなかった。その後2010年までのプロ7年間で一軍出場を果たせていなかった。
プロ8年目の2011年に初の開幕一軍メンバー入りしたが、出場機会がないまま4月25日に二軍落ちした。10月6日には負傷した石原のバックアップとして昇格し、同日の中日戦で8回裏から守備交代で一軍初出場。初打席は9回2死1、3塁、2点差という場面で岩瀬仁紀に3塁ゴロに打ち取られた。10月8日にはプロ初スタメン出場を果たした[1]。10月20日の中日戦では9回裏同点の場面でタイムリーヒットを放ち、初安打・初打点をサヨナラ安打で飾った[2]。2011年は最終的に7試合で打率.077という成績を残した。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | 広島 | 7 | 14 | 13 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .077 | .077 | .077 | .154 |
| 通算:1年 | 7 | 14 | 13 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .077 | .077 | .077 | .154 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2011年10月6日、対中日ドラゴンズ23回戦(ナゴヤドーム)、8回裏に捕手として出場
- 初打席:同上、9回表に岩瀬仁紀から三塁ゴロ
- 初先発出場:2011年10月8日、対東京ヤクルトスワローズ22回戦(明治神宮野球場)、7番・捕手として先発出場
- 初安打・初打点:2011年10月20日、対中日ドラゴンズ24回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回裏にチェン・ウェインから左中間へサヨナラ安打
[編集] 背番号
- 12 (2004年 - 2007年)
- 32 (2008年 - )
[編集] 脚注
- ^ 試合結果
- ^ “広島白浜プロ初安打がサヨナラ打”. nikkansports.com. (2011年10月20日) 2011年10月29日閲覧。
[編集] 関連項目
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